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巻頭対談

巻頭対談「情報通信の未来を見据えて」 NICT理事長 宮原秀夫・ノンフィクション作家 山根一眞

NICTが考える情報通信のあり方と将来展望について、宮原秀夫理事長とノンフィクション作家の山根一眞氏に語り合ってもらいました。

山根この15年ほど、私たちは携帯電話やメールへの依存がどんどん深くなってきて、いくら問題があっても使わなければならない。しかし、一方で、人間の最も根本的な部分の何かが抜けたままという感じがします。人と人とのコミュニケーション、温かな心というか、ぬくもりのある本当のリアルなコミュニケーションをつなぐ技術がなおざりにされてきたためではないでしょうか?

宮原もっともです。これは、阪大総長3代前の私の師、熊谷信昭氏の言葉ですが、情報通信というものは、「情けに報いて信に通じ合う」技術である、と言っています。まさにそうだと思います。

山根私も拙著『情報の仕事術』で、「情報とは情けに報いる」ことだとまず書きました。情報というのはつまるところ、「人と人の心を結ぶもの」のはずだ、と。

宮原いわゆるハート・ツー・ハート、ブレーン・ツー・ブレーンの通信ですよね、コミュニケーションというのは。単に文字情報とかそういうデータだけではなくて、もっと上位の概念であるわけです。

山根でも「情報」という言葉は、どこか冷たいイメージが強くなっているのでは?

宮原電子メール、Eメールはもう1つEを付けてEmotional E -Mail、EEメールとか。そういう感性をどう扱うかという技術が必要になります。ネットでメールさえ送っておけばそれで事足りるとか、テレビの前に座って講義を受けたらそれで単位が取れるとか、そういうふうにコミュニケーションを狭義にとらえるから、いろんな問題が出るわけです。

「情緒」的な情報が感じ取れる公園の掲示板山根ここに来る前に、すぐそこの小さな公園の掲示板を見ていたんですが、「紙を貼った掲示板」っていいなあと思いました。インターネットで利用するBBS、掲示板は、その情報は見た目では「劣化」がないでしょう。しかし公園の掲示板の貼り紙は、古いものはヨレヨレで変色もしているので、古い情報であることが一目瞭然。また、掲示してあるチラシの出来栄えによって、その貼り紙をした組織なり活動がどういうものかも何となく読みとれますよね。情報の時間的な変化、文字の書き方など我々が情報と言っているものは実は非常に情緒的な面があるのに、それがネットの世界では抜け落ちてます。

信頼できる情報は有料が原則
目に見えないものの価値の認知を

宮原情報がすべてICT(Informationand Communication Technology)メディアに変わったらいいかというと、そうではない。教科書のようなものが本としてあるというのは意味があるんです。たとえばICTメディアはページをパラパラめくって、情報検索できるという機能は持っていない。だから紙のメディアは絶対なくならない。情報の入り方、検索の仕方に紙のメディアには紙のメディアの特徴があるわけです。ですから、情報の入手方法がすべてインターネットというのは非常に危険です。

山根ちょっと心配なのが「ウィキペディア」です。世界中の人たちが「知」というものを、ああいうかたちで共有し蓄積していくことは新しい文化であり意義は大きいとは思うんですが……。

宮原誰が書いたか分からない。要は使い方で、「ウィキペディア」を見てもいい。しかし、そこの情報が全部正しいと思い込んではいけない。

山根みんなが共有する情報に関しては、いつ書いたのか、書いた人はどういう人かという身元は絶対明らかにすべきだと思うんです。あらゆる出版物は、著者や出版社名を明示することで、情報に責任を持って伝えることで信頼性を確保しています。しかし、インターネットの世界では、匿名でいいのだという暗黙の了解がかなり初期の段階からありましたよね。どうしてそうなったんですかね?

宮原元々インターネットというのはコンピューター間をつないでデータをやり取りするために開発されました。科学技術計算するのに1台のコンピューターでやるよりも、何台も一緒に使った方が効率的というので作られたわけです。そのうち、研究者同士がちょっと連絡するのにメールというのを使ってみたら、非常に便利だと分かった。研究者同士のメッセージ交換のシステムとして発展してきたものが、いつのまにか爆発的に広まったのです。便利さが先に強調されてみんながインターネットを使うようになって、いろいろな意味でルールとかが置き去りになっていることは事実です。

山根「ルール」が後回し……。私は、1980年代の中ごろからパソコン通信を始めたんですが、パソコン通信のBBSでは変なことを書く人がいても、IDがはっきりしているため身元がすぐにわかる仕組みでした。匿名ではなかった。掲示板もそういう意味では健全だったと思うんです。でも、インターネットでは匿名が当たり前の世界になり、犯罪の温床にもなり得てしまいました。

宮原インターネットの匿名という機能も、技術的に実現できるということです。逆にいえば、それが悪用されているということです。メールでは面と向かっては言えないことも言える。いじめの多くが携帯電話のメールで行われています。

山根ネット技術がもたらした、思いがけない暗部……。

宮原我々技術者は、いろいろなサービスを提供することが使命なんです。しかし、それを使う際のルールとか、うまく使いこなすための能力が十分習得されていないのです。ですから、検索エンジンでも、検索した全体の0・001%しか見ていない。1回に何百も出てきたら後ろのほうまで見ないでしょう。

山根検索エンジンが出す情報の順番も、公平ではなくなっているのでは?

