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赤外分光光度計を用いた中・近赤外光ナノアンテナの特性評価 - 光を受信するナノサイズのアンテナ技術 - 未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員 川上 彰

はじめに

光と電波は共に電磁波であり、その呼称の違いは主に周波数にあります。電波法によると、「三百万メガヘルツ(3テラヘルツ)以下の周波数の電磁波」を電波と呼び、それより高い周波数の電磁波は赤外線、すなわち“光”です。元々電磁波は“粒子性”、“波動性”の特徴を持ちますが、これまで周波数の違いから電波は主に“波動性”を、光は“波動性”と共に“粒子性”を活かしたデバイス開発が行われてきました。特に光検出器の多くは、光の“粒子性”に基づいたデバイス構造・機構を有しています。その理由は光子の高いエネルギーと、光の短い波長でした。しかし、近年のナノ微細加工技術の進歩により、光の“波動性”を活かした新たな光デバイス応用が提案されています。本研究が目指す光ナノアンテナ技術もその1つで、いわゆる光の波長以下の微細加工技術が実現する、電波技術の光周波数領域への展開です。

未来ICT研究所では、以前よりテラヘルツ周波数帯の超伝導低雑音受信機の研究を行ってきました。この周波数帯での電磁波受信機はテレビ・ラジオの受信方法と同様に、空間からの電磁波を効率良く受信するためのアンテナと、その給電点に配置した、超伝導トンネル接合や窒化ニオブ(NbN)極薄膜ストリップなど微小検出器から構成されています。アンテナにより有効な受信面積の確保を、また微小検出器により高感度、高速性を各々独立して実現しています。このような背景とナノ微細加工技術の進歩から、光検出器においても光周波数で動作する光アンテナを開発し、多くの光検出器が一体である受光機構と検出機構を“光アンテナ”と、その給電部の“極微小検出器”とに明確に分け、各々の最適化により赤外光検出器の高速化・高効率化を目指すことは、自然な研究展開・方向性と考えます。図1に、本研究が目指す光ナノアンテナ結合型赤外光検出器の例を示します。

図1●直列バイアス動作による光ナノアンテナ結合型赤外光検出器
図1●直列バイアス動作による光ナノアンテナ結合型赤外光検出器検出器を多数個直列に接続し、定電流バイアスを印加。光子入射により給電点にあるNbN極薄膜ストリップの超伝導状態が壊れ、出力電圧が発生する。

中赤外光ナノアンテナの作成と評価

ここでは、最初に試みた中赤外光ナノアンテナの作製とその特性評価、そして今後の研究展開について記述します。

赤外光領域でのアンテナ作製にはナノサイズの微加工技術が必須です。そのためナノアンテナの作製には全てのリソグラフィ工程*1に電子線描画技術*2を導入しています。また、電子線によるパターンを基に金属薄膜を加工する技術も必要です。そこで低ダメージで耐フッ素性の高いイオンビームスパッタ法*3による酸化マグネシウム(MgO)薄膜を無機レジストとして用いる新しいパターニング技術を今回開発しました。図2に作製したナノアンテナの概略図(a)と顕微鏡写真(b)、またアンテナ寸法および中赤外領域でのMgO基板の屈折率n=1.62から計算したアンテナインピーダンス(c)を示します。光ナノアンテナはダイポールアンテナであり、長さは2,400 nm、幅450 nm、中央の給電点にNbN微小ストリップを負荷抵抗として配置しています。アンテナ給電点に配置する負荷抵抗は、波数1,400 cm-1付近(約42 THz) でのアンテナインピーダンス(約60 Ω)に設定しました。

図2●光ナノアンテナの概略図(a)と顕微鏡写真(b)、アンテナインピーダンス(c)
図2●光ナノアンテナの概略図(a)と顕微鏡写真(b)、アンテナインピーダンス(c)(図をクリックすると大きな図を表示します。)

アンテナに整合負荷を接続し、その透過特性を測定した場合、アンテナ応答は整合する周波数における“吸収特性”として観測されると考えられます。またダイポールアンテナは明確な偏波面依存性を持つことから、中・近赤外フーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)を用いて透過特性を評価することで、光周波数領域のアンテナ動作が確認できると考えました。問題としては1つのナノアンテナの実効面積が波長の2乗程度と極めて小さいことで、今回、明瞭な吸収特性を得るため、FTIRの光束寸法程度の1 mm×1 mmの領域に数μm間隔で約10万個のナノアンテナを配置し、評価を行いました。

図3にFTIRを用いたナノアンテナ評価系(a)と透過率測定結果(b)を示します。入射光の偏光方向がアンテナと一致する場合、波数1,400 cm-1(42 THz)付近において明瞭な吸収特性が観測されました。一方、入射光とアンテナの偏波面が90度異なる場合、顕著な吸収特性は見られませんでした。この波数付近でアンテナインピーダンスと負荷抵抗が一致するよう設定したことから、これらはナノアンテナの中赤外領域におけるアンテナ動作を裏付けていると考えています。また最大吸収率(約50%)も理論値とほぼ一致しており、今後、アンテナ配置の最適化を進めることで、優れた受光効率を確保できるものと考えています。

図3●FTIRを用いた光ナノアンテナ評価系(a)と透過率特性(b)
図3●FTIRを用いた光ナノアンテナ評価系(a)と透過率特性(b)(図をクリックすると大きな図を表示します。)

ナノアンテナ結合型赤外光検出器の検討

現在、光ナノアンテナの設計指針の確立と共に、超伝導中赤外光検出器の検討・試作を行っています。図4に試作したナノアンテナ結合型中赤外光検出器の顕微鏡写真を示します。ナノアンテナの給電点に配置した45個のNbN超伝導ストリップ(膜厚5.9 nm)の超伝導転移温度は約11.8 Kを示し、臨界電流の均一性と共に良好な超伝導特性を示しています。今後、中赤外領域における光応答スペクトル評価を実施する予定です。

図4●試作した光ナノアンテナ結合型中赤外光検出器
図4●試作した光ナノアンテナ結合型中赤外光検出器(図をクリックすると大きな図を表示します。)

今後の展望

今後、中赤外領域において、光ナノアンテナのアンテナ指向性、負荷抵抗依存性、アンテナ長依存性などの特性評価を行い、光ナノアンテナの設計指針を確立します。またマイクロストリップ光伝送線路、フィルタなどの受動回路の検討も併せて行い、ナノ微細加工技術による新たな光デバイス技術の研究開発を行います。テラヘルツ連携プロジェクトの下、波動性を活かした古くて新しい光デバイス開発を目指します。

用語解説

*1 リソグラフィ工程
LSI製造やナノデバイス作製工程において、微細な素子パターンを、光や電子線を用いて基板上に転写する技術。

*2 電子線描画技術
直径数nmまでに集束させた電子線を、所定の位置に偏向する偏向回路、ON/OFFするブランキング回路、高精度ステージ等を用いて制御することで、目的のパターンを形成・露光する技術。

*3 イオンビームスパッタ法
アルゴンなどのイオンビームをターゲットに照射し、スパッタされたターゲット材料を基板上に堆積させる成膜方法。ターゲット上で電気的に中和することで、荷電粒子による基板へのダメージを抑え、数nmの極薄膜を再現性良く作製することができる。

川上 彰 川上 彰(かわかみ あきら)
未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員

大学院修士課程修了後、1988年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。THzジョセフソンアレー発振器、超伝導SIS受信機、超伝導デバイス作製技術の研究に従事。博士(工学)。
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