「原子」の自然放出を制御する
−冷却イオンを使った共振器量子電磁力学実験−

早坂 和弘

はじめに
 われわれの身の回りの様々な発光現象を量子論的 に考えてみると、その多くは自然放出と誘導放出と いう二つの発光の様式に帰着される。誘導放出が人 為的に制御出来ることは比較的古くから知られてお り、その応用例のひとつがレーザーである。自然放 出は物質に特有の性質で、制御することができない 現象だと長い間理解されてきたが、物質の両側に反 射鏡を置くことで光を受け入れる空間の構造に変化 を与え、これによって自然放出を制御できることが 近年、明らかになってきた。一般に光が往復できる ように反射鏡を二枚対向して置いたものを共振器と 呼ぶか、その反射率や間隔を変えることで、中に置 いた物質の自然放出を何十倍にも増幅させたり、逆 に何十分の一まで抑圧したり、あるいは、まったく 異なる振る舞いをさせたりできることが理論的に予 測され、実際に観測することが可能になってきたの である。共振器によって変化を生じた空間と物質と の相互作用を研究する分野は共振器量子電磁力学と 呼ばれており、物理学では現在最も盛んに研究が行 われている分野の一つである。「共振器量子電磁力 学」は”cavity quantum electrodynamics”の訳で あるが、研究者たちは通常、”cavity QED”と呼ぷ ので、ここでも以後はその様に呼ぶこととする。ま た、cavity QEDの分野でも、半導体上に形成した 微小共振器を使って新しいタイプのデバイスを開発 することを主眼にする研究と、原子を使った単純な 実験系で新しい物理現象を明らかにしていこうとい う研究の二つの流れがある。一般に、新しい技術の 開拓は新しい現象の発見を出発点としていることが 多く、後者のタイプの研究も今までにはない新しい 光の制御技術の開拓につながっていくことが期待さ れる。本文で対象としているのは後者のタイプの研 究についてである。

冷却イオンとcavity QED
 cavity QEDの実験に最も理想的な実験系は、一 つの原子を一つの共振器の中に静止させた系である。 これは原子と共振器の場が相互作用する最も単純な 系であり、理論の予測と直接比較ができる実験系で ある。しかし、この純粋な実験条件を作り出すこと はまだ実現されておらず、通常は共振器の中心を通 る原子ビームで実験を行う。この場合、調べたい現 象は原子集団の速度のばらつきや、短い相互作用時 間などによる制約を受け、直接観測することが難し い。そこで、それらの制約を考慮した解析を通して 実験結果を解釈するということが行われている。も し、原子一つを長時間、共振器の中心に止めておく ことができるならば、調べたい現象がそのまま観測 できるし、その現象を使った応用も考えることがで きる。
 原子を共振器の中心に静止させようとすると、実 験的には実に多くの困難が伴う。室温での原子は数 百メートル毎秒の速度を持つので、まず、レーザー 冷却という手法で減速する。「レーザー冷却」とい う名称であるが、温度とはそもそも原子の不規則な 運動の激しさの尺度として定義されいるので、減速 させてこの運動を減少させることは温度を下げるこ とに相当し、「冷却」と呼ばれているのである。減 速しただけでは原子がそのまま拡散してしまうので、 レーザー光と静磁場で出来る磁気光学トラップとい うポテンシャル井戸の中に原子を蓄積する。しかし、 磁気光学トラップの作り出せるポテンシャル井戸の 深さは非常に浅いので、高真空中にわずかに残留し たガスとの衝突により、短時間のうちに外に出てい ってしまう。こういった難しい条件の中で、ただ一 つだけの原子を選んで空間に止めておくことは至難 の技である。一つの原子を冷却して観測した実験は、 つい最近になって一例が報告されたにすぎず、しか も原子を静止させておいた時間は1秒に満たない。
 しかし、イオンを一つだけ静止させるのはこれに 比べると簡単である。イオンと原子の違いはイオン が電荷を持っているということであり、このために 電磁場を使って運動に強い制御を施すことができる。 rfトラップというイオントラップでは、イオンの質 量と電荷の値に応じた周波数と電圧の交流電場をか けてやることによってイオンに周期的な運動をさせ、 電極間に長時間ためておくことができる。さらにレ ーザー冷却を使って減速することにより、イオンは トラップの中心で静止するようになる。温度で1mK (絶対温度で1/1000度)以下まで冷却したイオンを 数μm四方の領域に静止させておくことが一般的に は可能であると言われている。交流電場がイオンに 対して作るポテンシャル井戸の深さは、残留ガスと の衝突にも十分耐えうる大きさなので、イオンを数 時間にわたって蓄積しておくことができる。したが って、イオンを一つだけ生成して静止させておくこ とは原子に比べれば比較的簡単であり、国内だけを 見回してもわれわれを含めて4グループほどが成功 している。なお、共振器の作る光の場との相互作用 を考えるとき、イオンは電荷を持っているという点 を除いては原子と同等であるので、理論的には原子 とまったく同等に扱うことができる。このように、 レーザー冷却したイオンを使えば理想的なCavity QEDの実験系が実現できることは幾つかのイオン トラップの研究グループから指摘されていたが、実 際に実験まで行った例は現在まで報告されていない。

