| 羽田で行った航空機搭載合成開口レーダの公開風景 |
はじめに
電磁波を用いて対象物に直接触れることなく遠隔計測する手法はリモートセンシングと呼ばれ、 特に、最近の地球環境問題への関心の高まりとともに、 気象現象や災害・環境破壊などの地球環境を取り巻く種々の現象を広範囲にわたって迅速に観測することの出来ることから、 人工衛星や航空機を用いたリモートセンシング技術に大きな期待がかけられています。
マイクロ波を用いたリモートセンサの一つである合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar: SAR)は、 航空機や人工衛星からマイクロ波を送信し地表面あるいは地上の対象物から反射・散乱されて戻ってくるエコーを受信する能動型センサ(レーダ)で、 開口合成やパルス圧縮などの高度な信号処理技術を用いることにより対象物の映像を高い分解能で取得することができます。 合成開口レーダで得られる映像は一見航空写真に似ていますが、 マイクロ波帯の電波を用いたレーダであるため、 雲などの天候に左右されず昼夜を問わず映像を取得することができることはもとより、 マイクロ波の反射・散乱の特性により航空写真では得ることの出来ない対象物の詳細な情報を得ることが出来ます。 合成開口レーダはスペースシャトルや我国の地球観測衛星「ふよう1号」(JERS-1)を初めとする衛星に搭載されてその威力を発揮していますが、 航空機に搭載した場合、 高い分解能と機動性という衛星搭載型にはない特徴を生かすことができます。
航空機搭載合成開口レーダの開発
通信総合研究所(CRL)では宇宙開発事業団(NASDA)と共同で、 航空機搭載高分解能映像レーダの開発をすすめてきました。 このレーダはマイクロ波帯のXバンド(9.5 GHz帯)とLバンド(1.2 GHz帯)の2周波の合成開口レーダ(用語解説参照)から構成され、 それぞれの周波数で偏波を利用したポラリメトリ機能(用語解説参照)を持つほか、 Xバンドでは主従2つのアンテナによるインタフェロメトリ機能(用語解説参照)により地形の高さ情報を含む3次元の映像を取得することが出来るなど、 世界的に見ても最先端の多機能航空機搭載映像レーダです。 Lバンドのシステムは宇宙開発事業団、 Xバンドのシステムは通信総合研究所が各々開発を担当しました。 ハードウエアシステムおよびデータ処理ソフトウエアの開発と搭載のための航空機の改修をほぼ完了し、 96年度に試験的飛行を行ない、 97年度より本格的な飛行観測実験に着手しました。
CRL/NASDA 航空機搭載合成開口レーダの特徴
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図1. Gulfstream II に搭載された Xバンド及びLバンド合成開口レーダのアンテナ部 |
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本映像レーダは、 双発ターボファンジエット機(Gulfstream II)に搭載され(図1)、 6,000 mから12,000 m の高度より、 地上の対象物をXバンドで 約1.5 m, Lバンドで約3 m という高い分解能で観測することができます。 さらに、 Xバンドでは、 インタフェロメトリ機能を用いることにより、 地表面の凹凸を約2m の精度で測定できるため、 広範囲のディジタル地形図を作成するのに必要な標高データを取得することができます。
合成開口レーダは、 分解能がプラットフォームから対象物までの距離に依存しないという特徴を持っており、 軌道上の衛星からでも同様の高い分解能の観測が原理的には可能なはずですが、 実際には対象物までの距離が長くなることによる信号対雑音比の劣化を克服するために大きなアンテナを用いる必要があり、 これにより分解能が劣化するため衛星搭載システムでは十数m以下の高い分解能での観測は困難です。 また衛星搭載システムの場合、 軌道上の衛星の運行状況により、観測場所や観測時間が制約されますが、 航空機搭載システムの場合、 このような制約を受けることなく臨機応変に機動的な観測が可能です。 このような航空機搭載合成開口レーダで鮮明な映像を得るためには、 データ取得中に航空機が動揺の少ない安定した飛行をすることが望ましいのですが、 本レーダは、 ジェット機に搭載されており気流の安定した12,000 mの高度からの観測が可能なため、 高い品質の映像を得ることができます。
さらに、 本レーダでは、 XバンドとLバンドという二つの周波数で、 各々、 偏波を利用したポラリメトリ(用語解説参照)観測を行なうことができるため、 地表面や植生の状態の詳細な識別や分類、 地上の構造物の形状の認識等に威力を発揮します。
航空機搭載合成開口レーダによる観測
