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宇宙天気予報特集
太陽活動領域での太陽嵐発生アセスメント 電磁波計測研究センター 宇宙環境計測グループ 専攻研究員 井上 諭

背景

地球近傍の宇宙空間(ジオスペース)では、電磁気的な擾乱<じょうらん>現象である磁気嵐、磁気圏サブストームさらには電離圏嵐といった宇宙嵐にしばしば見舞われます。これらの宇宙嵐は、人工衛星の故障や地上の電力網等に影響を与えるので、我々の日々の生活にも影響が出てきます。これらの宇宙嵐の発生要因は太陽の表面で爆発する「太陽フレア」(図1a)や、太陽大気であるコロナガスを惑星間に大量に放出する「コロナ質量放出(CME)」(図1b)であると考えられています。これらの現象(以下総称して「太陽嵐」)は太陽コロナ中での磁場のエネルギーの解放現象であると考えられていますが、発生機構等は未だ解明されていません。その解明を難しくしている要因の1つとして、太陽活動領域の3次元の磁場構造が明確に理解されていない事があります。太陽活動領域とは、太陽表面に現れる黒いシミ「黒点」によって構成された領域であり、磁気活動が活発化して太陽嵐を引き起こす磁気エネルギーが蓄積されている領域です。太陽活動領域の3次元の磁場構造が明確にならない理由は、現在の太陽観測では太陽表面である光球の2次元面での磁場の情報しかわからないからです。特に、太陽嵐は光球よりも上空のコロナ中でエネルギーが解放される現象であると考えられているので、“太陽コロナ中のどこにエネルギーが蓄積されているのか”を明確にする必要があります。そこで我々は、観測で得られる光球面の磁場分布を境界条件として、上空の磁場構造を数値的に求める方法を考案し、その数値計算プログラムを開発しました。

図1●( a)太陽観測衛星「ひので」が観測した太陽フレア。CaIIで彩層を観測しており、発光部分はフレアリボンと呼ばれています。(ひので科学プロジェクト提供)(b)「SOHO」衛星が観測したコロナ質量放出。円盤の中の白丸が太陽を表しており、外側の白く発光している領域は放出されたコロナガスを表しています。(http://sohowww.nascom.nasa.gov 提供)

太陽活動領域の3次元磁場構造

開発されたプログラムを用いて、3次元の磁場構築の計算を行いました。図2aは太陽観測衛星「ひので」が観測した光球面に対して鉛直方向の磁場成分を表しています。白黒は磁場成分の正(紙面上向き)負(紙面下向き)を表しており、正極と負極の黒点の位置を表しています。今回は、この磁場データを境界条件として上空の3次元の磁場を計算しました。この活動領域は6時間後にX3.4クラスの大きなフレアを引き起こし、ジオスペースで巨大な宇宙嵐を引き起こしています。図2bは光球面に対して、鉛直磁場成分のみを用いて計算した磁場構造です。緑色の線は磁力線を表しています。この磁場構造は“ポテンシャル磁場”と呼ばれる磁場で、光球面の鉛直磁場成分さえわかれば、簡単に計算できて解の一意性も数学的に保証されています。しかしながら、ポテンシャル磁場は磁気エネルギーが最小状態の磁場構造であり、太陽嵐を引き起こすようなエネルギーレベルの高い活動領域のモデリングとしてはふさわしくありません。そこで、光球面に対して鉛直成分だけでなく接線成分の磁場成分も境界条件に含めて3次元磁場構造を計算した結果が図2cになります。ポテンシャル磁場とは黒線で囲まれた矩形領域中で、その構造が際立って異なるのがわかるかと思います。この磁場構造は“フォースフリー磁場”と呼ばれています。図2dは図2cの矩形領域の拡大図です。紫の面は強い電流が流れている領域を表しています。この強い電流領域は太陽嵐を引き起こす自由エネルギーが蓄積されている領域です。このように、光球面の観測磁場を境界条件として3次元の磁場構造を数値的に計算する事で、コロナ中でエネルギーが蓄積されている“ひずみ”の構造とその場所が計算機の中で明確に見えるようになったのです。

図2●(a)太陽観測衛星「ひので」が観測した光球面の磁場データ。紙面に対して鉛直成分をプロットしており、正(紙面に対して上向き)負(紙面に対して下向き)の黒点の位置を表している。(b)光球面の鉛直磁場成分のみを用いて計算されたポテンシャル磁場。緑色の線は磁力線を表している。(c)光球面の磁場3成分を用いて計算されたフォースフリー磁場。(d)cの矩形領域の拡大図。紫色の面は強い電流が流れている領域を示しています。