イオンの自然放出を変化させる実験
 われわれのグループでは、光領域での超挟線幅の スペクトル線の観測を主な目的として、以前からカ ルシウムイオンをrfトラップに蓄積し、レーザー冷 却する実験を行ってきた。今回、レーザー冷却した イオンの自然放出を共焦点共振器を使って制御する 実験を行った。cavity QEDの実験に冷却されたイ オンを使うのは初めての試みである。共振器を、そ の球面鏡の曲率と球面鏡間の間隔が等しくなるよう に配置すると、原子の発する光が共振器に共鳴する 周波数を持つ際には自然放出が増強され、非共鳴の 際には逆に抑圧されることが理論的に予測され、ま た原子ビームを使った実験でも確かめられている。 われわれの実験の目的は、冷却したイオンを使って この現象を直接的に観測することと、増強された自 然放出光をイオンの高感度の検出に応用可能かを実 験的に調べることである。
 実験は図1に示すセットアップで行なった。反射 率が90%で、曲率半径が50mmの球面鏡を2枚用意 して、トラップ電極の中心と共振器の中心が重なる ように配置し、これらを超高真空のチャンバーの中 に設置した。数百個のイオンをトラップし、レーザ ー光を照射してレーザー冷却した。その螢光のスペ クトル分布から、少なくとも絶対温度で10K(摂氏 -263度)以下まで冷却されていることが確認できた。 また、イオンの像を高感度の撮像装置を使って撮影 したところ、図2に示すように数10μmの領域に静 止しているのか確かめられた。このあと、共振器の 鏡に付けてあるピエゾセラミック素子に電圧をかけ ることで鏡の間隔を変えて、共振器の軸方向で螢光 強度の変化を測定した。その結果、図3に示すよう にかけた電圧に応じて螢光強度が強くなったり、弱 くなったりするのが観測された。これは、共振器の 共振周波数に応じて、カルシウムイオンの自然放出 の確率が変化したためである。


▲図1 イオンの自然放出の変化を観測する実験装置


▲図2 空間に静止したCaイオンの像


▲図3 観測されたCaイオンの自然放出の変化

 現時点では35%程度の強度変化しか観測されてい ないので、冷却イオンを用いたcavity QED実験の 利点を主張するには少々難があるが、今後、イオン の位置の微調整をしたり、球面鏡の収差の影響を除 くためのピンホールを挿入することで、4倍程度の 発光強度の増強と1/4への抑圧が観測されることが 期待され、理論との直接的な比較や応用が可能にな ってくると考えている。また、実験条件を最適化す れば一つのイオンを使った実験も可能であるが、そ うすれば最も理想的な実験系を実現できる。

おわりに
 つい最近になって、一つの原子によるレーザー発 振を実現できたという驚くべき実験結果が米国の研 究グループによって報告された。この実験は、散乱 や吸収が極限的に少ないスーパーキャビティと呼ば れる共振器を使うことによって初めて可能になった、 技術的に最先端の実験であるが、原子に関してはオ ーブンで生成される原子ビームを用いており、直接 的にレーザー発振を確認することは出来なかった。 その速度分布を考慮した解析のプロセスを通してレ ーザー発振がやっと確認されたのである。彼らは速 度の揃った原子を使えば更に詳細にこの現象を調べ るられることを指摘しているが、冷却したイオンは まさに速度0に揃えられた「原子」であり、これを 使えば理論と直接比較のできる観測が可能である。 この例に限らず、レーザー冷却したイオンをcavity QEDの実験に使うことで、原子と電磁場の新しい 相互作用を明らかにすることや、これらの現象を応 用した新しいタイプのデバイスの開発などが可能に なるだろうと考えられる。

