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研究現場紹介 光情報通信技術のブレイクスルーがここに ナノICT研究の最前線 -世界最先端の極微細加工、ナノ光デバイス技術を駆使し、これまでのシリコンデバイスの限界を越える超高速、高感度、低消費電力な革新的光ICT基盤技術の創出を目指す- 左/未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員 井上 振一郎 博士(工学)
右/未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員 三木 茂人 博士(工学)

未来ICT研究所 ナノICT研究室では、環境負荷を抑制しつつ情報通信の高速・高効率化を実現するために、優れた光・電子機能を有する有機材料や、超伝導材料、ナノ構造特有の光・電子デバイス機能を駆使することで、光変調速度や光検出効率、消費電力性能を、既存技術では到達困難なレベルへ向上させる、革新的な光制御技術の確立を目指し研究が行われています。

それでは、「有機ナノICT」「単一光子検出技術」の2つの最先端研究に触れてみましょう。

“限界打破”の鍵をにぎる「ナノフォトニックデバイス」 研究者: 井上 振一郎

有機材料とシリコンフォトニクス*1のハイブリッドで超高速ナノ光デバイスの集積化へ

近年のスマートフォンやクラウドコンピューティングに代表される情報通信ネットワークの多様化・急拡大を背景に、今後も情報通信量は急速に増加することが見込まれており、これに伴うネットワーク機器の電力消費も爆発的に増大すると予測されています。加速する情報通信の高速・大容量化と、社会的な省エネルギー化の要請、これら双方の相反する性能要求に応えるためには、従来型の電子ルータシステム、シリコンCMOS技術*2では既に物理的な限界に達しつつあります。これらの問題に対処していくには、従来の電気信号処理から光信号処理へと根本的な転換を図ることが必要不可欠です。情報処理の光化が進めば、処理速度や発熱の問題が解決されるだけでなく、消費電力についても大幅に削減できます。しかし光には回折限界や、物質との相互作用が小さいなどの性質があり、現状の技術では電子デバイスに対して素子のサイズがはるかに大きくなってしまいます。オンチップでの超高速光通信など本格的な光集積回路を実現するためには、電子デバイスと同じ様な極めて小さなスケールの光デバイスをいかに実現するかが重要な課題です。そこで、微小空間内における光閉じ込めや光操作を可能とする「ナノフォトニックデバイス」の研究が、今後の情報通信のさらなる飛躍的発展に向けての鍵となっています。ナノICT研究室では、「有機材料とシリコンフォトニクスの融合」が光集積や光信号処理に画期的なブレイクスルーをもたらすと考え、独自のナノフォトニックデバイス研究を進めています。情報処理の光化を進めるためには、複雑な信号処理機能に優れた電子集積回路と、高速化・省エネルギー化に優れた光集積回路とを融合する技術の開発が不可欠であり、特に電気信号を光信号へ変換する電気光学(EO)変調器の集積化が重要となります。従来のニオブ酸リチウム(LN)やシリコンを用いた光変調器では、材料特性上の制約により、光変調速度は40GHz程度が限界となりますが、有機EOポリマーでは、100GHz以上の超高速な光変調が可能です。さらに、LNよりはるかに大きなEO係数を有しており素子の低電圧化も可能となります。一方で、有機材料は屈折率が小さいため、従来、集積化には向かないと考えられてきました。しかし有機材料は、様々な異種材料と組み合わせることができるため、シリコンとのハイブリッド構造を実現することで、ナノ領域において光を閉じ込めることも可能になります。したがって、シリコンフォトニクスと有機材料、両技術のメリットを融合することで、超高速な光制御デバイスの集積化をはじめて実現することができると考えています。

●EO光集積チップの概念図と有機・シリコン集積型ナノフォトニック素子の電子顕微鏡写真
●EO光集積チップの概念図と有機・シリコン集積型ナノフォトニック素子の電子顕微鏡写真(図をクリックすると大きな図を表示します。)

またナノフォトニック構造では、「スローライト」という光の速度を1/100程度まで人工的に減速させた極限的な光状態を創り出すことが可能です。これには「フォトニック結晶」という光波長程度の周期構造を利用するのですが、スローライト効果を用いることで、物質の非線形光学効果が大幅に増強されます。したがって光デバイスサイズをさらにコンパクト化させると共に、大幅な低消費電力化が実現可能です。これらの技術を複合することで、電子デバイス並に光デバイスを極小化し、ワンチップ上で電子集積回路のボトルネックとなっている部分を光に置き換えた究極的な超高速・光/電子融合回路も開発可能になると考えられます。

