RESEARCH
60GHz帯ワイヤレスリンクの実用化と普及を目指して―ミリ波自己ヘテロダイン伝送方式によって60GHz帯100Mbpsワイヤレスリンクが低コストで可能に―
荘司 洋三(しょうじようぞう)
ワイヤレスアクセスグループ 研究員


1999年度入所。実用化を視野に入れたミリ波帯の無線通信システムの開発に従事。工学博士。30歳

荘司 洋三氏
研究開発の背景
 近年、屋内屋外を問わずワイヤレスシステムの需要が目覚ましいが、中でも2.4GHz帯の免許不要バンドを使用したシステムが最も普及しています。屋内では無線LANとしての需要が高く、屋外ではいわゆるラストワンマイルのアクセス回線を低コストに供給する手段および、ビル間でLAN間接続を構築する際に河川などによって有線による網構築が困難な場合の解決手段としての需要が高い。しかし、2.4GHz帯は利用可能な周波数帯域が限られていることと、システム間での電波干渉などの問題から、近年のブロードバンド通信の要求に満足に応えることが困難になりつつあります。また免許不要バンドとして新たに5GHz帯の周波数を用いたシステムも既に法制化が整い利用可能な状況にありますが、未だ現状の有線LANで普及している100BASE-TX相当のアクセス速度を実現するには至っていません。
 このような状況下で、60GHz帯は平成12年8月より免許不要バンドとして利用可能になった新しい周波数帯であり、他の免許不要バンドと比較すると充分に広い周波数帯域を利用した大容量無線伝送と機器の小型化が可能という特長を併せ持っています。図1の利用イメージに示すように、屋外では高速加入者系無線アクセスシステム,屋内ではマルチチャネル映像伝送システムや高速無線LAN等へ利用が期待されています。
 その一方で、60GHz帯はその周波数の高さから主要デバイスの開発が困難であり、とりわけ高安定な発振周波数を得ることが技術的に困難です。その結果、デジタル変調信号を高安定に伝送することが困難になります。一部においては既に製品化に成功したシステム例もありますが、上記のような理由から非常に高価なものに留まっており、このような状況が、これまで60GHz帯システムの普及を妨げていました。

図1 MgB2の結晶構造
図1 MgB2の結晶構造

ミリ波自己ヘテロダイン伝送方式の開発
 上述した60GHz帯システムでの問題を解決すべく、我々が平成12年度に独自に提案・開発した「ミリ波自己ヘテロダイン伝送方式」は、特別な周波数安定化技術を使用せずに従来方式より低コストかつ簡単な装置構成で、高効率デジタル変調信号を高安定にミリ波伝送することを可能とする新しい伝送方式です。本方式を用いた場合の最も簡単な伝送系の原理図を図2に示しています。送信回路はIF帯での信号生成部とこれをRF帯へ変換する周波数変換部とからなり、受信回路は逆にRF信号をIF帯へ変換する周波数変換部とIF帯信号の復調部とからなります。図中のスペクトルに示されるようにミリ波自己ヘテロダイン伝送方式では、RF帯への周波数変換部の出力において従来はスプリアスとして充分に抑圧されてきた局部発振信号成分が、RF帯変調信号と同時に出力されるよう周波数変換回路内の帯域濾波器が設計されています。一方の受信回路では、局部発振器を使用せずに受信RF信号を二乗検波器のみで周波数変換してIF帯の変調信号を得ています。本方式では、受信回路においてミリ波帯の局部発振器が不要になると同時に、送信回路で使用する局部発振器についても、その周波数のゆらぎ成分(周波数オフセット)と位相の揺らぎ成分(位相雑音)が受信回路における周波数変換の際に相殺されることから、低コストかつ小型の発振器を使用することが可能となります。
図2 MgB2薄膜の超伝導転移特性
図2 MgB2薄膜の超伝導転移特性

屋外向け100Mbpsワイヤレスリンクへの応用
図3 MgB2薄膜表面の電子顕微鏡写真
図3 MgB2薄膜表面の電子顕微鏡写真

局部発振周波数 59.01[GHz]
IF中心周波数 1.5[GHz]
送信用アンテナ利得 5[dBi]
受信用アンテナ利得 30[dBi]
変調方式 BPSK
インターフェース 100BASE-TX
表1 開発したワイヤレスリンクの主な仕様
図4 MgB2/AIN/NdNトンネル接合の電流−電圧特性
図4 MgB2/AIN/NdNトンネル接合の電流−電圧特性
 我々が今回開発したシステムは、LANなどの通信インタフェースとして現在標準的に使用されている100BASE-TXに対応した屋外向け高速ワイヤレスリンクです。図3にシステムの概要を、表1に主な仕様を示します。PCに接続された100BASE-TXのケーブルからから受け渡されるイーサネット信号を、ベースバンド処理回路およびIF変調回路部において2値の位相変調(BPSK)信号に変換し、これを上述したミリ波自己ヘテロダイン伝送方式を採用した低コストミリ波送受信モジュールを使用して伝送しています。図4には開発した送信装置の外観写真を示しています。ミリ波モジュールについては数センチ角程度に小型化することが可能であり、装置は写真より更に小型化することが可能ですが、アンテナサイズ(開口面積)によって通信可能距離が左右されることから、装置サイズもほぼこの条件によって決定されます。表2は今回の試作装置を使用して15mの伝送距離で測定したフレームサイズ対パケットロスの結果ですが、おおむね良好な値が得られています。たとえば、送受アンテナそれぞれに25dBi程度(平面アンテナにして7〜10cm四方程度)のアンテナを使用した場合で、実際には100m程度の伝送が可能となります。
フレームサイズ[bytes] 64 128 256 512 1024 1280 1518
パケットロス[ % ] 0.000 0.000 0.000 0.026 0.009 0.000 0.000
表2 フレームサイズ対パケットロスの測定結果

最後に
 開発したミリ波ワイヤレスリンクは,上述したように従来から製品化されているものと比較して大幅なシステムの低コスト化が期待できることから、これまで以上のミリ波システムの普及と低コスト化の加速化が期待されます。現在、本システムの早期実用化と商用化を進めるため、ワイヤレスインターネット会社等への売り込みを図っている最中です。



Web <独立行政法人通信総合研究所ホームページ>
http://www2.crl.go.jp/mt/b182/100base.html