ブックタイトル情報通信研究機構年報

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概要

情報通信研究機構年報

84■概要波長200~350 nmの深紫外(Deep Ultraviolet:DUV)光は、実用可能な半導体素子から発せられる光として最短波長帯に対応する。可視・紫外光より波長が短いだけでなく、地上の太陽光スペクトルに含まれないソーラーブラインド光であり、DNAやタンパク質などの吸収ピークに対応するなど、極めて特徴的な波長帯である。このため、高密度光情報記録、薬剤を用いない菌やウィルスの殺菌、飲料水の浄化、空気の清浄化、センシング、タンパク質・化学薬品の分析、光リソグラフィー、3Dプリンタ・スキャナの高精細化、樹脂硬化、生鮮食品の安全流通、環境汚染物質の分解、院内感染予防、光線外科治療など、ICTから殺菌、工業、環境、医療分野に至るまで、幅広い産業、生活・社会インフラに画期的な技術革新をもたらすことが期待されている。従来、深紫外光源として、水銀ランプを代表とするガス光源が使用されてきた。しかし、ガス光源は寿命が短く、光源サイズ、消費電力も極めて大きいことから、その利用範囲は制限されてきた。また「水銀に関する水俣条約」採択により、水銀など環境に有害な物質の削減・廃絶に向けた国際的な取組が加速している。このため、これまでにない低環境負荷で小型・高出力・長寿命な深紫外半導体固体光源の実現が切望されている。深紫外光ICTデバイス先端開発センターでは、ナノ光デバイス技術などの基礎研究と、産官連携の取組による社会実装を目指した応用研究を融合することで、従来性能限界を打破する深紫外半導体固体光源の実現や、新たな深紫外光ICTデバイスの創出に向けた研究開発に取り組んでいる。■平成28年度の成果従来の環境負荷の高い水銀ランプを置き換える水銀フリー、小型ポータブル、高出力な深紫外LED光源を開発することが喫緊の重要課題である。特に水銀ランプ代替や殺菌応用においては、DNA吸収ピークに対応する265 nm帯深紫外LEDの開発が求められている。しかし、従来光源である水銀ランプに置き換わるレベルの高出力な深紫外LEDは、技術的な困難さから世界的にいまだ実現されていない。深紫外LED光源の光出力向上を阻害している問題として、LEDチップから外部への光取出し効率が低いこと及び注入電流の増加に対し、光出力が早期に飽和(発光効率低下:ドループ現象)してしまうことが挙げられる。平成28年度は主に、AlGaN系深紫外LEDにおける光出力飽和現象の抑制技術や、光取出し効率を向上させるAlNナノ光構造の大面積形成技術などを開発、265 nm帯DUV-LEDの高出力化に取り組んだ。従来AlGaN系深紫外LEDでは、主にサファイア基板が用いられてきたが、AlGaN層とサファイア基板との格子定数差が大きく、高密度な転位欠陥が活性層付近で発生し、内部量子効率や信頼性の低下が問題となっていた。このため、我々は単結晶AlN基板上の深紫外LEDについて研究開発を進めているが、AlN基板上深紫外LEDでは、格子定数差が殆ど無く低転位を実現可能である一方、それと引き換えに極めて低い光取出し効率の問題が発生する。AlN基板はサファイアと比較し、屈折率が大きく(n=2.29@265 nm)、基板/空気界面での全反射角が増大し、わずかな光しか外部に取り出すことができない。また、HVPE法で作製した透明度の高いAlN基板を用いても265 nm帯では10 cm-1程度の吸収係数を有し不透明である。このため、半導体内部で発光した光のほとんどはチップ内で再吸収され熱となる。よってAlN基板上深紫外LEDは、内部量子効率は比較的高いものの光取出し効率はどうしても低くなり、トレードオフの関係にある。このジレンマの克服がAlN基板上深紫外LEDでは課題となる。さらに、光取出し効率の向上だけでなく、深紫外LED特有の高電流注入時の光出力飽和(ドループ現象)の改善も、ハイパワー深紫外LEDの実現に向けて、重要な課題である。メサ型AlGaN系 深紫外LEDでは、Alの組成比率が70%以上となるため、p型及びn型クラッド層どちらの抵抗率も高くなる。そのため、p-n間の距離が最短となるp電極メサ構造のエッジ近傍に電流が集中し、印加電流の増加に伴い電流密度が非常に高くなる。この結果、従来の可視やUVのLEDと比べ、注入電流の増加に対し、光出力が極めて速く飽和してしまう現象が生じる。高出力化に対しては致命的な問題である。この局所電流集中の問題に対して、我々は電流-熱連成理論計算解析を実施して、発光層への均一な電流注入深紫外光ICTデバイス先端開発センターセンター長  井上 振一郎 ほか4名3.8.4深紫外光デバイス技術により安心・安全で持続可能な未来を切り拓く