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ミリ波画像伝送システムの研究開発・標準化と実用化 新世代ワイヤレス研究センター 医療支援ICTグループ グループリーダー 浜口 清

はじめに

ユーザ数の増加や無線利用の多様化、無線伝送の高速・広帯域化などから、電波の利用状況は非常にひっ迫しており、未利用周波数帯の開拓は重要な課題となっています。特にミリ波帯(30~300GHzの電波、本文中では、特に60GHz帯)はデバイスコスト、マイクロ波等の周波数と比較した電波の直進性、到達距離の短さなどから、従来、システムの開発例があまり見あたらず、ミリ波帯周波数の電波利用の魅力的なシステム提案は最重要な課題でした。

私たちは1999年に、家庭内におけるテレビフィーダ線を無線化するための「ミリ波映像多重伝送システム」の方式・装置設計、電波伝搬試験に関する研究を開始しました。同システム(図1)では、TV放送波であるV/UHF~BS~CSの放送サービスに必要な周波数帯域の合計が数GHzあることや、家庭内では電波の到達距離が短くてよい特徴等から使用周波数として60GHz帯(酸素による吸収帯の1つ)が適しており、また、テレビの普及台数を勘案すればミリ波利用の促進に大きく貢献できるシステムであると考えました。

図1●ミリ波画像伝送システムのイメージ

2002年からは、同種技術の応用例として、衛星放送サービス等を享受できない集合住宅や光ファイバー等の配線が困難な事業者用ビルディング等に対して、屋上から各戸ベランダまでの(縦方向の)無線による屋外配線を提供できる「ミリ波縦系画像伝送システム」の研究開発を開始し(図2)、市場普及への課題等をまとめました。

図2●ミリ波縦系画像伝送システムのイメージ

これら研究開発の経緯の中で、2000年8月策定の総務省“60GHz帯を使用した無線設備の技術基準”には、私たちが提案した技術パラメータが反映されました。2000年には、ARIB標準T-69(ミリ波縦系画像伝送システムを追加した2.0版は2004年)を策定するに至りました。さらには、ITU-Rへの貢献により、ITU-R報告F.2107に日本オリジナルのミリ波画像伝送システムが記載されました。さらには、近年、ARIB標準をベースとしたミリ波モジュールを実用化して、本モジュールを組み込んだ伝送機器が商品化される段階まで至りました。

「ミリ波映像多重伝送システム」や「ミリ波縦系画像伝送システム」といったシステムが入手できるレベルまで具体化されるには、こうして多くの時間を費やしましたが、その本格的な普及はこれからです。

システム実現上の課題と対策技術

60GHz帯の屋内広帯域伝搬特性は、当時は十分解明されているとは言えず、特に、家庭内や構内、屋外で利用される場合の周囲環境次第では反射波が発生し、伝送特性を劣化させることが経験的に知られていました。加えてコスト増が問題のミリ波利用システムでは、送信機で放送波信号を60GHz帯の電波に周波数変換し、受信機では周波数再変換するシンプルな構成が望ましいと考えました。

このような周波数変換構成では、送受信機それぞれがミリ波帯の局部発振器を必要とします。しかし、ミリ波帯で得られる発振信号の周波数安定化と位相雑音の低減は技術的に難しく、このため、デジタル地上波に採用されているOFDM(直交周波数多重)方式を用いた信号や、多値直交振幅変調信号のミリ波伝送の実現が非常に困難でした。また、デジタル信号を伝送するためには、高度な周波数安定化技術を用いた高価なミリ波局部発振器を送受信機の両方で使用する必要があると考えられていたため、ミリ波通信システムの伝送品質の改善と低コスト化の両立は困難でした。

この課題を解決するため、変調信号と局部発振信号を同時に無線伝送する新しいタイプの「ミリ波自己ヘテロダイン」方式を考案しました。本方式では、送信機で局部発振信号を多重化して無線伝送し、これを受信機で周波数再変換に必要になる局部発振信号源として使用します。すなわち、送信信号を生成する際に用いたものと同一の周波数や位相揺らぎの性質を持った無線信号を用いて検波(自己へテロダイン検波)します。これにより、たとえ送信機で周波数や位相揺らぎの大きな安価なミリ波帯発振器を使用しても、検波時にそれら影響を完全に打ち消すことが出来るため、高い周波数安定伝送特性と超低位相雑音伝送特性を実現することが可能となります。さらに受信機では、従来主要部品であったミリ波帯の局部発振器そのものが不要になるため、低コスト化を同時に実現することができます。

実証実験では、この方式を実装したモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)モジュールによる送受信機を試作して、戸建住宅内での伝送実験を行いました。縦系画像伝送システムの試作機では、図3に示す縦系システム特有の問題もあり、積雪や降雨による映像品質への影響調査等、総合的な実験を実施して技術蓄積を行いました。

図3●ミリ波縦系画像伝送システム特有の問題

ミリ波モジュールの実用化

商品化された屋外用ミリ波モジュールでは、より広い周波数帯域で安定に動作させるため、自己ヘテロダイン方式に周波数逓倍方式を融合させたIF-自己ヘテロダイン方式を採用し、GaAs HEMT-MMICに9mm角小型アンテナを埋め込んで実現しました。本モジュールは、データ伝送に必要な全機能を内蔵していることから、外付け部品はほぼ不用であり、高い変換利得と高出力・低歪特性を特徴とするものです。本モジュールを内蔵した送信機の外形寸法は、およそ12×7×5cm、受信機の外形寸法は7×6×5cmです(図4)。いずれも屋外に設置できるように優れた耐候性と信頼性を備えています。

図4●商品化された屋外用送受信機(シャープ(株)提供)

むすび

ミリ波画像伝送システムは、2Gbps超(帯域換算)もの高い伝送速度を備えていますので、地上デジタル放送からCS放送まで、すべてのデジタル・テレビ放送信号を多重化して一度に伝送でき、HDTV映像も非圧縮で伝送可能となります。一般住宅向けの屋内外用ミリ波モジュールが製品化されたことから、今後の普及が期待されるところです。

電波を有効に利用したシステムに関する研究は、低周波数帯から未利用な高周波数帯への無線利用の移行促進や周波数資源の有効利用を図る意味においても重要であり、今後も得られた知見を生かして社会に役立つ技術開発に貢献する所存です。

なお、今年、本研究開発に携わった新世代ワイヤレス研究センター荘司洋三主任研究員、研究推進部門小川博世統括らとともに一連の功績が認められ、(社)電波産業会より電波功績賞を賜りました。本システムの開発と実用化は多くの方からの多大なご協力を得た結果の賜物であり、関係各位にはこの場をお借りしまして厚くお礼申し上げます。

浜口 清
浜口 清(はまぐち きよし)
新世代ワイヤレス研究センター 医療支援ICTグループ グループリーダー
大学院修了後、通信総合研究所(現NICT)に入所。近距離ワイヤレス技術、無線センサネットワーク等に関する研究に従事。博士(工学)。
独立行政法人
情報通信研究機構
総合企画部 広報室
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