実験用中容量静止通信衛星(CS)計画


通信・放送衛星計画推進本部

1. CS計画決定までの経緯
 実験用中容量静止通信衛星(CS)は、日本時間昭和52年 11月18日に、米国東海岸の射場ケープカナベラルから米 国航空宇宙局(NASA)のソーデルタ2914ロケットによって打 ち上げられる予定であり人類初の人工衛星、ソビエトのスプー トニク1号が1957年10月4日に打ち上げられてからちょ うど20年目にあたる。この通信衛星計画は、郵政省に設 置された宇宙通信連絡会議−郵政省、日本電信電話公社、 (NTT)、日本放送協会(NHK)、国際電信電話株式会 社(KDD)−において、昭和46年頃から検討されてきた。 昭和47年7月に、郵政省から宇宙開発委員会に要望が出 され、昭和48年10月29日、宇宙開発委員会において、実 験用中容量静止通信衛星の開発を昭和48年度から行い、 昭和51年度(その後、昭和49年度の宇宙開発計画の見直 しにより、52年度に変更になった)打ち上げを目標に開 発を進める旨の決定がなされた。
 以来、郵政省では、NTTの協力を得て、昭和48年度 にCSの予備設計を進め、その成果を昭和48年11月宇宙 開発事業団(NASDA)に移管した。これを受けて NASDAでは、CSの開発メーカとして三菱電機/フィル コフォード社((注)P. 6)と契約を結び、本格的な開発に入った。 現在NASDAでは、既にプロトタイプモデルの製作と その認定試験を終え、フライトモデルについてもその製 作を終え受入試験中である。CS本体の大部分は米国メ ーカにおいて設計・製作されるが、搭載ミッション機器 のうち、30/20GHz帯と6/4GHz帯の4周波数帯共用成 形ビームアンテナの基本的な設計はNTT/三菱電機が 行ったものであり、また、搭載中継器30/20GHz帯6個、 6/4GHz帯2個のうち、それぞれ1個は国産(日本電気 製)である。
 一方、地上の実験施設については、NASDAによ って整備される2.1/2.3GHz帯追跡管制局以外は 郵政省とNTTによって分担整備される。特に実験の中 枢となる主固定局兼運用管制局については、電波研究所 が鹿島支所に、昭和49年度から建設整備を進めており、 51年度中に大部分の機器の据付、単体調整を完了する予 定である。引き続き昭和52年度早々から、総合調整に入 り、衛星打ち上げの11月迄には、要員の訓練を含めて全 ての準備を完了させなければならない。これらの作業は、 通信、放送衛星計画推進本部(略称CBE本部)及び鹿島 支所を中心として、所内の各部の協力を得て進められて いる。
 なお、打ち上げからロケットとの分離時点迄の作業を NASAが行い、それ以降の静止軌道投入から最終静止 位置(東経135°の赤道上空)到達までの追跡管制と静止軌 道上での衛星諸性能の初期チェック(約3ヶ月間)を NASDAが実施する。その後、衛星設計寿命3年間にわた っての通信実験とこれに必要な運用管制は、電波研究所 が中心となり、NASDA、NTT等の協力を得て実施 することになっている。
2. CS計画の目的
