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国際宇宙ステーション搭載超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES)-SMILESが拓く大気環境変動監視の未来- 電磁波計測研究センター 環境情報センシング・ネットワークグループ 主任研究員 笠井 康子

はじめに

超伝導サブミリ波リム放射サウンダSMILES(Superconducting Submillimeter wave Limb Emission Sounder)は2009年9月に国際宇宙ステーション(ISS)に打ち上げられ、現在は日本実験棟(JEM)曝露部に搭載されています(図1)。オゾン層破壊や温暖化そして大気汚染などの地球大気環境変動では、大気中に存在する微量な分子やラジカルの働きが鍵になります。反応性が高く大気組成の変化を起こす分子ラジカル*1は、アクティブであるほど存在量が低いという傾向があります。SMILESではこれまで鍵になる働きをすると考えられていたにも関わらず、あまりにも微量で従来は計測が困難であった物質、例えば地球大気中の存在比で一兆分の一程度しか存在しない一酸化臭素BrOやヒドロパーオキシラジカルHO2、100億分の1程度の次亜塩素酸HOClなどを検出しました。現在はこれらの超微量分子の大気中における振る舞いについて詳細な研究を進めています。

図1●SMILESと国際宇宙ステーション

SMILESミッションの目的は、

1)4K(-269℃)機械式冷凍機により冷却した高感度サブミリ波超伝導受信機システムの宇宙における技術実証

2)世界最高の超高感度観測により地球大気の新しい姿を拓く

です。SMILESはNICTと宇宙航空研究開発機構(JAXA)の共同開発ミッションでNICTにおいては1997年から本格的に開発を開始していました。SMILESでは大気からの放射をサブミリ波ヘテロダイン検波*2し、周波数を落としたのちに分光します。SMILES測器開発は近年の「“小短軽”(小型、開発期間を短く、質量を軽く)」衛星開発の傾向とは逆行した挑戦的な開発でした。質量500kg、消費電力400W、これまで宇宙では例のなかった4K超伝導受信機開発、など大型で一つ間違えば無謀とも言える技術的挑戦に対して、海外の親しい研究者からは「Crazy Japanese」と言われたものでした。測器の設計寿命は1年間でしたが、2010年4月に局部発信器が不具合を起こし、さらには2010年6月から心臓部である超伝導ミキサを冷却する冷凍機が4Kに到達しなくなり、1年に満たない期間で観測の継続を断念しています。しかしながら、SMILESの従来より10倍以上の高精度の観察は、地球大気の新しい姿を見せてくれました。これらの結果はオゾン層回復と気候変動の関わりを始めとした地球環境問題に対してユニークな視点を追加するでしょう。ここではごく一部ですが、初期的な成果などもご紹介します。

SMILES観測スペクトルとデータ処理

SMILESは地球周縁を観測するジオメトリで観測視線の接線高度にして約-10kmから100kmの間の放射を分光観測しています。SMILES観測スペクトルの一例を図2に示します。一見シミュレーションとも見紛う、リップルのない美しい測定スペクトルが得られました。2009年10月に出た初データは国際会議等で紹介するたびに関連研究者から“Impressive! Japanese Technology!”などの敬意と称賛の言葉が次々と贈られてきました。これにはSMILES測器チームの技術力の高さを改めて感じたことでした。

図2●SMILESで観測したスペクトル

NICTでは、測器開発のほか、このスペクトルから大気中分子・気温・水蒸気・氷雲・風速などを導出するLevel2アルゴリズム開発と処理、データのグリッド化などのLevel3データ処理を行うと共に、これらのデータ配布を行っています。NICTの地球環境計測分野はこれまで測器開発が主流であり、大容量の地球観測衛星データの準リアルタイム処理を行うのはこれが初めての試みでした。打ち上げ2カ月後の2009年11月末には宇宙ステーションからのSMILES観測データを準リアルタイムで処理したものを実況する「SMILES観測データのクイックルック」を世界に発信する準備が整いました。図3にデータ処理系の概念図と図4にはデータクイックルックページの一例を示します。

