図1 イオンの高分解能分光のための実験装置
けがの功名
実際の作業は、マイクロ波を掃引しながら螢光強
度のモニタ画面を凝視することの繰り返しである。
初めは変化はあらわれず、いったい本当に見えるの
だろうか、と不安な日々が続いた。SN比を上げる
努力を重ねたある日、ひょっこりダイヤモンドは姿
を現わしてくれた。ごくごくわずかの螢光強度の違
いが確認できたのである。マイクロ波を掃引した結
果得られたのは、予想に反して数十kHzの幅をもつ
スペクトルであった。マイクロ波の強度が強すぎる
ことによって、スペクトルがひろがってしまう現象
がおこっていたのである。ダイヤモンドが長さ数十
メートルに化けて埋っていたようなものだ。Cdイ
オンの位置でのマイクロ波の強度は確認のしようが
ないためできるだけ効率よく導入できるようにして
いたのだが、実際には強度は吸収を検出するには十
分、いや十分すぎたのである。これは最終的には除
去しなければならない広がりなのだが、今のように
周波数を探している段階ではたいへん助かったわけ
だ。
決して一か八かで実験しているのではないが、初
めてやる実験には手探り状態がつきものである。こ
ちらで気のつく条件を一生懸命整えていくうちに、
いつのまにやらプラスアルファがそろっていたよう
だ。他のどの条件が欠けていても結果はでなかった
のだが、最後のプラスアルファはCdの方から「ま、
そこまで言うならそろそろ姿を現わしてやるか」と
付け加えてくれたような気がする。
マイクロ波の吸収が確認できたあとは、ひたすら
スペクトルの幅を狭くするための努力が続いた。
図2 マイクロ波周波数を掃引したときの蛍光強度の変化
マイクロ波の強度を調整するだけでなく、Cdを純度
の高いものにかえたり、レーザー光の強度や他のさ
まざまなパラメータを調整した結果、図2のような
幅6Hzのスペクトルが得られた。簡単のため図の
横軸の周波数の値は絶対値ではなく単にスケールを
示すものにしてある。このような測定を繰り返すこ
とによって誤差2Hzの範囲内でスペクトルの中心
の周波数を読み取ることができた。
磁場による周波数シフトの補正
最終的に数値を求めるためには地磁気などの残留
磁場によるシフトを補正しなければならない。真空
チェンバーのまわりに3対のコイルを巻き、イオン
の位置での磁場の向きや強さを変化させて各々の磁
場での周波数を測定した。理論的にこれらのシフト
量は磁場の値の2乗に比例することがわかっている
ので、この曲線と測定値とを比較して磁場がゼロの
ときの値を求める。図3はその比較であるが測定結
果は理論的に予想される2次曲線ときれいに合って
いる。図の縦軸は下に示す周波数の下3桁のみを表
示したものである。
これらの補正を行い、113Cdの基底状態の超
微細構造間隔を、15 199 862 858Hzと決定した。
図3 超微細構造間隔の周波数の磁場依存性
おわりに
イオントラップという技術を用いたことによって、
Cdイオンの超微細構造が従来よりもはるかに精密
に求められた。それにしてもたった一つの数値を求
めるための苦労をいまさらながら実感させられた。
卓上になにげなく置いてある理科年表の重みが、最
近の私には何倍にも増したような気がしてならない。
(関西支所電磁波分光研究室)
図1 アンテナ配置
その配置は、電波の入射方位に沿う直交L字型が望まし
いが、地形や既存施設による制約のために図の配置
とした。システムの構成を図2に示す。各アンテナ
に付随するRF部はそれぞれ、到来したビーコン
a・bを、共通のローカルを用いて100MHz帯IF
に落とす。特に低雑音コンバータとしては、BS用
市販品を外部ローカル対応に改造して使用した。I
F以降の機器はB点に置かれているが、そこからア
ンテナA・Cへ向けたローカル源振の供給ならびに
IF伝送のためには、位相を安定化した光ケーブル
を使用した。受信部RXはそれぞれ、ビーコンa・
