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巻頭インタビュー
染色体末端構造「テロメア」に関わる2種類のタンパク質を新発見 減数分裂期染色体対合に関わる「ブーケ・アレンジメント」形成の分子機序を解明 未来ICT研究センター バイオICTグループ 主任研究員 近重 裕次

NICTのバイオICTグループでは、染色体の末端構造「テロメア」に注目し、2つのタンパク質を発見。この新発見でテロメアが関わる「ブーケ・アレンジメント*1」という、染色体の特徴的細胞核内配向の形成機序を解明しました。

  • *1 ブーケアレンジメント:有性生殖の際に、細胞の核内に存在する染色体の末端(テロメア)が核膜下の1カ所に集合する特殊な配置をブーケ・アレンジメントと呼ぶ。テロメアが集合して束になったような構造が花束のような姿になることからその名が付けられた。

生きた細胞内におけるタンパク質動態の可視化に取り組む

―まず、現在の研究体制と、現在取り組んでいる中心的な研究について教えてください。

近重神戸研究所の未来ICT研究センターにはバイオICTグループとナノICTグループがあります。私は、バイオICTグループの中の生物情報プロジェクトで、研究者と技術員合わせて15名ほどで生物情報を扱っています。
 継続してやってきているのは、生物情報の可視化です。細胞の中でどういう情報のやりとりが行われているのかを、顕微鏡などを使って計測しています。最初は技術的に難しかったのですが、可視化技術のレベルアップに傾注して、最近は取りたい情報が取れるようになってきています。

―光学顕微鏡でも細胞の分子レベルの観察ができるのですか。

近重電子顕微鏡も使いますが、光学顕微鏡の方が多いです。ある細胞に対してある刺激を与えると、刺激に応じて細胞が色々反応する。それを計時的に追っていけば、細胞の中でどのようなことが起こっているかが分かります。そのためには、生きている検体を顕微鏡ステージの上で飼い続けなければならないのですが、この、生かしておきながら観測を続けるということが、以前は難しかったのです。

―どのような細胞を使うのですか。

近重哺乳類の培養細胞、繊毛虫のテトラヒメナ、それから酵母細胞などです。私は分裂酵母と呼ばれている酵母を主に扱っています。

―酵母を選ばれた理由はどのようなことなのでしょう。

近重1つは遺伝的な分析が容易にできるという点です。遺伝的情報と実際に細胞の中にいる分子の挙動を結びつけていかないとならないので、そのためには遺伝的な解析も必要になるのです。

―酵母のDNA解析も進んでいたのでしょうか。

近重分裂酵母の場合、DNAの塩基配列は10年くらい前に解読されています。ヒトの塩基配列が解読されたのと、ほぼ同じ頃です。それによると、この酵母は、約5,000個の遺伝子を持っているということが分かりました。けれども、それらの遺伝子の働きのすべてが分かっているというわけではもちろんないのです。
 遺伝子というのは、つまりはタンパク質の設計図ですから、おおざっぱにいえば、遺伝子が5,000個あるということは、5,000種類のタンパク質があるということになります。
 生物情報プロジェクトでは、これらのタンパク質の可視化をやってきまして、すべてではないのですが、5,000個中の、1,000~1,500個くらいの遺伝子のタンパク質を可視化してきました。細胞に、ある刺激を与えた時、そうした可視化されたタンパク質がどんな挙動をするかを1つずつ調べることが可能になります。

―タンパク質の挙動と言われましても、イメージがわきにくいのですが。

近重タンパク質を可視化するのに一般的に使われているのは、下村脩博士がノーベル化学賞を受賞した蛍光タンパク質ですね。たとえば、Aというタンパク質を可視化するには、Aの遺伝子に蛍光タンパク質の遺伝子を融合した遺伝子を作って細胞にいれます。そうすると、細胞の中で、タンパク質Aと蛍光タンパク質が融合したタンパク質が作られ、細胞の中のAの挙動は、蛍光タンパク質を計測することで、視ることができるわけです。
 例えば、あるタンパク質が普段は細胞の縁にいるとする。顕微鏡で見れば縁の所に蛍光が見えるわけです。それに温度差といった刺激を与えると、そのタンパク質が刺激に応じて、例えば細胞の縁から細胞核の中に入っていくのが観察できる。そうした変化を1つずつ探していく。細胞の中では複雑なことが次から次へと起こっているわけですが、その情報の流れをひとつひとつ調べていくのです。

高等生物の遺伝の鍵を握る「テロメア」

―そして今回「テロメア」に関わる、2種類のタンパク質を発見されたということですね。染色体の構造に関わる非常に重要な発見ということですが、まず「テロメア」について教えてください。

