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電磁波計測研究センター特集

安定した電波利用のために 電波伝搬障害研究プロジェクト 電磁波計測研究センター 推進室長 (前宇宙環境計測グループ 研究マネージャー) 石井 守

安定した電波利用のための取り組み

NICTでは、安定した電波利用のために様々な取り組みを行っています。例えば災害時にも安定して使えるネットワークや、外来電磁波の影響を受けにくい通信機器の開発などが挙げられます。その一方で、自然現象の電波利用への影響はどうでしょうか?例えばテレビ番組などで、「気象現象により現在画像が乱れることがあります」というテロップをご覧になったことがある方も多いかと思います。我々宇宙環境計測グループは、自然現象、特に太陽をはじめとする宇宙環境が電波利用に与える影響を研究しています。

太陽が地球に与える影響

宇宙空間は真空の何もない空間のように思われがちですが、実は地球近くの宇宙空間は太陽風と呼ばれる、太陽から吹く高温の風に常にさらされています。太陽の光や熱は水素がヘリウムに変換される核融合によって発生しています。つまり太陽という超巨大な核融合炉が地球から見える場所に浮かんでいるというのが我々の世界です。人工の核融合炉であれば何重もの防護壁に保護され放射線が漏れないように設計されていますが、太陽の場合はどうなのでしょうか?
 実は、天の配剤により、太陽から地球を守る防護壁が用意されていることが分かっています。それは、地球の持つ磁場と大気です。
 太陽風は太陽の持つ磁場を引き継いで持っているほか、その温度の高さから物質を構成する原子と電子が分離してしまい、電気を帯びた「プラズマ」と呼ばれる状態にあります。プラズマは磁場を横切ることができないため、地球の持っている磁場はこの太陽風から地表を守るバリアの役割を果たしています。また大気は太陽から来るX線・紫外線という生命にとって危険な電磁波を防いでいます。これら危険な電磁波を防ぐときに地球大気の上端がプラズマ化します。これを電離圏と呼びます。しかし時には太陽風の持つエネルギーの一部が地表近くにまで影響を与えることがあります。一例としては南北両極の夜空に現れるオーロラが有名ですが、それ以外にも電離圏の厚みや濃さを変えることが知られており、これにより電波利用に様々な影響が現れます。

衛星測位への影響

人工衛星による通信ができなかった時代には、電離圏と地上の間を何度も反射する短波の性質を利用して遠い外国との通信を行っており、電離圏の状態を監視することが重要な国の政策でした。現在は衛星通信や海底ケーブルにより短波通信は主流から外れましたが、それに代わり現在ではカーナビに代表される衛星測位への影響が注目されています。衛星測位は、高精度の原子時計を積んだ複数の人工衛星からの信号を地上で受信し、電波の速度を仮定して距離を求めることで位置を決定します。電離圏に乱れが生じると、仮定している電波の速度から大きく変わるため、衛星から受信機までの距離を誤って計算し、位置精度に誤差が生じます。この誤差は大きいときで数10mにも及ぶことが知られており、衛星測位の最大の誤差要因となっています(図1)。

図1●衛星測位の誤差要因(国土交通省航空局資料より)

電離圏モデル開発

我々はこの電離圏の乱れを予測するための技術開発として、「東南アジアにおける電離圏観測ネットワーク」と「電離圏モデル開発」の二つを柱として推進しています。今回はこのうちの後者についてご紹介します。
 電離圏は前述のように、太陽からの影響を強く受けますが、その一方で地表近くの気象現象の影響も受けることが知られています。例えば、前線や台風のような強い風が吹く場所からは大気重力波と呼ばれる波が発生し、増幅しながら超高層まで到達し、電離圏を揺らすことが知られています。電離圏の乱れを予測するためには、太陽からの影響だけでなく、地表付近の気象も考える必要があるわけです。  このような複雑な電離圏の予測モデルを開発するにあたり、我々は二つの方策を同時並行的に進めています。一つはニューラルネットを用いた経験的モデル、もう一つは大気圏・電離圏結合モデルと呼ばれる理論モデルです。
 ニューラルネットは人間の脳の思考を計算機上に再現した手法であり、過去の膨大なデータから最も起こり得る状況を予測します。図2の赤線はニューラルネットによる予測値、青線は実測値です(2003年一年間の全電子数の変動)。この例から、非常に高い精度で予測が成功していることが分かります。

図2●ニューラルネットで求めた電離圏全電子数の予測値と実測値の比較

一方、理論モデルである大気圏・電離圏結合モデルは大気の成分や運動を表現する方程式を計算していく方法です。ここで問題となるのは、電離圏と地表近くの大気圏とではその性質が大きく異なり、表現する方程式系も異なることで、これらをつなぐことは決してたやすいことではありません。例えば、地表付近で重要となる水蒸気は電離圏にはほとんどありませんし、逆に電離圏で重要な電場・磁場は、大気圏の物理過程にはほとんど影響がありません。そもそも高さを表す軸が、電離圏では上が正に対して、大気圏では下が正であるなど、その学問体系が成立する過程で生じた違いもあるのが現状です。
 図3は現状の成果の一つです。下の図は地表から生じた波動が上空に向かって伝わる様子を表し、それにより超高層の大気が揺らされ、さらにその揺れが電離圏に現れていることを示しています。一番上の図では大きく四つの山が見られますが、同様の現象が現在実際に人工衛星で観測されています。
 電離圏は地上の気象観測のように密な観測網を持つことは難しい状況ですが、今後の衛星測位の高度な活用に向けて、より精度の高い予報技術を開発していくことが重要と考えています。現在の気象予報にも用いられている「4次元同化」と呼ばれる手法を取り入れることにより、電離圏の現況把握と予測精度を向上し、安心できる電波利用の実現に貢献していきたいと考えています。

図3●大気圏・電離圏結合モデルによる現象の再現


Profile

石井 守 石井 守(いしい まもる)
電磁波計測研究センター 推進室長(前宇宙環境計測グループ 研究マネージャー)
1993年京都大学大学院終了後、学術振興会特別研究員を経て1994年通信総合研究所(現NICT)に入所。超高層物理学、大気光学・電波観測などに関する研究に従事。総務省情報通信審議会専門委員。日本地球惑星科学連合理事。博士(理学)。

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