(関西支所 電磁波分光研究室)



「きく6号による通信実験速報」


鈴木良昭

 21世紀にかけて必要となる高度衛星通信技術及ぴ 2トン級大型実用衛星を実現するための技術基盤を 確立することを目的とした、技術試験衛星VI型 「ETS-VI:きく6号」は、平成6年8月28日に打ち 上げられ、現在3日回帰の楕円軌道を周回していま す。
 郵政省通信総合研究所は、宇宙ステーションや月 面基地、静止軌道通信総合基地等将来の宇宙活動に 不可欠な宇宙通信インフラストラクチャ一の確立を 目指して、Sバンド(2.3/2.1GHz)衛星間通信機 器(宇宙開発事業団と協力して開発)、ミリ波帯衛 星通信機器及ぴ光通信基礎実験装置を開発し「きく 6号」に搭載しました(図1にきく6号の外観を示 す)。


▲図1 きく6号の外観

 当初、「きく6号」か静止衛星となることを想定 して各種通信実験を計画していましたが、衛星に搭 載した通信実験機器は楕円軌道上でもかなりの実験 が可能であることから、平成6年10月からの衛星搭 載実験機器の機能確認試験に引き続き、12月から宇 宙開発事業団の協カを得て各種通信実験を開始しま した。
 現在までの実験成果は次のとおりです。

Sパンド衛星間通信機器(SIC)による実験
 SICは宇宙開発事業団と共同で開発した装置で、 Sバンド・マルチピーム・フェーズドアレー・アン テナを搭載しています。これは、送信1ビームと受 信2ピームを独立に生成でき、同時に2つの衛星と のデータ中継が可能な、世界でも最先端の高機能ア ンテナです。
 これまで、マルチピーム・フェーズドアレー・ア ンテナのビーム制御プログラムの機能確認及ぴSIC 中継器の動作特性の試験を実施しており、目標衛星 を自動追尾できる機能を有するビーム制御プログラ ムが、正常に動作すること及ぴSIC中継器の動作特 性が良好であることを確認しました。
 また、当初の実験計画にはありませんでしたが、 三軸姿勢確立前の衛星のスピン状態を利用して、上 記アンテナの軌道上におけるビームパターンの測定 を実施することができました。実験の結果、軌道上 におけるビームパターンは、理論計算値と良く一致 し、当初計画にはない貴重なデータを得ることがで きました(図2参照)。さらに、双方向の音声通話 実験やデータ伝送実験に成功しています。


▲図2 SIC受信ビームパターン
         (実線:実測値、点線:理論値)

 なお、米国では将来のデータ中継衛星システムに Sバンド・マルチピーム・フェーズドアレー・アン テナを導入する模様です。

ミリ波帯衛星通信機器(OCE)による実験
 当所では、「さくら」,「きく2号」更にECSと 世界に先駆けて高い周波数帯の開発を進めてきまし たが、これらに続く新周波数帯開発の一環として、 非軍事用としては世界で最も高い周波数の38GHz /43GHz帯を使用するOCEを開発し、衛星に搭載し ました。しかも最新のミリ波帯半導体素子を送信部 に使用した全固体回路化を実現しました。
 実験では、「きく6号」に搭載されているミリ波 アンテナを、茨城県の当所鹿島宇宙通信センターヘ 正確に指向させ、ミリ波による双方向の通信リンク を確立しました。その後、OCEへの入力信号電力 に対する出カ信号電カ等、中継器の基本特性の測定 実験を実施し、最新のミリ波帯半導体デバイスを出 力電力部に用いた全固体化中継器が正常に動作して いることが確認されています。

