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施設紹介
沖縄の海と雨と風を、最先端のレーダで観測
    自然災害の軽減から海の安全確保まで、幅広い分野に貢献する  沖縄電磁波技術センター

沖縄本島および与那国島に3つの観測施設と恩納研究センターからなる沖縄電磁波技術センター。ここでは海、雨、風の自然環境を計測するための技術開発が行われています。十分な広さの用地と特徴的な気候を持つ沖縄という場所が技術開発における大きなメリットとなっています。これらの観測施設と研究内容を紹介します。

潮の流れや波の高さを観測し海の安全を守る海洋レーダ

沖縄本島の南西、日本の最西端に位置する与那国島、その北岸に設置された与那国海洋観測施設の遠距離海洋レーダ(図1)は、2001年から北方向の東シナ海南部海域の観測を行っています。遠距離海洋レーダは、9MHz帯の電波を海面に向けて送信し、その後方散乱波を受信するレーダで、受信信号から表層の流れ(潮汐、海流)の速度、波の高さを推定します。与那国島の海洋レーダでは、およそ200km先、東シナ海の大陸棚周辺までの海域の観測が可能です。

海洋レーダは、海に面した崖の近くに設置され、1基の送信アンテナと、全長約250mにもなる直線に並んだ16基の受信用リニアアレイアンテナと、送受信設備とレーダ制御及びデータ処理の計算機が設置されたコンテナ及び非常用発電装置から構成されています。レーダ制御は恩納研究センターからネットワーク経由で行い、収集されたデータも転送されます。また、台風接近時などの停電発生時にも非常用発電装置による電力で継続して観測が可能になっています。

遠距離海洋レーダの観測対象は、ひとつは沖縄海域を通る黒潮です。2010年まで石垣島で運用されていたもう1台の遠距離海洋レーダのデータを組み合わせることで、与那国島と台湾の間を北上する黒潮が大陸棚付近で大きく向きを変える様子、そしてその黒潮の流軸が南北に変動する様子が克明に観測されました(図2)。この黒潮の観測結果は、海洋学の研究に利用されるほか、海上保安庁にも提供され、海の安全を守るために利用されました。

図1:遠距離海洋レーダの受信アンテナ群
図1:遠距離海洋レーダの受信アンテナ群

図2:遠距離海洋レーダが捉えた黒潮の様子
図2:遠距離海洋レーダが捉えた黒潮の様子

偏波を利用し、高精度な降水強度推定、降水粒子判別を目指す降雨レーダ(COBRA)

名護市の山頂近く、標高343mの名護降雨観測施設には、降雨レーダ(愛称:COBRA)があります(図3)。C帯(5.34GHz)のマイクロ波を利用し、鉄塔の上のレドーム内に設置された直径4.5mのパラボラアンテナを上下左右自由に方向を設定し、半径300km程度の範囲の降雨の様子を観測します(図4)。

図3:降雨レーダのレドーム(左)と、内部に設置されたレーダ(右)
図3:降雨レーダのレドーム(左)と、内部に設置されたレーダ(右)

図4:降雨レーダ(COBRA)による台風の観測例
図4:降雨レーダ(COBRA)による台風の観測例

このCOBRAを使って主に2つの技術開発を行ってきました。ひとつは偏波を利用した観測機能の高度化で、もうひとつが気象レーダのためのパルス圧縮技術の開発です。

雨粒による散乱の強さは、雨粒の半径の6乗に比例(レイリー近似)します。降水強度は雨粒の体積と落下速度の積で、半径の約4乗に比例するために、レーダの散乱波から降水強度を推定するときには、雨粒がどういう大きさの雨粒から構成されているか(雨滴粒径分布)を知ることが必要です。小さな雨粒(直径1mm以下)はほぼ球形ですが、大きな雨粒は空気の抵抗で横につぶれた形になります。この形状の違いを水平と垂直に振動する電波(水平偏波・垂直偏波)を利用して、観測し、雨粒の大きさの分布を推定します。この偏波を使った降雨レーダの高度化の研究は、1980年代から始まり、初期には水平・垂直偏波のエコー強度の比を用いていましたが、近年では両偏波間の降雨中の伝搬時位相差を用いる方法が中心になってきています。COBRAによるC帯での偏波観測結果が国土交通省の現業レーダへの偏波観測機能付加につながりました。また、降水粒子は地上付近では液体で雨滴の場合でも、上空では低温のために固体であり、偏波観測でこれら粒子の種類判別(雪、氷晶、雹(ひょう)の識別)を行う研究が盛んに行われています。COBRAでは大学の研究者と協力し、ビデオゾンデと呼ばれる雲内の粒子観測装置との同時観測を行い、ビデオ画像での降水粒子の種類と偏波レーダで観測される量との対応関係を精力的に研究しています。