 各種の人工衛星の中で、通信衛星が最も早く実用化さ れている。宇宙通信時代は、インテルサット(国際電気 通信衛星機構)のJ号衛星(愛称アーリバード)の打ち 上げが成功した1965年4月6日に始まったといえる。イ ンテルサットは、その後順次衛星の規模を拡大し、現在 W-A号のシリーズが運用を行っている。国際通信に始 まった通信衛星は、国内通信にも導入されることとなっ た。その先鞭をつけたのがカナダであり、1972 年11月に打ち上げられたアニクJ号がその最 初の実用国内通信衛星となった。次が米国の ウエスタT号で1974年4月に打ち上げられた。 ソビエトも1974年7月に初の静止通信衛星モ ルニア1Sの打ち上げに成功している。更に インドネシアの国内通信衛星パラパ1号は、 1976年7月に打ち上げられた。
 上の事例に見る迄もなく、近年急激に進展 している世界各国の通信衛星計画の動向に対 して、わが国としても、静止軌道及び周波数 の権益を確保するとともに、国際的な協調と 連帯を図るための技術的実績を早急に作る必 要があり、これがCS計画を側面から促進さ せる結果となったともいえる。時期も石油 危機前の高度成長時代であった。このため衛星は外 国技術の導入を図りながら、なるべく早期に開発可能な 中容量の衛星とし、また、将来の国内通信の需要に十分 対処し得る大容量、かつ高性能な衛星に至る段階として 開発される実験衛星として位置付けられる。
 CS計画の目的は、従来の地上回線に衛星回線を加え ることによって、将来益々増大すると予想される国内通 信需要を補完し、非常災害時の臨時回線の設定や離島と の通信手段の拡充等、通信手段の定安化や多様化を図る ために必要な国内通信衛星システム 導入上の基礎実験を実施し、技術開 発や運用技術上の資料を得ることで ある。地上マイクロ回線が発達して いるわが国の周波数利用の特殊事情 を考慮して、CSでは世界の趨勢に 先駆けて、新しい周波数領域を開拓 するために、30/20GHz帯のいわゆ る準ミリ波帯を積極的に導入してい ることがCS計画の大きな特徴であ る。
 CSは実験衛星である。実験とは いえこの計画は、膨大な国費を使う いわゆる大型プロジェクトでもある。
 従って、この計画の推進と実施に は、関係機関が互に総力をあげて協 力し、その目的を全うすることが必 要である。
 このため衛星はNASDAが製作 し、打ち上げ後の管理を行い、地上 施設のうち、実験の中枢となる主固定局兼運用管制局は電 波研究所が鹿島支所に建設整備し、その他の地上施設、 即ち副固定局、簡易型固定局、可搬局及び車載局等は NTTが整備する。体制については、昭和49年8月に宇宙 通信連絡会議に開発実験部会が設置され、その下部組織 としてCS分科会(電波監理局、電波研、NTTで構成) が組織された。CS計画においては、この分科会で具体 的な実験計画が作成され、実験結果の評価も行われるこ とになっている。
 なお、CS主局は、通信実験センターであると同時に、 静止位置確立後の衛星運用管制を行う局で、小金井本所 の実験推進本部(仮称)、NASDA筑波宇宙センタ、NTT の地上施設等と電話、ファックス、テレックス、デ-タ 回線等によって結ばれ、緊密な連携のもとに実験が遂行 されることになっている。


