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WiFi用のホワイトスペースを作る電波シャッター

電波シャッターとは

電話や放送だけでなく、移動体通信を含むデータ通信や電力伝送など様々なアプリケーションに無線が利用されるようになり、目には見えませんが身の回りの空間には様々な電波が飛び交っています。こうした電波環境であっても、場所や時間帯によっては使われていない周波数帯(ホワイトスペース)が存在します。現在、周波数資源の有効活用の観点から、このホワイトスペースの二次利用に関する検討や研究開発が進められています。さらに、こうしたホワイトスペースを利用者が自在に作り出せるようになれば、周波数の利用効率をさらに高めることが期待できます。NICTでは、この技術を実現するため、特定の周波数帯の電波を電気的に遮蔽できるシート、電波シャッターの研究開発を進めています。

電波シャッターは、特定の周波数帯の電波を遮蔽することでホワイトスペースを作り出します。これにより、屋内で使用するWiFi*1電波は遮蔽するが、携帯電話の電波は透過させるといったことが可能となり、必要な屋外との通信環境は確保しつつ、屋内のWiFi環境を改善させることができます。また、電波を一定の空間内に閉じ込めることができるため、無線LANの通信可能エリアを限定したり、コンサートホールなどでのワイヤレスマイクの場外傍受防止や強電界地域における電子機器の保護などへの利用も期待できます。

図1 電波シャッターによるホワイトスペースの利用例
図1 電波シャッターによるホワイトスペースの利用例

構造と原理、特長

電波シャッターは図2に示すように、基板に導体線を格子状にプリントした構造で構成されます。縦方向に並んだ導体線には、制御したい周波数の波長の1/4波長間隔で、バラクタ*2で構成された可変リアクタンスと高インピーダンスが、交互に接続されています。可変リアクタンスをほぼ短絡状態に制御すると、高インピーダンスで挟まれた導体線が約1/2波長となり、電波と強く共振して電波を遮蔽します。一方、可変リアクタンスをほぼ開放状態にすると、導体線に電流が流れにくくなるため、電波が透過します。DC電圧によりバラクタのリアクタンス値を制御することで、電波の遮蔽周波数(導体線の共振周波数)を連続的に変化させることができます。

図2 試作した電波シャッター
図2 試作した電波シャッター

バラクタは逆バイアスで制御されるため、バラクタに電流はほとんど流れず、消費電力が小さくて済みます。さらに、バラクタのバイアスの向きを交互に換えることで、1つの可変リアクタの制御に必要な電圧で、すべてのバラクタの電圧を制御することができ、広い面積の電波シャッターを実現する場合であっても、高いDC電圧を必要としません。横方向に並んだ導体線はDC電圧制御線です。

コストと制御電圧を低く抑える設計

本電波シャッターを様々な場面で使用するためには、リアクタンス値を大きく変える必要がありますが、バラクタのリアクタンス可変幅は有限であるため、目的の可変幅を実現しようとすると、バラクタを多段に直列接続する必要があります。そのため、コスト増加と制御電圧が高くなるという課題がありました。そこで縦方向の導体線同士の相互間隔を広げ、可変リアクタンスを2つのバラクタで構成する設計を行いました。導体線間隔を広げると電流の効果が弱くなるため、遮蔽周波数帯域が狭くなり、遮蔽周波数の変化幅が小さくても透過率の変化を大きくすることができます。また、導体線間隔を広げることで使用するバラクタの数を減らすことができます。今回は縦方向の導体線の間隔を30mmとしWiFiの周波数帯2.401–2.495GHz(帯域幅:94MHz、22MHz/ch)の正面入射波を、半分以上透過する透過状態と、10分の1以下に遮蔽する遮蔽状態とに切り替えられるように設計しました。

正面入射波に対する透過特性

図3に、試作電波シャッターの正面から垂直偏波の電波を照射し、その透過率を測定した結果を示します。制御DC電圧を0Vから10Vおきに50Vまで変化させた場合の周波数特性を示しています。2.5GHz付近の電波の透過率は、制御電圧が0V(赤線)のときは-3dB(50%)程度ですが、40V(青線)にすると-20dB(1%)以下に遮蔽できることがわかります。なお、交差偏波(この場合水平偏波)に対しては、制御電圧によらず、2.4–2.5GHzではほぼ透過状態となることが確認されているため、電波シャッターを2枚用意し、90°回転させて重ね合わせることで、偏波によらず電波の透過を制御することが可能になります。

図3 垂直偏波正面入射波の透過率の実験結果
図3 垂直偏波正面入射波の透過率の実験結果

WiFi通信の遮蔽実験

電波シャッターは、正面入射波に対しては、遮蔽周波数を20dB程度制御可能であることが確認できました。しかしながら、完全に電波を遮蔽することは困難であり、電波の入射角を正面から斜めにすると、遮蔽周波数がずれます。そこで、実際のWiFi電波が遮蔽可能か、図4のような構成で実験を行いました。実験では1方向が開放された電波暗箱にWiFiアクセスポイントを入れ、約30cm四方の電波シャッター2枚を互いに90°回転させて重ね合わせ、電波暗箱の開口部を覆うように設置しました。右上のPCサーバに記録された大容量ファイルを電波暗箱の中のWiFiアクセスポイント経由で、左側のPCにダウンロードしました。アクセスポイントの使用チャンネルは、2チャンネル(2406–2428MHz)の固定出力としました。電波シャッターの制御電圧を0Vから約32Vに変化させたところ、通信速度が途中から低くなり、ダウンロードが中断することがダウンロード側PCの画面表示で確認することができました(横軸右側が時間的に過去の状態を表す)。

図4 WiFiによる通信遮蔽実験
図4 WiFiによる通信遮蔽実験

今後の展望

電波シャッターの応用用途として、図5のようにアンテナ近傍に設置し、周波数可変な偏波選択性の反射板として動作させることにより、アンテナの指向性制御や整合周波数が可変のアンテナの実現などが期待でき、これらについても検討を進めていきます。

図5 偏波選択性反射板としての応用
図5 偏波選択性反射板としての応用

飯草 恭一 飯草 恭一(いいぐさ きょういち)
ワイヤレスネットワーク研究所 スマートワイヤレス研究室 主任研究員

1987年、大学院修士課程修了。同年、郵政省電波研究所(現NICT)入所。 以来、近傍界測定法、スロットアレーアンテナ、エスパアンテナ、広帯域アンテナ等、アンテナに関する研究開発に従事。博士(工学)。
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