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衛星携帯電話の試作と評価

浜本直和 (はまもと なおかず) - 無線通信部門 研究主管

1977年郵政省電波政省電波研究所(当時)入所。 入所以来、固定及び移動体衛星通信システムの研究開発プロジェクトに従事。


はじめに

最近の地上系携帯電話の発達は目覚ましく、人の住んでいる所ならばほぼどこでも利用可能になってきていますが、 それでも日本国内のどこでも使えるわけではありません。 それは、地上系の携帯電話システムには基地局が必要なため、これが設置されていない山間僻地や離島では携帯電話が使用できないからです。 そこで登場するのが衛星携帯電話で、地上系の基地局に相当する無線中継機能を人工衛星に搭載することにより 広範囲で柔軟なサービスを実現することができ、また災害等により基地局が被害を受けることによるサービスの低下等を防ぐことが可能です。

現在サービス中の衛星携帯電話システムとしては、低軌道周回衛星を多数用いたIridium(米国)やGlobalstar(米国)、 1ないし2機の静止衛星を用いたACeS(インドネシア)やThuraya(アラブ首長国連邦)があります。 前者は地上と衛星間の距離を短くして地上端末の小型化を実現し、静止衛星を用いる後者のシステムでは 直径10m以上の大型反射鏡アンテナを衛星に搭載することで地上端末の小型化を実現しています。 なお、静止衛星システムのサービスエリアは周回衛星システムに比べると狭くなりますが、 1つの衛星でサービスをすぐに開始できるメリットがあります。

日本では移動体衛星通信サービスを提供する商用の静止通信衛星(N-Star)がありますが、 衛星能力の限界から衛星携帯電話サービスまでには至っておりません。 しかし、衛星の技術は日進月歩で進歩しており、今後打ち上げられる衛星では 日本の技術による衛星携帯電話サービスの提供が期待されています。 そこでNICTでは将来の衛星携帯電話の開発に役立つ技術的な基礎データを得るため、 衛星携帯電話の試作と評価を平成14年度から行ってきました。

試作した衛星携帯電話の概要

静止衛星システムを想定して試作した衛星携帯電話(試作電話端末)を写真1に示します。 携帯型は地上系携帯電話と同様に耳に当てて音声通信を行う通常の移動局としての機能を有し、 PDA(Personal Digital Assistance)型は衛星電話に電子手帳やポケットコンピュータ機能を組み込むことを想定したもので 音声通信あるいはデータ通信機能を有しており、直径50cm程度のパラボラアンテナと組合せることにより 基地局としても機能します。いずれも単3あるいは単4電池6本で動作します。 諸外国で実用化されている衛星携帯電話には大型の棒状アンテナが本体に付いており携帯性の面で難点がありましたが、 試作電話端末では小型の平面パッチアンテナを電話機本体の中に組み込むことに成功し携帯性を大幅に改善しています。 また、市販の小型GPS受信機と試作電話端末を組合せて位置情報を基地局に送り、 パソコン画面の地図上に位置を表示する機能を設けました。 これは衛星携帯電話の利点である災害地での非常時通信への利用を想定したものです。 なお、周波数は移動体衛星通信に割り当てられている2.5 GHz(受信)/2.65GHz(送信)を用いています。

試作電話端末を用いた特性評価

衛星携帯電話を使用するときは、電波の減衰が起きないよう衛星が見通せる場所で通信を行うことが前提ですが、 実際の運用では伝搬経路近くの構造物や樹木による反射・回折、端末を向ける方向、 窓越しのガラス等が通信品質に影響を与えます。そこで試作電話端末を用いて、 将来の実用システム構築に必要な特性評価を行いました。

測定結果の一例として、衛星がビル角で見え隠れする状況で受信した時の強度変動例を図1に示します (実際の測定は60mの鉄塔上に設置した送信機を模擬衛星とした)。 模擬衛星が完全に見える領域でも5dB程度の変動(最大と最小の電力比が3倍程度)があり、 この変動を考慮したシステム設計や運用上の注意が必要です。 測定結果の一例として、衛星がビル角で見え隠れする状況で受信した時の強度変動例を図1に示します (実際の測定は60mの鉄塔上に設置した送信機を模擬衛星とした)。 模擬衛星が完全に見える領域でも5dB程度の変動(最大と最小の電力比が3倍程度)があり、 この変動を考慮したシステム設計や運用上の注意が必要です。 例えば、受信電力の変動に対する余裕(回線マージン)をまったく設定しないシステム設計を行うと、 ビルの壁際から4m程度以内では送受信が不安定になることが図1からわかります。 また試作電話端末は1Wの送信を行う(地上系の携帯電話に比べ送信電力が2倍程度となる)ため 人体頭部への影響も評価する必要があります。そこで千葉大学大学院自然科学研究科伊藤公一研究室のご協力により、 人体頭部の比吸収率(SAR:Specific Absorption Rate)の測定を行いました(写真2)。

測定の結果、通常の使用状態でのSARは許容値の上限である2W/Kg付近にあることがわかりましたが、 アンテナ位置の調整等によりその許容値を十分クリアーでき、安全性の確保が可能です。

おわりに

日本でも来年には13m級の大型展開アンテナ鏡面を搭載した技術試験衛星VIII型(図2)の打ち上げが予定されており、 次世代の移動体衛星通信システム技術の構築が行われようとしています。 試作した衛星携帯電話はこの衛星でも利用可能なように設計されており、 防災や遠隔医療等の様々な衛星通信実験で運用性等について評価し、将来の実用化に貢献できることを期待しています。


Q. 現在、衛星通信の商用サービスを行っている"N-Star"について紹介してください。
A. N-Starとは、平成7年8月にa号機が打ち上げられたNTTの通信衛星で、 静止軌道はa号機が東経132度、b号機(平成8年2月に打ち上げ)は東経136 度です。 ミッションの主要緒元は、高速広帯域系ではマルチビームによるKaバンドで、離島を除く全国をカバー、 電話・ISDNなどではシングルビームのKaバンドとKuバンドで、離島を除く全国をカバー、 移動体通信などではCバンドとSバンドで、日本全土をカバーしています。 衛星寿命は10年以上ですが、稼働10年目に入ったことや通信の多様化とあいまって、 そろそろ代替機が望まれるようになってきました。
Q. 来年に打ち上げが予定されている、技術試験衛星VIII型について紹介してください。
A. 技術試験衛星(ETS)VIII型は、多様な宇宙通信の研究ミッションに対応可能な 世界最高水準の3トン級の静止衛星で、世界最大・最先端の大型展開アンテナを持ちます。 この大型展開アンテナは、正六角形のモジュールを14個を結合して組みあげられ、 その大きさは13mにも達し、送・受信用にそれぞれアンテナを持っているため、 アンテナ全長は37mにもなります。静止衛星軌道は東経146度を予定しており、 2GH2バンドの周波数を用いて携帯端末を用いた音声通信、 移動体向け高速パケット通信などを行うことになっています。 衛星主要機器・アンテナ鏡面開発及び衛星打ち上げは宇宙航空研究開発機構(JAXA)、 搭載通信機器の開発はNICTが担当しています。

衛星通信研究の"聖地"、鹿島宇宙通信研究センター
今回紹介した衛星携帯電話を始めとする衛星通信の研究開発は、 NICTの鹿島宇宙通信研究センターが中心になって進められています。 同センターは、1964年に開催された東京オリンピックの国際衛星TV中継を始め、 通信衛星(CS)や放送衛星(BS)の実用化研究に取り組むなど、その成果は広く一般に普及しています。 40年以上の伝統と実績が、明日の衛星通信を支えているのです。