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情報通信研究機構 スケーラブルVR リサーチセンター

プロジェクトメンバー

SVR プロジェクトは、教育への適用研究のためプロジェクトメンバー以外にも多くの組織・専門家に協力頂いています。 コパン遺跡のVR製作は、ホンジュラス人類学歴史学研究所(中村研究員)、教育現場はメディア教育開発センター (加藤助教授)、慶応幼稚舎(相場主事、他)、金沢大付属中学(松原教諭、他)、早稲田大学(寺崎講師)、和歌山大 (尾久土教授: 国立天文台客員教授)、実験授業等は、各学校の他、国立科学博物館含む美術館・博物館と協力して 長期間の実証実験を実施してきました。

はじめに

はじめに コンピュータ技術の発達によって、大型のグラフィック専用コンピュータだけではなく、携帯電話のような小さな端末までが 高精細なコンピュータグラフィクスを表示する能力を備えるようになりました。つまり、シアターのような大型の スクリーンから、携帯型の非常に小さな表示画面にいたるまで、バーチャルリアリティ(VR)の表示端末として使うことが できるようになってきています。 われわれは、こうしたさまざまな大きさや機能を持つ端末をネットワーク接続することによって、参加者がその状況や 目的に応じた端末を使い分けながら、同時に1つのVR空間の共有を実現する技術の研究開発を行っています。 本プロジェクトでは、特に教育分野への展開を目指して、実際の教育現場と連携をとりながら研究開発を行っています。

スケーラブルVRの概要

スケーラブルVRでは、シアター型、ホーム型、モバイル型などの異なる形態や機能を有するVR端末が多地点接続された 「共有型VR環境」を実現して、これを教育分野に応用するための研究を行っています。例えば図1に示すように、シアター 型端末では大勢の参加者が同時に、あたかもその場所にいるかのような臨場感を味わうことができます。そしてホーム型 端末では家庭や教室から、モバイル型端末では屋外から手軽に同じVR空間に参加することが出来ます。さらに、これらが 相互にネットワーク接続されることによって、さまざまなVR端末を利用している全ての参加者が同時に同じVR空間に参加 することができるようになります。 こうした目的の達成のために、私たちのプロジェクトではまず、効果的な教育のための概念の提案をするとともに、それを 実現するVRコンテンツ、カリキュラム、そして誰でも容易に利用出来るようなユーザインタフェースの開発を行っています。 さらに、こうした教育コンテンツを動作させるために、共有型VR空間を制御するためのソフトウェアプラットフォームの 研究開発を進めています。このプラットフォームを基盤として利用することにより、今後も様々な効果的教育コンテンツの 開発が可能となります。

研究開発状況

要素技術

まず、さまざまなVR端末にスケーラブルに対応するVRを実現するための要素技術の一つとして、Scalable Scene Graph(SSG) を開発しています。SSG とは、あるVRの世界の中にどのような「もの」(建物や人物など)があるのかということを表す 基本的な情報(メタ情報)の集まりで、通常各VR端末はこのSSGを共有します。そして、描画時にメタ情報を元にその端末の 描画性能に適した形状データを入手し、実際に描画します。 次に、スケーラブルVRを教育に応用する際の、視点情報の制御を行う方法として遠足メタファに基づく同期システムを 開発しました。これは、ガイドや教師のVR環境の視点に他のVR環境の視点を緩やかに追従させるためのシステムで、 参加者のインタラクティビティを損なうことなくストーリーやカリキュラムを進行させることができるようになりました(図2)。

