RESEARCH
テラヘルツ電磁波パルスの発生・検出技術の開発とそのイメージング応用
谷 正彦(たにまさひこ)氏
基礎先端部門 関西先端研究センター
レーザー新機能グループ 主任研究員

1964年奈良県生まれ。1992年採用、平成12年度まで旧コヒーレンス研究所研究室所属。特別な趣味はないが、読書好き。
鈴木 良昭氏
はじめに
 サブミリ波から遠赤外(300GHz〜12THz)域を含む周波数領域はテラヘルツ(THz)電磁波領域と総称され、これまで天文観測や特殊な分光学的用途でのみ利用されるだけの、技術的には取り残されたいわゆる「未開拓電磁波領域」とされてきました。しかし、ここ10年間でフェムト秒レーザーを励起源としたTHz電磁波パルスの発生をはじめとして、THz帯での高効率パラメトリック発振、量子カスケードレーザーやp型Geレーザーなどの新種の固体テラヘルツレーザーの開発などが相次ぎ、THz電磁波発生に関する研究開発は大きく進歩したといえるでしょう。我々のグループ(旧第2特別研究室、現在はレーザー新機能グループ内のTHzサブグループ)では、主として半導体の光伝導スイッチ素子をフェムト秒レーザーで励起することによるTHz電磁波パルスの発生と検出の研究を行ってきました。以下に光伝導スイッチ素子を用いたTHz電磁波パルスの発生・検出方法と、そのTHz電磁波パルスを用いたイメージング応用について簡単に紹介します。

半導体光伝導スイッチ素子によるTHz電磁波パルスの発生と検出
 図1は半導体光伝導スイッチ素子によるTHz電磁波の発生・検出装置の概念図で、フェムト秒レーザー(モード同期チタンサファイアレーザー)を励起レーザーとして用いています。光伝導スイッチ素子は、ここでは光によって導通状態と非導通状態を切り替えるデバイスを指します。半導体は、光を照射することにより伝導帯に光キャリア(電子)が生成され、絶縁体であったものが導体に変化するので、この性質を用いて光伝導スイッチ素子を作製することができます。光伝道スイッチは、超高速応答が要求されるため、半導体として低温成長(〜250℃)のガリウム砒素(GaAs)を使用します。これは、キャリア寿命がサブピコ秒で、非常に高絶縁であるので超高速の光伝導スイッチ素子材料として適しているからです。
図1 半導体光伝導スイッチ素子を用いたTHz電磁波の発生と検出装置の模式図
図1 半導体光伝導スイッチ素子を用いたTHz電磁波の発生と検出装置の模式図

 バイアス電圧を印加した発振器側の光伝導スイッチ素子にフェムト秒光パルス(波長〜800nm)が入射すると、サブピコ秒の電流変調が生じ、この変調電流が双極子放射としてのTHz電磁波を発生させます。発生したTHz電磁波は、検出器側の光伝導スイッチ素子に入射されます。一方、検出器側の光伝導スイッチ素子は、励起光パルスを分岐させた光パルスでトリガーをかけることにより、サンプリング検出器として動作させます。つまりTHz電磁波の電界がバイアスとなり、光伝道スイッチに変調電流がを検出されます。励起光パルスとトリガー光パルスのタイミングを連続的に変化させることにより、電磁波の時間分解振幅波形を測定できる仕組みです。

 このようなTHz電磁波の発生と検出方法は、(1)電磁波のピーク強度が強い(〜mWレベル)ので、熱雑音に邪魔されることなく、常温で検出可能(従来の遠赤外線の高感度検出器は液体ヘリウムで冷却する必要がある)、(2)時間分解振幅波形を測定するので、強度(あるいは振幅)情報だけでなく、位相情報が得られる、(4)励起レーザーが安定なので、従来の熱輻射型(例えば高圧水銀灯)にくらべ安定発振し、したがって高い信号雑音比が得られる、などの多くの利点を持っています。また、このようなTHz電磁波はパルス電磁波であるため、スペクトルは非常に広帯域なものが得られます。スペクトル分布は用いる励起レーザーのパルス幅で決まり、例えば励起レーザーが100フェムト秒のパルス幅の場合でおよそ~5THz、10フェムト秒のパルス幅でおよそ50THzのスペクトル広がりが得られます。図2に15フェムト秒の励起レーザーパルスを用いて半導体光伝導素子で検出した時間分解振幅波形とそのフーリエ変換スペクトルを示します。この図ではスペクトルの広がりが約40THzにまで及んでいることが分かります(この場合のTHz電磁波は12μm厚のZnTe結晶を用い電気光学効果により発生)。このように、レーザーのパルス幅により帯域を可変にでき、非常に広い周波数域をカバーできることも大きな利点の一つです。
図2 15フェムト秒レーザーを用いて半導体光伝導素子で検出した超広帯域THz電磁波の振幅時間波形(左)とそのフーリエ変換スペクトル(右)
図2 15フェムト秒レーザーを用いて半導体光伝導素子で検出した超広帯域THz電磁波の振幅時間波形(左)とそのフーリエ変換スペクトル(右)
このときの発振器は12μm厚のZnTe結晶(電気光学結晶)を用いた

THz電磁波のイメージング応用
 現在、THz電磁波を用いたさまざまな応用が検討されています。ここでは我々のグループが研究しているTHz電磁波のイメージング応用について紹介します。
 THz電磁波は、例えばプラスチック、半導体、セラミックスなどの非金属を透過する性質を持っています。したがって、可視や近赤外域では不可能だった物体の透過イメージングが可能です。低誘電率の物体に埋もれた、他の低誘電率物体のイメージ検出が可能になるので、例えばハイジャック犯が使うような、セラミックのナイフなどはX線ではコントラストが低い(透過率がほとんど1)ため検出が困難ですが、THz電磁波を用いれば容易に検出できます(ただし、金属は透過しないのであくまでX線イメージ装置を補うものとして利用可能です)。図3は小麦粉中に紛れ込んだプラスチック(ある種の高分子樹脂)の破片を、THz電磁波でイメージ測定したものです。透過スペクトルの違いを色分けし、透過率を明るさで表示してあるので、物質による違いと厚みによる違いがはっきり分かります。THz電磁波によるイメージではプラスチック片が周囲の小麦粉とはっきり区別されていますが、X線ではコントラストが低く検出が困難です。もちろん可視では小麦粉による散乱のため透視できません。最近では生体イメージングなどへの応用が議論され、話題を呼んでいます。
図3 小麦粉中に埋もれたプラスチック
図3 小麦粉中に埋もれたプラスチック(ABS、POMなどはプラスチック樹脂の名前を表す)の破片のTHz電磁波によるイメージ画像

まとめ
 上に述べたようなTHz電磁波パルスの発生は、固体のフェムト秒レーザーの開発によるところが大きいのですが、ある領域の技術進歩が別の領域の進歩を促した良い例であるといえます。昨今の技術進歩の速さを見ていると、THz電磁波領域が「未開拓」と呼ばれなくなる日もそう遠くないのではないかと感じています。



Web 独立行政法人 通信総合研究所 ホームページ「関西先端研究センター テラヘルツSG」
http://www-karc.crl.go.jp/quanele/index-J.html

独立行政法人 通信総合研究所 ホームページ「関西先端研究センター レーザー新機能G」
http://www-karc.crl.go.jp/d334/index.html