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対災害情報分析システム −今後の大規模災害での情報の洪水に備える− ユニバーサルコミュニケーション研究所 情報分析研究室 鳥澤 健太郎/大竹 清敬/後藤 淳/Stijn De Saeger

東日本大震災で何が起きたか?

東日本大震災では被災状況や救援の状況を迅速かつ正確に把握することが非常に困難でした。また、救援活動においても様々な組織、個人の間で情報共有が進められず、多くのトラブルが生じました。さらには、多くの流言、デマが問題を引き起こしました。

災害関連情報の有効活用を目指して

NICTでは、こうした問題を解決するため、東北大学などと共同で、適切な被災状況把握・意思決定を支援するシステムを開発しています。具体的には、災害時に発生する大量の災害関連情報を収集・蓄積・分析し、ユーザに提供する「対災害情報分析システム」を開発しています。このシステムを平成26年度に計算機クラスタなどを用いて実用化し、被災時に社会の様々なエリア、つまり、各種救援団体や被災者の方々に活用していただくことを目標としています。

図1は、開発中のシステムの概要です。まず、災害時に被災者や救援団体、マスコミなど多様な個人、団体から発信される膨大な情報をインターネット経由で収集・蓄積します。「宮城県で何が不足していますか」、「宮城県で炊き出しを行っているのはどこですか」といった日本語の自然な質問文をスマートフォンやPC経由でシステムに与えると、質問応答システム(図1左側)によって、収集・蓄積した情報をもとに「医薬品」、「ポリタンク」、「○○小学校」といった回答のリストを提示します。図2は東日本大震災時のTwitter情報約5,000万件を情報源として現在稼働しているプロトタイプに「宮城県で何が不足していますか」という質問を入力した場合の回答を示しています。回答は意味的に類似した「固まり」に分類され、その「固まり」ごとに白、黄、青などと色分けして表示されますが、これは多数表示される回答の中から必要なものを素早く見つけ出すことを助けるための工夫です(色自体には意味はありません)。非常に多岐にわたる物資が不足していることがわかります。また、今回の震災の教訓の1つは、非常に大規模な災害になると様々な「想定外」の事象が発生するということですが、図2の回答リストをスクロールダウンして見ていくと、「アレルギー児対応食」、「向精神薬」、「人口透析器具」、「下着」、「手話通訳」など、災害以前には想定することが難しかった物資が、実際には多数不足したということがわかります(ちなみに「人口」透析器具はユーザがオリジナルのtweetを発信した際の漢字変換のミスと思われます)。我々のシステム開発の狙いの1つは、こうした想定外の事象も含めて、網羅的に被災状況を分析して、救援の漏れをなくすことです。回答の各々をクリックするとその回答が抽出されたオリジナルのテキストが提示され、より詳細な情報を知ることができます。

図1 開発中の対災害情報分析システムの概要(平成26年度に実用化予定)
図1 開発中の対災害情報分析システムの概要(平成26年度に実用化予定)(図をクリックすると大きな図を表示します。)

図2 対災害質問応答システムの回答の例
図2 対災害質問応答システムの回答の例(図をクリックすると大きな図を表示します。)

ここで重要なことは、同様に不足物資のリストを入手しようとして、通常の検索エンジンで「宮城県 不足」といったキーワードを入れても膨大な文書が表示されるだけだということです。回答となる不足物資そのものを見つけるには、それらの文書を逐一読み、手作業でリストを作らなければなりません。さらに、このことは、「ガソリン」のようなメジャーな回答を示している文書を何度も読まなければいけないという冗長な作業になることを意味しています。迅速さが要求される救援活動では大きな問題となります。また、上の例に挙げたような想定外の不足物資を膨大な文書から見つけることも非常に難しくなります。我々はそうした網羅的情報を瞬時にユーザに提供することを目指しています。

図3は「宮城県のどこで炊き出しをしていますか」という質問をシステムに与え、炊き出しが行われた地点を地図上に表示している例です。地図上の表示から救援活動、情報発信が低調なエリアが一目瞭然となります。仮にそうしたエリアが発見されれば、そこに救援団体を重点配置するなどの意思決定が容易になります。

図3 対災害質問応答システムの回答を地図上に表示した例
図3 対災害質問応答システムの回答を地図上に表示した例(図をクリックすると大きな図を表示します。)

また、いわゆるデマや、時間の経過に伴い適切でなくなった情報など、信頼のおけない情報に対処するため、先の質問応答の結果から得られた情報に対して、それらに矛盾する情報などもあわせて提示することで、ユーザが多角的視点から適切な情報を選択し、正確な被災状況の把握や、救援活動における適切な意思決定で活用できるシステムも開発しています。これには図1右側にあるように東北大学大学院の乾・岡崎研究室の「言論マップ」技術を活用しています。図4はこの言論マップ技術を「放射能に効くのは何か?」という質問の回答に対して適用した例です。いわゆるデマであった「イソジン」といった回答に対して、その効果に賛成している情報と反対している情報、つまり矛盾情報を合わせて提示し、情報の信頼性を判断する支援を行います。今回の震災で大量のデマが拡散した理由の1つは、一般の人々がそもそもデマを訂正する情報を見つけられなかったことです。「イソジンが放射能に効果的」といった情報が表示されると、それと同時に「イソジンが放射能を防ぐというのはデマです」といった矛盾する情報を自動的に提示するこのようなシステムは、一般の方々により冷静な判断を促し、デマ等の拡散を防ぐ効果があるものと期待しています。

図4 言論マップ技術を対災害質問応答システムの回答に適用した例
図4 言論マップ技術を対災害質問応答システムの回答に適用した例(図をクリックすると大きな図を表示します。)

今後の展望

これまで説明してきた対災害情報分析システムは、平成26年度に実用化し、様々な方々に情報を提供することを目標としています。現在は1台の計算機でプロトタイプが稼働している状況ですが、今後はこれを大規模なクラスタ、クラウド等の上で並列化し、より大量の情報、より大量の質問をさばけるシステムに拡張していきます。また、質問応答や言論マップなどの精度向上もあわせて行っていくほか、救援団体側での分析をより容易にする機能や、救援団体と被災者を自動的に仲介する機構なども実現すべく研究開発を進めていきます。

鳥澤 健太郎 鳥澤 健太郎(とりさわ けんたろう)
ユニバーサルコミュニケーション研究所 情報分析研究室 室長
耐災害ICT研究センター 情報配信基盤研究室 室長 (兼務)

大学院中退後、北陸先端科学技術大学院大学准教授等を経て、2008年、NICTに入所。言語処理技術、情報分析技術の研究に従事。
大竹 清敬 大竹 清敬(おおたけ きよのり)
ユニバーサルコミュニケーション研究所 情報分析研究室 主任研究員

大学院修了後、ATR音声言語コミュニケーション研究所を経て、2006年、NICTに入所。音声言語処理、対話処理、自然言語処理などの研究に従事。博士(工学)。
後藤 淳 後藤 淳(ごとう じゅん)
ユニバーサルコミュニケーション研究所 情報分析研究室 専門研究員

大学院修了後、NHK放送技術研究所を経て、2011年、NICTに入所。質問応答技術の研究に従事。
Stijn De Saeger Stijn De Saeger(ステイン デ サーガ)
ユニバーサルコミュニケーション研究所 情報分析研究室 主任研究員

2006年に大学院博士課程修了後、2007年にNICT専攻研究員を経て、2012年からNICT主任研究員。知識の自動獲得の研究に従事。博士(知識科学)。
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