NICT NEWS
ライダーによる大気計測

はじめに

二酸化炭素等の温室効果ガス、PM2.5をはじめとする大気汚染物質や竜巻、集中豪雨などの大気現象が最近よく話題になります。これらの大気成分や大気現象を計測する装置の1つにライダー(LIDAR: LIght Detection And Ranging)があります。ライダーではパルス状のレーザー光を大気中に送信し、大気分子や大気中浮遊微粒子(エアロゾル)、雲などからの反射光である後方散乱光を受信します(図1)。散乱物質までの距離はパルスレーザー光の送受信の時間差から計算されます。ライダーはレーザー光を使うレーダの意味でレーザー・レーダとも呼ばれます。ライダーにより黄砂、大気汚染粒子(PM2.5など)、花粉、海塩粒子、噴煙などのエアロゾルのほか、雲や風、二酸化炭素などの計測を行うことができます。

図1 ライダー装置の概念図
図1 ライダー装置の概念図

ミーライダー

ライダーにおける受信光の強度分布や偏光、波長依存性などからエアロゾルや雲の高度分布や散乱粒子の種類を推定できます。そのようなライダー装置はミーライダー(ミー散乱理論が適用されるようなレーザー光の波長と同程度またはそれより大きな粒子による散乱を計測するライダー)と呼ばれ、極域を含む世界各地に設置され、大気観測に利用されています。NICTでは2014年春に、アジアからの大気の影響を受けやすい九州の福岡に大気環境計測用のミーライダーを設置し、PM2.5をはじめとする大気汚染物質のモニタリング観測を開始しました。このライダーは、受信装置に分光機能があり、有機物からの蛍光を測定することができます。得られたデータは、大気汚染物質の性質や発生源に関する研究や、拡散予測の精度向上に利用されることが期待されます。

コヒーレント・ドップラーライダー

大気とともに動いているエアロゾルや雲がレーザー光を後方散乱するときに、ドップラーシフトによる周波数変化が起こります。NICTでは、この周波数変化を測定することで風速を計測するコヒーレント・ドップラーライダーの研究開発を行っています。図2にNICTが開発し、NICT本部建物屋上に設置しているコヒーレント・ドップラーライダーによる風観測の概要を示します。コヒーレント・ドップラーライダーはコンテナ中に収納されており、コンテナ上部に設置したスキャナーから送信されたレーザー光は、エアロゾルに後方散乱されて同じスキャナーを通って受信されます。開発したレーザーは目に安全な波長である2μmで発振し、スキャナーにより任意の方向に送信することができます。レーザー光は電波のように広がることがないため、地表付近の測定でも地表からの余計な反射を気にする必要がありません。図3にこの装置で観測した風分布の例を示します。仰角を2度に固定して水平面にスキャンをした時の風分布を示しています。ライダー装置は図の中心付近にあり、装置を中心とした各方向の風成分を観測できます。データが示されていない方向は、障害物により観測ができない領域です。南南西から吹いてくる大きな風の流れのほかに、1km前後の濃淡で示される風の微細構造があることもわかります。このような観測から突風の現況把握や集中豪雨の前兆現象を捕捉できるようにしたいと考えています。

図2 NICTで開発したコヒーレント・ドップラーライダーによる風観測の概要
図2 NICTで開発したコヒーレント・ドップラーライダーによる風観測の概要

図3 コヒーレント・ドップラーライダーで観測した仰角2度での風分布
図3 コヒーレント・ドップラーライダーで観測した仰角2度での風分布
寒色系(負の風速)は装置に向かってくる風、暖色系(正の風速)は装置から遠ざかる風を表しています。

2014年3月には、NICTの拠点のある沖縄(図4)と神戸の敷地内にフェーズドアレイ気象レーダ・ドップラーライダー融合システムが設置されました。ドップラーライダーはフェーズドアレイ気象レーダやその他の気象測器などと連携して動作し、空間気象データ収集実験システムの一部を構成することになっています。このような実験システムによる実証的研究開発が将来の気象観測システムの基盤になっていくと考えています。

また、航空機等に搭載して観測できる搭載型コヒーレント・ドップラーライダーの開発を進めています。航空機に搭載して日本列島周辺の風分布を観測することにより、台風の進路予測の精度向上などの天気予報への貢献が期待されます。

図4 フェーズドアレイ気象レーダ・ドップラーライダー融合システムとして沖縄に設置されたドップラーライダー
図4 フェーズドアレイ気象レーダ・ドップラーライダー融合システムとして沖縄に設置されたドップラーライダー

今後の展望

NICTのコヒーレント・ドップラーライダーで使用する波長範囲には二酸化炭素や水蒸気の吸収線があるため、二酸化炭素や水蒸気の観測に使うことができます。現在、NICTが開発したライダー装置では、5km先までの二酸化炭素濃度を1%(4ppm)程度の精度で観測できます。しかし、現在求められている観測精度は0.3%程度であり、精度の向上と観測時間の短縮が必要です。

さらに、コヒーレント・ドップラーライダーを衛星に搭載し、地球全体の風分布を計測することで、世界的な天気予報の精度向上にも寄与したいと考えています。

より効率の良いレーザーと安定動作する観測装置の研究開発を通じて、地上や宇宙から風や二酸化炭素をより遠くまで、より正確に観測できるようにし、気象災害予測や地球環境保全に貢献したいと考えています。

水谷 耕平 水谷 耕平(みずたに こうへい)
電磁波計測研究所 センシング基盤研究室 総括主任研究員

1991年、郵政省通信総合研究所(現NICT)特別研究員を経て、1993年、通信総合研究所入所。 レーザーリモートセンシングの研究に従事。理学博士。
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