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深紫外LEDが切り拓く未来

背景

波長200〜350nmの深紫外(Deep Ultraviolet: DUV)光は、高密度光情報記録、菌やウィルスの殺菌、飲料水・空気の浄化、バイオセンシング、生体・材料分析、光リソグラフィー、院内感染予防、光線外科治療など、情報・電子デバイスから安全衛生、環境、医療応用に至るまで、幅広い分野でその重要性が増しており、社会を支える重要な基盤となりつつあります。従来、深紫外光源として、主に水銀ランプやエキシマレーザーなどのガス光源が使用されてきました。しかし、ガス光源は寿命が短く、光源サイズ、消費電力も大きいことから、小型・低消費電力の半導体固体光源への置き換えが切望されています。さらに、昨年の水銀に関する水俣条約採択に代表されるように、水銀やフッ素といった人体や環境に有害な物質の削減、廃絶に向けた国際的な取り組みが加速しており、低環境負荷で高効率、長寿命な深紫外発光ダイオード(LED)の実用化が強く望まれています(図1)。

図1 深紫外LEDの必要性とそのインパクト
図1 深紫外LEDの必要性とそのインパクト(図をクリックすると大きな図を表示します。)

このような背景から、世界中でDUV-LEDの研究開発が活発化しており、近年その性能が大きく向上してきていますが、実用的使用には一層の高効率化が求められています。NICTが取り組んでいる深紫外LEDに関する研究開発が、独立行政法人科学技術振興機構の研究成果展開事業A-STEP(産学共同促進ステージ(ステージⅡ)シーズ育成タイプ)に採択され、2013年12月より共同研究を実施している企業と共にDUV-LEDの実用化を見据えた研究開発を本格的に展開しています。本稿では、ナノ光構造を駆使した光取出し効率の大幅な向上技術の開発など、DUV-LEDの高効率化、実用化に向けた我々の取り組みについてご紹介します。

深紫外LEDの進展と課題

深紫外LEDは、直接遷移型の窒化物半導体AlGaNから構成され、AlNとGaNの混晶組成比を変えることで、DUV領域のほぼ全域(210〜365nm)で発光させることができます。半導体LEDでは、結晶欠陥が多いと電流を注入して生成した電子・正孔のペアが結晶欠陥を介して非発光で熱に変換されやすくなります。AlGaN系DUV-LEDでは、従来、通常用いられるサファイア(Al2O3)基板との格子定数差により、108cm-2以上という高密度な結晶欠陥(転位)が活性層内で発生する(図2(a))ため、内部発光効率が極めて低く、素子寿命も短いといった課題がありました。しかし、バッファー層技術やAlN基板の開発といった研究の進展により、現在ではこの問題は大幅に改善しつつあります。NICTでは、株式会社トクヤマとの共同研究により、単結晶AlN基板を用いた深紫外LEDの研究開発を進めており、AlN基板上DUV-LEDでは、106cm-2以下という圧倒的な結晶欠陥の低減化(低転位化)を実現できることから、素子寿命や信頼性において高い優位性を有しています。

現在、DUV-LEDの効率向上を阻害している最大の要因は、極めて低い光取出し効率の問題です。これはDUV-LED特有の問題であり、p型GaNコンタクト層での内部吸収と基板界面・表面での全反射によって、光を外部に取出すことが難しく、活性層で発光した光の大部分が熱エネルギーに変換されてしまうことが原因です(図2(a))。特に、単結晶AlN基板ではサファイアなどと比較し、屈折率が大きい(n=2.29 @265nm)ため、臨界角が小さくなり(25.9°)、極めてわずかな光しか外部に取り出すことができません。3次元時間領域有限差分(3D-FDTD)法による理論計算の結果、p型GaN層の吸収なども考慮すると、AlN基板のフラット表面(光取出し面)側から取り出せる光の取出し効率は、約4%と極めて低い値であることがわかりました。つまり、この光取出しの問題が主因となり、これまで極めて低い発光効率しか得られていませんでした。逆にいえば、DUV-LEDの性能向上は、いかに光取出し効率を向上するかにかかっているといえます。

図2 AlGaN系DUV-LEDデバイス構造
図2 AlGaN系DUV-LEDデバイス構造(図をクリックすると大きな図を表示します。)
(a)DUV-LEDの主な課題(高密度な転位欠陥、極めて低い光取出し効率)を表す模式図、(b)ナノ光構造を用いた光取出し構造の模式図と走査電子顕微鏡写真。

ナノ光構造によるDUV-LEDの高性能化

深紫外LEDの性能向上の最大の課題である光取出し効率の向上について、現在我々は、AlN基板上DUV-LEDにおいて世界最高の向上率を達成しています。発光波長オーダーの周期凹凸構造に加えて、それより十分に小さな微細凹凸構造を組み合わせた全く新たな光取出し構造を発案・開発することにより、AlN基板表面での全反射抑制を実現しました(図2(b))。本構造は、光取出し効率の向上だけでなく、素子間の光出力均一性、作製コスト、歩留まりの向上などにも配慮した独自の構造であり、AlN基板DUV-LEDに対する極めて高精度・高均一なナノ光構造加工に成功しています。本構造を備えた深紫外LEDの光出力は、このナノ微細加工をしていない素子と比較した結果、光出力比として1.7倍以上と大幅に増大しました(図3)。また、素子間の光出力比の標準偏差は0.03以下であり、実用化に不可欠な素子間の光出力比のバラつきについても高度に抑制することに成功しています。実際にトクヤマとの共同で発光波長265nmの深紫外LEDを試作し、30mW以上の光出力値を達成しています。さらに寿命試験の結果、265nmで発光するDUV-LED素子において6,000時間以上(150mA駆動時)の素子寿命が得られることを確認しています。

図3 DUV-LEDの性能向上結果と発光特性
図3 DUV-LEDの性能向上結果と発光特性(図をクリックすると大きな図を表示します。)
(a)ナノ光構造によるDUV-LEDの出力性能の向上結果、(b)各駆動電流に対する発光スペクトル。

今後の展望

本成果は、深紫外LEDの性能、信頼性の向上、および実用化に向けて大きな進展をもたらすと期待されます。今後、ナノ光構造技術を用いて光取出し効率を更に向上させていくと共に、ナノインプリント技術などの量産・低コスト化技術を確立していくことで、性能・コスト両面において高い競争優位性をもったDUV-LEDを開発していきます。

DUV-LEDは、広範な分野での産業利用が見込まれ、巨大な市場規模へと成長する可能性があります。最終的には、水銀フリーかつ小型・高効率、長寿命な深紫外固体光源を実現することにより、これまでにない新しい様々なDUVアプリケーション開発の可能性を広げることで、安全・安心で活気ある社会の構築に貢献することを目指していきます。

井上 振一郎 井上 振一郎(いのうえ しんいちろう)
未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、理化学研究所基礎科学特別研究員、九州大学先導物質科学研究所助教を経て2010年、NICT入所。ナノ光エレクトロニクスなどの研究に従事。神戸大学大学院工学研究科准教授(連携講座兼任)、独立行政法人科学技術振興機構さきがけ研究者(兼任)。博士(工学)。
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