近重昨年「テロメア」に関わる3名の研究者がノーベル賞を受賞しました。DNAというのは染色体として細胞の中にありますが、細菌など下等な生物の染色体は、環状をしていることが多い。一方、大部分の高等生物の染色体は直鎖状で、その線状の染色体の末端の構造を「テロメア」といいます。
 染色体を直鎖状化すると、どうしても末端ができる。末端はとても厄介な問題を抱えていて、まず、第一は、DNAを複製する時DNAの片方を鋳型として使うのですが、端はどうしても複製が難しい。DNAの「末端複製問題」と言って、なぜ末端の複製ができるのかが分からなかった。昨年ノーベル賞を受賞したブラックバーン博士たちは、「テロメラーゼ」という酵素の発見でこの末端問題を解決したのです。

―どのように解決したのですか。

近重末端がうまく複製できないと、細胞が分裂するたびに少しずつ短くなってしまう。それをどうやって防いでいるのか、それが、末端複製問題なのですが、おそらく、当初、この問題を考えていた人たちは、100%同じものに複製するにはどうしたらいいかと考えていたのじゃないかと思います。それが、分かってみれば、DNAは100%の複製にはこだわらない。ある種の厳密さはあるのですが、放っておくと細胞分裂の度にだんだん短くなってくる末端を、ウルトラCみたいな方法で、スッと伸ばす。そうすることで末端の長さを大体一定に保っている。ノーベル賞を受賞した彼らは、そのウルトラCの方法が「テロメラーゼ」という酵素の働きによるものだ、ということを発見したのです。

―結構アバウトにやっているんだという感じですね。

近重合理的というか生き物らしいやり方ですね。末端複製問題などテロメアの持つ生物学的な問題は、元をたどれば、染色体DNAが直鎖状で末端を持つことに起因します。だから、テロメアの問題を考えていくと、そもそもなぜ真核生物の染色体DNAは直鎖状なのか、つまり、末端(テロメア)を持つのか、という問いに行き着きます。これについては、いろいろの可能性が考えられると思うのですが、有性生殖との関わりがそのひとつですね。

―生物学的にも重要なテーマですね。

私達は、分裂酵母の細胞を可視化し、有性生殖の際の減数分裂*2の様子を見てきました。その観察の過程で私たちは、すべての染色体の末端が、細胞核の特定の1カ所に集まっているのを見出しました。これが「ブーケ・アレンジメント(ブーケ配置)」という現象です。

  • *2 減数分裂:精子や卵子などの細胞を作る時、細胞内の染色体の数を受精後に元の数になるように染色体の数を事前に半分にして細胞分裂を行う現象。

1世紀を経た再発見が世界で注目されたブーケ・アレンジメント

近重しかし古い文献を見ると、19世紀の終わり頃からこの現象について、いくつもの論文が出ていたのです。ただ、その後1世紀ほど何となく忘れられていた。というか、テロメアに関する教科書を読めば、必ずどこかにブーケ・アレンジメントという言葉は出てくるのですが、それは先ほどの末端複製問題とかテロメアが抱えている生物学上の問題点と比べると、扱いが比較的小さくて、あまり研究されてこなかった。
 私達は、それを90年代の初めに見つけてScience誌に報告しました。100年前から知られていた現象を記述した論文がScience誌に掲載されたことからも分かりますように、すごくセンセーショナルな扱いを受けたのです。私達は分裂酵母でしたが、その後トウモロコシやマウスなどで同様の報告が次々と出てきました。

―初めてではないけれど新発見のような扱いだったのですね。

近重そうです。そして、ヒトでもこの現象があることを、この時期にドイツのグループが報告しました。それまではイモリなど、比較的染色体の大きな生き物でしか見つかっていなかったのです。ヒトのDNAの減数分裂は目に見えにくいところで起こりますので、なかなか観察は難しかったのですが、それができるようになったということです。

―100年前とは技術が格段に進歩したわけですね。

近重90年代のブーケの再発見は、可視化技術の進歩の賜物だと思います。それを使って、次に、私達は、細胞に刺激を与えてブーケを作らせ、その過程を観察して色々なタンパク質の挙動を調べました。さらに私たちは、可視化技術に加えて、DNAマイクロアレイ*3という技術を使って、刺激を与えるとどの遺伝子が活性化するかを調べたのです。5,000個くらいある中の100~150個くらいに活性化が起こることが分かりました。
 さらに、活性化してくる遺伝子のどれが、ブーケを作るために働いているのかということで、それぞれの欠損変異体を作成していったのです。

  • *3 DNAマイクロアレイ:配列が明らかなDNAの断片をガラス等の基板上に配置し、これに検体を反応させて、そのDNA配列を特定する分析器具。一般に1枚の基板は、数千から数万のスポットからなり、各スポットに個々の遺伝子DNA分子を固着させることで、数万といわれるヒトの全遺伝子の解析も1枚のマイクロアレイ上で行える。

