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巻頭インタビュー 2012年 年頭のご挨拶 生き生きとした研究のために… / 独立行政法人 情報通信研究機構 理事長 宮原 秀夫

日本全国に影響を及ぼした東日本大震災を経て、第3期中期計画をスタートさせたNICT。2012年という新しい年を迎えるにあたり、震災での経験を踏まえて情報通信の研究はどのような道に進むべきなのか、その中でNICTはどのように社会貢献していけるのか、宮原秀夫理事長にお話を伺いました。

未曾有の震災でNICTの役割を再認識

明けましておめでとうございます。

昨年は未曾有の大震災により、東日本は甚大な被害を受けました。被害を受けられた皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。NICTは日本標準時を決定し、維持・供給するという業務を担っていますが、この大震災により、福島県にある「おおたかどや山標準電波送信所」の運用を停止せざるを得ない状況となり、ご利用の皆さまには大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。停波していた間に大変多くのご意見をいただいたことで、標準電波送信所、NICTの活動の重要性を改めて認識いたしました。

標準電波送信所復旧への要請は、一般の皆さまだけでなく国からもありました。とはいえ、現場は福島第一原発から17kmという危険な場所。研究者たちを行かせてよいものかどうか心配で、非常に悩みました。しかし、どうしても修理に行きたいという研究者たちの情熱と使命感を受け、彼らに復旧作業をお願いしたのです。悩みながらの決断でしたが、結果的には、非常にうまくいってよかったと思っています。

また、超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)を用いた仮設のブロードバンド実験用通信網を構築したことに対して、防衛省および東京消防庁から感謝状をいただきました。このときには、私たちの努力が報われたと感じました。しかし一方では、被災地で電話を全然かけられないという人がたくさんいたのも事実です。有事の災害ネットワークが機能したかというと、しなかったわけです。これは通信業界に携わるすべての者が反省すべき点だったと感じています。

災害に強いネットワークとは

では、本当に使える災害に強いネットワークとは、どのようにして実現すべきなのでしょうか。平時に使用するネットワークを災害時にも使えるように余裕を持って設計しておくということは、過剰投資になるので現実的ではありません。それよりも、災害時にアドホックのネットワークをいかに素早く構築できるかということが大切です。今回の震災でも、被災地にテレビのリポーターが入って、仮設電話に並ぶ人々の様子をハイビジョン映像で流していました。このような通信路が確保されているのであれば、ハイビジョンの映像を半分に圧縮して、残りの通信路で電話回線を用意することだってできたでしょう。多くの人にとって役に立つ柔軟なシステム設計が望まれます。

本当の非常用の通信は、災害の規模に応じて、端末が何台、あるいは何回線が必要なのか、システム設計をしておかなければなりません。有事でもすぐに使えるように環境を整備しないと、成熟した技術、セーフティー技術とはいえないでしょう。そうしたシステムをつくるためには、これまでより横断的にプロジェクトを進め、一人ひとりの研究者が全体を俯瞰的に見て、自分はどこにいて何をやっているのか、常に認識している必要があると考えています。NICTでは基礎から応用まで、幅広い人が多様な研究に取り組んでいます。この環境を生かして、横断的なプロジェクトを展開していきたいと考えています。

科学と技術に感性を加える

私は「科学(Science)と技術(Technology)と感性(Sense)が新しい価値(Innovation)をつくりあげる」と考えており、感性を磨くことが大切です。感性のない技術とは、「ロボットをつくって、ああ楽しかった」で終わるようなものです。そうではなく、使う側の立場になってものごとを設計しなければなりません。ユーザー志向の考え方を取り入れ、そのためには、こういう技術を開発しなければならないという逆向きの思考があってもいいはずです。

この「感性」とは、前述のシステム設計、俯瞰的に見るということにつながっていきます。ユーザー志向に立つということは、美意識を持ち、ユーザーインタフェイスを考えるということ。私は、「美しいものは機能する」と考えています。これは見かけの美しさだけでなく、科学も技術も含めた総合的な美しさ、感性に響くものがあれば、機能するということです。

例えば、NICTで最高速の光伝送路を開発しました。それは素晴らしい成果です。しかし一般ユーザーにとって大切なのは、その光伝送路を使ってネットワークをつくったらどれだけ効率的になるのか、そして、どれだけ省エネのグリーンネットワークになるかということです。「光パケット・光パス統合ネットワーク」で災害ネットワークをつくった場合にどれくらい消費エネルギーが減るのか、という試算を出さなければ一般の方々の理解は得られないでしょう。

NICTのめざすべき道

現在、NICTにとって「新世代ネットワーク戦略プロジェクト」や「脳情報通信融合プロジェクト」といった分野を横断する連携プロジェクトが進められています。そうした研究を進めやすい環境をつくるために、私自身がめざしているのはとても簡単なことです。「NICTにいる研究者が誇りを持ち、インセンティブを持って、研究したいと思えるようにすること」。そうした誇りを持った研究者が増えるようにすることが目標です。そうすれば、成果は後からついてくるでしょう。

NICTは研究者の8割以上が博士号取得者であり、非常に優秀な人材がそろっているにもかかわらず、まだその能力を発揮しきれていません。今、最も優先して取り組むべきことは何か。何をしたら自分の力を発揮できるのか。一番よく知っているのは研究者自身です。幹部があれこれいうのではなく、信頼して任せていくことが大切なのではないでしょうか。

バランス感覚を磨き、自由な研究を

そうした環境をつくるために必要なのが、バランス感覚ではないでしょうか。どうも日本人というのは、島国で単一民族国家であった時代が長かったからか、1つのベクトルに向かうととことん進んでしまいます。「適当」「いい加減」といった言葉は、もともといい意味の言葉なのに、今ではマイナスイメージの言葉となっていますね。中庸ということを忘れ、何でもデジタルの0か1かで片付けようとしてしまう。しかし、デジタルはあくまで近似であり、どれだけ細かくしても連続ではありません。一方、人間の思考や世の中の動きは、もともとアナログで連続的なものです。それをデジタルの近似で捉えようとするから、おかしくなるのです。先ほどの感性も、アナログそのものですよね。

手順書やルールには、感性はありません。ルールというのは、マイナスになるのを防ぐものであり、決してプラスにはならないので、ミニマムにすべきだと考えています。研究者が自由に取り組める環境を整えれば、生き生きとした研究ができるでしょう。

新たなる年を迎えて

本年は、昨年からスタートした第3期中期計画を着実に推進していく年となります。研究者が本当にインセンティブを持って研究できる環境を充実させ、情報通信技術の研究開発を通じて、少子高齢化、医療や教育、地球温暖化等、日常生活から地球規模まで、様々な課題の解決に貢献できる研究開発を推進していきます。また、これらを横断的に連携させたプロジェクト、そして災害時に対応できる情報通信技術の研究開発にも、これまで以上に積極的に取り組んでいきたいと考えています。

最後となりましたが、本年が皆さまにとって幸多い年となることを祈念いたしまして、年頭のご挨拶とさせていただきます。

(聞き手: 広報部 シニアマネージャー 廣田 幸子)

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