NICT NEWS
11月9日NICT新ビジョン発表会基調講演より
新世代ネットワークの研究に寄せる期待 プリンストン大学電気工学科及び計算機科学科シャーマン・フェアチャイルド名誉教授、NICT特級研究員小林 久志

新世代ネットワーク(NWGN)とは何か?

新世代ネットワーク(New Generation Network: 略称NWGN)プロジェクトは、日本におけるネットワーク研究のフラッグシップ的な存在として、現在のインターネットからの革新的な飛躍を目指すものであり、その目標は、2015年頃から実験段階に入る将来のインターネットの新しいアーキテクチュアを設計し、テストベッド上で実装し、検証することです。

爆発的に増加しているネットワーク上のトラフィック、益々巧妙化するサイバー・アタックに対するセキュリティの難しさ、端末機器の大半が、スマート・フォーン、ラップトップ、センサー等のモバイル端末になりつつあることを考慮すると、現存のインターネットのExtensionであるNGN(Next Generation Network)では、近々その限界の壁に当たることは明らかです。NWGNは未来の社会のニーズに応えるためのRevolutionary Changeを目指すものです。

将来のネットワーク・サービスに関しては、多くの要求事項を考慮する必要があります。以下は、私が考える新世代ネットワークへの要求事項です。

(1)  スケーラビリティー、即ち拡張性
(2)  異種混合と多様性
(3)  信頼性と弾力性
(4)  セキュリティとプライバシー
(5)  モビリティの管理
(6)  高性能
(7)  エネルギーと環境
(8)  社会からの要請
(9)  両立性(現在のインターネットとの)
(10)  伸張性(予知しない、想定外の事象、応用への)

何がインターネットを成功に導いたか?

40年近くも前に導入されたTCP/IPプロトコルが依然として君臨しているのは注目すべきことです。World Wide Webが作られたのが20年前、その後もの凄い勢いでインターネットの改良と応用が進んだわけですが、この要因は何でしょうか?

従来の電話ネットワークにおいてはインテリジェンスの全てが、ネットワーク中枢部分にあり、端末の電話受話器はインテリジェンスを持たぬダム端末(dumb terminal)です。

一方、インターネットの基盤であるTCP/IPの設計原則は、「エンド・ツー・エンド(E2E)設計」原理と呼ばれます。この原則に従うと、コア・ネットワークはダム(dumb)・ネットワークにすべきであり、ネットワークのend pointsが、如何なるアプリケーションをもサポートするに必要な機能・サービスを提供することになります。E2E設計原理により、誰でもdumbなIPネットワークの上で動く様々なインターネットアプリケーションを容易に開発できたと言えます。

電話ネットワークのように高度に中央集権化された制御構成を持つネットワークでは、エンド・ユーザーがアプリケーションを容易に作成することはできません。インターネットアーキテクチュアの開放性にこそ、マルチメディアサービス提供の競争において、ATM高速パケットスィッチングを使い、広帯域統合サービスデジタル通信網(B-ISDN)を開発しつつあった電気通信事業者のグループに打ち勝った理由があります。

ネットワーク内処理の見直し

しかし、冒頭に掲げた将来のネットワーク・サービスに要求される10項目を見直しますと、E2E設計手法だけでは、これらの要求事項の多くに対応できません。その理由は、E2E設計はコア・ネットワークを本質的にリソースの使用効率を落とし、転送スピードを低化させ(無線回線のように雑音の高い回線で誤りが起った場合不必要な再伝送に訴え)、ネットワーク内部を攻撃から守れないInsecureネットワークにします。

以上より、もはやE2E設計原理に執着すべきではありません。これからは、インターネットの改善や新しいアプリケーションを容易に、且つ迅速に開発する事が出来るよう、ネットワーク仮想化技術やID/Locator分離技術などネットワーク内部での処理がされる技術開発も必要です。

●何故NWGNか?
●何故NWGNか?

これからの戦略はどうあるべきか?

新世代ネットワークプロジェクトの今後の進め方はどうあるべきでしょうか?

第一には国際連携です。わが国のネットワーク研究者の層や大学院生の数が米国と比べて、数分の一、あるいは一桁位少ないであろうことを認識されていると思います。例えば、NSFが4つのFIAプロジェクトと4つのGENIプロジェクトをサポートしているのに対し、日本では、AKARI、JGNと仮想ノードが海外から注目されている程度です。したがって、AKARIアーキテクチュアを更に掘り下げ、JGN-Xに実装することは当然大切です。

また、NICTは第3期中期計画において、産業界や大学と連携し裾野を広げ、新世代ネットワーク基盤上でのサービスやアプリケーションに関する研究開発も含めた、新世代ネットワーク戦略プロジェクトを実践すると聞いています。その際、米国のFIAやGENIの各グループの研究成果を理解し、彼等の優れたアイデアを素早く積極的に取り入れたり、連携できる技術領域は何かを特定したりすることも肝要と思います。

第二に、国際標準化に対して、積極的にリーダーシップの役割を演ずることが大事であると思います。ITUにおける新世代ネットワーク関連技術の標準化において、日本国内の組織が一体となって標準化活動を行った結果、新世代ネットワークのビジョン文書、ネットワーク仮想化、ネットワークの省エネルギー化など、勧告草案が今年次々と合意されたことは、たいへん心強いことです。

第三に、新世代ネットワークプロジェクトを通して、新世代の研究者を数多く育成する環境を作ることを考えてほしいと思います。研究、特にネットワークの分野は若い人たちのゲームであります。1974年にTCP/IPプロトコルの論文を発表し、今やインターネットの父と崇められているVinton Cerf氏は1943年生まれ、Robert Kahn氏は1938年生まれですから、論文発表当時、彼らは30歳、35歳であります。エネルギーと創造性に溢れる若い人たちがエキサイトする環境を提供してほしいと思います。大学院生の交換留学プログラム等にNICTと国内の大学が積極的に取り組んでほしいと思います。常に新しい血液(New Blood)を研究組織に取り入れようという意識と努力が大切です。

最後に、将来のICT分野で国際競争力を持つためには、Innovativeなアプリケーションとニュー・ビジネスを生み出し、育てる環境、文化、そして国家戦略が重要であることを強調したいと思います。Apple、Amazon.com、Google、eBayなどの企業が全て米国で育ち、日本やヨーロッパにはこれらに匹敵するような企業が出なかったのは何故かを考えるべきです。


この記事の詳細な講演内容とスライドは、
http://www.HisashiKobayashi.com
にて、ご覧いただくことができます。



小林 久志 小林 久志(こばやし ひさし)
プリンストン大学電気工学科及び計算機科学科
シャーマン・フェアチャイルド名誉教授、NICT特級研究員

東大電気工学修士('63)、東芝勤務後1965年渡米、プリンストン大学Ph.D.(電気工学, '67)。米国IBMワトソン研究所('67-'82)、IBMジャパンサイエンス・インスティテュート研究所長('82-'86)、プリンストン大学工学部長('86-'91)、電気工学・計算機科学シャーマン・フェアチャイルド栄誉教授('86-'08)。専門分野は通信理論、ディジタル信号処理、ネットワークシステム性能評価、確率論の応用。
独立行政法人
情報通信研究機構
広報部 mail
Copyright(c)National Institute of Information and Communications Technology. All Rights Reserved.
NICT ホームページ 前のページ 次のページ 前のページ 次のページ