―そういう方法で見つけていくのですね。

近重80個ほどの遺伝子の変異体を調べると、ブーケが形成されなくなるものがいくつか見つかりました。これらは、その遺伝子を欠損させるとブーケが形成されなくなったわけですから、本来、ブーケ形成に必要な遺伝子ということになります。最終的に私達は、こうした遺伝子を4個見つけて、ブーケ(bouquet)を形成するということで、Bqtの1~4という名前を付けました。「Bqt1」と「Bqt2」については、2006年に発表しています。今回、テロメアを核膜につなぎ止める働きを持つ「Bqt4」と、その「Bqt4」を酵素の分解から守る働きを持つ「Bqt3」という2つのタンパク質について発表しました。これでブーケ・アレンジメント形成の一連のストーリーは大体解明されたかな、というところです。
 今回の仕事の一番のポイントは、テロメアというのは、核膜にくっついている。それには色々な意味があると思いますが、どうやって核膜にくっついているのかという機構を明らかにした。それが今回の論文の主旨だったのです。

―ブーケの構造やブーケがどうやってできるかが分かったということですね。

近重そうです。ただ、どうやって作るのかは、わかったけれども、なぜ作るのかは、まだ明らかではありません。ブーケが観察される減数分裂というのは、精細胞や卵細胞を作るわけですが、その場合、父親と母親からもらった2本の染色体DNAが交叉ということをする。そのためには、2本のDNAが整然と並ばないといけない。このことが、先ほど触れた、真核生物の染色体DNAがなぜ直鎖状かという問題と関係があるかもしれません。もつれた糸も、端があるとほどきやすいし、2本の糸を並べようとすれば、最初に端をみつけて揃えるでしょう。ブーケも多分それと同じように端を持って染色体を束ねているのではないか、そういう可能性は指摘できると思います。

生き物にとって「具合のよい状態」を知る

―この研究に取り組まれるきっかけは何だったのですか。

近重生き物にとって“具合のよい状態”を知りたいというのが、背景にありましたが、最初は、生物情報の可視化ということで、とりあえず減数分裂の時の遺伝情報での染色体DNAを可視化してみようということでした。だから、ブーケを発見した時は、すごくビックリしたわけです。100年前に分かっていたことを再発見して、どうしてそれほどビックリしたかを説明するのは、なかなか難しいのですが…。

―今後、この研究はどのように進んでいくのでしょうか。

近重生物情報プロジェクトとしては、細胞の中の出来事を一生懸命に計測するのと同時に、遺伝子情報を調べるのが目標です。そのための技術が色々ありますが、Bqt遺伝子を見つけるときにも使ったDNAマイクロアレイという技術を使って遺伝子情報の解析をやっています。5,000個のすべての遺伝子の発現状況をモニターできるという基盤技術で、かなりレベルアップしてきましたし、生物情報の可視化をグローバルにやれるようになりつつあります。バイオICTグループの人はよく「バイオ・インスパイアード」、つまり生物に学ぶということを言うのですが、私達の計測技術で、細胞がいかにして具合よく生きているかを解きたいというのが目標ですね。

バイオ・インスパイアードの通信技術

―基本的には生物の情報伝達の機能などを解析・分析して、それを情報通信の分野に活かせれば、ということですね。

近重そうですね、私がここに就職した時は、まだ郵政省の通信総合研究所でした。私は生物学科を卒業していたので、多くの人から、「郵政省で何するの?」と言われました。でも、通信総合研究所は、インフォメーション&コミュニケーションを看板に掲げている研究所でしたから、それを掲げていて生物学をやってないというのは、むしろ変だと私は思ったのです。
 一般には、電波、通信、インターネットという世界と、生物学とは結びつかないと思われていますよね。私は生物情報をずっと扱っているので、コミュニケーションというものを理解しようと思えば、生き物に学ぶことが大事だと考えています。なぜなら、生物学とは生物のコミュニケーション、集団や個体、細胞、さらにその中の分子のコミュニケーションであったり、インフォメーションで成り立っているのです。だから両者を区別する根拠はほとんどないという気がしているのです。

―極論すれば「生き物はすべて通信している」ということですね。

近重最近よく、放送と通信の垣根がなくなってきたと言われますね。でも両者は、本来そんなに違いのあるものじゃなかったと思います。ただ、見かけが違っていた。その見かけの違いを取り払ったのが、ICTの進歩だと思うんです。通信と生物もまさに同じ、見かけ上は違っていても、本来とても同質なものだと思います。野心的に言えば、この通信と生物の見かけ上の違いを取り払うのが私達のバイオICTの役割なのかなと思っています。

―今は過渡期かもしれませんね。

近重いわゆるパソコンやネットワークにおけるICTに、生き物のICTが持っているなめらかさや柔軟性を重ね合わせてゆければと思います。

―そういう意味ではバイオICTグループは、通信の最先端の研究をしていると言ってもいいわけですね。今日はありがとうございました。

近重 裕次
近重 裕次(ちかしげ ゆうじ)
未来ICT研究センター バイオICTグループ
主任研究員
大学院修了後、1992年通信総合研究所(現NICT)に入所。生物情報の可視化とその制御機構の研究に従事。
博士(理学)。
独立行政法人
情報通信研究機構
総合企画部 広報室
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