NICT NEWS
トップページ
-特集- 災害の状況を「より細かく」、「いち早く」 浦塚 清峰
-特集- 「EarthCARE衛星搭載雲プロファイリングレーダ開発」 大高 一弘
-特集-「安定した電波利用のために」 石井 守
-特集- 「機器の電磁干渉メカニズムを探る」 後藤 薫
-研究者紹介- 岩井 宏徳
-トピックス- 情報通信研究機構フェロー称号 第1号を授与
-トピックス- 受賞者紹介
電磁波計測研究センター特集

EarthCARE衛星搭載 雲プロファイリングレーダ開発 地球温暖化の不確定ファクターの解明を目指して 電磁波計測研究センター 環境情報センシング・ネットワークグループ 研究マネージャー 高橋暢宏

地球温暖化の予測にあたり

最近、地球温暖化問題をめぐる話題は、私たちの日常生活にも深く浸透しつつあります。昨今のニュースやテレビコマーシャルには、エコをテーマにした記事や、CO排出量の少なさをセールスポイントとした商品などが頻繁に登場しています。一方で、「あなたは日常、温暖化を実感していますか?」と質問をされれば、今年の暖冬やゲリラ豪雨などを挙げて「実感しています」と答えるかもしれませんが、10年後、20年後、更には100年後の地球温暖化の影響については、まだまだ漠然としたイメージしか湧かないのではないでしょうか。将来の地球の姿を把握するために世界中の気象研究機関がスーパーコンピュータを駆使して気候モデル(天気予報の数値予報モデルのようなもの)による温暖化予測を実施しています。この気候モデルによる温暖化予測(すなわち、今のペースでCOなどの温暖化物質が増えたときに、地球の気候はどうなるのか?)は温暖化するということでは一致していますが、どの程度気温が上がるのかということになると、モデルによって予測値の大きなふれ幅があります(これらのことは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書などに書かれています)。この気候モデルの予測値のばらつきの原因の1つに、雲の気候に及ぼす役割がまだまだ不明瞭で、気候モデルの中でそれが正確に表現されていないということが挙げられます。高い高度にある雲(絹雲など)は地球から出て行く熱を抑えて温暖化に寄与する効果を持っています(毛布の役割などといわれています)。一方、低い高度にある雲(層積雲など)は逆に太陽光をよく反射して、地表面の気温を下げる効果を持っています。COの増加により温暖化が進むときに雲を介した地球放射バランスが変化して温暖化を加速したり、または抑制したりすると言われています。この雲による効果は雲粒の大きさや厚さや密度、また相状態(水か氷か)などで決まるため非常に予測が難しく、また、雲はエアロゾルと言われる大気の塵を核として作られますので、その多寡によっても温暖化に対する効果も変わると指摘されています。

ミッションとは

前置きが長くなりましたが、EarthCAREはEarth Clouds Aerosol Radiation Explorerの略で、日本語では雲・エアロゾル放射ミッションと訳される名のとおり、地球上の雲とエアロゾルを観測し、地球上の放射バランスのメカニズムを明らかにすることを目的とした衛星です。この衛星計画はまた、文字どおり地球(Earth)をケア(care)するための衛星計画であると言うこともできるでしょう。この衛星計画は欧州宇宙機関(ESA)と日本(宇宙航空研究開発機構=JAXAとNICT)の共同開発計画であり、2013年(平成25年)の打ち上げを目指しています。図1にこの衛星観測のイメージ図を示します。このEarthCARE衛星の大きな特徴は94GHz(波長約3mm)の雲プロファイリングレーダとレーザ光を用いるライダーを同時に搭載していることで、これによって雲の出現高度など鉛直の分布情報を測定し、地球上のいろいろな地域や季節によって変化する雲の特性を明らかにして、その放射バランスに与える影響を明らかにすることができます。雲の特性とその放射バランスに対する影響が分かると、温暖化予測モデルの結果と見比べてモデルの善し悪しを判断できますし、それによってモデルを改良することも可能になります。

図1●EarthCARE衛星の観測イメージ

NICTの貢献(雲プロファイリングレーダ開発)

EarthCARE衛星で開発中の雲プロファイリングレーダでは雲の3次元的な構造を測るとともにドップラー速度計測機能により雲内の上下の動きの速度を得ることを目的としています。ドップラー速度計測機能は、雲や降水を測る衛星用レーダとしてはEarthCAREが初めて挑戦するもので世界から注目されています。EarthCAREミッションではこの雲プロファイリングレーダをNICTとJAXAが共同で開発し、ライダーなどその他の機器の開発及び打ち上げをESAが担当します。NICTでは1996年に航空機搭載の雲レーダの開発をした実績があり、その成果を活かして衛星搭載雲プロファイリングレーダの開発に着手しました。2000年から衛星搭載機器のキーコンポーネントとなる基礎開発を開始し、その成果は例えばNASAが現在運用している人工衛星CloudSatの宇宙用の高出力送信管の開発にも活かされています。また、2007年からはJAXAと共同で雲プロファイリングレーダの本格的な設計・開発を開始しました。NICTはこれまでの雲レーダの開発経験を生かして、送受信部と1次放射器の機能を持つ準光学給電部の開発を担当し、直径2.5mの大型アンテナと信号処理部、そしてレーダの全体システムをJAXAが受け持っています。図2に雲プロファイリングレーダの概念図を示します。
 送受信部は94GHzの電波を生成・増幅し送信するとともに、地球上の雲などからの散乱波を受信し信号処理部へ送る機能を持っているほか、ドップラー計測機能を備えています。準光学給電部はレーダからの送信波と雲から返ってくる散乱波を偏波グリッドを用いて分離する役割を持っています。NICTはこれらの機器を実際に衛星に搭載されるフライトモデルまで製作します。また、雲プロファイリングレーダからのデータを処理するアルゴリズムの開発も行います。
 NICTにおける機器開発は現在、宇宙機器としての設計及び機器性能を評価するためのエンジニアリングモデル開発のフェーズに入っており、今年度後半からフライトモデルの開発に着手する予定です。
 これらの機器開発はカナダやドイツの衛星機器メーカとともに進めています。言葉の壁や文化の違い、さらには、昨今の経済状況の激変という困難に苦しみつつも、このミッションの成功を目指して日々努力しています。読者の皆様には地球温暖化の問題対応の一側面であるNICTのEarthCARE開発への取り組みをご理解いただければ幸いです。

図2●EarthCARE衛星搭載雲プロファイリングレーダの概観図


Profile

高橋 暢宏 高橋 暢宏(たかはし のぶひろ)
環境情報センシング・ネットワークグループ 研究マネージャー
大学院博士課程修了後、1994年に郵政省通信総合研究所(現 NICT)入所、1996年から1999年までNASAゴダード宇宙飛行センター客員研究員、1999年から2001年まで宇宙開発事業団(現 JAXA)へ出向。熱帯降雨観測衛星(TRMM)搭載の降雨レーダの解析研究や雲・降水観測レーダの開発等に従事。博士(理学)。

独立行政法人
情報通信研究機構
総合企画部 広報室
広報室メールアドレス
Copyright: National Institute of Information and Communications Technology. All Rights Reserved.
NICT ホームページ 前のページ 次のページ 前のページ 次のページ