図1 CSの実験システム

3. 衛星の概要
 CSは、静止軌道重量約350sのスピン型衛星であり、 直径218.4p、高さ223.5pの円筒形の本体に高さ128.8 pのホーンリフレクタ型機械的デスパンアンテナの付い た衛星で、通信系、TT&C(追跡、テレメトリ及び コマンド)系、姿勢・アンテナ制御系、電源系、熱制御 及び構体系、2次推進系、アポジモータの各サブシステ ムから構成されている。通信系は中継器群と通信用アン テナから成り、中継器は、30/20GHz帯6台(F1〜F6) 及び6/4GHz帯2台(G1、G2)の計8台で構成され、双方 向的4000回線の通信容量を備えている。これらのうちF2、 G2の計2台が国産である。20GHz、4GHzの公称出力は それぞれ4dBW、4.5dBWであり、全ての中継器の帯域 幅は200MHzである。G2を除きすべてAGC制御される。 G2はスイッチアッテネータを有し、地上コマンドにより 1.5dB段階で10.5dBにわたって入力レベルの制御が 可能である。またF1のみ地上コマンドによりAGCON/ OFF制御が可能である。ビーコン信号として19.45GHz、 3.95GHzの2波を持つ。このうち、3.95GHzはテレメト リ信号のPM変調残留搬送波である。通信系のアンテナ は、30/20GHz帯と6/4GHz帯共用の高利得ホーンリフ レクタ型アンテナで、30/20GHz帯での照射パターンが大 体日本本土の形状となるよう反射板が成形されており、本 土の周辺部でアンテナ利得が33dB以上確保されるように 設計されている。このためアンテナの指向精度は、±0.3° 以下、軌道保持精度は東西、南北とも±0.1°以下と規 定されている。なお、6/4GHz帯では沖縄を含む日本全 土に対して、25dB以上のアンテナ利得をもつ。偏波は円 偏波である。
 TT&Cは、6/4GHz帯(Cバンド)及び 2.1/2.3GHz帯(Sバンド)で行われる。CバンドTT&Cアンテ ナは通信系のデスパンアンテナと共用であるが、Sバン ドTT&Cは、衛星本体の中央部に帯状に配置された 64個のタイポールアレイからなり、スピン軸に直角な面 内で無指向性である。TT&C信号は、Cバンド、Sバ ンドとも共通のSバンドで処理されるため、Cバンド TT&C信号は、C/Sコンバータ或はS/Cコンバータ を介して、Sバンド系機器に接続されている。
 衛星本体外面に貼られた太陽電池は、衛星寿命末期 に最少約422Wの電力を供給する。衛星の最大消費電力は 400W以下である。又、2次電池として1個のニッケル ・カドミュウムの蓄電池を有している。これは20AHの 容量を持ち、蝕の期間に、30/20GHz帯、6/4GHz帯、 それぞれ11台の中継器を動作させることができる。