計算された磁場構造と太陽観測との比較

さて、エネルギーの蓄積された領域の再現には成功しましたが、計算された磁場構造がどこまで観測を反映しているのかを検討しなければなりません。その検証の結果を図3に示しています。図3aは「ひので」のX線望遠鏡が観測した活動領域のX線の輝度分布を表しています。赤い線と青い線は正極と負極黒点の位置を表しています。緑色の線は磁力線を表しています。X線の強い領域は強くねじれた磁力線で構成されている(であろう)事が以前から指摘されています。本結果も、X線の強い領域はねじれた異なるトポロジーの磁力線で構成されている事が確認されました。さらに、図3bは「ひので」可視光望遠鏡が観測したフレアリボンに磁力線をプロットした結果です。フレアリボンは、太陽フレアの発生時に観測される現象で、フレア前のねじれた磁力線の足下に相当していると考えられています。フレアリボンは非対称で複雑な構造をしているのにもかかわらず、その位置は計算された磁力線の足下に相当しており、フレア領域の磁場構造を正確に再現できている事が確認できました。

図3●( a)太陽観測衛星「ひので」がX線望遠鏡で観測したX線の輝度分布に磁力線をプロットした結果。赤と青は正負の黒点の位置を表している。(b)「ひので」可視光望遠鏡が観測したフレアリボンに磁力線をプロットした結果。

宇宙天気予報(太陽嵐発生予測)への応用に向けて

本研究で用いた磁場データはフレア発生の6時間前のデータです。それにもかかわらず、計算された磁力線の足下の位置はフレアリボンの位置とよく一致します。この結果が意味する事は、フレア6時間前にはすでにフレアを引き起こすエネルギーレベルの高い磁場構造が形成されているという事です。つまり、6時間前の磁場データを手に入れる事で、太陽コロナ中のエネルギーが蓄積された「ひずみ」の場所や構造を計算機の中で再現する事が可能になります。今後はこの「ひずみ」が時間と共にどう成長するのかを定量的にもっと詳細に調べる必要があります。昨年、「Solar Dynamics Observatory(SDO)」と呼ばれる、新しい太陽観測衛星が打ち上げられました。この衛星は、空間解像度は「ひので」衛星には劣るのですが、広範囲な視野と高時間分解能で光球面の磁場データを観測します(詳細は、http://sdo.gsfc.nasa.gov/をご参照下さい)。そのため、SDO衛星が観測する磁場データに基づいて3次元磁場の計算を行えば、「ひずみ」がどのタイミングで形成され、どのように成長していき、そしていつ崩壊するのか?等が明らかになる事が期待できます。より詳細に調べるには、計算された磁場構造を初期条件として、電磁流体シミュレーションを実施する事で磁場のダイナミクスを考察する事ができます。図4は以前に筆者らがシミュレーションした磁場のダイナミクスの結果の一例です。この計算は、太陽コロナ中に「フラックスチューブ」と呼ばれる螺旋状にねじれた磁場構造が、キンク不安定性(磁場のねじれがある臨界値に達すると、フラックスチューブがよじれる不安定性)によりコロナ上空へと放出される様子を再現しています。重要な問題点として、本研究で扱われた磁場構造は、実際に観測される磁場構造とは非常にかけ離れた単純な構造をしていた事にあります。しかし、本稿に記載しましたように、観測磁場データに基づいて非常に精度良く観測に見合う磁場構造の導出に成功していますので、この問題は解決しつつあります。最後の課題としては、高空間分解能、あるいは高時間分解能の3次元データを扱う場合、その解析リソース(解析、可視化環境やディスク等)が問題となります。宇宙環境計測グループでは、こういった問題を解決するために「サイエンスクラウド」を構築しており、高空間分解能、あるいは高時間分解能のシミュレーションデータの解析ができる環境が整いつつあります。最新のスーパーコンピュータシステムと最新の衛星データを組み合わせ、さらには最新のインフォマティクス技術を駆使する事で、太陽嵐予報への第一歩を踏みだせると筆者は期待しています。

図4● (a)太陽コロナ中に配置された「フラックスチューブ」。線は磁力線を表している。(b) 「ラックスチューブ」がキンクモードに対して不安定化した結果、上空へ放出される様子を再現している。赤いカラーは密度が強められている領域で、青い等値面は密度が減少している領域を示している。
井上 諭
井上 諭(いのうえ さとし)
電磁波計測研究センター 宇宙環境計測グループ 専攻研究員
大学院修了後、名古屋大学、海洋研究開発機構の博士研究員を経て2009年8月にNICTに入所。太陽活動領域の磁場構造の解明から太陽嵐の発生機構までを大規模計算機を用いた研究に従事。博士(理学)。
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