NICT NEWS
確かな技術で研究を支える 試作開発 第3回
時の流れを支える -一次周波数標準器開発の舞台裏- 時空標準研究室(次世代時刻周波数標準グループ) 有期技術員 石島 博

NICTで行われる研究では、市販されていない部品が必要な場合も多くあります。市販されていなければ、新たに製作するしかありません。そうした研究者のニーズをくみ取り、必要となる部品を設計・製作すると共に研究者自らが必要な部品を製作できる工作環境の提供及び技術支援を行うのが「試作開発」で、社会還元促進部門研究開発支援室で実施している業務です。この試作開発の成果を研究者の視点から4回シリーズで紹介しています。

「秒」*1の追求

私たちのグループ、時空標準研究室次世代時刻周波数標準グループでは一次周波数標準器*2やその周辺技術の開発を行っています。具体的には、現用のセシウム原子泉型一次周波数標準器*3NICT-CsF1およびCsF2、次世代の標準器を目指すストロンチウム光格子時計*4とカルシウムイオン時計*5、そして光領域の周波数計測のための光周波数コム*6などの開発です。これらにより、SI秒*7の精度を維持し、TAI(国際原子時)など世界時の精度向上に貢献しています。

これらの装置は独自に開発しているので、常に「新しいもの」を作り出すことになります。NICT ニュース2010年7月号の記事にもあるように、世の中にない物は自分たちで作ったほうが効率的で、かつ良いものがうまれることがあります。このため、私たちのグループでは機械工作に限らず様々な工作をすることが日常となっています。ボール盤などの機械やある程度の工具を持ち、簡単な作業はグループ内で行えるようにしていますが、作業の複雑化等に伴い、社会還元促進部門の試作開発を利用する機会も多くなっています。

新たな装置の開発においては、最初の設計のまま最終形にたどり着くことはまずありません。従って、閃いたものはすぐに試し、使えないアイデアにいかに早く見切りをつけるかが開発の早さを決める重要な要素です。このためには、新しい機材、部品や道具を素早く調達できることも重要となります。

発想をつなぐ

設計、製作、使用(試験・評価)は、密接な関係にありますが、全てに長けた人はほとんどいません。しかし、これらを担当する3者が発想を共有し、それぞれの技量を最大限に発揮できれば、理想に近いものができます。お互いの考えを共有するには「近い者」同士が有利になるとともに、設計者の役割が大きくなります。すなわち、設計者が製作者の技量を見極め、使用者の意図を反映していくことが、良いものを作りだすためには必要になります。

NICTにおける製作では、試作開発のスタッフらが設計、製作における高度な技術と知識を持ち、私たちが「いつでも」「気軽に」「なんでも」相談できるので身近で頼もしい存在となっています。

私は、グループメンバーからの製作や改造の依頼を受けて設計、製作をすることが多く、使用者の意図を反映させるため、それぞれの研究や実験の仕組みを把握するよう努めています。そして使用者の作業手順や使用箇所周辺の状態の一歩先を見越して、設計の提案ができるよう心掛けています。

製作は、使用する材料や製作技術、完成までの期間などを考慮し、自作、試作開発への依頼、外注から選択しています。なかでも、自作は、すぐに作業にかかれることが最大の利点です。多くの場合、早く完成しますが、完成度や作業性は、私自身の技量に左右されることになります。もちろん自作の際に試作開発のスタッフに支援を求めることも多々あります。

試作開発利用例の紹介

図1●自作した電気回路の筺体(写真は温度調節回路のNIMユニット)
図1●自作した電気回路の筺体(写真は温度調節回路のNIMユニット)

NICTの試作開発施設を利用し、必要に応じ試作開発のスタッフのアドバイスを受け自作した製作物をいくつか紹介します。

まず、比較的多い製作物として電気回路の筺体の加工があります。私たちは、多くの電気回路も自作しているため、これらを収める筺体が必要になります。表示器や端子、スイッチ、回路基板などの取付けなど大きさや形、位置の仕様に合わせた穴の加工です。筺体は回路の用途や設置場所によりNIM(Nuclear Instruments Module)規格品やアルミサッシケースなど様々です(図1)。

そして装置の開発が進む過程では、形状や配置の変更が生じることがあり、その際の形状の修正も行います。写真は、形状変更に伴い周囲の部品と接触するため、当該部分を切欠いています(図2)。

図2●一次周波数標準器NICT-CsF2(右)およびそのトラップ部周辺の加工を施したブレッドボード 黄色で示した部分は、切欠きの部分です。
図2●一次周波数標準器NICT-CsF2(右)およびそのトラップ部周辺の加工を施したブレッドボード 黄色で示した部分は、切欠きの部分です。

また加工そのものではなく、材料の入手で苦労することもあります。レーザーの散乱光を軽減するため、レーザー光の補色であるオレンジ色の透明アクリル板を用いていますが、厚い色付き透明アクリル板は入手できませんでした。試作開発スタッフへの相談などをした結果、薄い色付き透明アクリル板に厚い無色の透明アクリル板を貼り合わせることを試み、目的の材料を得られ、製作できました(図3)。

