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災害に耐えるICT技術の統合検証環境

背景

非常時や災害時でも必要な情報を伝達することができるよう、例えば被災地域で臨時に無線などによりネットワークを構成する技術や被災後に生き残っている通信インフラを再構成して使えるようにする技術など、災害発生時のICT環境を支える様々な技術が研究開発されています。

このような災害に耐えるICT技術を世に出していくまでには、様々な形で実際に動かして有効かどうかを検証する必要があります。災害によって実際のICT環境が受ける影響は、通信のインフラ層からアプリケーション層にまで複雑に伝搬します。そこで、災害によって通信システムが全体としてどのような影響を受けるかについて再現・模擬できる統合的な検証環境が必要となります。

災害に耐えるICT技術の統合検証環境に求められる技術要件

災害に耐えるICT技術の検証に必要な統合検証環境には2つの技術要件が求められます。

まず、当然のことですが検証しようとする技術が統合検証環境に挿入・検証できなければなりません。例えば、新しい耐災害ICT技術を検証する場合には、通信インフラとしてその新しい技術を統合検証環境に挿入し、その通信インフラを使って既存のサービスやアプリケーションが災害時にどの程度利用可能であるかについて検証が行える必要があります。

次に、検証の対象となる技術を含め、災害時のICT環境全体に起こる変化を再現・模擬できなければなりません。例えば災害が発生した場合には、物理的に機材やケーブル、電源などが破壊されることで、通信インフラが正常に機能しなくなる箇所が生じます。これにより、その通信インフラを利用するユーザ端末やサービス提供サーバが正常に機能することが妨げられ、最終的には、利用者がサービスやアプリケーションを正しく利用できない状況となります。しかし、このような災害による影響は、通信インフラを含む様々な技術間の連関によって伝搬するため、ある災害が特定のネットワーク技術やアプリケーションにどう影響するのかを実際に再現・模擬することは困難です。そこで、災害による物理的な各種の通信インフラへの影響が、どのように伝搬して最終的に検証しようとする技術やその技術を使って実現されるサービスやアプリケーションに影響を与えるのかについて一貫して再現・模擬できることが求められます。

災害に耐えるICT技術の統合検証環境

このような技術要件を満たすために、我々は統合検証環境のフレームワークを開発しました(図1)。このフレームワークでは、大規模エミュレーション環境StarBED3上に、通信インフラからアプリケーションまで重層的にエミュレーションを積み重ね、一貫したエミュレーションを実現します。エミュレーションとは、コンピュータ上でのシミュレーションと異なり、実際の機器やソフトウェアなどを用いて、検証施設内で実際に動作させることで分析・検証を行う手法です。上下の層の間で状況の変化が伝搬するため、災害が起こったときには、例えば物理的な破壊などの変化は下位の層から上位の層へ、人の振る舞いの変化は上位の層から下位の層へ影響が伝搬していきます。再現する災害の内容は、「災害シナリオ発生器」で制御され、物理・科学シミュレーションと連携して、ある災害が起こった場合に発生する影響を時系列で想定し、エミュレーションに導入します。また、それぞれの層にその層で必要とする各種技術を、実物やエミュレーションの形で個別に挿入することができます。検証対象の技術の実物やエミュレーションを挿入することで、検証対象の技術が災害の影響を受けた場合に、その技術を介したサービスやアプリケーションの性能や機能に対する影響を確認することができます。

図1 災害に耐えるICT技術の統合検証環境のフレームワーク
図1 災害に耐えるICT技術の統合検証環境のフレームワーク(図をクリックすると大きな図を表示します。)

このフレームワークを用いて、実際の災害を想定した仮想実験を行いました(図2)。災害時に通信インフラを補完するような技術を仮想の検証対象技術として挿入し、TwitterのようなメッセージングサービスやIP電話のような通信サービスがどのように損害を受け、回復するかを検証しました。

図2 仮想検証実験のイメージ
図2 仮想検証実験のイメージ(図をクリックすると大きな図を表示します。)

この実験では、仮想の検証対象技術として、切断された有線網の代替手段としての長距離無線通信技術の有効性と、車車間通信及びDTN(Delay/Disruption Tolerant Networking)によるメッセージ伝搬技術が、地震による電源断と津波による設備の壊滅的破壊が起こるある被災地域において有効な補完技術となり得ることを仮想的に検証しました(図3)。これらの仮想の検証対象技術は、それぞれのエミュレーションが個別に開発され、フレームワークを介して連携しています。

図3 被災状況と通信インフラの補完状況の可視化
図3 被災状況と通信インフラの補完状況の可視化(図をクリックすると大きな図を表示します。)

今後の展望

現在、検証の対象としている技術は、あくまで仮想の技術で、実際の耐災害ICT技術として研究開発された技術ではありません。今後は、このフレームワークを用いて、外部の共同研究機関等と連携し、実際に災害に耐えるICT技術の検証を行っていきます。

三輪 信介 三輪 信介(みわ しんすけ)
北陸StarBED技術センター センター長

大学院博士課程修了後、北陸先端科学技術大学院大学助手を経て、2001年、独立行政法人通信総合研究所(現NICT)に入所。非常時通信、セキュリティテストベッドなどの研究に従事。博士(情報科学)。
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