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より高精度な標準時を目指して

花土 ゆう子 (はなど ゆうこ) - 電磁波計測部門 時間周波数計測グループ 主任研究員

1989年、通信総合研究所(現NICT)に入所。鹿島VLBIグループを経て標準時関係の業務に。現在、日本標準時システムの整備と 時系アルゴリズムの研究に従事。


はじめに

普段何気なく利用しているTV・ラジオの時報やNTTの時報サービス。これらの元になっているのは、NICTの作る日本標準時 (JST、Japan Standard Time) です。「作る」というのは不思議に聞こえるかもしれませんが、原子時計から出る信号を計測し、 計測結果を使って計算し、計算結果に従って機器を調整することで、JSTという時刻は作り出されています。正確な時刻を作るため には、品質の高い原子時計はもちろんのこと、高い安定度・計測精度・信頼性を兼ね備えたシステムが必要です。NICTでは長い 年月にわたりJST を発生供給していますが、原子時計や機器の性能向上に応じてシステムをバージョンアップしてきました。 今回開発した新日本標準時システム(NJSTシステム)では、従来のセシウム原子時計に加え、初めて水素メーザー周波数標準器を 組み込むなど、随所に大幅な改良が加えられています。ここでは、JST発生のしくみを簡単に説明し、NJSTシステムにおける改良の ポイントを紹介します。

日本標準時発生の仕組み

図1はJST発生の流れです。JSTはNICT小金井本部にあるセシウム原子時計群(現在18台)を用いて作られています。各時計間の 時刻差を定期的に測り、各時計の周波数(時間の進み具合)を計算します。これらを平均することで安定な合成周波数が計算機上で 求まり、この合成周波数に基づいて実際の時計を動かします。青のラインが実信号発生の系統です。1台の原子時計を信号源とする 周波数調整器を、合成周波数に合うように制御し、周波数の基準となる5MHz・時刻の基準となる1秒信号を作り出します。これらの 信号がJSTの時刻を刻みます。JSTは、衛星を使った時刻比較により、世界の標準時である協定世界時(UTC)にできるだけ同期 するよう調整をしながら、運用しています。

NJSTシステム

JST発生のしくみはシンプルですが、実現するとなるといろいろ難しい課題があります。使用する原子時計や計測装置の性能、 データ処理の方法などが標準時の品質を左右するからです。止めることができない標準時において、システムの変更は大仕事ですが、 機器類の進化に応じてシステムも改変していかないと、標準時の品質も向上しません。そこで、より信頼できる高性能なJSTを作る ため、全系に大胆な変更を取り込んだNJSTシステムを開発しました。従来のシステムからの主な改良点を挙げます。

おわりに

NJSTシステムは、2006年2月7日から正式運用を開始しました(図4)。開発段階においては、一つ越えては次の山、というように 課題の連続でしたが、トラブルシューティングを経てシステムもグレードアップしています。UTCと±10ナノ秒以内の時刻同期 (従来は±50ナノ秒)を保って運用を行う予定であり、現在2月の実績として、4.1ナノ秒以内での同期を確認しています (国際度量衡局(BIPM、パリ)発行のレポートによる)。

世界でもトップレベルの精度と信頼性でJSTを発生できるようになり、それを実現するための新しい技術を得たということは 大きな成果です。標準時(及び標準周波数)は"物差し"の一種です。いろいろな物を作るとき高精度で信頼性の高い物差しが 必要となりますが、技術の進歩は早く、必要になってから物差しを作り始めていては間に合いません。高精度な標準時、また その実現を可能にした技術は、これからの様々な技術革新の基礎でもあるのです。

次の目標は、NICTで開発・運用している「一次周波数標準器」とのリンクによる、自立した時刻系の構築です。安定した運用実績 を積み重ねながら、研究と開発を続けていきます。


Q. 新日本標準時システムの特徴を紹介してください。
A. 従来のシステムと比べて、世界の標準時との時刻同期制度が5倍良くなりました。具体的には、±50ナノ(1ナノは10億分の1)秒 以内から、±10ナノ秒以内となったものです。これは、日本標準時の信号源として使用していた計18台のセシウム原子時計群に、 3台の水素メーザー原子時計を加えたことなどで達成されたものです。
Q. 新しいインフラやセキュリティには、どんなものがありますか。
A. このシステムの主要室には、電磁・磁気シールド化、温度・湿度の高精度制御、完全無停電化、セキュリティ強化など、 新システムの安定運用に必要な対策が施されています。また、強固な免震構造の建物内で運用されています。

より高精度な標準時は、新しいICT社会の中核へ
電子政府や電子自治体をはじめとするICT(情報通信技術)社会の普及が進んでいますが、その中で、書類やデータの作成時刻の 証明等への利用など、日本標準時の重要性はますます高まっています。新しい日本標準時システムへの切り替えは、最近、 注目されるようになってきたタイムスタンプ事業者によるタイムビジネス、例えば、公式文書・データ、特許・知的財産申請、 オンライントレード、電子カルテといった分野で、より重要な役割を持つようになってくるでしょう。