通信総合研究所では、 これまでに、 予備的な飛行観測実験を行ない、 都市域(東京、 大阪の都心部等)、 山岳部(浅間山、 富士山、 三原山)、 海洋(日本海油汚染、 鳴門渦潮、 オホーツク流氷)、 鳥取砂丘、 中部関東地方の植生などを観測し、 本映像レーダの優れた機能と性能を確認しました。 とくに、 昨年日本海で沈没したナホトカ号による重油流出の際には、海上に広がる油汚染に関するデータを取得し関係機関に配布しました。
図2は、 本レーダにより Xバンドで取得した羽田空港の画像ですが、 駐機している航空機の形状まで解像できていることが分かります。 図3は、 おなじく Xバンドで取得した伊豆大島三原山の画像です。 この画像を取得した当日は、 三原山は雲に覆われており、 機上から肉眼では山頂付近は全く見ることができませんでしたが本レーダでは図のような鮮明な画像が得られており、 マイクロ波を用いた映像レーダが雨や雲などの天候に左右されず高品質な画像を取得できることを示しています。 図4は、 筑波研究学園都市周辺をXバンドでポラリメトリ機能を用いて垂直水平両偏波の組合せによって観測した画像を合成したものです。 土地利用や植生の違いが反射散乱の偏波特性に違いとして観測できることが分かります。 ここでは、 以上の画像は縮小されているため、 SAR画像の威力を十分に表していませんが、http://www.crl.go.jp/ck/ck321/3d_sar/J/ のWWWページではもう少し鮮明な画像を御覧頂くことができます。
データの利用
今後、 当所では、 本レーダを用いて、 航空機搭載合成開口レーダを、 火山噴火、 洪水、 地震などの自然災害や都市災害のモニタ、 海洋油汚染の監視、 船舶の救難などに役立てるための研究を行うことを予定しています。 また、 地形や地質、 植生、 土地利用の観測、 波浪や海氷などの海洋現象、 土壌水分や積雪などの水文過程等の定量的観測、 古環境の解明や考古学的探査などを行ない、 森林破壊、砂漠化、 土壌破壊、 地球温暖化等の地球環境問題の解明に役立てたいと考えています。
さらに、 本レーダの有効利用を図るために、 地球科学技術フォーラムの地球観測委員会の下に外部の研究機関や大学の研究者の方々を委員とする航空機SAR利用・実験ワーキンググループを設置して、 共同観測のための飛行実験計画の策定や共同研究のための取得データの配布を進めています。
<<用語解説>>
[合成開口レーダ]
一般に、 電波を用いたレーダで空間的に高い分解能(解像度)を得るためには、 大きなアンテナと時間的に短いパルス波を用いる必要があります。 例えば、Xバンド(9.5 GHz帯)の電波で12,000 mの高度から地上の 1.5 m の物体を識別するためには、 250 m 以上の大きなアンテナが必要です。 合成開口レーダでは、 これを解決するために、 航空機や衛星などの飛翔体の進行を利用し、 さらに高度な信号処理技術を用いる事により、 航空機や衛星に搭載した小型のアンテナでも仮想的に大きなアンテナを用いた場合と同様の非常に高い分解能を実現することができるため、 従来の電波を用いたレーダでは得る事のできなかった極めて鮮明な画像を得る事ができます。
[ポラリメトリ]
本映像レーダは、 電波の電界の振動方向が垂直方向と水平方向に偏った二種類の電波(偏波)を送信および受信する機能を持っています。 地上の、 樹木や人工構造物などの多くの対象物は偏波によって異なった反射特性を示すため、 送信電波の偏波と受信電波の偏波の組み合わせを変えて観測する事により対象物のより詳細な情報を得ることができます。 この技術はポラリメトリと呼ばれ、 地上の植生の状態や土地利用のより詳細な分類、 海上の波浪の詳細な観測などに威力を発揮します。
[インタフェロメトリ]
対象物から反射された電波を二つの空間的に離れたアンテナで受信し、 その二つの受信信号の間の位相差から、 三角測量と類似の原理により対象物の方位や距離を知る方法。 本映像レーダでは、 航空機の機体の両側に取り付けた2台のアンテナを用いてインタフェロメトリを行なうことにより、 地表の高さ方向を含めた3次元的な画像を得る事ができます。
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図2. |
東京国際(羽田)空港の Xバンド画像 (水平偏波送信、 垂直偏波受信)
駐機している飛行機の形が識別できる |
図3. |
伊豆大島三原山火口付近のXバンド画像
(垂直偏波送受信) |
図4. |
筑波研究学園都市周辺のXバンド多偏波合成画像
(水平偏波送受信:赤、 水平偏波送信垂直偏波受信:緑、 垂直偏波送受信:青)
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