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リポート3 第20回 先端技術大賞 受賞報告
研究

 目に見えない風を“視る”〜目に安全なレーザー光:2μmコヒーレントドップラーライダー〜

風とともに動くエアロゾル
 最近、「天気予報があたらない!」、「局所的な集中豪雨が頻発して気象災害が多いな〜」とか、「地球温暖化はどのくらい深刻なの?」等、素朴な疑問を持つ人が増えているように感じています。天気予報や気侯モデルを計算するためには気温・地表の気圧・風速の3次元分布等のデータが必要です。それらの中でも、風については広いデータの空白域(特に、洋上)が広がっており、特に対流圏の風に関する3次元分布が得られると、気象予測精度の向上や気候モデル等の改良に役立ち、冒頭のような疑問の解決に大きく貢献できると考えられています。そうした疑問解決のために重要な物質の1つが、私たちの身の回りに存在する“エアロゾル”と呼ばれる浮遊粒子状物質です。エアロゾルは、風によっていろいろな場所に運ばれ、先々で様々な役割を演じています。例えば、光の散乱や吸収を起こして放射収支へ寄与したり、雲ができる際の雲核になったり、エアロゾル表面等での化学反応等を起こしたりなどです。
レーザー光を用いたレーダの開発
図1
清川ダシ観測実験風景:(左上)観測用コンテナ、(右上)コンテナ内部:青色がライダー本体、(下)2軸走査部。 屋根上の2軸走査部はコンテナ内に収納。
 NICTは、このエアロゾルを観測対象として、様々な「ライダー(LIDAR: LIght Detection And Rangingの略)」の開発に取り組んできました。ライダーは、レーザー光を用いたレーダとも言える装置で、エアロゾルの濃度分布等を計測出来ますが、ここではエアロゾルを観測することによって風を測定するコヒーレントドップラーライダーについて紹介します。NICTが開発したコヒーレントドップラーライダーは、安定した周波数をもち、目に安全な波長2μmのレーザー光を使用します。このレーザー光を斜め方向に発射し、風とともに動くエアロゾルで反射されるレーザー光を望遠鏡で受光します。受光したレーザー光はドップラー効果により周波数源がずれ、発射前のレーザー光の一部と混ぜ合わせて「光のビート(うなり)信号」を作り、ビート信号からドップラー周波数成分を検出して斜め方向の風速を求めます。こうした測定をいろいろな方向で繰り返し行うことによって、風の分布情報を得ることが可能となります。
図1
図1:2003年7月18日に観測された清川ダシ発生域上空の風。点線は風速が0m/sになる高度。鉛直風のカラーバーは、赤色ほど上昇流が強く、青色ほど下降流が強い。
 次に、具体的な観測例について紹介します。山形県庄内平野に吹く“清川だし”の観測です。清川だしは、日本3大悪風の1つで、愛媛県のやまじ風、岡山県の広戸風とならび日本でよく知られる局地風で、東に高気圧・西に低気圧がある時に強く吹く東風です。この地域では、古くからこの風によって稲作や農作物に大きな打撃を受けてきました。しかし、その発生メカニズムが解明されていなかったため、発生域周辺の風の3次元分布の調査は興味深いものでした。図1は、地上から高度約3kmまでの風速・風向の時間変化を表しています。矢印の長さと向きが、それぞれ風速と風向を示しています。高度約1kmより下では5-10m/s東寄りの風が吹き、高度約1km付近で風速がほぼ0m/sとなり、そして高度とともに西寄りの風に変わっている様子が見て取れます。また、午前中は下降流でしたが、午後には強い上昇流だったことがわかります。図2は、庄内平野を仰角2度で水平走査した測定結果で、風は、最上峡谷から庄内平野に向かって吹いていました。平野内の風速変化や、強風域の位置(青丸)が変わっていっている様子もわかります。数値モデル計算は、これらの観測例をまだ完全に再現できていませんが、測定結果が数値モデルの向上に寄与し、農作物等の生産(生育)や安定供給、ひいては国民生活の安心安全に寄与するものと考えています。
地球温暖化問題解決にも貢献
図2
図2:2004年8月30日に仰角2度で、西から南東にかけて水平走査して測定された清川ダシ発生域周辺の風の水平分布。カラーバーは、赤色ほど風が強い。
 現在、集中豪雨、ヒートアイランド、大気汚染等、私たちを取り巻く環境問題が山積しています。NICTはこのような諸問題解決に、風計測、特に都市域での風計測が重要だと考えています。都市域は様々な規制や条件でレーダを使った風の計測は厳しく制限されていますが、ドップラーライダーによる多地点での計測とネットワーク化によって、新しい都市環境計測へと発展させていくことが可能です。 また、コヒーレントドップラーライダーで培った技術を、CO2計測用コヒーレントライダーへ応用発展させ、地上や航空機からCO2濃度を計測できる技術開発等を通じて、地球温暖化問題解決にも貢献していきます。
豊嶋 守生 研究者:石井 昌憲(いしい しょうけん)

2002年通信総合研究所(現NICT)に入所。主にコヒーレントドップラーライダーに関する研究開発に従事。博士(理学)
暮らしと技術

Q:本技術は将来の天気予報に役立つ技術であると考えられますが、現在の天気予報で使われているレーダとの違いは何でしょうか?
A:風を測るために使われているライダーとレーダとの大きな違いは、使用する観測手段が「光」と「電波」という点です。レーザー光は直進性が良く、電波とは違い拡がり角も非常に小さいです。レーダでは不要とされるサイドローブがあるためにで きない、地表面すれすれの観測がライダーでは可能です。また、レーダは大きなアンテナを必要としますが、ライダーはアンテナに相当する望遠鏡は大口径のものを必要とせず、小さく作ることができるので、車や航空機等に搭載することも可能です。


今月のキーワード【局地風 (Local Wind)】

特定の地域に局地的に吹く風を局地風と呼び、日本各地に固有の名称で呼ばれる局地風があります。局地風は、その地域特有の地形が局地気象を形成する主要因となり、ときに農業やその地域の人々の生活にとって脅威となってきました。従来の測定方法では、発生のメカニズムの解明が困難な場合がありますが、本研究のライダーを使用することで、短い時間で空間的によりきめ細かな観測が可能になります。局地風の発生のメカニズムをより詳しく知ることは、都市域での風計測にも役立ちます。


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