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仮想化対応WiFiネットワーク

はじめに

スマートフォンの普及等により急増するモバイルトラフィックの収容先として、WiFiネットワークの重要性が高まっています。しかし、WiFiネットワークは、接続端末数が増加すると利用者全体の通信品質が均一的に低下する無線アクセス方式を採用しているため、端末密集により混雑した場合、特定の通信の品質を優先的に改善することができませんでした。そのため、低遅延が要求されるVoIP等のアプリケーションをWiFiネットワークで安定的に利用することは困難でした。

当研究室は、2020年頃の実用化を目指した新世代ネットワークの研究開発を推進しており、その一環として、ネットワーク仮想化技術の研究開発に取り組んでいます。有線ネットワークにおいては、特定の通信の品質を優先的に確保する専用ネットワークの提供手段として期待されますが、無線LAN等においては通信プロトコル上の制約や端末の移動等を考慮する必要があり、有線ネットワークと同様の方法で専用ネットワークを提供することはできませんでした。

仮想化対応WiFiネットワーク

物理的なWiFiネットワーク上に、仮想的に特定のサービス専用の基地局をソフトウェアで構成可能な「仮想化対応WiFiネットワーク」を開発しました。これにより、WiFiネットワークが混雑している場合でも、WiFiを用いた電話サービス等の特定サービスを優先的につながりやすくする環境を構築できます。

従来、IEEE 802.11eのように、音声や映像等の特定サービスに対する固定的な優先制御の仕組みは存在しましたが、特定のユーザの通信や特定のあて先の通信だけを識別して優先させることは困難でした。また、1台のWiFi基地局に複数の無線LAN識別子(Service Set Identifier: SSID)を設定することで仮想的に複数のWiFi基地局として動作させるVAP(Virtual Access Point)等の技術もありましたが、仮想基地局単位の無線アクセス資源の柔軟な割り当ては困難でした。

図1に示すように、仮想化対応WiFiネットワークは、複数の仮想化対応WiFi基地局(vBS)と仮想化対応基地局収容スイッチ(vBS-SW)から構成されます。vBS-SWはvBSの一元管理を行い、主として各vBSにおける仮想基地局の作成・削除、無線LANインタフェースの設定、仮想基地局間ハンドオーバ制御等を行います。また、有線網に対するゲートウェイとしても動作します。

図1 仮想化対応WiFiネットワークの概要
図1 仮想化対応WiFiネットワークの概要

仮想化対応WiFi基地局(vBS)

図2に、今回開発した仮想化対応WiFi基地局(vBS)の機能構成と外観を示します。vBSは、①フロー制御部、②仮想基地局部(基地局資源抽象化レイヤ)、③基地局資源スタックから構成されます。

①フロー制御部においては、仮想基地局間のパケット(フロー)の振り分けを、あて先や送信元のアドレス情報等を基にオープンフローで実行します。

②仮想基地局部では、各仮想基地局に対して、求められる通信品質等に応じて柔軟にネットワーク資源(WiFiにおける周波数チャネル)を割り当てる仕組みを新たに開発しました。仮想基地局は“共用”と“専用”に区分可能で、すべての端末はまず共用仮想基地局に接続されます。

共用仮想基地局にアクセスが集中し、利用者全体の通信品質が低下した場合、特定のWiFi通信を優先的に無線周波数が確保される専用仮想基地局にハンドオーバさせることで、通信品質を改善します。事前にハンドオーバ元の仮想基地局の接続情報等をハンドオーバ先となる仮想基地局に通知することで、データ損失やサービスの中断のないスムーズな基地局切り替えを可能とする仮想基地局間ハンドオーバ方式を新たに開発しました。

③基地局資源スタックにおいては、周波数チャネルをネットワーク資源の単位とし、1つの仮想基地局に対して、周波数チャネルの異なる複数の無線LANインタフェースモジュールを割り当て、同時利用を可能にしました。今回開発したvBSは、IEEE 802.11 a/b/g/n に対応したモジュールを4つ搭載する構成としました。

なお、仮想化対応WiFiネットワークでは、既存のWiFi通信と同じ通信プロトコルを利用し、また、すべての制御をネットワーク側で行うため、端末に新たに専用ソフトウェア等をインストールする必要はありません。

図2 仮想化対応WiFi基地局(vBS)の構成と外観
図2 仮想化対応WiFi基地局(vBS)の構成と外観

実証システム

図3に実証システムの概要を示します。開発した仮想化対応WiFiネットワークとSIP(Session Initiation Protocol)サーバを、ネットワーク仮想化機能を持った有線ネットワークを模擬するオープンフロースイッチで接続する構成としました。数10台以上のWiFi端末がVoIP、ビデオストリーミング、Web等を利用し、WiFiネットワークが混雑する環境をWiFi端末エミュレータにより疑似的に構築しました。

図3 実証システム(Interop Tokyo 2013に出展)
図3 実証システム(Interop Tokyo 2013に出展)

実証実験では、合計発呼レートを毎秒25に設定したVoIP/SIP端末(VoIP端末エミュレータ)を共用仮想基地局から専用仮想基地局にハンドオーバさせることで、無線LANが混雑している場合でも呼確立時間と音声遅延時間の増大を抑制できることを実証しました。図4に、VoIPサービスを、共用・専用の区別なくVoIP以外のサービスが混在する基地局で収容した場合(「仮想化OFF」)、占有可能な無線アクセス資源が割り当てられた専用仮想基地局で収容した場合(「仮想化ON」)のそれぞれにおける呼確立時間の分布を示します。VoIPサービスを専用仮想基地局で収容した場合、呼確立までに要する時間が目安とされる300msを超過する呼の割合が、68.9%から41.3%に改善されました。

なお、「Interop Tokyo 2013」(2013年6月12〜14日)において、本実証システムの動態展示を行いました。

図4 VoIPにおける呼確立時間の分布
図4 VoIPにおける呼確立時間の分布

今後の展望

今後普及が進むセンサーネットワークにおいて、低遅延が要求されるサービス等へのWiFiネットワーク利用促進等が期待されます。今後は、仮想化対応WiFiネットワークを広域展開したテストベッドを構築し、大規模センサーネットワークのための無線インフラとしての実用性を検証する予定です。

中内 清秀 中内 清秀(なかうち きよひで)
ネットワーク研究本部 ネットワークシステム総合研究室 主任研究員

2003年、独立行政法人通信総合研究所(現NICT)入所。現在、新世代ネットワークアーキテクチャ、ネットワーク仮想化技術、モバイルサービス基盤技術の研究開発に従事。博士(工学)。
荘司 洋三 荘司 洋三(しょうじ ようぞう)
ネットワーク研究本部 ネットワークシステム総合研究室 研究マネージャー

1999年、郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。ミリ波通信システムの研究開発を経て、現在、新世代ネットワークの実現を目指したモバイルネットワークの研究開発に従事。博士(工学)。
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