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NICT 神戸研究所 開設20周年記念シンポジウムを開催
神戸研究所 未来ICT研究センター バイオICTグループでの脳研究 今水 寛
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研究者紹介 岩本 政明
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神戸研究所開設20周年記念特集

神戸研究所 未来ICT研究センター バイオICTグループでの脳研究 脳情報通信研究の今と未来 神戸研究所 未来ICT研究センター バイオICTグループ グループリーダー 今水 寛

バイオICTグループの研究概要

神戸研究所のバイオICTグループでは、情報通信の新概念につながる技術の実現を目指して、人間の脳機能や生物の生体機能を解析し、脳情報の利用技術や超低エネルギーで高機能なバイオ型の分子利用通信技術、状況・環境の変化を自律的に判断し柔軟に情報通信を行うことができる生物に学ぶアルゴリズムなどの萌芽的な要素技術の研究開発を行っています。本稿では、そのうち、脳情報を通信に役立てる研究のいくつかの事例と、今後の展開を解説したいと思います。

情報の受け手の側から見た脳情報通信

私たちは、現代社会の中でさまざまな情報ネットワークや端末に囲まれ、常に情報を受け取り、情報を発信しています(図1)。通信機器やネットワークが発達して、膨大な量の情報が氾濫し、ひとつの情報を吟味する時間は次第に限られ、受け手にとって直感的に解りやすい情報表現が求められています。バイオICTグループでは、人間の「わかり」や「ひらめき」のメカニズムを解明し情報やインターフェイスの評価技術に利用することを目指しています。

図1●バイオICTグループの脳研究が取り組む主な研究課題の概念図

村田グループサブリーダらは、視覚における「わかり」や「ひらめき」のメカニズムを解明するため、図2に示すような「隠し絵」を被験者に見せ、それが何の絵であるか、「ひらめく」ときの脳内メカニズムを調べています。単に現象を記述するだけでなく、ひらめきの速度と、課題の難しさから、人ごとによって異なる「脳内の認知温度」を推定し、個人のひらめき力を定量的に評価する手法を提案しています。この方法は、情報の「わかりにくさ」や「わかりやすさ」をより定量的に評価するための技術の源にもなると考えられます。

図2●視覚的な「わかり」「ひらめき」を体験できる「隠し絵」(答えは本稿末尾)

コミュニケーションでは、言語が重要な役割を果たしますが、井原研究員と藤巻主任研究員らは、言語における「わかり」のメカニズムの解明に取り組んでいます。人間が多義語を曖昧なまま認識しているか、文脈情報を使って、一義的に認識しているかを脳活動から推定できることを明らかにしました。例えば、「こうえん」という言葉はそのままでは多義的で、いろいろな意味を持っていますが、散歩という言葉を提示した後では、一義的に意味が決まります。このように、文脈情報を使って曖昧性を解消するときに、重要な役割を果たす脳のネットワークを特定することに成功しました。コミュニケーションにおいては、感覚データからどのような意味を受け取るのか、その人にとってどのようなわかり方をしたのか、ということが重要です。その人にとってある言葉が潜在的に複数の意味をもっているかどうか、特定したネットワークの活動を計測することで評価できることがわかりました。

情報の送り手の側から見た脳情報通信

送り手の側から見たときにも、現在の情報通信はさまざまな問題を抱えています。まず、通信端末を通した対面ではないコミュニケーションでは、相手が自分の話に耳を傾ける状態にあるかどうか推し量ることが非常に難しいという問題があります。また、情報端末は、機能が増えるにつれて操作が複雑になり、それについて行けない人は、必要な情報を受け取ったり、発信することが益々難しくなるという、情報格差が拡大しています。操作できるひとでも面倒な操作をすることなく、思い描いたイメージや、意図をそのまま伝えたいという願望は常にあります。バイオICTグループでは、このような問題を解決するために、脳活動から受け手の注意・準備状態を推定する技術や、脳情報から意図を抽出する技術の開発に取り組んでいます。
 山岸研究マネージャーらは、脳に最初に視覚情報が入って来る初期視覚野という場所の脳活動を計測することで、その人が本当に注意を向けているかどうかを推定できることを示しています(図3)。注意を向けているときには、初期視覚野の10Hzの活動成分が低下し、しかもその低下の程度は、次に行う課題の正答率やパフォーマンスの良さと相関があることを示しています。この現象は、ユーザの関心対象・準備状況を脳活動から推定し、適切な場所とタイミングで重要な情報を提示するインターフェイスの開発に利用できると考えられます。
 私と清水研究員は、現在、人間が手先を動かしているときの脳活動から、その人の手先がどこにあるかを推定する技術の開発に取り組んでいます。脳磁図と機能的磁気共鳴画像で計測した脳活動を、階層変分ベイズ法という統計的な手法を用いて組み合わせることで、脳内の正確な位置における活動の時間変化を調べ、その時間変化パターンから、約10cmの手先の動きを、平均誤差1.5cmで予測することに成功しています。今後は、精度を上げ、リアルタイムで推定を行うことにより、面倒な操作を行わず、思い通りに機器を操作できる技術の開発へとつなげていきたいと思います。

図3●脳活動から人間の注意・準備状態を推定する(赤は周波数成分のパワーが高いこと、青は低いことを示す。)

今後の展開

現在、NICTでは、大阪大学と共同で脳情報通信融合プロジェクトの構想が進められています。神戸研究所を含むNICTの脳研究は、脳活動の非侵襲計測技術における日本の先駆けとして、多くの実績を積み重ねて来ました。この積み重ねは、そのまま融合プロジェクトの基礎として生かされることと思います。さらに、本稿で紹介した、脳活動を指標としたインターフェイスの評価技術や、脳活動から注意・準備状態や運動意図を抽出する技術は、融合プロジェクトにおける最先端の計測技術と結びつくことで、生理学的な基盤の解明と同時に、速さと正確さを増し、実用化に向けて大きく前進すると期待されます。また、大阪大学という総合大学と連携することで、社会・経済・哲学・心理学などの人文科学との融合を通して、広く社会生活で活用される道が開くと考えられます。
(図2の答えは牛)


Profile

今水 寛 今水 寛(いまみず ひろし)
神戸研究所 未来ICT研究センター バイオICTグループ グループリーダー
大学院修了後、ATR人間情報通信研究所奨励研究員、科学技術振興事業団川人学習動態脳プロジェクト計算心理グループリーダー、ATR人間情報科学研究所主任研究員、ATR脳情報研究所認知神経科学研究室長を経て平成20年より現職。人間の感覚運動学習メカニズムの解明と情報通信への応用研究に従事。大阪大学大学院生命機能研究科客員助教授、ATR脳情報研究所認知神経科学研究室長。博士(心理学)。

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