NICT NEWS
光通信インフラの革新に向けた研究活動の進展

背景

光通信の黎明期には、時分割多重方式(OTDM: Optical Time-Division Multiplexing)によって、通信速度の向上が図られていました。これは主として、送受信機の電子回路の高速化によって実現され、その技術的な性質から、いわゆるムーアの法則に従うものと考えられていました。しかしながら、複数の波長の光信号を1本の光ファイバで同時に送受信する波長分割多重方式(WDM: Wavelength-Division Multiplexing)が出現するとともに、複数の波長チャネルを同時に増幅する光増幅器の実用化によって、光ファイバの利用可能帯域は一気に増大し、折しも世界規模で発展していたインターネットの膨大なトラヒック要求に対応し、年率2倍という驚異的な容量増加を達成しました(図1)。

図1 空間分割多重方式による物理限界突破
図1 空間分割多重方式による物理限界突破

その結果、瞬く間に光ファイバの既知の利用可能帯域は使い尽くされ、毎年40%ほどで増加し続けるトラヒック要求に応えていくためには、新たな波長資源の探索やコヒーレント方式による周波数利用効率の向上が研究開発上の喫緊の課題と思われていました。ところが、想定外の制約要因として、光ファイバの挿入パワー限界が浮上してきました。波長チャネルの増設や周波数利用効率の向上のためには、光信号のパワーを増加させる必要がありますが、トータルの光パワーが増大すれば波形歪み(非線形光学効果)やファイバ焼損(ファイバフューズ現象)を引き起こしてしまうことが明らかになりました。そのため、いかに新たな波長資源の開拓や高効率なコヒーレント方式の開発を行ったとしても、光ファイバ1本当たりの伝送容量の大幅な拡大を期待することができず、物理的な限界に突き当たったと言えました。

空間分割多重方式による限界の打破

この新たな律速要因に従い、既存の技術の範囲内でファイバネットワークを増設して対応するか、あるいは光通信システムをインフラから抜本的に見直すかという岐路が2008年にNICT主導で始まった産学官連携のEXAT研究会(光通信インフラの飛躍的な高度化に関する研究会)でした。物理的な限界が光ファイバにあるならば、光ファイバそのものを刷新することにこそ活路があるはずです。現在使われている標準型光ファイバ(SSMF: Standard Single Mode Fiber)は実用化から30年が経過し、実用システムとしては不動の位置を占めています。EXAT研究会ではそこに敢えて挑戦し、新たな多重化の軸として空間の利用、即ち空間分割多重方式(SDM: Space-Division Multiplexing)について本格的に取り組むことが重要であるとの結論が得られましたが、学会等では、当初は懐疑的な意見が主流でした。NICT光ネットワーク研究所では、初歩的な試作や概念設計のみで半ば忘れられていたマルチコアファイバ(MCF)に再び息を吹き込み、2011年3月に7コアMCFを用いてSSMFの限界と考えられていた光ファイバ1本当たり100テラビット毎秒の壁を飛び越えました(詳しくはNICT NEWS 2012年3月号「光インフラの革新を目指して」を参照)。以来、国際会議などの場ではSDMが分野の一角をなし、熾烈な国際競争が開始されています。

容量競争よりも先駆的なスケーラビリティの実証

7コアMCFを用いた伝送実験により、①長手方向に均質に製造されたMCFで数10kmスパンの長距離伝送が可能であること、②SDMを用いることでSSMFの挿入パワー限界を克服することで100テラビット毎秒の壁を原理的に突破可能であること、を実証しました。折しも、2011年3月に開催された光ファイバ通信に関する国際会議(OFC2011)のポストデッドラインセッションでは、本実証結果の報告と同時に、他の研究機関からSSMFでの伝送実験としてはおそらく限界に近い100テラビット毎秒も報告され、技術の世代交代が印象付けられました。

また、これに並行して、2010年度からMCFを中心とした新しい光ファイバのパラダイムの開拓を目指した「革新的光ファイバ技術の研究開発」をNICT委託研究として開始し、我が国のMCFに関する技術力を国際的にも数段階押し上げることに成功しています。

NICT光ネットワーク研究所の次なるミッションとしては、ドッグレースのように伝送容量の拡大競争の研究開発に参画することではなく、技術の進展の方向性を指し示すことであると任じて、7コアから一気に19コアへの拡大に挑戦しました。これは、手堅い7コア技術に甘んじることなく、また成功事例である総伝送容量の拡大を追求するのではなく、挑戦的なコア数のスケーラビリティを追求する試みでした。その結果、2012年3月に新たな19コアファイバによる伝送実験に成功し、あくまで付帯的な記録ではありましたが、再度、世界記録を更新する305テラビット毎秒を達成しました(図2)。この論文を発表した2012年3月のOFC2012ポストデッドラインセッションでは、座長が“Crazy results”と評したことからもいかに他の研究者を驚かす成果であったかがわかります。

図2 マルチコアファイバの進展
図2 マルチコアファイバの進展

実用化と技術革新の間を取り持つ

MCFに適合した光素子や、それらを統合したMCF伝送技術の高度化を目指した「革新的光通信インフラの研究開発」が2011年度からNICT委託研究として開始されました。本研究開発では、より洗練された送受信システムと、19コアMCFのレイアウトを踏まえて干渉除去に特化した12コアMCFによって、開始わずか1年半後の2012年9月に1ペタビット毎秒の大台に到達することに成功しました。

現在でも海外勢との国際的な研究開発競争は続いていますが、我が国は産学官が一体となって切磋琢磨し、国際競争力を高めることに成功していると言えます。今年度からは、いよいよ実用化を睨んだ、NICT委託研究「革新的光ファイバの実用化に向けた研究開発」が開始されますが、光ネットワーク研究所では更なる物理限界の突破を目指した研究開発の先鞭をつけるべく邁進していきたいと思います。

淡路 祥成 淡路 祥成(あわじ よしなり)
光ネットワーク研究所 フォトニックネットワークシステム研究室 研究マネージャー

大学院修了後、1996年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。光信号処理、光増幅器、光パケットスイッチングなどに関する研究に従事。2004~2006年、内閣官房にて情報セキュリティ政策に従事。博士(工学)。
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