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震災対応特集
「きずな」(WINDS)の宮城県での運用について  ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室 研究マネージャー 高橋 卓  / ワイヤレスネットワーク研究所 企画室 専門推進員 秋岡 眞樹

超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)

「きずな」は2008年2月に種子島宇宙センターからH2-Aロケット14号機で打ち上げられました。打ち上げ後3年3ヶ月ほどたちましたが、順調に運用を続け、数々の実験を精力的に実施しています。最大の特徴は、世界最高速の衛星通信性能をもち、アジア太平洋全域をサービスエリアとするブロードバンドIP通信が可能であることです。「きずな」にはNICTが開発した再生交換機を搭載しており、搭載交換機を使用した再生交換モードでは、多数の地点を同時に結んで最高155Mbpsの通信が可能です。また、搭載再生交換機をバイパスしたベントパイプモードでは2点間で1.2Gbps超の通信が可能で、様々な実験やイベントをこなしてきました。

スーパーハイビジョン映像の伝送実験や高精細4Kカメラによる3D映像など、次世代の映像コンテンツの大容量伝送実験を成功させています。2009年7月には、皆既日食映像伝送実験において、車載局を硫黄島に持ち込みハイビジョン4チャンネル分をNICT本部(小金井市)へリアルタイムで伝送し、インターネット等を介して報道番組等ひろく日本中のお茶の間にも提供されました。2010年1月には、神奈川県の大和成和病院の手術室と神戸国際会議場を「きずな」で結び、心臓外科手術の3D映像中継実験を成功させています。

「きずな」の地球局設備は、地上網で広く普及しているイーサネットで外部機器と接続されます。このため、コンピュータやテレビ会議、IP電話をはじめ、多くのネットワーク対応機器をそのまま接続して運用する事ができます。このシンプルなインターフェースは、最先端の通信衛星である「きずな」をとても使い勝手のよいものにしています。

災害時の衛星通信利用について

地上の光ファイバー網と異なり、地上通信網のないどんなところでも、地球局設備があればすぐに大容量ブロードバンド回線を開設できる点が「きずな」の強みです。これは、大規模災害による通信途絶に対しても大きな力を発揮します。この点について、実際の現場で活動する消防などの関係者も「きずな」に強い関心を持っていました。2010年10月に沖縄でAPEC電気通信・情報産業大臣会合が開催された際には、併設された政府展示において災害救助活動における「きずな」の利用を含む展示実験を東京消防庁の方々と協力して実施しました。災害時に緊急援助隊として遠隔地に派遣されたときの通信に関する問題点や重要性などの議論をもとに、今年の4月からの第3期中期計画が開始されたら協力して取り組もうと、具体的なプランを練り始めていたところでした。

その矢先、3月11日に東日本大震災が起こってしまいました。すぐにNICT本部から関係機関に情報収集を始めましたが、思うように電話が通じません。テレビを見ているだけで、想像したこともないような被害に見舞われていることはわかります。「きずな」を使用する状況になった場合に備えて、念のため衛星運用スケジュールの確保と必要な資機材の集積準備を開始しました。夜中、日付も変わった12日未明、東京消防庁の担当者から、「緊急消防援助隊が活動する現地との通信に『きずな』を使いたいとの話が出ているが、協力してもらえる可能性はあるか?」との連絡がありました。大急ぎで資機材の確保状況の確認と情報収集と準備を本格化させました。また、一緒に「きずな」プロジェクトを進めている宇宙航空研究開発機構(JAXA)の担当者とも調整し、「きずな」使用のスケジュール変更とリソース等の確保に協力していただきました。あたふたと一応の準備を整え、14日には現地に追加派遣される緊急消防援助隊の東京都隊とともに大手町の東京消防庁本庁を出発しました。

14日深夜に気仙沼市に入り、15日朝に気仙沼市災害対策本部の置かれた気仙沼消防署・防災センターに到着、設置場所や電源・信号線ルート等の調査・調整を始めました。東京側で作業しているチームメンバーの手際のよさもあり、アンテナ設置、室内や消防車両へのケーブル敷設、アプリケーション機材の立ち上げも含め、夕方4時ごろには大手町の東京消防庁作戦室との間に衛星回線が確保できました。

その後、航空自衛隊の災害派遣の部隊とともに松島基地に移動し、入間(埼玉県)と松島の間にブロードバンド通信回線を提供しました。

図1:超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)の概要
図1:超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)の概要

図2:気仙沼市での活動状況
図2:気仙沼市での活動状況
屋上に可搬型VSATを展開し、窓越しにケーブルを災害対策本部に引き込んで運用した。

被災地での活動を踏まえて

NICTは防災につながる研究はしているものの、防災機関ではありません。「きずな」のチームも災害対応機関の活動に役立つ研究をこれから…、というところでしたので、「きずな」の持てる力を存分に発揮できたとは思っていません。報道される被害状況に衝撃を受けて、何かできることがあるならやらなければ、と走り出してしまったようなもので、準備も十分といえるものではありませんでした。それでも、実際の災害対策現場で「きずな」が使われたことで、ささやかながらも被災地と救援部隊のお役に立つことができました。加えて、「あれもできる」「ここはこうすればよい」とたくさんのことに気付くことができました。

今回の一連の活動で、「きずな」による衛星通信はハイビジョンの映像やテレビ会議に加え、IP電話やWiFi付携帯電話も衛星回線とうまくつなぎこむと被災地でかなりの有効活用が期待できることがわかりました。「きずな」を使えばそのままインターネットにつなぎこめますので、被災地での救助活動や被災者支援にそのまま役立てられます。ファイル共有ツールやVPNなども有用です。作業開始後半日程度でブロードバンド回線を開通させられる即応力を今回も発揮してくれました。災害現場で使うツールはワイヤレスでアクセスできるものでなければ、運用現場にかえって負荷をかけてしまうかもしれないことも貴重な教訓としたいと思います。そして、とにかく電源の継続的な確保の大切さ。ここにあまり詳しいことを書く余裕はありませんが、後から考えるとあたりまえに思えてしまうことも多いです。

今後、衛星通信の先端技術を追求する研究開発に加え、それを実際の現場で使えるものに仕上げていくためにやるべきことがいろいろとあることをあらためて痛感させられました。報道や関係機関などでは、衛星携帯電話をはじめ衛星通信の重要性があらためてとりあげられているようです。今回の活動の中で気付いたことで検証の必要なことは、被災地から帰ってすぐ実験や検討を始めています。現場の人たちに現場のイロハも教えていただきながら研究開発を推進していきたいと考えています。

今回の震災で亡くなられた方のご冥福と、被災された地域の復興を心よりお祈り申し上げます。

高橋 卓 高橋 卓(たかはし たかし)
ワイヤレスネットワーク研究所
宇宙通信システム研究室 研究マネージャー

大学院修士課程修了後、1991年に郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。高速衛星通信、衛星通信システムなどの研究に従事。
秋岡 眞樹 秋岡 眞樹(あきおか まき)
ワイヤレスネットワーク研究所
企画室 専門推進員

大学院修了後、科学技術特別研究員を経て1993年に郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。宇宙環境、宇宙技術などの研究に従事。博士(理学)。
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