図2 CSの構造

4. 地上施設の概要
 CS実験に使用される地上施設は、鹿島支所に建設さ れる主固定局兼運用管制局とNTTによって整備される 副固定局(横須賀)、準ミリ波簡易型固定局(仙台)、マイ クロ波可搬局、マイクロ波用電話車載局、マイクロ波用 テレビ車載局及び準ミリ波用電話車載局によって構成さ れる。その他伝搬実験用の電界強度測定装置及びSCPC 実験装置が若干整備されることになっている。


鹿島支所のCS・BS用主局兼運用管制局の地上設備

<主固定局兼運用管制局>
 CS実験用として鹿島支所内の旧30mφアンテナ台 地に、南向き平屋建てのCS・BS(実験用中型放送衛星) 共用実験庁舎が建設された。実験庁舎には、東西両翼に 3階建ての塔部を庁舎の一部として建てその屋上東側に CS用30/20GHz帯13mφアンテナが設置されている。 同西側にはBS用の14/12GHz帯13mφアンテナが設置 されている。CS用6/4GHz帯10mφアンテナは、地上 マイクロ回線との干渉軽減のために、台地東側の傾斜地 を整地し、台地より約4m低い位置に建設されている。 実験庁舎は、総床面積約1,300uであり、1階部分には、 CS・BS別々の実験室と実験準備室、CS・BS共 用の電源、計算機、運用管制室、会議室等がある。アン 信装置はアンテナ塔部に設置される。
アンテナを塔部3階屋上に設置するのは、地上較正施 設を見通すためである。
 通信実験は30/20GHz帯、6/4GHz帯双方のアンテナ 系で、衛星運用管制は6/4GHz帯アンテナ系で実施され る。従って通信実験用の端局装置、変復調装置等は1.7 GHz帯を共通IFとして、30/20GHz帯、6/4GHz帯両 システムに切換え使用できる構成となっている。CS主 局の主要諸元は表のとおりである。30/20GHz帯 アンテナと6/4GHz帯アンテナを分離し、それ ぞれについて最適の設計とし、共用よりもかえって経済 性を高めた。すなわち、30/20GHz帯アンテナについて は、4回反射集束ビームカセグレン型として性能向上を 図っている。準ミリ波伝搬実験の重要な一項目として交叉 偏波発生量が測定できるようにするとともに、各種実験 の際、基準となるシステムとしている。送信系としては、 増幅管として30GHz帯の500W TWTを採用し、大電力 化を図るとともに、送信周波数の切換えに柔軟性を持た せている。
 一方、6/4GHz帯アンテナは限定回転型として、追尾 系も簡便なステップ方式を採用した。特に6/4GHz帯で 問題となる地上マイクロ回線との干渉については、コル ゲートホーン及びテーパ照射分布を採用し、かつ低地に 設置して、妨害及び被妨害の軽減に留意した。
<副固定局>
 副固定局はNTT横須賀通研に設置される局で、12.8 mφアンテナシステム及び11.5mφアンテナシステムか ら構成される。12.8mφアンテナは昭和46年に建設され たニァフィールドカセグレン型で2回反射ビームウェー ブガイド方式の給電系を持ち、準ミリ波とマイクロ波の 共用である。手動,プログラム追尾及び136MHz、4GHz、 20GHz帯での自動追尾機能を有する。準ミリ波帯及びマ イクロ波帯での送受信装置、FM及びPCM変復調装置 を備え、種々の通信実験が可能である。また実験に伴う 副次的な各種の衛星運用管制が可能である。11.5mφア ンテナは新しく開発中の準ミリ波専用アンテナであり、 12.8mφアンテナシステムの近傍に設置される。本アン テナは大都市の電話交換局屋上に設置されるモデルアン テナとして開発されているもので、総重量24トン(12.8 mφアンテナは50トン)の限界駆動型のX-Yマウント タイプである。
<簡易型固定局>
 簡易型固定局は準ミリ波専用であり、機能的には横須 賀局11.5mφアンテナシステムと類似である。鹿島主 局、横須賀副固定局及びこの簡易型固定局の間で準ミリ 波帯マルチプルアクセスの通信実験が行われる予定であ る。
<可 搬 局>
 可搬局は直径約10mのアンテナを有するマイクロ波専 用の局で離島に設置され、テレビ及び電話の伝送実験に 使用される。
<車 載 局>
 車載局にはマイクロ波電話用、マイクロ波テレビ伝送 用及び準ミリ波電話用の3種類があり、マイクロ波電話 用の開発は50年度に完了したが、他の局は現在開発中で ある。いずれも直径約3mのカセグレンアンテナを備え る。電話用マイクロ波車載局は2個のシェルタとアンテ ナとからなる。一方のシェルタには送受信装置と変復調 装置が、他方には約60回線の電話端局とガソリン発電機 が収納される。アンテナは運搬時、7つの部分に分解さ れ、目的地で組立てられた後、車両後部に設定される。 これらの主要構成部は、DC-8クラスの航空機あるいは 大型ヘリコプタにより導搬可能である。これらの車載局 は災害時等の臨時回線設定用に用いられる。

表 主局の諸元

5. 実験計画
 CSの実験計画は、CS分科会の作業グループによっ て検討が進められている。電波監理局、電波研究所及び NTTから構成されるメンバにより鋭意案が練られてお り、現在までに実験計画概念書が完成し、51年度には更 に実験実施手順書の作成作業が進められている。
 CS実験は大きく5項目に分類され、その細目は以下 のとおりである。