パルス圧縮は低出力の変調・伸張された信号を送信し、散乱波を復調・圧縮処理することで高出力の短パルスの送信信号で観測するのと同じ性能を得る技術で、通常の点対称のレーダ(航空管制レーダなど)では広く用いられていますが、降雨レーダのように空間に広く分布し、かつその強度が激しく変化する対象に適用する場合にはレンジサイドローブと呼ばれる偽のエコーを低減化するという難しさがあります。COBRAでは短パルス(2μsec)で出力250kW のクライストロンでの測定と、出力10kW のTWTAによるパルス圧縮による測定を、台風・雷雨・梅雨前線などの様々な場合について実施し降雨レーダに適用可能な低レンジサイドローブのパルス圧縮技術の開発と実証を行いました。また、このパルス圧縮技術はパルス波の立ち上がり・立ち下がりを制御することで周波数帯域を狭く、帯域外の放射を低減する効果もあります。今後、降雨レーダはパルス圧縮を利用し、マグネトロンやクライストロンなどの高圧電源を必要とする電子管から低出力の半導体増幅器に置き換えられメンテナンス性が向上し、帯域外の放射も低減し、周波数の有効利用が進められていくと考えられます。

現在実施しているCOBRAを使った技術開発は、改良型バイスタティック受信機による降雨域内の風速場の測定です。降雨レーダでは降雨エコーのドップラーシフトから降雨域における風速のレーダ視線方向成分が測定できますが、3次元の風速を推定するには複数のレーダで同時に観測する必要があります。バイスタティック受信機はレーダと異なる地点に受信機を設置し、降雨のバイスタティック散乱波を測定、そのドップラーシフトから降雨域の風速場を推定する技術で、複数レーダの同時観測より経済的であり、観測体積の同時性の点でも優れています。ただ、これまでのバイスタティック受信機では広い観測範囲を確保するために広角のアンテナが使われていて、アンテナサイドローブによる干渉が問題でした。“改良型”では、疎なアレイ配列とデジタルビームフォーミングを組み合わせることで、このアンテナサイドローブによる干渉を低減させます。現在恩納研究センター屋上に4素子の疎なアレイアンテナを設置し、降雨観測の測定データで実証する予定です。これらの技術開発に加え、衛星搭載降水レーダの検証にもCOBRAが使われます。NICTとJAXAは世界初の衛星搭載降雨レーダである TRMM/PR(熱帯降雨観測衛星搭載降雨レーダ)を開発し、同レーダは、1997年に打ち上げられ、現在も軌道上から熱帯地方の降雨観測を継続しています。この後継レーダとして、NICTとJAXAはGPM/DPR(全球降水観測計画主衛星搭載2周波降水レーダ)を開発中であり、2013年に打ち上げが予定されています。DPRはTRMM/PR がKu帯(13.8GHz)の1周波であったのに対し、Ka帯(35.55GHz)を加え、2周波化し、降水強度推定の高精度化、固体降水(雪、氷)と雨の識別、高感度化を行います。このDPR処理アルゴリズムの開発・検証を打ち上げ前に行い、打ち上げ後は同時観測を実施し、DPRの観測プロダクトの検証を行います。

天気予報の基礎データに役立てられているウィンドプロファイラ

名護降雨観測施設とは逆に、山間の盆地に作られた大宜味大気観測施設には、上空の風を観測するウィンドプロファイラが設置されています(図5)。ウィンドプロファイラは、24素子の1次元のフェイズドアレイアンテナが2セットあり、各素子の電波の送信位相を調整することと2セットあるアンテナを切り替えることで、直上だけでなく、東西南北にそれぞれ10度ずつビームの方向を変えることができます。送信する電波の周波数は443MHz を使用し、観測できる高さは、その時の大気の状態によって変化しますが、上空およそ数百mから十数kmの対流圏上部までの風を観測することができます(図6)。