光通信基礎実験装置(LCE)による実験
 LCEは、世界初の光による宇宙通信実験を目指 すため、衛星搭載の光送信素子として半導体レーザ を使用し、小型軽量化を実現した光通信装置です。
 実験では、まず東京都小金井市にある当所構内の 光通信地上局から「きく6号」ヘ向けてアルゴンレ ーザ光を送信し、衛星に搭載されているCCDセン サ及びQDセンサ(QD:Quadrature Detectorの略。 4つの小型の光検出器を縦横に組み合わせたもので レンズによりレーザビームを検出器上に結像し、 各々の検出器の光量の比から到来ビームの方向を検 出する)でレーザ光の検出に成功しました。CCD 及ぴQDセンサは、検出したレーザ光を自動追尾す ることによって、衛星から地上ヘ送信するレーザ光 の方向決定を行う重要な機能を持ったコンポーネン トです。
 その後、光通信地上局からのレーザ光を自動追尾 しなから、LCEに搭載した半導体レーザ光を光通 信地上局へ向けて送信し、世界で初めて、そのレー ザ光を地上で検出することに成功しました。
 この世界初の光による地上と衛星間の双方向伝送 実験の成功は、有人宇宙時代の衛星間通信技術とし て不可欠な、宇宙光通信技術による高速大容量の情 報伝送の実現に道を開くものです。
 しかし、大気のゆらぎによって、地上から衛星へ のレーザ光強度が大きく変動し、衛星上での地上か らのレーザ光自動追尾が不安定なため、現在更に、 レーザ光に情報をのせて安定して伝送する光通信の 実現へ向けて実験を継続しています。


▲図3 地上望遠鏡で捉らえた衛星からのレーザ光

今後の予定
 ETS-VIは、当初予定の静止軌道と異なる楕円軌 道を周回しているため、強い放射線環境による衛星 の寿命劣化が予想されていますが、できる限り多く の実験項目を実施し、有益な結果をさらに得るべく 努カをしています。
 今後、Sバンド実験では、マルチビーム・フェー ズドアレー・アンテナの高度なビーム制御機能を活 かした通信実験を実施する予定です。ミリ波実験で は、広大な未利用周波数帯であるミリ波帯の特長を 生かした大容量衛星間通信システム、そして、アン テナが小型化できる特長を生かした、超小型地球局 によるミリ波パーソナル衛星通信システムの実現の ための通信実験を実施する予定です。また、光実験 では、地上からのレーザ光出力を増強すること等に より、春以降の昼間でも実験を行う予定です。
 これまでの実験で、各搭載機器の基本性能の確認 やレーザ光の双方向伝送の成功等、有意義な成果が 得られました。衛星搭載実験機器の開発成果及び今 後の実験成果と併せて、将来の本格的衛星間通信技 術の確立へ向けて、成果を反映させていきたいと考 えます。

(宇宙通信部 衛星間通信研究室)



ドイツ・マックスプランク研究所に滞在して
−研究者フレンドリーな研究環境−

菊池 崇

 平成6年7月から7年2月まで北ドイツ、Katle nburg-Lindauにあるマックスプランク超高層物理 研究所(Max Planck Institute for Aeronomy)に 滞在し、EISCATレーダーとオーロラ帯から磁気 赤道に展開する地磁気観測チェーンのデータを用い たグローバル地磁気擾乱の研究を行った。当研究所 は太陽プラズマ大気、惑星間空間、磁気圏、電離圏 熱圏、下層大気までの広範な領域の研究を行ってい る国立の研究機関であるが、運営はマックスプラン ク財団が行っている。マックスプランク研究所は自 然科学のみならず人文関係分野も含めてドイツ各地 に数多く設立されているが、同し分野の研究所とし てミュンヘンのMPI for Extraterrestrial Physics が成果を競っている。
 当研究所には私も含めて多くの外国人研究者が財 団によって招聘されている。また多くのポストドク の若い研究者や大学院から学部学生まで財団からの 資金援助を得て研究を行っている。外国人研究者と その家族は研究所から徒歩数分のところにあるゲス トハウスで生活する。最近の国際情勢を反映してロ シア人研究者が多く滞在しており、財団が認める最 長3年の滞在期間をフルに活用していた。
 研究所の居室は欧米のどの研究所もそうであるよ うに小さな部屋が基本であり、ゲストや学生は2〜 3人が1室を共用する。各机上に端末装置があり、 データベースのアクセスは部屋で行い、出力は各階 廊下のプリンターに出すシステムであった。データ べースはハードディスクに整理されて入っており、 24時間、所内、所外からアクセス可能であり、処理 ソフトも長年の蓄積があって、私のような一時滞在 者か短期間で仕事をするには効率的な体制であった。 計算機の使用に関しては技術スタッフが何人かいて、 相談にのってくれるが、解析ソフトの細かい話にな ると同じグループの研究者が最も良いアドバイザー であった。
 生活面での支援体制も整っており、外国人研究者 のためにあらゆる相談にのってくれる女性担当者が いる。彼女はゲストにとって最も重要な存在であり、 ビザ延長、医者の予約、アパートの電気スイッチの 故障、なんでも困ったことがあるとこの女性の部屋 へ行くか電子メールで連絡すると解決した。日本へ 帰ったあとも銀行口座をクローズするための事務手 続きを依頼している。ゲストハウスでは長期滞在し ている研究者夫妻がボランティアとして我々新参者 の面倒を見てくれる。買物の要領、ゴミの出し方、 車の買い方、野外バーベキュー、クリスマスパーテ ィーの計画など広範囲にわたっている。