 1.衛星搭載ミッション機器の特性測定実験
(1)搭載アンテナの特性測定
(2)衛星制御時の電界強度測定
(3)搭載中継器の特性測定
 2.衛星通信システムとしての伝送試験
(1)通信方式の検討及び伝送品質の評価に関する実験
(2)地上無線回線との干渉実験
(3)新しい通信方式の開発に関する伝送実験
(4)マイクロ波衛星間干渉実験
 3.伝搬特性の測定と評価に関する実験
(1)CW波及び情報伝送波による降雨減衰の伝搬特性 の測定
(2)ダイバーシティ効果の測定
 4.衛星通信システムの運用技術に関する実験
(1)衛星回線切換え技術に関する実験
(2)衛星回線の降雨減衰補償制御技術に関する実験
(3)多元接続技術に関する実験
(4)準ミリ波可搬型地球局による回線設定実験
(5)離島局による回線設定実験
(6)小規模地球局による回線設定実験
(7)地上回線との接続に関する実験
 5.衛星運用管制技術に関する実験
(1)初期性能の評価と経年変化の測定及び運用条件の 決定に関する実験
(2)衛星アンテナの指向制御技術に関する実験
(3)衛星追尾技術に関する実験
(4)衛星の静止軌道保持技術に関する実験
(5)姿勢決定及び姿勢制御技術に関する実験
(6)ハウスキーピングデータの処理技術に関する実験
(7)運用管制ソフトウェアの改良開発に関する実験
 これらの実験は、電波研究所及びNTTの地上施設 が互に連携し合って、3年間にわたり実施されるもので あるが、通信実験に必要な衛星の運用管制は鹿島主局が 主体となって実行されるものである。
 鹿島主局に設置される通信実験装置は、PSK信号伝 送システム試験装置、PCM-TDMA実験装置、 SSRA実験装置、PCMテレビ符号・復号化装置、PCM 電話符号・復号化装置、広帯域FM変復調装置、FDM 多重搬送電話端局装置及びこれらの信号を分岐接続す るIF信号接続装置等から構成される。
 PSK信号伝送システム試験装置は、衛星回線デジタ ル信号伝送特性の測定に用いられるものであり、6Mb/s から96Mb/sのビットレートが発生可能であり、変調相数 も2相、4相、8相について、同期検波の実験が可能な ものである。PCM-TDMA実験装置は、2式製作され、 クロックレート約65Mb/sの非同期方式であり、遅延検波 が採用されている。これを用いて多元接続による衛星通 信システム運用技術実験が可能である。同様にSSRA 実験装置を用いた多元接続実験も可能である。
 30/20GHz帯の伝搬特性に関するデータを収集し、降 雨量や地域との相関を明らかにすることは、新しい利 用周波数帯の開拓のためには特に重要である。降雨減衰 データは鹿島主局の他、横須賀の副固定局、マイクロ波 可搬局、車載局及び電界強度測定装置によって取得され る。主局においては、降雨強度分布測定装置、35GHz 大気雑音温度測定装置、13mφアンテナ付属の20GHz帯 及び12GHz帯(BS)雑音温度測定装置、気象観測装置等 による同時測定データ、衛星テレメトリ情報による衛星 受信電カ、衛星送信電力、衛星アンテナ指向データ等が 収録され、解析に供される。
 また、新しい通信方式の開発のために、小容量通信の 典型的な形態であるSCPC(Single Channel Per Carrier) 方式の通信実験装置も製作される予定である。
 6/4GHz帯TT&Cによる衛星運用管制実験におい ては、搭載ミッション機器の運用と衛星のハウスキーピ ングを行うとともに、衛星の軌道位置と姿勢の制御・保 持と運用管制ソフトウエアの開発改良を行う。この実験 を遂行するには、衛星の管理責任を有するNASDAと密 接な連携をとって、効率的に実験手順を進めてゆく必要 がある。
6. あとがき
 CSはBSとともに従来の国内通信分野に新しい手段 を提供する実験として内外から多くの期待がよせられて いる。これにこたえるべく郵政省が中心となり、関係官学 民協力のもとに鋭意計画の推進が図られている。CS実 験についても、基本実験の段階に引き続く第2段階にお いては、各種の利用形態に対する衛星通信システムの適 用性に関する実験を行うことが検討されている。実験実 施の中心となる電波研究所の責務はまことに重大である と言わなければならない。この多大な予算と人員を動員 して行われる大型プロジェクトを是非とも成功させるた めには、研究所が総力を挙げて事に当らなければならな いであろう。関係各位の御協力、御支援を切に希望する 次第である。

(衛星研究部通信衛星研究室 室長 塚本 賢一、研究官 小嶋 弘)

注)昭和50年4月AFC(Aeronutronic Ford Corporation)社に、
  昭和51年12月FACC(Ford Aerospace and Communications Corporation)
  社に社名を変更




Millstone Hill非干渉性散乱レーダ施設に滞在して


相 京 和 弘(衛星研究部)

