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長波標準電波の伝搬特性と電界強度計算法の開発 -長波標準電波の受信の強さを調べて、日本国内から南極まで-  電磁波計測研究所 時空標準研究室 主任研究員 土屋 茂

はじめに

NICTでは、2001年3月、それまでの短波(1940年開始)及び長波(1999年6月開始)による標準周波数・時刻配信のうち短波による配信を終了し、長波だけによる配信のみとしました。最初の運用は福島県にある大鷹鳥谷山の「おおたかどや山標準電波送信所」から40kHzで送信を開始しました。その後2001年10月に佐賀県と福岡県の県境の羽金山の「はがね山標準電波送信所」から60kHz でも送信を始め、現在に至っています。NICTでは国内における受信状況を確認するために2004年に国内各地の電界強度の観測を行いました。それらの結果を検証するために、電界強度の計算法も開発しました。その計算法は国際電気通信連合の無線通信部門(ITU-R)においても送信源から4,000km以下の電界強度の計算法として認められました。長波による標準電波は、世界各国で送信されており、最近の電波時計には、日本の2局にアメリカ、イギリス、ドイツ、中国を含めた6局の長波標準電波に対応したものもあります。これらの長波標準電波は長波帯の周波数の近接したものや同じ周波数を利用しているものもあり、現在ある送信局は距離が離れているので大きな問題にはなりませんが、将来的に発生すると思われる相互の干渉を検証するためには、4,000kmを超える長距離の電界強度についても計算できる計算法が必要でした。NICTではその計算法を開発するとともに有効性を検証するために、東西ではアジアから北アメリカまでの太平洋航路のコンテナ船、南北方向では南極観測船しらせに観測機器を搭載して、長波標準電波の観測を行いました。

日本国内での観測

2004年に行った国内各地での観測は、車両に観測機器を搭載して、北海道から九州・沖縄までで、各送信所からのほぼ100kmごとの地点や後で述べる地表波と空間波が干渉を起こしやすい地点で長時間停車できる場所を探し、停車した状態で24時間の日周変化を測定する固定点観測と、車両の走行中に連続して測定して距離変化特性を得る移動観測で行われました。固定点観測では市街地での観測も行いましたが原則として電波受信の妨害を受けない比較的ひらけた場所で観測しています。移動観測では地表波と空間波が干渉しやすいと思われる双方の送信所から600~700km付近で観測を行いました。図1は実際に観測した値(図表中の●)と計算値(図表中の青線)を比較したものです。太線は地表波だけを計算したものです。

図1●40kHz電界強度の日中の距離変化
図1●40kHz電界強度の日中の距離変化

船を利用した東西南北の移動観測

アジアから北アメリカまでの観測では、アメリカの標準電波が60kHzであり、はがね山標準電波送信所と同じであることから西経170度を超える辺りまで減少していた電界強度がアメリカに近づくに従って増大するなどの現象も観測できました(図2)。この観測では、受信した電波が標準電波なのか、空電雑音などなのかを識別する方法として、自己相関係数法が有効であることも実証しています。南極観測船での観測は、南極に出発する前の日本近海での航海でも観測機器の動作確認のための観測を行いました。この時には港に寄港した際の都市雑音の増加も確認できました。観測機器は基本的に自動で観測を行いますが、南極までの航海では厳しい環境の中で行われるため、NICTの南極プロジェクト(南極における電波観測)の協力を得て南極観測隊員の方に観測機器の点検やデータの読み取りなどをお願いしました。現在は同プロジェクトの1つとして実施しています。南極への行きはオーストラリアのフリーマントルを経由し、帰りはシドニーを経由する航路をとりますが、どちらもおおたかどや山標準電波送信所及びはがね山標準電波送信所からおおよそ8,000kmの距離で、南極の昭和基地の辺りでは10,000~12,000kmになります。図3は実際の航路です。初期の観測機器ではオーストラリアを越える辺りから電界強度の測定限界が見えてきたことから、さらに感度の高い観測機器を準備して、動作確認をしています(図4)。

図2●太平洋航路での60kHz電界強度
図2●太平洋航路での60kHz電界強度

図3●船上移動観測の航路
図3●船上移動観測の航路

図4●南極航路での40kHz電界強度
図4●南極航路での40kHz電界強度

電界強度計算法

NICTが開発している電界強度計算法は、電波の伝搬をほぼ地表に沿って伝搬する地表波と地表と上空の電離層との間を反射しながら伝搬する空間波の合成と捉えています。地表波については先のITU-Rで認められている大地係数と距離と周波数から計算します。空間波については電離層と大地の間を、何回反射したものまで考慮するかが問題になりますが、近距離の場合は2回反射までを計算しています。遠距離の場合は10回反射までを計算しています。主なパラメータは図5の様になります。

図5●電界強度計算法のパラメータ
図5●電界強度計算法のパラメータ

今後の予定

NICTでは現在、南極観測船に新しい観測機器を載せて、動作確認をしているところですが、南極までの厳しい環境下において、アンテナやケーブルの劣化による問題も多く生じています。特に南極観測船が日本に帰ってくるまでの約半年間は、観測機器に故障が生じても修理することもできないことから、厳しい環境下でも観測ができるよう観測機器を整備して、より微弱な電波をより遠くで受信して長波の伝搬の様子を観測したいと考えています。また得られたデータもより有効に利用できるよう整理したいと考えています。


土屋 茂 土屋 茂(つちや しげる)
電磁波計測研究所
時空標準研究室 主任研究員

1980年、郵政省電波研究所(現NICT)に入所。衛星通信、電離層観測などに従事し、現在は日本標準時の運用に従事。
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