宮原全然公平ではないですね。その情報にアクセスされた回数や、その情報に貼られたリンクの数のランキングで出てくる。ですから、最初に出るのが少数意見であるかもしれないのです。

山根アクセスが一番多いもの順、少ないもの順、古いもの順といった検索結果の表示が選べればいいんですが。

宮原そういうサービス機能は付け加えられると思いますが、検索エンジン会社のサービスとして成り立つかという問題はあります。ですから、1つの検索エンジンに頼らないことです。そして最も大切なのは、本当に信頼できる情報を自分でどうやって取り出すかということです。たとえば、癌に関する情報はたくさん出ていますが、はたして、それは正しいでしょうか。ちゃんとした医療機関はどういう発言をしているか、誰が言っているのかということまで調べて、その情報がどれだけ信頼度があるかを判断しなくてはなりません。そういう情報を提供しようという研究を、NICTでは行っています。しかし、信頼できる情報かどうか、その内容をコンピューターに判断させるのは難しい。そこで、信頼できる機関の情報なのか、あるいは個人の見解なのか、といったところから判断していこうと考えています。

山根私は何かを調べるとき、『ジャパンナレッジ』など百科事典を中心としたレファレンス・サイトから入ることにしています。有料ですがそんなに高くないし、「誰が書いた記述か」が確認できるので安心感があるんです。

宮原信頼できる情報というのは有料が原則です。情報に対する価値をきちっと認めないといけないと思います。日本の場合、情報とか、目に見えないものに対する価値をもっと認めなければいけない。安心、安全のためにはコストがかかるという意識を国民全体で持たなければいけないと思います。

山根でも、情報はタダだということを定着させてしまったのはインターネットですよ。ネットでは金のかかる情報にはいっさい手を出さない、という人も多いですし。

宮原1つは通信回線、いわゆるブロードバンドの値段です。10年前は、日本は世界で一番高かった。ヨーロッパに比べて10倍でした。10年たって世界で一番安くなった。なぜそれが実現できたかといえば、日本の情報通信の技術力です。しかし、それが十分に評価されていない。通信料金がきめめて安価になったために、提供されているデータもタダみたいになって、社会的にもさまざまな問題が起こっています。これでは情報技術者は報われません。

10年20年先を見据えたネットを「文化」にしていく研究を

山根ネット時代が始まってまだ10年とちょっとですから、宮原理事長、このあたりで10年、20年先を見据えた、より人間の在り方に近いネットの技術を大胆に進めて下さいよ。画期的な、本当に世界を変えるようなイノベーションこそ、NICTにやってほしいと思うんです。
ところで、私がNICTに非常に期待している取り組みの1つが、量子通信なんです。NICTは、量子通信では世界の最先端を走っていますから。量子通信は人が宇宙に行く時代にも対応できるし、セキュリティも格段に上がる。マルコーニ以来の電波通信を変える新しい通信時代を、ぜひ、NICTがなしとげてほしいな、と。

宮原我々は神戸にも研究所があるのですが、そこでは、脳などの研究をしている生命系の研究者がいます。情報通信の研究者と一緒に、何か新しいパラダイム、イノベーションを起こせないかというプロジェクトがスタートしています。

山根それはいいなぁ。私は今、金魚を飼ってちょっとした実験をしているんですが、学ぶことが多いんです。水槽をトントントンと10回たたいてから餌を入れることを続けたところ、10日後には水面にくるようになった。大した学習能力です。もっとびっくりしたのは、水槽の底に落ちている餌を異物と間違えずに遠くからちゃんとねらって食べにくる。水中では匂いの情報は途絶えているはずなのに、どうしてそんなことができるのかと不思議です。金魚1匹を見ても、生物に学ぶことは山とあるんですね。

宮原生物は素晴らしいと思います。私の知る研究者がジュウシマツの研究をしていた。ジュウシマツは元々、南方の野鳥ですが、それがペットとして飼われるようになったら、複雑な音階で歌えるようになった。ということは、良いメスを捕える能力が高くなったということです。なぜそうなったか。捕食というストレスから解放されたかららしいと言うのです。そういうゆとりができたから、歌が上手になったわけです。

山根私もストレスから解消されたらカラオケが上手くなりますかね(笑)。ところで、グーグルが新しいブラウザを出して席巻しようとしていますが、あれはあくまでも「ビジネスに有利に」という狙いだけですよね。ブラウザは私たちの日々に欠かせないものになってますが、時間がたつに従って紙が赤茶になっていくようにブラウザも古びて見える機能とか、フィルターをかけるだけでああこれは多くの人に好感を持って見られているなと一目でわかるとか、そういうブラウザあるいはネットの機能が実現すると嬉しいです。

宮原今、それを研究しているんです。本当の意味でのユーザーフレンドリーなインターフェースを目指して。人間の感性を、どう取り込んで情報システムを作るかということです。