図3●光コム(上)およびその共振器カバー側面(オレンジ色のアクリル板は厚さ5mm)
図3●光コム(上)およびその共振器カバー側面(オレンジ色のアクリル板は厚さ5mm)

さらに、図面のないものや仕上がり精度の明確でないものをきちんと合わせる場合には現物合わせを行います。例えば、購入した高周波回路基板を電磁波遮蔽性の高いケースに入れる必要がある場合には、まず、形状確定のためケースを試作し、現物合わせによりこのサイズを修正しながら完成させました。その後確定させた寸法で数十個を外注にて製作しています(図4)。

図4●高周波回路(分周器)のケース
図4●高周波回路(分周器)のケース

光格子時計の開発中においては、レーザー光路の空気の揺らぎが悪影響を及ぼしていることが判明し、特に影響の大きな光増幅器部分を覆うケース(アクリル製風防)を設計、製作しました。既設の光学系の間に設置するので、製作の途中で寸法の確認や配線、光の出入り口の位置を決めるなど現物合わせも行っています(図5)。

図5●ストロンチウム光格子時計用レーザー光増幅器のアクリル製風防(2台)
図5●ストロンチウム光格子時計用レーザー光増幅器のアクリル製風防(2台)

ここに挙げたもののほか、検出器や光学系のマウントなどの工作も数多く行っています。

次世代の周波数標準器へ

最近では基本的な加工は、ほぼ思い通りの工作ができるようになりました。私は、NICTに来て初めて旋盤やフライス盤を使っており、これらの操作は試作開発スタッフの指導により習得しました。新たな加工技術取得は試作開発スタッフが頼りであり、新たな技術を知ることで新たな発想も生まれます。

今後も研究者や試作開発スタッフと協力し、世界に誇る一次周波数標準器の開発を進めていこうと思います。

用語解説

*1 現行の「秒」の定義
 秒は、セシウム133原子の基底状態の2つの超微細順位の間の遷移に対応する放射の周期の9,192,631,770倍の継続時間です。

*2 一次周波数標準器
 SI秒の定義を基に、自ら較正する機能を持つ時計で、時間やその逆数である周波数の「原器」です。

*3 セシウム原子泉型一次周波数標準器
 定義に用いられているセシウム原子を静止させ、噴水(泉)のように打ち上げることでセシウム原子とマイクロ波の長い相互作用時間を確保し、高い精度を実現している一次周波数標準器です。

*4 ストロンチウム光格子時計  *5 カルシウムイオン時計
 現行のマイクロ波による秒の定義をより高い精度で表現するために、光を用いた秒の再定義を視野に入れて開発している時計です。ストロンチウム光格子時計は、ストロンチウム原子を光の波で作った格子に多数閉じ込めることで高い精度を得られます。カルシウムイオン時計は、カルシウムイオンをたった1つだけ電気の力で閉じ込めることで高い精度を得られます。NICT ニュース2009年10月号で紹介されています。

*6 光周波数コム
 パルスレーザーの周波数スペクトルは等間隔の周波数成分を示し、櫛(comb)のように並ぶためこのように呼ばれます。従来、光の周波数計測は、マイクロ波の逓倍を重ねてこれを基準として計測を行っていたため大きな誤差がありました。光周波数コムを用いると、正確に計測できる櫛の歯の間隔と位置より、光の周波数を正確に計測することができます。この技術は、2005年にノーベル物理学賞を受賞しています。

*7 SI秒
 国際単位系(Système International des Unités: SI)の定義により実現される1秒です。天体観測により求められる1秒は暦表秒といいますが、天体の動きは不安定であるため現在では使われていません。

「試作開発」利用者
石島 博
 
石島 博(いしじま ひろし)
時空標準研究室(次世代時刻周波数標準グループ) 有期技術員

2004年、科学技術振興機構(JST)重点研究支援協力員(NICT特別研究員)として、NICT原子周波数標準グループ(現時空標準研究室次世代時刻周波数標準グループ)に勤務。一次周波数標準器及び周辺技術の開発支援に従事。2008年1月より現職。
試作開発スタッフから一言
小室 純一 小室 純一(こむろ じゅんいち)
社会還元促進部門 研究開発支援室 主幹

一次周波数標準器を独自に開発している研究グループと、試作開発のつながりは非常に古く、NICTの前身の電波研究所時代から一次周波数標準器開発に関連する部品を数多く試作してきています。石島さんは、試作開発スタッフが毎年行っている機械工作講習会に2004年に受講してからは毎日のように工作室で技術を磨き、その後NCフライス盤の加工技術も習得し、その加工技術はプロレベルと言えるほどです。石島さんのように研究知識と工作技術を持ち合わせている職員が研究開発の現場にいることで、より良い設計・製作ができると思われます。今後も一次周波数標準器の開発においての活躍を期待します。

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