実証実験

スケーラブルVR技術を利用して、博物館における展示と、天文教育の支援を試みています。ここでは、簡単にそれらに ついて紹介します。

博物館展示への応用
平成15年に上野国立科学博物館で開催されたマヤ文明展において、コパン遺跡の現在と過去の様子を復元した VRシアターを一般公開しました(図3)。この展示では4m×13.5m という巨大なスクリーンによって、100名以上の観客が 同時に臨場感のある映像を楽しむことが出来ました。スクリーンの前には案内人が立ち、マヤ文明の歴史や文明の特徴を 説明しながら、バーチャルガイドツアーを行いました。 シアターの外にはPCを設置し、観客はシアターの中に入らなくても、シアターで上演されているのと同じ映像と音声が 楽しめるようにしました。このPCを利用して、「遠足メタファ」名付けた方式の実証実験をおこないました。この方式を 利用すると、PCの利用者が単に鑑賞しているときにはシアター内のツアーに同行しますが、ゲームコントローラを自分で 操作すると、ツアーから離れて自分の意志で自由に遺跡を散策できるようになります。しかし再びゲームコントローラの 操作をやめると、自動的にツアーに連れ戻されることになります。 これによって、ホーム型端末を遠隔地から利用する人であっても、シアター内の観客と同じようにバーチャルガイドツアーに 参加できることを示すことができました。また、特別実験として、このシアターと、都内の小学校のホーム型端末とを ネットワーク接続し、バーチャルツアーの案内人と遠隔地の小学生が相互に会話をしながらマヤ文明について学習する 実験も行いました。
天文教育への応用
太陽系を正確に再現したVR空間を作成し、小学生から高校生を対象とした天文教育実験を行っています。宇宙では、 空間の概念とともに時間の概念を教えることも重要です。そこで、われわれは時間に対しても遠足メタファを導入すると ともに、時間軸を自由にコントロールするためのインタフェースとして、時間コントローラを開発しました(図4)。 これによって、生徒たちは時間を自由に進めたり戻したりできるようになりました。また、先生が操作するシアター型端末 には太陽系を俯瞰する映像を、生徒が操作するホーム型端末には地上からの映像をそれぞれ表示するなどして、天文現象を 複数の視点から同時に観察できるようにしました。こうした観察結果を統合することで、1つの現象を理解させること ができます。

おわりに

本プロジェクトは教育分野で本当に有効に使えるシステムの開発を目指してきました。そのために、博物館や教育関係者を 研究グループに加え、まず、教育には何が必要かということを明らかにすることから始め、その次にそれを実現するための システム開発をおこなうという、「コンテンツ主導型」の研究開発を行ってきました。 VRを利用した教育システムは様々な事例が報告されています。しかし、複数の視点を同時に生徒に観察させることによって 理解を促進させようとする共同学習方式や、授業を円滑に進めるために開発した、遠足メタファによる制御方式は世界的に 見ても新規性の高い試みです。これは、コンテンツ主導型の方法を採用した成果であります。 今後は、開発した教育コンテンツをより多くの現場で利用して頂けるよう活動し、本研究成果を社会に還元していきたいと 思っています。


Q. スケーラブルVRとは、どういうものですか。
A. スケーラブルVRは、SVR(Scalable Virtual Reality)ともいわれ、異なったVR環境を相互に接続し、混在型のVRを構築して、 教育分野を中心に利用活用しようというものです。そのためスケーラブルVRコンテンツの生成と利用技術、さらには配信や 符号伝送技術といった2つの分野で研究が行われています。
Q. 博物館での実施例には、どのようなものがあったのですか。
A. 設置されたVRシアターを使って、解説員との質疑応答などを行い、先導されながら本物のマヤ遺跡を歩いているような 臨場感が味わえる"ギャラリートーク実験"、俳優さんによるバーチャルなマヤ遺跡のガイドツアーである"ガイドツアー実験"、 学校教育への適用実験などが行われました。

通信と放送のコンテンツ融合によって、さまざまな課題が解消
現在は実験段階ですが、Webページから漫才メタファを用いて漫才のような対話生成を行い、キャラクタアニメーションと 合成音声によって、テレビ番組のような放送型のコンテンツへの変換に成功しています。この様子は、2004年7月に けいはんな情報通信融合研究センターの一般施設公開でも公開されました。こうした技術が完成し、普及することで、 デジタルデバイドの解消はもちろん、本格化するデジタル放送のコンテンツ不足解消にも役立つものと期待されています。