▲写真1 夏になると近隣の市、町、村で夏祭が開
     かれ、レクレーション広場でバンド演奏、
     ビール、ソーセージを楽しむ。子供用に
     移動式のメリーゴーランドなどもある。

 研究予算は潤沢とは言えないが、私を招聘してく れたホスト氏によると8割方満足のいく予算を持っ ているとのことであった。旅費も潤沢ではないが、 ゲストを含めて最低、年1回の国際研究集会参加は 可能とのことであった。私が日本へ帰国後に出席す る予定であったインドネシアの赤道超高層シンポジ ウム出席旅費についても航空運賃を支給してくれた。 研究集会での彼らの態度は実に積極的で、ほとんど 休みなくディスカッションを行い、自分が持ってい ないデータを入手したり、今後の共同研究をも生み 出している。彼らが研究集会出席を重要な研究活動 と見ていることが分かる。
 研究所長はこの分野で名が知れ渡った3名の学者 からなり、数年交代で、そのうちの1人がManaging Directorとして責任を負う。毎週開催される運 営会議には、3名の所長、事務長のほかに研究者か ら選挙で選ばれた3名の代表が参加する。研究者代 表はいずれも第一線で活躍している研究者であり、 このような制度のおかげか、プロジェクトリーダー のような重要なポストの研究者も通常は研究に専念 し、着実に論文を発表している。所員への情報伝達 は毎週はじめに一人ひとりに配付される1枚〜数枚 のA4コピー情報紙と掲示板で行われる。情報紙の 内容は運営会議の抄録、計算センターや図書室から のお知らせ、セミナー案内、そして車やステレオ装 置のリサイクル情報まで含んでいる。


▲写真2 Burgberg(城山)小学校の入学式。校長
     が学校の沿革から子供に対する注意事項
     まで説明する。ビデオ、カメラの列は日
     本の入学式風景と同じだか、親も先生も
     ネクタイ、スーツからシーンズまでバラ
     エテイーに富んでいる。子供か手にして
     いる円錐形のTueteにはお菓子など親か
     らのプレゼントか一杯つまっている。授
     業時間表ばどのクラスも共通だか、先生
     の都合であるクラスだけ休みだったり、
     始業時刻が遅くなったりする。

 研究を支援する職種としてセクレタリーがある。 セクレタリーは物品購入、郵便物の授受、出張手続 きのほか、論文清書などの仕事を行う。特に、最近 の論文は原稿の段階で印刷可能なものを用意する場 合か多く、原稿を所定のフォーマットに仕上げる仕 事が重要となっている。私のホスト氏はセクレタリ ーがいなかったら、自分の研究成果の半分はなかっ ただろうと言っていた。事務員の数も研究所の規模 の割に著しく少ないように見える。恐らく、事務手 続きが単純なのとセクレタリーが事務的な仕事を分 担しているためであろう。私の赤道シンポジウム出 席旅費の決裁は、ホスト氏が所長に提出したメモの 余白に、所長がサインをしてそれを会計係にまわす というものであった。
 研究者の生活レベルがどうかということはよく分 からないが、ドイツ国民一般の生活はかなり豊かで あるという印象を受けた。綱の目のように張りめぐ らされている高速道路は無料で、そこを200キロの スピードで走るベンツやBMWなどの車が研究所の 駐車場にもたくさん見られた。広々とした家に住み 退職後の年金は年収の75パーセントという。研究、 勉強、著述、またボランティアとして社会活動をす る人も多いという。研究所のシステムは事務的な仕 事を簡略化し、研究者をいわゆる雑用から解放して いるように見える。特に、40代、50代のエスタブリ ッシュされた研究者が実質的な研究を行うことで名 実共に各研究分野のりーダーとしての役割を果たし ているのが印象的であった。
 最後に、招聘を受けるに当たって、快く承認して いただいた所長、企画部長はしめ、出張事務でお世 話になった方々に深謝します。


