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アンチモン系量子ドット面発光レーザの研究開発

大谷直毅 (おおたに なおき) - 基礎先端部門 光エレクトロニクスグループ

1994.4 株式会社 エイ・ティ・アール光電波通信研究所 客員研究員。 2001.4 通信総合研究所 基礎先端部門光エレクトロニクスグループリーダー現在に至る。 専門分野: 半導体光デバイス、光物性。

1. 研究の背景

情報通信社会の高度化が進むにつれて通信量が増加することが容易に予想されます。こうした状況の中では通信網に 使われるデバイスの数が増えるとともに、個々のデバイスの性能を向上させる必要に迫られます。従って新しい デバイスには従来と比較して低消費電力化、小型化、高速化、低価格化などが求められるようになります。

情報通信研究機構(以下NICT)の光エレクトロニクスグループでは、近未来の光通信に使われるデバイス(光デバイス)の 基礎研究を行っています。研究テーマのひとつが量子ドットレーザです。量子ドットとは、図1に示すようなナノメートル サイズの微小な領域に電子を閉じ込めることによって発生する量子力学的な効果によって電子のエネルギーを人工的に 所望の値に揃えることができるナノテクノロジーのひとつです。電子のエネルギーを揃えると、余分なエネルギーを 使わないので省電力のレーザが作製できます。しかしながら、量子ドットの研究は盛んに行われていますが、 量子ドットの大きさがなかなか揃わない、密度が低いなどの諸問題が解決されず現段階では、実用化に至っていません。

そこで、当グループでは、アンチモンという従来あまり使われていない材料を用いて、これらの問題を解決する試みを 行っています。昨年になり、われわれが作製したストライプ型のアンチモン系量子ドットレーザが、光ファイバ通信で 用いられる1.3ミクロン帯において室温発振に成功しました。これは安価なGaAs(ガリウム砒素)基板を用いているため 低価格化にも有効です。

2. 最近の研究成果

基板に対して垂直に光を取り出す面発光レーザは、低消費電力化や面内集積化に有効なデバイスという特長を有する ことから、光通信用デバイスとして期待されています。しかしながら、従来の研究では光通信波長帯(1.3〜1.55ミクロン) での面発光レーザの成功例は少なく、実用化に繋げる研究成果が求められていました。

当グループでは、ストライプ型レーザで成功したアンチモン系量子ドットを面発光レーザに応用しました。図2に面発光 レーザの基本構造を示します。発光部分となる活性層にInGaSb(インジウム・ガリウム・アンチモン)量子ドットが入って います。従来の技術ではアンチモン系量子ドットの密度が低いという欠点がありましたが、量子ドット形成前の基板に シリコン原子を照射して量子ドットの密度を100倍以上にするという独自の技術を開発して、レーザ発振に必要な利得を 可能にしました。活性層を挟む上下の多層膜ミラーは、GaAsとAlAs(アルミニウム砒素)薄膜の周期構造からなり、 波長1.3ミクロン付近で94パーセント以上の反射率を実現しています。基板にGaAsを使用することにより、デバイスの 低価格化とともに多層膜ミラーの作製が容易になるという利点があります。図3に作製した面発光レーザの断面の電子 顕微鏡写真を示します。GaAs基板上に活性層を挟む上下の多層膜ミラーがきれいに形成されていることが確認できます。

図4に面発光レーザの電流注入時の発光特性を示します。素子温度は約10度、注入電流700mAのとき、波長1.34ミクロンに おいて鋭いピークが現れていることからレーザ発振が確認できます。この発振波長は光通信波長帯の面発光レーザとしては 最も長波長なものです。こうした結果などから、アンチモン系量子ドットが長波長レーザに有効であり、且つ、光通信 波長帯の面発光レーザの室温連続発振を可能にしたと考えています。

3. まとめ

従来は困難であった光通信波長帯の面発光レーザがアンチモンという新しい材料の量子ドットによって達成できました。 今後は1.3ミクロン帯での性能向上とともに、ほとんど報告例のない1.5ミクロン帯面発光レーザの開発を目指します。 あまり使われていない新材料によるレーザ開発はハイリスクな研究でしたが、NICTの光デバイス技術センターで作られた 高品質な結晶により極めて短期間(実質2年半)で成し遂げることができました。同センターの運営に関わる皆さまに 感謝いたします。

最後に、ここに紹介した研究成果は、5月末に鹿児島で行なわれた「インジウム燐および関連材料の国際会議」に Post Deadline Paperとして採択され、大変好評を博したことを付記します。