 昭和50年度科学技術庁長期在外研究員として昭和50年 11月から1年間、全世界に7ヵ所ある非干渉性散乱レー ダ(以下ISレーダ)施設の1つであるMillstone Hill レーダ・サイトに滞在し、ISレーダによる上層大気圏測 定法の研究に携わる機会を得たので、ここに雑感を交え てその概要を報告したい。
 Millstone Hillフィールド実験所はマサチュセッツ州 ボストン市より北西約65q、白ペイントの木造家屋が散 在しニューイングランド地方独特の雰囲気をもつWestford という片田舎の丘の上に、主にかえでからなる樹海 に囲まれた3研究施設、Millstone Hillレーダ、Haystack マイクロ波及びFirepond赤外線研究施設の総称 (写真)で、Haystackを除き、マサチュセッツ工科大学 (MIT)付属リンカーン研究所の実験所の1つである。そ のうち、滞在先のMillstone Hillレーダ(電離層研究施 設)は写真中央付近にある直径67mの固定式(440MHz) と25mの追尾用(1,295MHz)パラボラ・アンテナおよび2基 の超高出力送信機、受信機、コンピュータ、研究室を収容 した建物からなり、1962年以来、大気圏の構造と力学の解 明のための貴重なデータを定常的に取得している唯一の 観測所として知られている。ISレーダは比較的歴史も古 く、最近、学会でも話題になっているので聞知された方 も多いと思われるが、ここで少し紹介する。これは電波 が媒質の屈折率の揺ぎによりある条件下で散乱されるこ とを利用して、地上から強力な電波を送信し、散乱波を 受信、分析することによって媒質の特性(電子密度、温 度、組成やドリフト速度等の分布)を推定するためのレ ーダの一種であり、最近流行の言葉を借りれば、地球環 境のリモート・センシングの有力な手段の1つであると もいえる。大気圏では電波の散乱体は高度で異なるが、 例えば地表から約80q以上では電離層プラズマ中のラン ダム運動する自由電子であり、個々の電子からの散乱波 の位相がほぼランダムであることから非干渉性散乱と呼 ばれる。この場合、散乱波は位相の揃った干渉性散乱よ り著しく弱く、さらに遠距離のため、たとえメガワット 級のパルス電波を打上げても受信波強度はシステム雑音 や宇宙雑音に比べ昼間でわずか強いか同程度、夜間では それ以下となってしまう。そこでISレーダでは超高出力 送信技術と共に、システム雑音等の不要成分を除去し信 号成分のみを抽出するための微弱信号検出技術が要求さ れる。測定される量は多数の高度毎の電力の他、電力ス ペクトルまたはその等価量である自己相関関係があるが、 最近のディジタル技術の急速な進歩によりこの分野でも 時間軸で直接求まる相関測定法が主流となり、フィルタ 群方式から相関器方式に移り変わっている。Millstone では滞在中にその切換え時期にあたり、専用のディジタ ル相関器の製作が終了し、データ解析用プログラムの開 発を始めていたので、その一環として、ハイブリッド相 関におけるデータの統計誤差の問題をテーマに選んだ。 ハイブリッド相関とは多数ビットで表現された信号の掛 算の代りに、一方を符号ビットのみとし掛算 を加減算に変換して演算速度を上げた相関測 定法であるが、現在の素子の速度からすれば、 超広帯域信号の処理を除いでこのような妥協 的な手法を用いる必要はなくなっているよう である。このように、3〜4年前では最先端 の応用技術も短期間に陳腐化するような傾向 はICの分野で特に著しいので、その分野に携 わる者として最新の情報を把握し素早く対処 する姿勢が増々要求されることを痛感した。 詳細については別の機会にゆずり、次に、リ ンカーン研究所のプロフィールを紹介する。


MIT付属リンカーン研究所のレーダと電離層研究施設の全景
(遠方のレードームはNortheast Radio Observatory Corp.のHaystack観測所、 手前左はFirepind赤外線研究施設)

