NEWS FLASH
布でできたウエアラブルアンテナ
 「平井地区の○○××さんが行方不明になりました。見かけた方は市役所まで連絡下さい。」 
宇宙通信研究センターがある茨城県鹿嶋市のスピーカー町内放送で流れてくるのは大半が上記のような徘徊老人の捜索に関するものです。この放送を聞くたびに、ある携帯電話メーカーの方が、「徘徊老人に携帯電話や身元・連絡先を書いたものを持たせても、徘徊しているうちに捨ててしまい、連絡が取れなくなる。」と話していたのを思い出します。
 私たちは移動体衛星通信用のアンテナの研究を行っており、布製のアンテナを開発しました。このアンテナは簡単に服に縫いつけることができます(ウエアラブル)。服ならば徘徊老人も脱ぎ捨てることはあまりないことから、連絡や探索に使える可能性があります。またカバンなどに縫いつけて無線LANなどに使うことも考えられます。
 アンテナの種類は移動体通信や衛星通信に使用されているマイクロストリップアンテナと呼ばれる平面型アンテナで、利得が比較的高いなどの特徴を持っています。従来のマイクロストリップアンテナはガラスクロステフロンやエポキシなどの硬い誘電体基板に銅箔の円形や方形のアンテナパッチを形成したものが一般的で、硬い板状のアンテナでした。もしこれを服などに装着しようとすると、お守りを服に取り付けるときに使われるポケット状の収納袋を服に作ってやる必要があり、アンテナ形状や装着場所が制限されてしまいます。当然異物感は免れないでしょう。一方、今回開発した布製のマイクロストリップアンテナは、柔軟・軽量で、服などに糸で縫いつけることが可能で、異物感も非常に少なくなっています。
図1 布製アンテナの構造(寸法は周波数2.5GHzの場合のもの)
図1 布製アンテナの構造(寸法は周波数2.5GHzの場合のもの)

 開発した布製アンテナの構造を図1に示します。誘電体基板に相当する部分は、アップリケに使われるフェルト生地、アンテナパッチや地板に相当する部分は導電性布からなり、全体としては柔らかな布で、その感触も布そのものです。マイクロストリップアンテナでは誘電体基板の厚さを厚くし、比誘電率を小さくすることにより広帯域化できることから、布の生地の中でも比較的厚くて低密度の生地であるフェルトを誘電材料として用いました。フェルトの厚さは1mm、比誘電率は推定で1.43です。また、導電性布は電磁シールド材として使用されているもので、一本毎に金属皮膜処理されたポリエステルの糸で織られており、厚さ0.125mm、面密度72g/m2、表面抵抗0.05Ωです。写真1に腕に巻いたときの様子を示します。写真2に試作したアンテナを折り曲げたときの様子を示します。試作した布製アンテナは15cm角のフェルト生地の表面に直径6cmの導電性布、裏面全面に導電性布を張り付けた構造で、2.5GHzの電波を送受信できます。
写真1 布製アンテナの腕への装着例 写真2 布製アンテナの折り曲げ状態
写真1 布製アンテナの腕への装着例 写真2 布製アンテナの折り曲げ状態

 試作したアンテナの利得は6.5dBiで、通常のマイクロストリップアンテナの利得とほぼ同等です。また、アンテナをUの字になるまで曲げても利得は4.1dBiが得られています。実際に服や帽子に縫いつけて使用する場合は、Uの字まで曲げることがほとんどないと思われるので、マイクロストリップアンテナとして十分有効と考えています。また、多少曲げても利得が2dB程度劣化することを許容すれば使用可能です。
 開発した布製アンテナはフェルト生地など安価な材料を使うため、製造コストは従来のマイクロストリップアンテナの十分の一以下に押さえられる見通しです。
 今後の応用としては徘徊老人・迷子などの服に縫いつけた布製アンテナと全地球測位システム(GPS)とを組み合わせた位置同定システムへの応用や、布製アンテナを装着した帽子によるパーソナル移動体衛星通信への応用などが考えられます。また、宇宙飛行士が船外活動する場合に宇宙基地との交信用に宇宙服へ装着して使用するアンテナとしても応用できると考えています。
田中 正人
(総務部 主任研究員)