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柔軟で効率的な電波資源利用を実現するコグニティブ無線システム -実用化に向けた試作と国際標準化への取り組み- 新世代ワイヤレス研究センター ユビキタスモバイルグループ 専攻研究員 石津 健太郎

背景

 いつでもどこでも誰とでも通信を可能にするユビキタス社会はこの10年間で広く浸透し、小型携帯端末を用いたマルチメディア通信は一般的に行われるようになりました。これに伴い、通信速度を始めとする無線通信への要求も飛躍的に拡大してきました。このような需要は今後もますます拡大することが予想され、それに応えるための多様な高速無線システムが開発されています。しかし、無線システムへの周波数割り当ては逼迫しており、特に移動通信に適したUHF~6GHzの周波数帯では、それらの無線システムを新規に運用する周波数を見つけることが非常に困難です。そこで、周囲の電波環境をセンシングして、その結果に基づいて最適な接続先の無線システムを選択し、あるいは、運用周波数や通信方式などの無線通信機能を決定することにより、無線機を再構築してより高速で効率的な通信を実現するコグニティブ無線技術の研究開発が行われています。

 コグニティブ無線技術は、図1に示すように大きく2つに分類できます。ヘテロジニアス型は、周波数が割り当てられた既存の無線システムに接続することを対象とし、余剰な無線資源を持つ無線システムを積極的に使用したり、利用者の用途に応じて無線システムを使い分けて通信したりします。周波数共用型は、地理的あるいは時間的に使用されていない周波数帯を一時的に使用し、必ずしも割り当てられていない周波数帯を利用して通信します。このような使用されていない周波数帯はホワイトスペースとも呼ばれ、周波数利用効率を向上させるための突破口として、世界でも技術基準の整備が始まっています。日本でも、総務省が平成21年11月にホワイトスペース活用に向けた検討チームを発足させました。

図1●コグニティブ無線技術の分類

コグニティブ無線システムの構成と試作

 コグニティブ無線技術を異種無線ネットワークに適用すれば、端末、基地局、無線アクセスネットワークを最適に選択あるいは再構築することが可能なコグニティブ無線ネットワークに応用できます。コグニティブ無線ネットワークでは、図2に示すように端末や基地局等の測定情報をコアネットワーク側に報告し、コアネットワーク側で統計処理や機械学習等の分析を行うことにより、無線アクセスネットワークに運用周波数や通信方式の再構築要求を行い、また、端末が選択する無線アクセスネットワークや基地局の選択を支援するネットワークポリシーの送信を行います。これにより、無線資源の利用を複数の機器が分散して決定できるので、機器連携による電波干渉の抑制や地域全体の観点でのトラフィック負荷分散など、単独の無線システムでは実現できない意思決定が可能になります。コグニティブ無線ネットワークは複数のコグニティブ無線システムから構成されます。その実現例として、ヘテロジニアス型と周波数共用型の試作機を以下に紹介します。

図2●コグニティブ無線ネットワークの構成

 まず、ヘテロジニアス型の実現例として、図3に示すコグニティブ無線ルータシステムを開発しました。このシステムは、公衆無線網と端末向けローカル無線LANを中継し、その際の公衆無線網の選択をネットワーク再構築マネージャと連携して行うことにより、利用者が好む無線システム(ユーザプリファレンス)を考慮しながら地域全体の電波利用を効率化します。既設の機器に改修を要求することなく、既に実運用中の無線通信ネットワーク上に直接展開できるため、コグニティブ無線技術の効果が早期に実現可能となるだけではなく、利用者に無線システムの切り替えを意識させずに実用展開が可能であるという利点があります。このシステムは既にNICTから民間企業への技術移転が完了しており、仮想移動体通信事業者(MVNO)等が採用すれば、無線通信ネットワーク事業のパラダイムシフトを含めた電波資源の利用拡大が期待できます。

図3●ネットワークポリシーに基づき無線通信デバイスの選択制御が可能なコグニティブ無線ルータシステム(ヘテロジニアス型の一例)

 一方、周波数共用型の実現例として、図4に示す再構築可能な基地局と端末から構成されるシステムを開発しました。このシステムでは、基地局が400MHz~6GHzの各周波数帯において電波強度測定、通信方式同定、電波干渉検出を行い、そのセンシング情報をネットワーク再構築マネージャに報告することにより、ネットワーク再構築マネージャが周波数割当データベースや無線システム選択アルゴリズムを用いて最適な運用周波数と通信方式を決定します。基地局と端末は、ネットワーク再構築マネージャからの指示により再構築を行い、電波干渉が無い空き周波数において通信を行います。例えば、無線LANの本来の周波数帯である2.4GHzにおいて、基地局が強い電波干渉を検出した場合、運用周波数を2.5GHzに変更して運用を再開することで電波干渉を回避します。

国際標準化への取り組み

 コグニティブ無線システムの開発過程で得られた成果の一部は、NICT独自技術として様々な国際標準化機関において提案してきました。IEEE 1900.4は世界初のコグニティブ無線ネットワークの基礎アーキテクチャ標準仕様であり、NICTはその創設時から参画し、平成21年2月に仕様を策定することに成功しました。その他にも、NICTはコグニティブ無線技術に関する様々な国際標準化活動に参加しており、ITU-R WP5A/WP1B、IEEE 802.11af/802.19.1/1900.6(米国)、ETSI RRS(欧州)等において議論の初期段階から提案を行っています。

今後の展望

 現在、神奈川県藤沢市を中心とする地域に、前述のコグニティブ無線ルータを約500台設置する広域コグニティブ無線テストベッドの構築を進めています。実際のサービスに使用されている無線ネットワークの特性は非常に複雑であり、必ずしもシミュレーションでは評価できません。そこで、このテストベッドを用いて我々が考案した無線選択制御方式の実現可能性と効果を実証していく予定です。また、テレビ放送周波数帯を含んだホワイトスペースについて、実用展開を想定して技術的問題を解決する研究開発を行っていきます。さらに、ネットワーク仮想化技術などこれまで有線ネットワークを中心に培われてきた様々な技術をコグニティブ無線技術と有機的に統合し、新世代の有無線通信ネットワークの枠組みを検討しています。

図4●電波環境センシングに基づき運用周波数と通信方式(PHY/MAC)の再構築が可能なコグニティブ無線システム(周波数共用型の一例)
石津 健太郎
石津 健太郎(いしづけんたろう)
新世代ワイヤレス研究センター ユビキタスモバイルグループ 専攻研究員
大学院修了後、2005年より専攻研究員。異種無線ネットワークの統合システム、コグニティブ無線システムなどの研究開発に従事。博士(情報科学)。
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