ナノ光デバイスを実際に作り上げる加工技術の確立とプロセス開発

究極のナノ光デバイスを実現するためには、ハイブリッド化技術に加え、ナノオーダーでの極めて高精度な超微細加工技術の開発が不可欠です。しかし、有機材料は半導体系材料とは異なり微細加工プロセスが確立しておらず、加工ダメージやナノ領域での分子配向制御など課題も多く容易ではありません。また、光デバイスの理論計算プロセスも非常に重要な要素です。光デバイスの構造は、様々なデバイス構造モデルを3次元的にデザインし、実際のデバイス特性を計算シミュレーション上でテスト・解析しながら設計を進めます。ここで重要なポイントは、ナノオーダーで設計した有機/Siハイブリッド光デバイス構造を、実際の微細加工において高精度に再現する必要があるということです。

こうした技術的課題をクリアするためには、材料開発、ナノ加工、評価に至るまでの全行程を一貫して行えるクリーンルーム環境が必要不可欠となっています。このような有機材料開発からナノ光デバイス作製・評価までを総合的に進めている研究グループは世界的にみてもNICTが唯一であり、技術と設備、両面の強化を図りつつ、極めて特徴的な研究を展開しています。

●クリーンルーム
●クリーンルーム

今後の展望

“真空管からトランジスタ”へ変化して約60年余。電子コンピュータの革命的な発展と同じように、シリコンフォトニクスという新しい潮流により、今後10年内に“電子から光チップ”への変化によって情報通信技術の根本的な変革が起こる可能性があります。ナノICT研究室では、シリコンフォトニクスと有機材料の融合をキーワードとし、光変調デバイスの超高速化、集積化、低消費電力化を実現し、さらに、長期耐久性・信頼性といった有機ナノ光デバイスの実用化を見据えた上での重要課題についても、材料開発からデバイス作製・評価まで一貫して行っている強みを活かして解決を図っていきます。

有機材料とシリコンフォトニクスとのハイブリッドデバイスは、有機材料特有の光機能性を使って、全光スイッチや光バッファー、超高感度生体センサなど、従来にない新しい光学技術への展開も可能にします。有機光機能とナノフォトニックデバイス技術、双方の長所を融合することにより、数百Gbps以上の次世代超高速光通信や、大容量グリーンICT、高度光センシングネットワークなど幅広い光ICT分野において、その貢献が期待されています。

*1 シリコンフォトニクス
機能の異なる多様な光デバイスをシリコン単一チップ上に集積化する技術。集積化に優れ、既存のCMOSプロセスを転用することで素子の大量生産、低コスト化を実現できる。

*2 CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)技術
標準的な半導体構造であるCMOS(相補型金属酸化物半導体)を利用したシリコンLSIチップ製造技術。

井上 振一郎
井上 振一郎(いのうえ しんいちろう)
未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員

プロフィール

東京工業大学大学院博士課程修了後、理化学研究所基礎科学特別研究員、九州大学先導物質化学研究所助教を経て2010年4月、NICTへ入所。光エレクトロニクス、ナノ微細加工、有機非線形光学、ナノフォトニックデバイスの研究開発に従事。神戸大学工学研究科連携講座准教授を併任。手島記念研究賞、船井情報科学奨励賞、安藤博記念学術奨励賞、The 3rd RIKEN FRS Promotion Award、光科学技術研究振興財団研究表彰など多数受賞。仕事に没頭する毎日ですが、オフは気分を切り替え子どもたちと過ごす時間を大切にしています。

研究者のひとこと

ナノ光デバイスや光/電子融合化技術は、情報通信ネットワークの高速化、低消費電力化に貢献するだけでなく、光の柔軟・多様な活用を可能とし、LSIチップの内部からバイオチップに至るまで、あらゆる情報機器や先端技術へと波及していくことで、肥大化し続ける高度情報化社会において画期的なブレイクスルーをもたらす可能性を秘めています。ナノ、バイオICTから脳情報まで幅広く基礎研究を進める未来ICT研究所において、超小型・高性能・フレキシブルな有機ナノ光デバイスならではの特徴を活かし、超高速・極低消費電力な光集積デバイスからバイオ・光チップ融合の実現まで、情報通信の新たな技術革新に寄与していきます。