▲写真3 St.Martin祭。貧者に自分のマントを分
     け与えた騎士にちなんだお祭り。子供た
     ちかLaterne(提灯)を下げ、家々の前で
     敬をうたいお菓子やお小遣いをもらう。形
     ば違うが日本の「いのこ」を,思い出させる。



入所3年目を振り返って


周 駿

 CRLの関西支所に入所してから、早くも3年に なろうとしています。この3年間を振り返って見る と、いろいろ辛いこともあれば、たくさん楽しいこ ともありました。
 入所する前に、初めて関西支所を訪ねたのは、3 年前の夏ごろだったと思います。若い人が多くて、 いろいろな基礎研究に自由に取り組んでいるとの印 象を強く持ちました。当時、研究棟はできたばかり で、実験装置の半分程は箱の中に詰め込んだままの ような状態でした。また、周りは何もなく、交通も 不便で、よくこんな所にこのような立派な研究所を つくったものだと思いました。
 それから数カ月経って、12月ごろに本所で面接試 験かありました。実は、本所の面接を受ける前に、 留学していた大学の先生の紹介で、すでにある会社 への就職はほぼ決まっていました。その会社は、留 学先の大学の研究室と長い間青色発光ダイオードの 共同研究を行っていました。当時、今までできなか ったP型GaNの結晶生長は成功したばかりで、光 出力、発光効率、素子寿命、歩留まりなどを高める ための実用化研究はその会社がスタートしていまし た。私も入社して、これらの研究に加わる予定でし た。会社へいくか、CRLに来るか迷いながら、本 所での面接に臨んだことは今でもよく覚えています。
 その後、運か良く無事本所から内定通知をもらい ました。会社に入ると、今までの研究の延長線であ る実用化研究ができますが、やはり自由な雰囲気の 中で、基礎研究のできるCRLは魅カ的で、CRL に来ることにしました。
 関西支所で3年間の研究生活はけっして短くない と思いますか、やはり時間の経つのは速いものです。 特に、ここでは、優秀な研究者が集まっていて優れ た研究成果を次々と発表していきますので、焦って、 時間が経つのを余計速く感じたのでしょう。3年間 を振り返ってみると、研究所の新しい環境に無理な く慣れたこと、研究所の発展とともに新しい領域の 研究にチャレンジできたことは、やはり研究所の皆 さんの暖かいご支援があったからこそできたのだと 思います。
 入所して関西支所のコヒーレンス技術研究室に配 属され、スクイズド光(ある意味で、レーザ光より も雑音の少ない光と考えてよいですが)の発生と検 出の研究を行うことになりました。この研究は、量 子力学、レーザ光学、光通信などの分野に跨る研究 領域で、私にとって、まったく新しい分野でした。 また、日本では研究者が少なく、ヨーロッパ諸国に 先行された分野でもあります。研究室に入ってから 2年後、研究室では日本で初めて連続スクイズド光 の発生に成功しました。私自身は、パルススクイズ ド光の発生と検出の研究に励み、皆さんのご協力と ご支援もあって、パラメトリック発振器とパルスに 適用する検出器を開発し、パルススクイズド光の研 究の基盤技術を整えることができました。
 勿論、研究以外にも、沢山の思い出が有ります。 特に印象深いのは、初出勤日のことです。なぜなら、 実はこの日は、私が免許を取ってから初めて独りで 車を運転して町に出た日でもありました。研究所ま での道がわからない上、車の運転もよくわからない 私は、この日の朝8時ごろ、二重の不安を抱いたま ま、宿舎を出ました。運転するだけでも精いっぱい だったため、道がどうなっているか全くわからない 私は、何回も車から降りて、道を尋ねていましたが、 いつの間にか車も人も少なくなり、静かな道を走っ ていました。とても不安になったとき、畑で仕事し ているお爺さんの姿が目に映り、早速聞きに行きま した。が、途中で急に足が止まりました。そのわけ は、目の前に研究所があったからです。
 3年間、いろいろありましたが、今までの経験を 生かして、研究所の発展に貢献出来るよう、研究成 果を挙げることがこれからの課題です。

