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新世代移動通信システム用ソフトウェア無線機の研究開発

原田博司 (はらだ ひろし) - 横須賀無線通信研究センター ワイヤレスアクセスグループ グループリーダー

'95年大阪大学大学院工学研究科修了。博士(工学)同年、郵政省通信総合研究所(現情報通信研究機構)入所。 オランダ、デルフト工大、ポストドクトラルフェローを経て現在、デジタル信号処理を利用した移動無線通信方式の 研究に従事。


近年、移動体通信においては、高速化、多機能化に伴い新しい無線通信システムが次々と導入されようとしています。 そして、ユーザーがいる場所や要求にあわせて最適な通信回線を自動選択し、速やかに情報を通信の相手方に伝える ことを可能にする新世代移動通信システムの実現が期待されています。しかし、これらの無線システムをすべて 利用できる無線機を所有することは困難です。このような状況を解決する一つの手段として「ソフトウェア無線技術」 があります。これは、今までアナログ回路で処理されてきた無線端末の機能をデジタル回路でソフトウェアにより 処理するもので、ソフトウェアを変更することによって、所望の無線通信システムの機能を実現するものです(図1)。

NICTはこのソフトウェア無線機の開発を1997年より行っており、1999年および2001年に高度道路交通通信用ソフト ウェア無線機の開発に成功しています。しかし、高度道路交通通信のみならず携帯電話システム、無線LAN等の各種 ワイヤレス通信システムを利用した新世代移動通信システムを実現可能なソフトウェア無線機については、信号処理を こなす共通プラットフォームおよび通信システム切り替えソフトウェア等が未整備であったため実現ができていません でした。

今回NICTはソフトウェア無線機用の信号処理部として汎用的なデバイスおよび各種高周波無線部によって構成された ソフトウェア無線開発用共通プラットフォームを開発しました。そしてこの共通プラットフォームを利用したソフト ウェア無線機の開発を行いました。開発したソフトウェア無線機は写真1に示すように表示部(カメラによる動画像 撮影機能付き)および無線信号処理部からなります。また、無線信号処理部の内部は写真2に示すようにNICTで独自 開発した書き換え可能なFPGAデバイスを用いたFPGAボードおよびCPUデバイスを用いたCPUボード、オープン インターフェースを持った高周波無線ボードからなる共通プラットフォームで構成されています。このプラット フォームの特徴として、CPUボードのオペレーションシステム(OS)に携帯電話等で用いられつつあるITRONを採用して います。その結果、この共通プラットフォームで開発したソフトウェアは携帯電話システムへ容易に移植可能です。 そしておもに無線伝送に係る物理層はFPGAで、またプロトコルに代表されるデータリンク層、ネットワーク層は CPUボードで動作します。高周波無線信号処理部としては2GHz帯と5GHz帯に対応しています。各ボードの仕様を表1に まとめます

また、このプラットフォームに対してソフトウェアをインストールするためのインストールソフトウェアおよび各種 通信システムをユーザーの希望にあわせて、任意の順序で変更可能なシステム切り替えソフトウェアも開発しました (図2)。ユーザーは、各種通信システムを実現するソフトウェアをコンパクトフラッシュカードに一時記憶し、 無線機背部に差し込み、インストール用のソフトウェアを立ち上げることにより各種通信システムを容易に インストールすることが可能です。このとき、その各種通信システム用ソフトウェアの優先度、通信システム 切り替えの条件等もユーザーが決定でき、さらにソフトウェアの自動・手動の切り替えも選択することができます。 そして、このような共通プラットフォームを用いて第3世代移動通信システム(W-CDMA)および高速無線LANシステム (IEEE802.11a)を実現するソフトウェアも用意しました。

これらのソフトウェアに関しては物理層、データリンク層、ネットワーク層すべてのソフトウェア化に成功しており、 適宜共通プラットフォーム上で変更することが可能です。また、W-CDMA機能を実現するソフトウェアは市販のW-CDMAの 基地局シミュレータとも接続が可能です。そして、無線用の信号処理部と表示部を組み合わせることにより、W-CDMA、 IEEE802.11aを介した動画像およびIPネットワーク上で音声通信を行うプロトコルであるVoIP(Voice over IP)を 用いた音声通信も可能です。これらの関連機器を組み合せたデモンストレーションのためのシステム構成を図3に 示します。ソフトウェア無線機はW-CDMAおよび無線LANのアクセスポイントを介してネットワーク上の固定端末と 接続されています。まず無線LANアクセスポイントに対する無線信号レベルを下げ、W-CDMA用の無線信号レベルを 上げると、W-CDMA用ソフトウェアが無線機にダウンロードされ、W-CDMAネットワークを介して、動画像、音声通信が 実現できます。また、無線LANアクセスポイントに対する無線信号レベルを上げ、W-CDMA用の無線信号レベルを 下げると自動的に無線LANに切り替わり、数10Mbpsの高速無線回線を利用した動画像、音声通信がシームレスに実現 することができます。

本無線機の開発の成功により、ソフトウェア無線機を用いた新世代移動通信システムの実用化への第一歩を確立 しました。今後はこの共通プラットフォーム上でW-CDMA、IEEE802.11aのみならず、各種移動通信システム及び各種 放送受信回路等もソフトウェア化し、ユーザーの希望に応じて、たった1台で各種通信システム、放送システムを 何種類でもスムーズに切り替え可能なソフトウェア無線機の開発を進めていく予定です。また、共通プラット フォームおよび関連ソフトウェアの技術移転も検討しています。


Q. デバイスやボードで使われている"FPGA"とはなんですか。
A. FPGAはField Programmble Gate Arreyの意味で、プログラミングができる大規模集積回路のことです。
Q. OSに使われている、ITRONとはなんですか。
A. "TRON"は、The Real-time Operating System Nucleusの意味で、産業機器や家電製品などに 内蔵されている実時間動作基本ソフトウェアの一つです。標準化がプロジェクトとして公開されています。 特にITRONは、Industrial TRONの意味で、産業機器等への組み込みシステム用の基本ソフトウェアです。
Q. 物理層、データリンク層、ネットワーク層とはなんですか。
A. 物理層は、無線ネットワークに接続する際に物理的な接続・伝送方法を定めたもの、 データリンク層とは、再送要求など無線の通信を行う上での取り決めを行うもののことです。ネットワーク層とは、 データリンク層以下のネットワーク通信を行うための方式を定めたものです。

1台の端末で多くの無線通信サービスが提供
近い将来、ユーザーは複数の通信機器を持たなくても、このソフトウエア技術による端末を一台入手する だけで、希望する通信システムを使い分けることができるようになるかも知れません。「ソフトウエア無線機」は PHS、ETC、GPS、ラジオ放送などの私たちの生活に密接に関わるサービスの享受がこれ一台で可能になる夢の無線機です。