山根それは、大いに期待しています。もう1つ、ネットで情報を見る時99%は音がない。最近は「YouTube」のような動画サイトが人気を集めてはいますが、中心は文字や写真、絵だけです。メールもそうです。変な効果音を出すサイトもありますが、あの音が邪魔で切ってしまうということも。でも、無音というのは非常に非人間的だな、と。

宮原『人は見た目が9割』(竹内一郎著、新潮新書)という本を読んだら、要するに文字情報で伝わるのは全情報のうちの1割で、あとは身ぶりとか手ぶりとか、声、顔の表情、そういうものが9割だと書いてあるんです。この9割をどうやって伝えるのかということが、高度なインターフェースを実現するための課題だと思います。

山根一方で、障害のある方、見ることができない、あるいは聞くことができない人たちが、どうすれば健常者と同じように情報が得られるかも大事な課題です。これもNICTの非常に大事な課題では?

宮原おっしゃるとおりです。こういう感性というか、そういうものに対する価値というのは非常に大事だと思います。

山根今日の宮原理事長は、デジタル通信のスペシャリストとは思えない発言ばかり(笑)。

宮原「お前はインターネットや情報通信やデジタルのことをやっているのに」と言われそうですが、そうじゃない。デジタルというのはあくまで近似です。本当は、物事は全部アナログなんです。

山根潔い断言……。NICTの標準時の原子時計、あれもデジタルかと思ったら、原子の時計といえどもアナログなんだそうですね。時計の本当のデジタル化は不可能?

宮原時計自体をコンテンツでアナログにするのは無理です。要するにデジタルというのは、元は「指」ということですから、勘定できるものにしか使えません。しかし、世の中は「指」で、1つ2つと勘定できるようにはなっていないでしょう。温度だって30度から29度に突然落ちるわけではない。

山根確かにNICTは標準時の大元ですが、時計で今、非常に困ったことが起こっています。テレビの放送がアナログからデジタルに移行しつつある。フルセグやワンセグ放送に接することが増えて、ありゃーと思ったのが、時間のずれです。テレビ情報の伝達のルートやエンコード、デコードの能力によって届く映像にずれが生じるようになった。
ウェブでも同じことを経験してます。スぺースシャトル打ち上げのネット中継とCNNでのテレビ中継を見比べていたら、CNNで打ち上げに成功した40秒後にやっとウェブでは打ち上げを迎えてました。ネットの「遅延」がこんなにも大きいということを、実感しました。

宮原エンコード、デコードはもちろんですが、やはりネットワークの中での遅延はあります。ネットワークというのは元々データの伝送ですから、リアルタイムの電話とかには向いていません。データだから少々遅れてもいいというのがそもそもの発想です。そこにデータとか画像を即時に送れというのは本当は困るわけです。なぜ困るかというと、コスト的に安いからなんです。

山根お金をかけていないわけですね。

宮原これだけインターネットが普及したのは安いからです。少々遅延があってもいい、質が落ちてもいい、安いんだからというわけです。しかし、今はそれではユーザーニーズを満足させることはできないし、このままでは技術の限界があります。そこでNICTでは、10年後のインターネットとして「新世代ネットワーク」(NWGN:NewGeneration Network)という研究を、ぼくが来てから始めたのです。

山根既存の研究を発展させて?

宮原いや、全くの白紙の状態からのスタートです。

山根それは、凄いわ。

宮原伝送した全情報の同期を取るとか、より高品質の画像を送るとか、通信と放送を融合して、しかもネットで何十万世帯がハイビジョンで見るなどというのは、今のネットワークでは絶対無理です。

山根絶対に無理?

宮原ですから、新しいパラダイムが必要でしょうということでスタートしたんです。

山根その新しいネットワークによって、人と人のコミュニケーションとは何なのか、本当に伝える情報とは何なのかもとことん追求して、より望ましい世界を創造していく道具、力になればすばらしいです。

宮原我々が作っていく情報システムは、人と人とのコミュニケーションがもっと活発になるようなものでなければならない。人と人とのコミュニケーションがおろそかになるような情報システムは意味がないということです。

宮原秀夫宮原秀夫
(みやはら ひでお)

1943年生まれ。
大阪大学工学部通信工学科卒業、同大学院工学研究科通信工学専攻博士課程単位修得退学の後、80年大阪大学基礎工学部助教授、95年同大学大型計算機センター長、98年同大学院基礎工学研究科長・基礎工学部長、2000年同大学留学生センター長、02年同大学院情報科学研究科長を経て、03-07年大阪大学総長。
07年9月から現職。



山根一眞山根一眞
(やまね かずま)

1947年生まれ。
獨協大学外国語学部卒業。ノンフィクション作家。
90年から3年間、NHK「ミッドナイトジャーナル」のキャスター、その後、「未来派宣言」のキャスターを務めた。
週刊誌連載「メタルカラーの時代」の業績に対し、98年東京クリエーション大賞を受賞。2005年開催の愛知万博・愛知県総合プロデューサー。
著作に『デジタル産業革命』『スーパー書斎の遊戯術』『メタルカラーの時代』など。



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