図3●SMILESのデータ処理系の概念図
図4●SMILES data quick look

最近の成果

現在では、これらのデータから、これまで観測では直接実証されていなかったオゾン層破壊反応の日変化、世界で始めての宇宙からの対流圏上部の水蒸気の日変化観測など、これまであやふやであった科学現象が明らかになってきています。図5にはSMILES観測で初めて得られた赤道域上空におけるClOとHOClの24時間変化を示しました[佐藤知紘、2011]。例えば高度45kmに注目すると、昼間にはClOの姿をした塩素原子Clが、夜間にはClO+HO2→HOClの反応によりHOClに変換し、夜明けと共にHOCl+hv→Cl+OH、Cl+O3→ClO+O2と変換していく様子を観測により捉えています。これらは理論的計算では考慮されていたものの、グローバル観測ではSMILESが初めて実証した現象です。SMILES観測事実により定量的な解釈が可能になりました。オゾン破壊化学反応のメカニズムの詳細な理解は、人類の多くが居住する中緯度や赤道域におけるオゾン破壊量の定量的な見積りを可能にし、オゾン層破壊回復時期予測の精度向上に貢献します。これらSMILESで得られた研究結果を用いて今後はWMO(世界気象機関)への提言をしていく事を目指しています。

図5●上部成層圏(高度45km付近)において、夜間においてCl原子がClOからHOClに変換し、夜明けとともにClOに戻る様子を始めて実測定で捉えました。[T.O.Sato, Titech, Private communication]

これから

現在、人類活動は地球大気環境システムに対する主要な強制力の一つとなり、生物の生存基盤である大気質や水資源に対する影響が顕在化しています。宇宙からの包括的な大気環境の監視は、地球の温暖化や大気汚染と健康被害などの現実の実態把握の道具として非常に有効です。これらのデータを有効に使い、安心・安全な国民生活・社会経済活動をサポートすることは今後も重要性を増すでしょう。しかし20年前とは異なり、現在では環境衛星観測はめずらしいものではなくなりました。観測で降りてくる大量の衛星観測データに対してデータ処理が追い付いていないことが問題になってきています。また、たくさんある衛星データの統合的解析の重要性も増して来ました。今後は、NICTで進められているサイエンスクラウドプロジェクトを用いて、衛星データ処理を一桁高速化し、データ統合することにより新しい世界を展開していきたいと思っています。

参考
SMILESのホームページ
http: //smiles.nict.go.jp/
SMILES観測データのページ
https: //smiles-p6.nict.go.jp/products/research_latitude-longitude.jsf
佐藤知紘 NICT研修員(2011)Private communication

謝辞
ここに紹介した仕事はNICTにおけるSMILESプロジェクトの成果の一部であり、データ処理系は専攻研究員のバロンフィリップ氏と共に研究開発を実施しました。電磁波計測研究センターにおいてSMILESプロジェクトに従事しているバロンフィリップ氏、佐川英夫氏、メンドロックヤナ氏、デュプイエリック氏、落合啓氏、入交芳久氏、真鍋武詞氏を始め、学生諸君(鈴木広大、佐藤知紘、鷺和俊、田中高浩、小野寺悠、甲斐由紀子)に感謝いたします。また、協力して研究を実施しているチャルマス工科大学の皆さまに感謝いたします。

用語解説

  • *1 ラジカル
    通常は2個1組で軌道上を回転しているはずの電子が何らかの条件によって1つしかなくなっている状態のこと。
  • *2 ヘテロダイン検波
    搬送波と局部発信周波数を混合して得られたうなり周波数を検波器に加えて低周波信号を取り出す方式。
笠井 康子
笠井 康子(かさい やすこ)
電磁波計測研究センター 環境情報センシング・ネットワークグループ 主任研究員
1995年東京工業大学大学院理工学研究科博士後期過程修了。理化学研究所基礎科学特別研究員を経て、1998年通信総合研究所(現NICT)に入所。国際宇宙ステーション搭載・超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES)を始めとした大気リモートセンシングデータ処理研究に従事。博士(理学)。

前列左から入交芳久、落合啓
2列目左から佐川英夫、笠井康子、バロンフィリップ
3列目左から佐藤知紘、デュプイエリック、鈴木広大、小野寺悠、石山洋平、田中高浩、甲斐由紀子

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