bを分波する。そして両衛星について、L字配置の
中央アンテナB2の位相を基準として、他のアンテ
ナ系の位相を測定する。このとき100m基線の観測
では、波長の整数借相当の位相不定性(ambiguity)
が生じるので、それを解消するために4mの短基線
での観測を併用している。
差動観測を実現するためには、2衛星に対する観
測を同時並列に、しかも均一な特性をもって行わな
ければならない。ここでは、各系のIFをさらに10
MHz帯に落としてから直接サンプリングを行い、
デジタル的に位相を計測する。
図2 システム構成
アンテナB2系の信号a・bをそれぞれ追尾して基準位相を作り、それ
を基に残り4系統について2衛星分の位相計測を、
すなわち合計8チャンネルの位相計測を並列に実行
する。衛星間の差動化(DlF)および位相不定性除去
(AMB)は、位相計測データ収集の後段に続くソフ
トウェアで行う。その結果、基線AB・CBにおけ
る方向余弦(方位・仰角に近い角度データを表す)の
差が、観測データとして得られる。
この観測データから衛星の相対運動を推定するた
めにはカルマンフィルタが適しており、その作成を
別途進めている。そのフィルタは2衛星にそれぞれ
対応する2組の軌道力学モデルを有していて、それ
らが予測した観測値の差が、実測された差動観測デ
一夕に合うように各モデルの状態をアップデートす
ることにより、衛星の相対位置・速度をリアルタイ
ム推定することができる。
本システムの特徴
2衛星に対して厳密に同時並列な観測を行う機能
は、本システムの最大の特徴である。差動干渉計の
開発に先だって当所では、アンテナ追尾による差動
測角の方法を研究してきた。それは2衛星を交互に
切り替えつつ自動追尾を行い、補間法により衛星の
角度差をとるもので、相対運動の観測のために運用
可能であることが実験で確認されている。しかしこ
の方法では、切り替え時間のあいだに大気屈折が変
化してしまうため、差動化の後になお誤差が残され
ていた。本システムはこの問題の解消をめざして考
案されたものであり、原理的には100mより良い相
対位置の決定精度をねらうことが可能である。
今後の実験の進め方
基線AB・CBの信号伝送については位相安定化
を施したが、外気温の変化により多少の位相変動は
避けられない。これによる観測誤差は本来、差動化
により消えるはずのものである。ところが、推定フ
ィルタのモデルが線形で済むならば差動観測データ
だけを入力すればよいが、実際にはそうでないため、
差動化しない観測データも与えて各衛星の絶対位置
を参照しなければならない。そこで位相変動の現れ
方を把握し、それに整合したフィルタリングを工夫
する必要がある。
2衛星のビーコンは大気中のわずかに異なる経路
を通るから、大気の乱れの影響もわずかながら異な
るであろう。それが同時差動化の後にどれだけ観測
誤差をもたらすかは、実験によりはじめてわかるこ
とだが、このようなデータは大気中の電波伝搬の研
究にも役立つのではないだろうか。
さてこれらの問題がクリアできたとして、推定し
た衛星の相対位置がどれだけ正しいかを較正しなけ
ればならない。従来の技術に比べて高精度をねらう
のだから、精度較正の仕事はむずかしそうである。
本システムの開発は、このように技術的に面白い
間題に係わりつつ、最終的に「静止軌道の有効な利
用」という実務的な応用をめざしている。まだハー
ドウェアがようやく出来上がったところだが、衛星
通信に関連してこのような研究開発テーマがあると
いうことを添えて紹介させて項いた。
(関東支所 宇宙制御技術研究室)
(標準計測部 周波数標準課)
(電磁波技術部 ミリ波技術研究室)
写真1 ミリ波構内通信実験室での共同実験
写真2 天井の反射特性の測定
鈴木龍太郎(総合通信部 統合通信網研究室)
放送教育開発センターからの中継映像
図1 ネットワーク構成