RESEARCH
東南アジア電離圏ネットワーク
丸山 隆(まるやま たかし)
電磁波計測部門 電離圏・超高層グループ グループリーダー

1975年郵政省電波研究所(現通信総合研究所)入所。電離層観測衛星のデータ解析をはじめ電離圏や宇宙環境擾乱の研究に従事。博士(工学)
丸山 隆

電離圏による衛星電波障害
 短波通信が遠距離との通信手段であった時代、電離圏の振舞いは通信回線の設計にとって極めて重要な問題でした。今日、別の意味で電離圏の重要性が増しています。GPS衛星などで用いられる比較的周波数の低い衛星電波では電離圏を透過する際に遅延や揺らぎが発生します。周波数1.5GHzのGPS電波が受ける遅延量は遅延時間に光速をかけて距離に換算すると数メートルから数十メートルになります。これは電波が水平に一様な電離圏へ鉛直に入射した場合であって、斜めの伝播路では遅延量はさらに増えます。もうひとつ重要なのが電離圏シンチレーションです。これは電波の「陽炎」のようなもので、地上の受信機では位相が乱された電波の相互干渉(フレネル回折)により電界強度が変動します。周波数1.5GHzの電波では、その値が10dBをゆうに超える場合があります。特に強度なシンチレーションでは、受信機が電波を追尾できずロックオフとなり、信号が欠落します。
マレー半島の中央部チュンポンに建てられた電離層観測用アンテナ
マレー半島の中央部チュンポンに建てられた電離層観測用アンテナ

電離圏不規則構造
 衛星から地球までの間に存在する電離圏では、大気が太陽のエネルギーを吸収して電子を放出し、イオンと電子の混合気体(プラズマ)ができています。中性の大気に比べれば電子やイオンの密度は0.1%以下ですが、電波にとって大敵であることは上で述べたとおりです。シンチレーションを引き起こす電子密度の濃淡を電離圏不規則構造と呼びます。電離圏不規則構造には、発生しやすい時間帯や緯度、あるいは季節があり、特に電波障害を引き起こすような強い不規則構造は赤道付近で日没直後に発生します。赤道付近で発生する不規則構造は電離圏の下部で作られ、プラズマの泡(プラズマバブル)となって、1〜2時間の内に1000km以上の高さまで浮かび上がります。上昇したバブルは九州ぐらいまで広がって日本でも電波障害の原因となります。
磁気赤道と南北10度の磁気共役点の組み合わせ
磁気赤道と南北10度の磁気共役点の組み合わせ

電離圏の変動
 電離圏・超高層グループではこのシンチレーションの元となるプラズマバブルの発生にかかわる電離圏の不安定性を研究しています。そのためには、発生源である赤道付近の電離圏を調べる必要があります。そこで、私達は東南アジアでの観測を行うため、タイ、インドネシア、ベトナムで電離圏観測施設の整備を進めています。電離圏のダイナミックスや不安定性を研究するためには、高度の変化を知ることが大事です。高度変化の主要な原因には中性大気の運動(風)に引きずられ、電離大気が傾いた磁力線に沿って上昇あるいは下降する効果と、東西電場によって磁力線と直角にドリフトする効果があります。この二つの効果は地上の一地点で観測するだけでは区別することが必ずしも容易ではありません。しかし、電離圏の不安定性にとって、二つの効果の担う役割はまったく違います。そこで、高度変化の要因を特定するため、同じ磁力線で結ばれた磁気赤道の北と南(磁気共役点)を同時に観測します。磁気赤道とは、地球を一本の大きな磁石に例えたときに磁力線が地面に平行になる場所のことです。
観測ネットワーク
 地球の磁石はゆがんでいて、磁気赤道は地理的な赤道とは異なります。磁気共役点とその中間の磁気赤道付近で観測しようとすると、実は東南アジア以外では殆ど不可能です。例えば、南米では北側がアマゾンやアンデス山脈に阻まれ、インド付近では南側が大洋です。またアフリカは砂漠地帯になります。そこで東南アジアで私たちが着目したのは、スマトラ島中央部とタイ北部です。そこには、京都大学の赤道大気レーダー施設(コトタバン)やチェンマイ大学、中間地点の磁気赤道付近にはモンクット王工科大学ラカバン(KMITL)のチュンポン キャンパスが位置しており、観測のための環境が整っています。チュンポンでの観測はKMITLとの共同研究として既に開始され、平成15年度中にはチェンマイ大学、インドネシア航空宇宙庁(LAPAN)、京都大学と共同で、他の二箇所を整備する予定です。また、子午面に沿った電離圏の構造変化に加え、東に進む大気重力波がプラズマと作用して電離圏不安定の引き金になるとも考えられています。そこで、ベトナムのハノイ地球物理学研究所と共同して、磁気赤道に沿って東に離れたホーチミン市南方のバクリウでの観測も計画しています。この電離圏観測ネットワークをSEALION(SouthEast Asia Low-latitude IOnospheric Network)と名づけました。
整備を進めている東南アジア電離圏ネットワーク
整備を進めている東南アジア電離圏ネットワーク

新しいイオノゾンデの開発
 東南アジアでの観測ネットワーク構築には幾つかの技術的な問題も解決しなければなりませんでした。それは場所によって電源事情が必ずしも良好ではないということです。また強いパルス電波を発射すると他の観測機器に影響を与えることがあります。さらに日本からの機材の輸送や故障時のメインテナンスの問題もあります。そこで私達はこれらの技術的な問題点を解決するため、低電力で軽量の、パルスを用いないチャープ式イオノゾンデを新たに開発しました。このイオノゾンデは連続波出力20W、重量35kgで試験観測のために持ち運ぶことも容易です。
 新しい観測ネットワークを通じて、電離圏不規則構造形成の条件や前駆現象を捉え、その成果を電波障害の予報に結びつける予定です。
新たに開発したポータブル電離層観測機
新たに開発したポータブル電離層観測機

チュンポンで得られた電離層観測記録(イオノグラム)
チュンポンで得られた電離層観測記録(イオノグラム)



Web <独立行政法人 通信総合研究所 電磁波計測部門 電離層・超高層グループホームページ>
http://www.crl.go.jp/dk/c233-235/index.html