 この研究所はボストン市北西約40qの独立 戦争発端の地として有名なレキシントンにあ り、1951年、MITの付属機関として発足、現在は Federal Contract Research Centerとも呼ばれ、軍関係を はじめ、各省庁やNSFと研究契約を結び、全9部、正職 員約700人、外部契約職員約1,100人から構成されている (表)。各種レーダ、通信衛星やコンピュータ応用を中心 に専用素子の開発まで幅広い分野を手掛けており、電波 研究所と関連する研究テーマも数多い。例えば、第3部 でのレーダ・システム,特に近年脚光を浴びているイメ ージ・レーダの研究があげられる。レーダ応用技術を除 けば、レーダそのものの研究として将来有望な分野で、 当所がプロジェクトとして取上げる価値は十分あるよう に思われた。また、第6部の主要テーマは現在、LES (Lincoln Experimental Satellite)-8,9の通信衛星の 研究開発であり、設計、組立、試験の一連の過程を 全部所内で完遂しうる施設を備えている。両衛星は同時に 静止軌道に打上げられ、衛星−衛星間、衛星−地上間をK およびUHFバンドで回線構成し通信実験を行うもので、 軍関係の衛星だけに、多少特殊な設計が施されているが、 我々のCS,ECSと類似の実験計画をもち、参考になること も多いであろう。第9部は超高出力レーダ応用がテーマで、 Millstone Hillレーダはその中の第91グループに属する。 ここの主任は一昨年8月まで筆者が滞在に際し最も世 話になったDr. J. V. Evans(現第9部副部長でURSIの 議長も兼務)であった。このグループはISレーダによる 電離圏の定常観測の他、追尾アンテナ で空軍の依託による衛星追跡を定常的 に行っている。そのため、カナダの姉 妹研究所にあたるCRC(現在は正式名 ではないが)と同様にsecurity clearance が相当厳しく、外国人研究者とし て永住査証で入国し正職員で働く人々 (全職員の2%未満)および同種の機関 からの研修者を除くと短期の客員研究 者は皆無に近いようである。筆者の場 合、毎日受付で手渡されるタッグから 推測して出向先や研究テーマの内容か らかclearanceの手続は省略されたよ うで、visitorの資格にもかかわらず 拘束されずに施設を利用できたのは幸 いであった。滞在地の職員構成は5〜 6名の研究者、2〜3名の秘書と他 は実験を支える技術者と技能者で 総勢20名程である。プロジェクトの規模からいえば適当 な構成のような印象を受けるが、勤務状況や体制、成果 からみると我が国との差異は明白で、徹底した分業制と 効率のよい人材の配置それにチーム・ワークの良さに負 うところが大きいようであり、我が国の研究機関も参考 にすべき点の一つであろう。しかし、これら合理的な人 事、研究管理も職場を変えることがむしろ評価される場 合の多い風土や開放的な人事交流などを抜きに考えられ ないので、このままの形で、終身雇用を是とする我が国 に導入できるかどうか疑問であろう。