図5:他の無線局との干渉を減らすため、山あいのくぼ地に設置されたウィンドプロファイラ
図5:他の無線局との干渉を減らすため、山あいのくぼ地に設置されたウィンドプロファイラ

図6:台風が到来した際の観測データ。通常は低い高度で弱い風、高い高度で強い風が吹いているが、台風通過時は逆に低い高度の風の方が強くなっている
図6:台風が到来した際の観測データ。通常は低い高度で弱い風、高い高度で強い風が吹いているが、台風通過時は逆に低い高度の風の方が強くなっている。

現在、気象庁はウィンドプロファイラを全国に配置し観測するシステム「WINDAS」を展開中ですが、沖縄本島にはNICTが持つウィンドプロファイラしかありません。そのため、大宜味大気観測施設のウィンドプロファイラが観測したデータは、気象庁に提供され、数値予報モデルの初期値として用いられ、天気予報に役立っています。

ウィンドプロファイラは大気の乱流による屈折率の揺らぎからの微弱な散乱波を利用し、風速を測定していますが、地上から大型のスピーカで上空に音波を発射すると、大気密度の粗密の変化による屈折率の変化が音波面として伝搬し、そこからの散乱波が観測されます。この散乱波のドップラーシフトから、音波面の移動速度、つまり上空の音速が測定可能です。音速はそこでの温度に関係していますので上空3~5kmまでの温度の推定が可能になります。この音波と電波を組み合わせて温度を推定する技術が、RASS(Radio Acoustic Sounding System)です。大宜味大気観測施設では、日中はこのRASSを用いて風速と温度の同時観測を行っています(図7)。夜間はスピーカ音による近隣住民への迷惑を考えて、RASS 観測は行っていません。現在、夜間の観測も行えるように音波源の検討を行っています。

図7:RASS観測による温度分布とスピーカ
図7:RASS観測による温度分布とスピーカ

3つの施設を統括する恩納研究センター

万座ビーチにほど近い恩納研究センターは、これまでに紹介した3つのレーダを制御する機能を持った施設です。レーダ全ての運用はここで行われ、観測データは処理・解析が行われた後、小金井のデータサーバへと送られます。また、センターの海に面したエリアには、24MHz帯を利用する短波海洋レーダと、石垣島の観測施設から移設された9MHz帯の遠距離海洋レーダがあり、2011年度から、これらの海洋レーダを使い、分散型の海洋レーダの技術開発を開始します。現在の海洋レーダは受信用のアレイアンテナを整地された広大な長方形の土地に直線状で等間隔に並べています。これは設置の上で大きな制約になります。そこで、海岸線に沿って、不等間隔に設置されたアンテナでも、直線上等間隔に設置したときと同様の観測性能が確保できるシステムの開発を目指します。

これらの先端的なレーダの研究開発の拠点としての役割に加え、2つの人工衛星の地上局の役割を果たすための大型アンテナが2つ設置されています。2010年9月にJAXAはGPS測位の補完や精度向上の実験を行う、準天頂衛星初号機「みちびき」を打ち上げました。NICTは「みちびき」の時刻管理系の開発を担当し、そのための沖縄時刻制御局(図8左)が12月から24時間体制で運用を開始しています。沖縄局は、小金井時刻制御局では困難となるオーストラリア上空においても、緯度の低い沖縄の利点を活かし運用可能です。また、2010年12月には、超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)の大型地上局が伊江島から移設されました(図8右)。

図8:恩納研究センターに設置された「みちびき」(左)と「きずな」(右)のアンテナ
図8:恩納研究センターに設置された「みちびき」(左)と「きずな」(右)のアンテナ

図9:センター内の展示室には、イラストや模型を使ってレーダの原理を解説するコーナーなどの展示が並ぶ
図9:センター内の展示室には、イラストや模型を使ってレーダの原理を解説するコーナーなどの展示が並ぶ

図10:左から杉谷茂夫技術員、花土弘センター長、川村誠治主任研究員
図10:左から杉谷茂夫技術員、花土弘センター長、川村誠治主任研究員

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