NICT NEWS
光で電波を送る

電波を光に閉じ込める

スマートフォンの爆発的普及で、いつでもインターネットに繋がることができるようになってきました。しかしながら、トンネルや地下街、山間部、高層ビル上層階など、電波が「入りづらい」場所(電波不感地帯)も未だに多くあります。電波の送受信装置(基地局)を新たに設置できればよいのですが、コストや場所の問題で設置できない場合はどうやって電波を送り届ければいいのでしょうか。従来の金属で作られた同軸ケーブルでは、携帯電話などが利用する高い周波数の電波(マイクロ波)に対して減衰が大きく、数10m程度しか送れません。一方、光通信で用いられる光ファイバは、同軸ケーブルに比べて1/1,000以下の減衰しかせず、光信号を10km以上も先まで送ることができます。そこで、電波不感地帯へ電波を送り届ける際、電気・光変換器で電波の情報を光信号に変換し、極めて減衰の小さい光ファイバを用いてその光信号を送り、送り届けた先の光・電気変換器で元の電波に戻す「光ファイバ無線技術」が開発されてきました(図1)。これはあたかも電波を光に閉じ込めて送られているかのように振る舞います。また、光ファイバの芯はガラスでできていることから、金属より非常に軽く直径も小さいため、細い配管の中にも比較的容易に通すことができます。そのため、基地局設置のためのコストや設置場所の問題にも対処できるようになります。この光ファイバ無線技術は、携帯電話や地上デジタル放送における電波不感地帯の解消に既に利用されています。

図1 光ファイバ無線技術の利用シーンと構成要素
図1 光ファイバ無線技術の利用シーンと構成要素(図をクリックすると大きな図を表示します。)

最先端光通信技術を無線通信に応用する

毎秒100ギガビットの通信速度を実現する光通信の実用化が間近となってきました。それでは、電波で、毎秒100ギガビットのような非常に速い通信速度を実現するにはどうしたら良いのでしょうか。そのためにはまず電波の周波数を、携帯電話などで利用の多い周波数2GHz程度のマイクロ波から、さらに高くする必要があります。データは電波のある間隔ごとに波形(波の大きさや形)を様々に変えること(変調といいます)で送られますが、周波数が高い電波は波の周期が短いため間隔も短くすることができ、時間あたりではより多くの波形を送ることができます。例えば、電波の波長がミリメートル程度の電波(ミリ波)を使えば、携帯電話などで使われるマイクロ波よりもさらに高速な無線通信信号が作れます。今までは安定なミリ波電波信号を光で作るのは困難でしたが、光技術の進歩と光ファイバ無線技術を組み合わせることにより100GHzミリ波を送り届けるための光信号を安定的に作り出せるようになってきました。NICTでは安定度と精度を高めた光ファイバ無線技術の研究をしており、ミリ波信号発生技術だけでなく、ミリ波より周波数の高いサブミリ波(周波数300GHz以上の電波)の信号発生技術の開発も進めています。

それでは、高速なデータをミリ波のような高い周波数の電波にのせるにはどうすればよいでしょうか。電波で利用できる周波数の幅は電波法で限られており、またそれは光通信で使われている周波数幅に比べて非常に狭いため、高速な信号を作るには、狭い周波数幅に多くのデータを詰め込む必要があります。例えば、送る波形を電波の有り(1)、無し(0)で変調すると一度に1ビット送ることができますが、波形を複雑に変化させることで、0、1、2、3、…と変調できれば、一度により多くのデータを送ることができます。これは多値変調技術とよばれ、携帯電話の通信技術では既に利用されています。例えばLTE(Long Term Evolution)規格では、周波数幅20MHzで毎秒150メガビットの信号を送ることができ、一度に7ビット以上のデータを送る変調技術が使われています。この高度な無線通信の技術が最先端の光通信にも応用されはじめており、光でも一度に2ビット以上の信号を同時に作れるようになってきました。

さらに、光ファイバ無線技術による光でミリ波信号を作り出す技術と多値変調する技術を組み合わせることで、電気的な技術だけでは作り出すのが難しいミリ波で高速な無線通信信号を作れるようになってきました。NICTでは実際にミリ波において信号速度10GHzの16値直交振幅変調(一度に4ビットを送る多値変調方式)の光ファイバ無線信号を作ることに成功しています。また、光ファイバで電波の情報を送るだけでなく、光・電気変換器で作った電波を送ることにも成功しています(図2)。データ伝送速度は毎秒40ギガビットに達しており、例えば、ブルーレイディスクに収められた2時間の映画ならば10秒程度で送ることができる速度です。

図2 ミリ波帯光ファイバ無線技術による高速無線伝送の概略図
図2 ミリ波帯光ファイバ無線技術による高速無線伝送の概略図

使いやすい光ファイバ無線技術に向けて

既に実用化されている光ファイバ無線技術ですが、さらなる普及のために、国際電気通信連合(ITU-T)や国際電気標準会議(IEC)、米国電気電子学会(IEEE)において標準化が進んでおり、NICTでも光ファイバ無線システムの適用や信号品質の評価手法について提案を行っています。また、光ファイバ無線技術を発展させることで、超高速な無線通信ができる可能性も見えてきました。例えば、地震などで光ファイバが切断された時に、切断部分を高速な無線機に接続することで光ファイバの代替として使うなど、光通信のバックアップとして使える可能性もでてきます(図3)。そこで、光通信と無線通信どちらにも使うことができる光ファイバ無線システムの実現に向けて、高効率な光・電気変換技術や、バッテリー駆動小型無線機、さらなる高速化のための空間多重化技術などの研究開発も進めています。「いつでも」「どこでも」ネットワークに繋がるための基盤技術として、光ファイバ無線技術は今後もいろいろなところで使われるようになるでしょう。

図3 光ファイバ通信と親和性の高い臨時設営高速無線
図3 光ファイバ通信と親和性の高い臨時設営高速無線

[謝辞]

高速光ファイバ無線に関する研究は国内の研究者との連携、協力により進めて参りました。大阪大学、早稲田大学、青山学院大学、KDDI研究所、日立製作所、富士通研究所、住友大阪セメント、トリマティスなどの大学、研究機関、企業の皆様に感謝致します。

菅野 敦史 菅野 敦史(かんの あつし)
光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、筑波大学ベンチャービジネスラボラトリー研究員を経て、2006年、NICTに入所。高速光変復調、マイクロ波・ミリ波光ファイバ無線、テラヘルツ通信などに関する研究に従事。博士(理学)。
久利 敏明 久利 敏明(くり としあき)
光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 研究マネージャー

大学院博士課程修了後、1996年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。光ファイバ無線システム、光通信システムなどの研究に従事。博士(工学)。
川西 哲也 川西 哲也(かわにし てつや)
光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 室長

大学院博士課程修了後、京都大学ベンチャービジネスラボラトリー特別研究員を経て、1998年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。光変調デバイス、ミリ波・マイクロ波フォトニクス、高速光伝送技術などの研究に従事。2004年、カリフォルニア大学サンディエゴ校客員研究員。博士(工学)。IEEEフェロー。
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