表 MIT、リンカーン研究所の構成と財政支援機関

 ニューイングランド地方は日本では北海道の緯度に相 当し、概して気候は厳しい。ここ数年来、世界的規模の 異常気象が続いており、今冬の寒冷異変とは逆に、滞在 中の冬は地元の人が驚く程例年になく寒い日が少く、-10℃ 前後の2,3月を除いて比較的温暖で過ごしやすい日 日であり、エネルギー危機は全くなかったように思う。 むしろ、高すぎる室温さらに一般消費者の大型車志向な どにみられるようにエネルギーの将来に対しても非常に 楽観的な空気が支配していたような印象が強い。伝えら れる失業率の増大現象は職場や毎日の新聞の求人欄でみ た限りなかなか実感できなかったが、道路沿いの家の庭 で週日の昼間、芝刈などをしている一家の主人らしき人 人を多々見たり、学位をもつ新卒者がタクシー運転手を して糊口をしのいでいる話などを耳にすると我々の立場 からは計り知れない程深刻な状況のようであるが、社会 不安とまでいかないのはやはり国民性によるものであろ う。滞在期間中は建国200年に当り、とくにボストン周 辺は独立戦争に因む史跡が随所にあるので、好機とばか り大いに期待していたが、実際には、図案化した星の周 りにAmerican Revolution Bicentennial 1776-1976と あるマークが印刷された商品やパンフレット類、インデ ペンデンス・ホールやミニットマンを彫んだ記念コイン や切手など身近かなものからそれらしき雰囲気を感じさ せる程度で、お祭好きな米国人のイメージを打破するのに 十分な程総じて静かな年であったように思う。それでも 7月4日の独立記念日は例外で、日本のテレビでも放映 されたように、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフ ィアをはじめ各地で盛大な記念式典やパレード、演奏会 等々の華やかな催物が開かれ、建国200年を祝う米国の すがたに初めて接した思いがした。
 滞在1年で最も強く感じたことは科学技術に限っても 世界をリードしなければならないという米国の揺ぎなき 信念であったように思う。ISレーダをとってみても、欧 州の3ヵ所以外では4ヵ所とも米国の建設になるもので、 この種の施設に多額の予算を注ぎ込む姿勢に米国と日本 の先行投資に対する基本的な考え方の相違がうかがえる ようである。大気圏の研究では、全世界的な観測網の強 化が必須であるが、不幸にしてその強力な武器であるIS レーダは欧米に偏在しアジア地域には1カ所もない。一 昨年のURSI(国際電波科学連合)の勧告にもあるように、 我が国も本格的に取組むよう諸外国から要請されており、 既存の施設の例(仏国のCNETや米国のNOAA)からみ ても、現在進行中の衛星計画と共にリモート・センシン グ技術の開発の一環として多くの波及効果も期待できる ISレーダをプロジェクトとに将来取上げる方向で準備を 進める必要があるのではなかろうか。
 終りに、在外研究員としてMillstone Hillでの滞在の 機会を与えて下さった科学技術庁振興局および電波研究 所の関係官立に感謝の意を表したい。


短   信


  降雨強度分布測定装置の校正実験
 第二特別研究室では、鹿島支所に建設された降雨強度 分布測定装置の信頼性を高めるために、同装置の校正を 2月3、4の両日に行った。設置場所(鹿島支所)から約2 q離れた地点へ係留気球を500〜600mの高度に上げ、こ の下に散乱断面積のわかった反射球を吊り下げ、それに レーダ電波を照射し、反射して来る電波の受信電力を記 録する。これにより装置設計から推定された利得との比 (F値)を計算することを目的にしたものである。


  たんせい3号の打上げ支援
 東京大学は、昭和52年2月19日鹿児島宇宙空間観測所 (内之浦町)において試験衛星MS-T3(たんせい3号) を搭載したロケットM-3H-1号の打上げに成功した。 当所鹿島支所では、東京大学の依頼を受けて打上げ時よ り第12周回にいたるまでテレメータ信号受信等の支援を 行った。


  秋田で電離層観測打ち合せ会議を開催
 2月22・23の両日、秋田電波観測所において第31回電 離層観測打合せ会議が開催された。本所と全観測所から 合計20名の担当者が集まり、電離層観測機の運用保守状 況の詳細な報告と討議、各所の現況報告及び52年度の研 究計画について熱心に討論した。


技術試験衛星K型(ETS-K)打ち上げられる


 技術試験衛星K型(きく2号)は、昭和52年2月23日17時50分、宇宙開 発事業団種子島宇宙センターからNロケット3号機によって打上げられた。所 定の楕円軌道(遷移軌道)に投入された同衛星は、2月26日14時32分アポジモ ータ点火によって、ドリフト軌道に投入された。その後の逐次軌道修正の結果、 3月5日7時現在、遠地点35,787q、近地点35,783q、軌道傾斜角0.568°、周 期約23時間56分、東経130度、赤道上空の同期軌道に投入され、ほぼ静止衛星と なっている。
 電波研究所は、ETS-Uに搭載されているビーコン発振器の電波(1.7、 11.5、34.5GHz)を利用して、今年10月末まで、伝搬実験を行う予定である。 尚、この実験計画の詳細については、電波研究所ニュース9月号(No.6)を参 照されたい。

ETS-IIを用いたミリ波伝搬実験用施設の紹介


降雨強度分布測定装置(上はアンテナ部、下は制御部)
衛星電波伝搬路上及び周辺の降雨強度分布を測定する。


  衛星電波受信用10mφアンテナ
ETS-IIの電波1.7,11.5,34.5GHzを受信する。