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宇宙まで届いた、竜巻を生み出す巨大積乱雲の威力

はじめに

高さ60km以上の上空の大気は、太陽からの極端紫外線などによって一部が電離され、イオンと電子からなる電離ガス(プラズマ)となっています。このプラズマの密度の濃い領域を電離圏と呼びます。高さ60–1,000kmに広がる電離圏では、国際宇宙ステーションや人工衛星が飛翔し(高さ300–400km)、オーロラが光る(高さ100–500km)など、いわば宇宙への入り口と言えます。電離圏においてプラズマの密度を変動させる主な原因としては太陽の活動がよく知られていますが、下層大気からの影響も無視できないことが最近わかってきました。2011年の東北地方太平洋沖地震後には、震源付近の海面で励起された大気の波による電離圏の変動が観測されています(NICTニュース2011年12月号参照)。しかし、気象現象が電離圏に与える影響については、いまだに明らかになっていません。私たちは、電離圏内で発生する変動を詳細に捉えるため、電離圏全電子数(TEC)観測システムを構築・運用しています。TECとは、高度約20,000kmを飛翔するGPS衛星と地上受信機を結ぶ鉛直の仮想的な柱状領域内の単位面積当たりの電子の総数で、プラズマの密度が最大となる高さ約300kmの電離圏の変動を強く反映しています。私たちは世界の6,000ヶ所以上の観測点に展開されているGPS受信機の観測データを収集しTECを算出することで、高分解能かつ広範囲のTECの二次元マップを作成することができ、それにより、電離圏内で発生する波動を詳細に捉えることに成功しています。

宇宙で捉えた巨大積乱雲の威力

2013年5月にアメリカ合衆国オクラホマ州ムーア市に大きな被害をもたらした巨大竜巻(竜巻の規模を表す改良藤田スケールで最大の「5」)の発生後、電離圏に波紋のように広がる波を捉えました。北アメリカ大陸に展開されている約2,600観測点の地上GPS受信機網データを用いて検出されたTECの波紋状の変動を図1に示します。この波紋状の変動は、ムーア市に竜巻を生み出した巨大積乱雲が発生した約2時間後に観測されました。図2は気象衛星によって観測された巨大積乱雲の様子を示しています。赤矢印で示す巨大積乱雲の位置は波紋状のTEC変動の中心と一致します。この波紋状のTEC構造は、アメリカ大陸全体に広がり、7時間以上も続いていたことがわかりました。解析の結果、波紋状のTEC構造は、約15分の周期を持つ大気重力波(重力・浮力を復元力とする大気の横波)と呼ばれる大気の波によるものであることがわかりました。また、波紋状のTEC構造とは別に、巨大積乱雲の直上で局所的なTEC振動が観測されました。解析の結果、局所的なTEC振動は、約4分の周期を持つ音波(大気の粗密波)が地表と電離圏の間で共鳴したことによって引き起こされていたことがわかりました。この観測で、巨大積乱雲が原因となり、高さ300km付近の電離圏にまで影響を及ぼす大気の波や振動が発生したことが明らかとなりました(図3)。このような巨大積乱雲が電離圏に与える影響を高分解能かつ広範囲に観測したのは今回が初めてです。

図1 NICTのTEC観測によって検出された波紋状の波
図1 NICTのTEC観測によって検出された波紋状の波(図をクリックすると大きな図を表示します。)
TECは、単位面積を持つ鉛直の仮想的な柱状領域内の電子の総数で、一般的に、1TEC Unit (TECU)=1016/m2で表されます。ここでは、20分以下の短周期変動のみを示しています。色は、TEC変動の振幅を示しており、赤は定常レベルから0.1TECU、黒は−0.2TECUの振幅を表します(この時刻の背景TECは20–30TECU)。赤星はムーア市の位置、×印は同心円の補助線で示す波紋状の波の中心を表しています。

図2 巨大竜巻の発生を捉えた気象衛星の赤外画像
図2 巨大竜巻の発生を捉えた気象衛星の赤外画像(図をクリックすると大きな図を表示します。)
アメリカNOAAのGOES衛星(気象衛星)は、赤外画像撮影を用いて雲の観測を行っています。図2の画像は、赤外画像撮影によるもので、高さの高い発達した雲ほど、白く映っています。2013年5月20日19時45分(UT)に、オクラホマ州ムーア市に大きな被害をもたらした竜巻は、赤矢印で示す位置で発生した巨大積乱雲が原因で発生しました。

図3 巨大竜巻発生時に高度300kmの電離圏まで大気の波が到達したことを示す概念図
図3 巨大竜巻発生時に高度300kmの電離圏まで大気の波が到達したことを示す概念図(図をクリックすると大きな図を表示します。)
巨大竜巻の親である巨大積乱雲が原因となり、大気重力波や音波共鳴が発生し、高さ300kmまで到達して電離圏に波紋や振動を作ったと考えられます。

今後の展望

今回の観測は、衛星測位や衛星通信などに影響を与える電離圏の変動に、下層大気がどのように影響を及ぼしているかの一端を示すものです。2012年5月に、つくば市で発生した竜巻に対応して、波紋状の波が観測されたこともわかってきており、こうした宇宙の観測から、近年、日本で多発する竜巻の発生に関する情報が得られる可能性を示しています。

西岡 未知 西岡 未知(にしおか みち)
電磁波計測研究所 宇宙環境インフォマティクス研究室 研究員

大学院博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(ボストンカレッジ)、名古屋大学を経て、2011年、NICTに入所。電波伝播に障害を与える電離圏擾乱現象の監視・予測・補正に関する研究に従事。博士(理学)。
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