超伝導デバイス研究で次世代の光子検出技術の確立へ 研究者: 三木 茂人

ユニークな物性を示す超伝導材料で単一光子を検出する「SSPD」

超伝導材料は、完全導電性、完全反磁性、磁束の量子化など、他の材料では発現しないユニークな物性を示します。ナノICT研究室では、こうした特徴をうまく利用して、様々な高機能デバイスに関する研究開発が行われています。超伝導デバイスは、極低温まで冷却しなければならないことが欠点の1つとして捉えられがちですが、極低温環境は熱雑音が極めて小さく抑えられるため、他の材料では到達できない超高感度な「検出器」を作り出すのに最適であるといえます。特に超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(Superconducting Single Photon Detector: SSPD)は、従来用いられてきた半導体アバランシェフォトダイオード(APD)に比べてはるかに高い性能を実現できる技術として、現在では量子情報通信をはじめとする様々な研究分野から注目されています。

超伝導体は、超伝導転移温度(Tc)以下でその電気抵抗がゼロになりますが、ここに単一光子が入射すると、局所的に超伝導状態が破壊されます。この局所的な超伝導状態の破壊によって電気抵抗を発生させ、単一光子を高感度に検出するためには、超伝導体を極細いナノワイヤに加工する事が必要不可欠になってきます。さらに、この極細いナノワイヤに効率よく光子を入射させるためには、ナノワイヤを蛇行形状に配置し受光面積を大きくする事も必要となってきます。

超伝導ナノワイヤをクリーンルーム内でつくる

先に述べたように、光子を効率よく検出するためには、極細の長い超伝導ナノワイヤを作製しなくてはなりません。ナノICT研究室では、未来ICT研究所のクリーンルーム実験室内で超伝導デバイス開発を行っていますが、特に超伝導材料の窒化ニオブ(NbN)については、世界最高水準の単結晶薄膜成長技術を有しています。この成膜技術により、膜厚4ナノメートルと原子の層でわずか数層程度でも超伝導性を示すNbN薄膜を作製する事が可能です。これをさらに電子線描画装置やエッチング装置などを用いた極微細加工技術により、線幅100ナノメートル程度のナノワイヤに加工し、SSPD素子を実現しています。このとき、SSPD素子内の1本のナノワイヤの総延長距離はナノワイヤ線幅の2万倍にあたる、2ミリメートルにまでおよびます。整備・構築された様々な装置を用いる事により、SSPD素子作製の全行程をクリーンルーム内で行う事ができますので、素子設計の最適化や新たな構造を有した素子の試作なども迅速に行えます。

●クリーンルーム内の超伝導窒化ニオブ薄膜成膜装置
●クリーンルーム内の超伝導窒化ニオブ薄膜成膜装置

●SSPDの図
●SSPDの図

光子検出器のさらなる性能の向上に向けて

NICTにおけるSSPDの研究開発は、2006年度から本格的に開始し、2008年にはSSPD用の冷凍機システムを開発し、通信波長帯(1550 nm)におけるシステム検出効率として1~2%程度の値を得ることに成功しました。この段階では、競合素子であるAPDに比べてまだまだ低い検出効率でしたが、それでも暗計数が圧倒的に低いなどの特徴を考慮して総合的に評価すると、十分な優位性があると示すことができました。さらにその後の構造改良によって、2010年半ばには検出効率20%以上を達成し、検出効率だけで比較してもAPDを超える値を示せるようになりました。ナノICT研究室では今後、量子情報通信技術をはじめとする様々な分野からのニーズに応えられるような究極性能を有した単一光子検出器を実現する事で、将来の情報通信技術の発展に大きく貢献する事を目指しています。

三木 茂人
三木 茂人(みき しげひと)
未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員

プロフィール

神戸大学大学院博士課程修了後、科学技術振興機構戦略的創造事業(CREST)研究員を経て、2005年10月、NICTへ入所。学生時代は、神戸大学とNICTとの連携講座に所属しており、学生時代から研修生として未来ICT研究所で、超伝導に関わる研究に従事。日本学術振興会第146委員会賞、応用物理学会講演奨励賞、応用物理学会超伝導分科会論文賞、文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。どれだけ忙しくても休日には、家族と過ごす時間を大切にしており、皆で色々な場所に出かけることが楽しみです。

研究者のひとこと

私たちは、新しい情報通信デバイス技術の創出を目標として、超伝導を用いた光・電磁波・量子デバイス、回路技術の基礎研究、超伝導・光インターフェースの研究開発、量子情報通信や超高速フォトニックネットワークへの応用研究を行っています。 高速、高感度光子検出技術は、量子情報通信技術をはじめとする様々な研究分野において重要な要素であり、超伝導を利用した光子検出器は、既存の半導体光子検出器を上回る高速度、高感度、広帯域の優位性があります。従来の光子検出器の限界を超える究極性能を有した光子検出器の実現を目指して、超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)の研究開発を行っています。

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