(関西支所コヒーレンス技術研究室)



短 信



CRL国際招待講演会開催される

 科学技術庁の中核的研究拠点(COE)育成制度 において、当所は平成6年度に「先端的光通信・計 測に関する研究」の領域で対象機関として選定され た。今回は、この研究を開始するに当り、当所が推 進する研究分野及ぴその動向を所内外に広く紹介し、 併せて国際交流をも深める目的で、国内外の世界第 一線の研究者を招聘して、開催された。講演会は、 3月15・16日の2日間、東京日本橋のホテルにおい て「光通信・計測の先端技術」と題し、このテーマ の基礎となる「光源」、「検出」、「伝搬」、「通信」及 ぴ「計測」の5つのセッションを設け、光通信と計 測分野の先端技術講演が行われた。
 講演は第一日目の「光源」、「検出」で各2件づつ 4件、第2日目は「伝搬」、「通信」、「計測」で各3 件づつ9件、合計13件の発表が行われ、2日間で延 べ425余名の参加で盛況のうちに閉会した。
 この、国際的規模の講演会開催を契機に、優秀な 人材の育成と確保、開放性と流動性の確保及ぴ良質 の研究成果の発信に一層の努力を重ね通信総合研究 所が光先端的通信・計測の分野においてCOE化を 推進していくこととしている。
 今後、この講演会を年に一度開催することとして おり、次回開催日は来年春を予定している。
 ※(会場風景の写真が1ページの所に掲載しております)



客員研究官懇談会を開催

 去る3月10日(金)、平成6年度客員研究官懇談 会を開催した。先生がたには、それぞれ関連分野の 部・研究室を回っていただき、所の研究環境、要員、 研究プロジェクトなどを予め見ていただくよう視察 を設定した。そこは専門の先生方、視察どころか研 究を進めるうえでの問題点や方向性について具体的 にご指導を賜り、研究室から好評を得た。
 その後、大会議室において顧問4名、客員研究官 10名の参加を得て、古濱企画部長による「通信総合 研究所の現状」について及び塩見総合通信部長より、 平成7年度から開始する「情報通信基盤技術の研究 開発」についての基調報告に基づいて討論を行った。 手代木総合研究官の司会で「産官学における研究連 携のあり方」を念願に討論をお願いした。特に、情 報通信基盤技術の研究開発では施設整備に大型予算 が認められた反面、試験研究費や旅費などか不足し ているなかで、広く産学との研究連携の枠組みやテ ーマの選定方法などについて出席者全員が発言する など活発な討論が行われた。論議はその後の懇親会 場でも、あちらこちらに輪を作って行われた。


▲写真 本所4号館大会議室においての討論の様子



10年ぶりに流氷接岸

 新聞によると稚内地方気象台は2月21日、「流氷 接岸の初日」を観測した。
 「流氷接岸の初日」は、稚内港にある気象台周辺 の海岸線の8割程度を流水が埋めた時に発表するこ とになっている。前回観測したのは1985年1月19日 で、10年ぶりの観測だそうだ。
 オホーツク海上の低気圧かもたらした数日間連続 の北風により、オホーツク海の流氷は、2月20日か ら21日にかけて一気に宗谷湾に流入した。一夜明け た21日朝には稚内港の港口から天北埠頭と、北防波 堤ドーム基部からノシャップ岬までの前浜一帯を覆 い尽くし、さらには、利尻島の北約10km、礼文島 の東約20kmまで接近したそうだ。また、沖合いの シケと潮との関係から、幾重にも折り重なるように 厚さを増し、所によっては岸辺まで打ち上げられて いるところもあったそうだ。この流氷のため、数隻 の漁船が流氷に進路を阻まれ、航行不能となった。


▲写真 流氷で埋め尽くされた港