NICT NEWS
観測データから宇宙天気を予測する

宇宙天気版アメダス?

アメダス-日本全国約1,300か所に張り巡らされた気象観測所網のことで、天気予報を行うために非常に重要な役割を担っています。それと同じように、NICTが提供する宇宙天気予報を行うためにも様々な観点で宇宙環境を観測することが非常に重要なことは、容易に想像がつくでしょう。宇宙環境の観測と言ってもその種類は多岐にわたり、太陽や太陽風、地球の磁気圏、電離圏など、太陽と地球の間で起こっている様々な電磁気的現象を観測対象としています。これらの観測は、アメダスとは比べ物にならないほどのまばらな観測網ではありますが、世界各国が協力して地上観測機器や人工衛星・探査機を用いて行っています。NICTでも地上からの太陽電波の観測や探査機からの太陽・太陽風観測データの受信、国内及びシベリア地域での地磁気観測、国内、南極昭和基地、及び東南アジア地域での電離圏観測などを行っており、NICTは宇宙環境の重要な観測拠点の1つとして世界に貢献しています。これらの観測データは、世界各国や人工衛星などから送られてくる様々な観測データと共に、宇宙天気を予測するために日々利用されています。

太陽観測と太陽活動予測

宇宙天気を予測するためには、その原因となる太陽活動を常時監視することが必須です。そのため、太陽を観測・監視するために多くの人工衛星や探査機が打ち上げられています。なかでも、地球を周回しながら太陽を常時観測しているSolar Dynamics Observatory(SDO)や、太陽・地球間で太陽を監視し続けるSolar and Heliospheric Observatory(SOHO)、地球の公転軌道上に地球の前後それぞれに1機の探査機を配置して2機体制で太陽の裏側などを監視するSolar Terrestrial Relations Observatory(STEREO)の観測データは太陽活動の予測によく使われます。SDOは太陽面の活動領域(黒点群)の発生や盛衰、磁場構造の複雑さなどの判断や、太陽フレアと呼ばれる太陽面での爆発現象の発生を知るために使われます(図1)。太陽フレアは磁場構造が複雑な活動領域で起こりやすいことが分かっているので、SDOのデータは太陽フレアの発生を予測するために非常に重要な示唆を与えてくれます。太陽フレアが発生すると、コロナ質量放出(Coronal Mass Ejection: CME)と呼ばれるプラズマ雲が太陽コロナから噴出し、太陽風中を伝搬していきます。CMEが噴出した方向や伝搬速度を推定することは、宇宙天気を予測する上で非常に重要です。なぜならCMEが地球に衝突すると、地球周辺の宇宙環境が大きく乱されるからです。このCMEの伝搬方向や速度を推定するために、SOHOやSTEREO、NICTの太陽電波観測のデータが用いられます。SOHO、STEREOに搭載されているコロナグラフという装置は、明るすぎる太陽本体を人工的に隠す(人工的に日食を起こす)ことで、普通の装置では観測することができない太陽から噴出するCMEを観測するための装置で、地球方向からと地球を離れた2方向の計3方向から観測することで、CMEの3次元的な伝搬方向や速度を推定することができます(図2)。一方、太陽電波観測のデータからはCMEの伝搬方向を推定することはできませんが、コロナグラフではCME発生後数時間かかる伝搬速度の推定を数十分程度で行うことができ、即時性という点で有効です(図3)。

図1 SDOによる太陽観測
図1 SDOによる太陽観測
2011年2月15日の大型太陽フレア時の、太陽黒点(左)、太陽面磁場(中)、太陽コロナ(右)の観測。太陽面中央付近にある複雑な磁場構造をしている黒点群で、太陽フレアが発生しました。(画像提供: NASA)

図2 コロナグラフによるCMEの観測
図2 コロナグラフによるCMEの観測
STEREO-B、SOHO、STEREO-Aに搭載されているコロナグラフによって観測された2011年2月15日の太陽フレアに伴って発生したCMEの様子。これらの観測から、CMEは地球方向に向かって噴出されたことが分かります。(画像提供: ESA、NASA)

図3 NICTの太陽電波望遠鏡による観測
図3 NICTの太陽電波望遠鏡による観測
2011年2月15日に発生した太陽フレアに伴って、強い太陽電波バーストが観測されました(赤及び黄色の部分)。この太陽電波バーストのデータから、CMEの伝搬速度を推定することができます。

太陽風観測と地磁気嵐予測

CMEが地球方向に伝搬してきている場合、CME発生後1〜3日後くらいに地球に到来します。このCMEの到来をラグランジュ点(L1点)で監視している探査機があります。Advanced Composition Explorer (ACE)です。L1点は地球から太陽方向に約150万km離れた場所にあるため、ACEは太陽から伝搬して来るCMEを、地球への到来のおおよそ1時間前に観測することができます。CMEが衝突したり、地球に吹きつける太陽風の速度や密度、磁場が大きく変化すると、地球の磁気圏では地磁気嵐などが発生します。したがって、ACEによって観測される太陽風の速度や密度、磁場などの情報をリアルタイムで監視することで、地磁気嵐の発生を予測することが出来ます。そのため、NICTでは時々刻々と変化していく太陽風やCMEの到来をいち早く察知するために、ACEの観測データをリアルタイムで受信して宇宙天気予報に活用しています(図4)。

図4 NICTの敷地内に建っている、ACE太陽風観測データ受信用パラボラアンテナ
図4 NICTの敷地内に建っている、ACE太陽風観測データ受信用パラボラアンテナ
ACEの地上局はNICTを含めて世界の4か国に設置されています。

宇宙天気予報の将来

これまで、宇宙天気を予測するためにどのように太陽・太陽風の観測データが用いられているかを簡単に述べてきました。現在は、観測データを入力したコンピューターシミュレーションによって宇宙天気現象を数値的に予測する方法の研究が盛んに行われています。SDOやSOHO、STEREO、太陽電波観測などから得られた太陽面やCMEの情報を、太陽風やCMEの伝搬を計算するシミュレーションに入力することで、いつどのような規模のCMEが地球に到来するのか(もしくはしないのか)を数値的に予測することができるようになると期待されています。また、ACEのリアルタイム観測データを磁気圏シミュレーションに入力して、地磁気嵐の発生を数値的に予測することも可能になりつつあり、例えば人工衛星の誤動作を引き起こすような地球周辺の宇宙放射線環境の定量的な予測ができるようになるなど、安心・安全な社会インフラを実現するために重要な情報を提供することが可能になります。このように将来の宇宙天気予報は、観測とシミュレーションを融合した数値予報が中心になっていくことでしょう。それを実現するために、気象観測のように、より精度が高く、より密な宇宙環境の観測・監視を今後も続けていく必要があるのです。

久保 勇樹 久保 勇樹(くぼ ゆうき)
電磁波計測研究所 宇宙環境インフォマティクス研究室 主任研究員

大学院修士課程修了後、1998年、郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。太陽電波観測、及び太陽高エネルギー粒子や太陽風に関連した宇宙天気予報の研究に従事。博士(学術)。
独立行政法人
情報通信研究機構
広報部 mail
Copyright(c)National Institute of Information and Communications Technology. All Rights Reserved.
NICT ホームページ 前のページ 次のページ 前のページ 次のページ