
増沢 博司
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図1 EMC測定(放射妨害波の測定) |
コンピュータや携帯電話等の各種機器から放射される電磁波によって引き起こされる様々な障害や誤動作が社会問題になっています。従って、このような機器から放射される「電磁波の強さ」を正確に測定し、これが規定値を越えないように制限しなければなりません。
「電磁波の強さ」を正確に測定するには、測定に用いるアンテナを正確に較正する必要があります。当所は、この較正に関する我が国唯一の国立研究機関として、長年にわたり研究開発を積み重ね、これまでに数多くのアンテナの較正を行ってきました。
この度、当所では、情報技術装置、自動車、無線機などの様々な機器に対するEMC測定(図1)の精度向上を図り、最近話題になっている基準認証に関する各国間の相互承認制度の導入に備え、民間企業の要望に応えるために、30〜1,000MHz帯EMC測定用アンテナの「標準較正システム」を新たに開発し、その確度評価と国際比較を行い、世界のトップレベルに達していることを確認しました。
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図2 CRL標準サイト
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当所は、これまで長年にわたり、ダイオード負荷の同調ダイポールアンテナを標準にした「標準アンテナ法」によりアンテナの較正業務を行ってきました。しかし、近年、その精度が問題になってきたため、新たなアンテナ較正法の研究を行い、「改良標準サイト法」を独自に開発しました。また、これと並行して、精密なアンテナを用いた「標準アンテナ法」の導入にも努めてきました。従って、現在の30〜1,000MHz帯測定用アンテナの標準較正システムは、以下に具体的に記すように、「標準アンテナ法」と「改良標準サイト法」を併用しています。このように2つの独立した方法を採用することにより、各々の方法の系統的な誤差を評価でき、信頼性の極めて高いアンテナ較正法を確立することができます。
「標準アンテナ法」は、各国の標準機関で古くから利用されているアンテナ較正法ですが、標準として用いるアンテナの特性解析が較正結果に強く影響します。このため、当所では、平衡・不平衡変換回路(バラン)に180度ハイブリッド回路を使用した同調ダイポールアンテナの導入を図り、この特性を理論及び実測によって正確に解析して、これを「標準アンテナ」とした較正法の確立に努めてきました。
「改良標準サイト法」は、当所が独自に開発したアンテナ較正法(三アンテナ法の一種)で、学会やCISPR等の国際組織で精密な較正法として高く評価されており、最近、Fixed-Height
Standard Site Methodとして各国の標準機関でも利用されはじめています。この較正法は、屋外の広い測定場(サイト)で送・受信アンテナを同一地上高に固定し、送・受信間の電波伝搬損失を測定するもので、同時に三つのアンテナを較正できます。ただし、使用するサイトを標準とするため、その特性が理想的でないと高精度の較正は困難です。このため、当所では、サイトアッテネーション特性の極めて良い図2の「標準サイト」を使用しています。
当所の「標準較正システム」は、図3に示すように、「標準アンテナ法」と「改良標準サイト法」によって構成されており、この測定に用いる高周波電力計及び高周波アッテネータは我が国の国家標準とトレーサビリティが確保されています。また、「標準アンテナ」及び「標準サイト」も、以下で述べますように、国際的にみて極めて優れた特性を持っており、標準として十分に利用できるものです。
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図3 標準較正システムのトレーサビリティ |
1996年〜1997年に、アンテナ較正に関して世界的に評価の高い英国国立物理研究所(NPL)が主導して、日(CRL)、英(NPL)、米(NIST)、豪(CSIRO)の標準機関間のアンテナ較正相互比較が行われました。当所もこの国際比較に参加し、複数のEMC測定用アンテナの較正を行いました。国際比較のために各国を巡回したアンテナは、市販されている同調ダイポールアンテナ、バイコニカルアンテナ、短縮ダイポールアンテナ等6種類の異なるアンテナで、当所では対数周期アンテナを除く4種類のアンテナについて較正を行いました。
その結果、使用する標準較正法が全く違い(当所は改良標準サイト法、NPLは標準アンテナ法)、また標準サイトが異なるにもかかわらず、図4のように、較正によって得られたアンテナ係数(AF)の違いは、平均で0.1dB(≒1%)以下、最大で0.3dB(≒3%)程度で、極めて良く一致していることがわかりました。
この国際比較及び確度評価(Uncertainty Evaluation)の結果から、当所のアンテナ較正システム(30〜1,000MHz)は、世界的に最高の技術力と確度を維持していることが確認でき、各国間の相互認証に伴う試験所認定に十分使用できることが裏付けられました。
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図4 アンテナ較正国際比較結果 |
アンテナ較正では、標準較正システムを用いて、被較正アンテナの「アンテナ係数(AF)」を決定します。しかし、誰も「本当の正しい値」を知らない訳ですから、どの程度、較正結果に誤差があるのかをあらかじめ推定しておく必要があります。これが「不確かさ(Uncertainty)」の評価です。
「不確かさ」の評価は極めて複雑で、未だ確固たる方法が確立されていませんが、当所は長年の研究成果に基づいて、我が国で初めてその評価を試み、学会等で発表しています。その結果、当所の標準アンテナ法の不確かさは5.2%、当所の改良標準サイト法の不確かさは5.7%で、国際比較結果からも判るように、当所のアンテナ較正は、世界的に最高水準の確度を維持していることが確かめられました。
このような高確度のアンテナ較正が実現できたのは、当所における長年のアンテナ較正業務で培われた経験及び実績と、新しい較正法及び較正精度向上の弛まぬ研究によるものです。
30〜1,000MHz帯のアンテナ較正に使用する当所の「標準サイト」は、周囲に電波を発射する物体がほとんどない極めて広い野外測定場で、その中央に広さ40m×20mの金属大地面を設置しています。この金属大地面上には、非金属のアンテナ昇降装置以外、ターンテーブル及びドーム等の反射物が一切ない構造になっています。
この標準サイトの特性は、サイト上で送受アンテナ間の電波伝搬損失(サイトアッテネーション)を測定して評価しますが、当所は、この評価法に関して、これまで長い間、理論および実験による研究を積み重ね、基本式や補正係数などの数多くの研究成果を出し、国際・国内規格にも反映されており、その実績は世界的に知られています。
今回、標準較正システムを確立するにあたり、当所の標準サイトのサイトアッテネーション(SA)を厳密に測定し、理論値との比較を行いました。その結果、図5に示すように、実測値と理論値は良く一致しており、サイトは非常に良好な特性で、アンテナ較正に極めて適していることがわかりました。また、この測定の不確かさの評価を行った結果、0.3dB(≒3%)程度で、本サイトアッテネーション測定は十分正確であることが確かめられました。
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図5 CRL標準サイトの特性
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当所では、さらに較正精度を向上させるために、今年度、標準サイトの拡張整備を行う予定です。また、最近、産業界から強く望まれている対数周期ダイポールアンテナの標準較正法もようやく確立することができましたので、今年度内に較正を開始する予定です。
(標準計測部 測定技術課)
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