RESEARCH
細胞の中を行く夢の機能探索機
原口 徳子(はらぐち とくこ)
生物情報グループ 主任研究員

1985年 博士号取得(東京大学医学博士)、1985−92年 カリフォルニア大学サンフランシスコ校 博士研究員、1992年 CRL入所、生体分子の蛍光画像化技術の開発に従事、細胞核の構造と機能の研究を行っている。1996年以降 大阪大学大学院理学研究科教授(併任)、2002年より 科学技術振興機構戦略的創造プログラム「ソフトナノマシン」の研究代表者兼務
原口 徳子

細胞:ナノメートルサイズの部品からなるミクロのビルディング
 細胞というものは、まるでビルディングのようなものです。中にはたくさんの小部屋があり、さらにその小部屋の中には、大きさが数ナノメートル程度の分子の部品からできている装置がたくさん入っています。それぞれの小部屋は、中にある装置がそれぞれ違うために、細胞にとってそれぞれ違う働きをしています。細胞の小部屋をビルディングの部屋に例えれば、細胞核はコンピュータ管理で全体を統括・制御する管制室といえますし、ミトコンドリアはエネルギーを供給する電気室、リソソームは不要となったものを処理するゴミ処理室と言い換えることができるでしょう。我々のグループが行っている研究は、細胞が維持されるために最も重要である管制室としての細胞核の働きとその仕組みについてです。
図1 生細胞マルチカラー蛍光顕微鏡装置
図1
生細胞マルチカラー蛍光顕微鏡装置
温度制御できる部屋の中に顕微鏡装置が設置されている。吹き出しは、中に納められている蛍光顕微鏡。

細胞の中を探る装置
図2 分裂するヒト細胞
図2 
分裂するヒト細胞
青は染色体、緑は核膜、赤は核内のタンパク質を表す。
 細胞核の働きを知るためには、細胞を造っ ている分子の部品が生きた細胞の中でどのように挙動しているのかを調べる必要があります。 そのために、目的の分子を蛍光色素で色づけして、その蛍光を頼りに追跡するのが有効な方法となります。我々は、その目的のために、蛍光色素を結合させた生体分子を、生きた細胞で観察できる生細胞マルチカラー蛍光顕微鏡装置を開発しました(図1)。これにより、これまで困難であった細胞分裂の染色体や核膜の動きを画像化することに成功しました(図2)。 本来、蛍光観察は細胞にとって様々な毒性があるのですが、この装置は微弱な蛍光を感度良く撮像できる工夫が凝らしてあるため、生きた細胞での観察には特に威力を発揮します。この装置は、最大4つの異なる波長に対応でき、最大4種類の生体分子をほぼ同時に画像化をすることができます。最近では、この装置が対応できない波長の近接する蛍光色素の場合でも、蛍光波長のスペクトルを測定できる顕微鏡装置を用いることにより分離することができるようになり(図3)、どのような波長の蛍光色素も観察に使用することができるようになりました。このような画期的な技術的革新により、染色体の構造変化や細胞の内部構造のダイナミックな変化が次々と明らかになったことは、生物学に革命をもたらしたともいえるでしょう。そのような動的な解析から、人工的な装置と違って、細胞を造っ ている部品はつねに集まっては分散するダイナミックな動きをしていることが分かったのです。
図3 蛍光スペクトルの差を利用した色分離
図3
蛍光スペクトルの差を利用した色分離
中央白黒写真の中の赤点(GFP)と緑点(FITC)のスペクトルのピーク波長は7nmしか差がないが(グラフ)、細胞核のH2B-GFP(右上)と細胞質のFITC-tubulin(右中)をはっきり分離できる。

光るタンパク質
 このような装置を使って生体分子の挙動を観察するためには、自分が見たい分子を蛍光色素で染めて生体に入れる必要があります。その時、大変有用なのが光るタンパク質GFP (Green Fluorescence Protein)です。このタンパク質は、緑色の蛍光を放つタンパク質としてオワンクラゲから発見され、発見の翌年には結晶構造が決定されました。提灯のような形をしたこのタンパク質は、遺伝子工学の手法を使って目的のタンパク質に融合させることにより、簡単に蛍光色素を結合させたタンパク質を細胞内に作りだすことができるため、蛍光顕微鏡による観察には大変有用です。特に、生化学的な精製が困難なタンパク質でも簡単に蛍光で標識することができ、その分子動態を細胞で解析することができます。我々はその有用性に着目し、ヒトの遺伝子や分裂酵母の全遺伝子に対して変異型GFPの融合を行い、細胞内での局在を調べています。これにより、細胞内の分子の挙動を統括的に理解することができるようになってきました。図4は、作成したGFP融合タンパク質の局在パターンの一部を示しています。すでに約250個の遺伝子に関しては解析した結果を論文に発表すると同時に、生物情報グループのweb siteでも情報を公開しています。
図4 分裂酵母の遺伝子にGFP遺伝子を融合させて作った光るタンパク質のライブラリー
図4 
分裂酵母の遺伝子にGFP遺伝子を融合させて作った光るタンパク質のライブラリー
細胞内の様々な場所が光る蛍光プローブが得られている。詳細は、http://www-karc.crl.go.jp/bio/CellMagic/gfp_n.htmlをご覧下さい

機能を見るためのプローブ
 細胞内の装置が働く仕組みを理解するためには、それぞれの装置が働くところを見ることが重要です。それを見るためには、働いたときに蛍光波長や蛍光強度が変化するプローブ(ある物質の存在を確認するための手がかりに用いられる物質)が有効な手段となると思われます。中でも、分子レベルの変化を捉える現象として我々が注目しているのは、2つの蛍光分子間に起こるエネルギー転移(FRET)を測定する方法です。この方法は、目的の分子が働くときに起こる構造変化を、蛍光分子間の結合の変化(実際にはスペクトルの変化)として測定し、分子の働くところを見ようとするものです。様々な蛍光色素を測定に使うことが可能ですが、上に述べたGFPやその変異体を利用することによって、様々な蛍光プローブを作りだすことが可能となるでしょう。例えば分子スイッチのオン・オフが分かるプローブ、DNAのほどけ具合を測定するプローブ、細胞核内のエネルギー量の測定プローブ、さらには細胞の老化度を測定するプローブなども夢ではないかもしれません。このような蛍光プローブは、細胞の中を飛び回る機能探査機のようなものです。このようなプローブの開発は、生命の理解に大きなブレークスルーをもたらすのではないかと期待されています。
図5 FRETの模式図分
図5
FRETの模式図分


Web <独立行政法人 通信総合研究所 基礎先端部門 生物情報グループホームページ>
http://www-karc.crl.go.jp/bio/CellMagic/index.html