日豪赤道横断伝搬実験


調 査 部

  はじめに
 少し年輩の人達にとって,IGY(国際地球観測年: 1957〜58)という言葉には大変懐かしい響きを感じられ ることと思う。これは第3回の国際共同観測年(1932〜 33)から25年目の太陽活動度極大の年に行われた国際規 模の地球及び宇宙空間の観測事業で,この時初めて人工 衛星が飛んだことや,我が国が南極地域の観測に参加し たことなど未だ記憶に新しいことである。
 このIGYで得られた地球周辺の科学データ及び成果 が,太陽活動度極小期にどのように変るかを調査研究し ようと計画されたものがIQSY(国際静穏太陽観測年 :1964〜65)である。標題の実験もこのIQSYの一環 として磁気赤道をはさみ夫々南北半球にある日本とオー ストラリア間でVHF波の電離層伝搬について調べるた めに行われた。この伝搬実験には,VHFの無変調固定 周波数を用いたものと,パルス変調された,HFからV HFまで周波数を掃引して行ったものがある。前者は1964 年から1974年まで,後者は1970年から1979年まで実施さ れた。
  実験の発端
 IGYの際には,電離層によるVHF波の遠距離伝搬 実験が各国で活発に行われ,当所でも米国の中央電波伝 搬研究所(CRPL)と共同で,当時まだ復帰していな かった沖縄本島から50MHzの電波を発射し,日本列島の 各所で受信し,スポラディックE層による伝搬について 実験が行われた。KDD研究所もCRPLと共同してフ ィリッピンと日本本土間で同様の実験を行い,また,C RPLは極東地域に於てF層による散乱伝搬実験を行い 注目を集めた。アマチュア無線家が,地球の反対半球か らのFM放送の受信に成功したのもこの頃のことであ る。
 こうして日米間の研究者や関係機関の間に協力関係が 深まり,IQSYではVHF波の遠距離伝搬に関する研 究を更に進展させたいと考える人が多くなっていた。な かでも米国のE.K.スミス氏やN.C.ギャルソン氏など が活発に国際交流の場や私的なルートを通じて日本の研 究者に相談を持ちかけていた。これらを背景とし,オー ストラリアのC.G.マッキュー氏から1963年4月, KDD研究所の難波所長宛に共同実験の申し込みがなされ, KDD研究所と当所で相談した結果,当所が引き受ける ことになった。当所への正式な共同実験の申し込みは, オーストラリア科学アカデミーのIQSY国内委員会連 絡者R.G.ギオバネリ氏から,1963年10月,書簡によっ て上田所長のもとになされ,同年11月同意する旨の回答 が送られ, 日豪間の共同実験がIQSYに開始される運 びとなった。研究者間の非公式な話し合いから公式な合 意書の交換まで1年以上の時間を要した。
  実験の機要
 この実験のオーストラリア側担当機関は,供給省兵器 研究施設応用物理研究所のシステム解析部電離層研究課 (Ionospheric Studies Group,System Analysis Division, Applied Physics Wing,Weapons Research Establishment, Department of Supply 現在は国防省 に組織変えになった)であり,日本側は当所の企画課と 山川電波観測所であったが,その後第一電波課(1965〜 67)及び稚内電波観測所(1971年以降)も参加した。
(1) 固定周波数の電波による実験
 この実験はオーストラリア北部準州のダーウィンに32, 48,72MHzの送信機を設置し,磁気赤道をはさみほぼ対 称点となる山川電波観測所を受信点として,VHF波の 電離層伝搬が可能かどうか調べることを目的として行わ れたものである。山川に設置したアンテナ系を除く受信 装置は,合意書に従ってオーストラリアで準備し送り込 まれたものである。伝搬通路は図1のように距離約4800 qの長さである。


図1 日豪赤道横断伝搬実験通路

 実験のための電波は500Wの無変調波を八木アンテナ で10分間送信し,その後コールサインを出し20秒間停波 する型式をとったので,受信波は容易に確認できた。山 川では八木アンテナに狭帯域受信機を接続し,チャート レコーダで受信波強度の記録を行った。実験は1964年8 月から始め,当初受信装置が不安定で,装置の取替など を行った結果,1965年以降信頼性の高いデータを取得で きるようになった。1969年夏以降,伝搬可能な上限周波 数を探るため,ダーウィンから更に88,102MHzの電波 も送信されることになり,その時32MHzの送信所は南オ ーストラリア州のアデレード近郊に移された。
(2) 掃引周波数のパルス波による実験
 オ-ストラリアの代表者C.G.マッキュー氏が電離層 予報業務部(気象庁)に移りR.F.トレハーン氏が後任 となった頃(1967.8),パスサウンダ(パルス変調され た電波を4MHzから64MHzまでステップ状に掃引し て発射または受信できる装置)を日豪間に設置し,固定 周波数による実験と並行してできないだろうかという話 が出てきた。これはHF帯から周波数を順次掃引して行 くと,電離層によるVHFの伝搬機構もわかるかもしれ ないという理由で提案してきたものである。
 オーストラリアでは既に米国の協力を得て,沖縄(復 帰後当所の沖縄電波観測所として発足したところ)から パスサウンダでパルス波を送信してもらい,クインズラ ンド州のタウンスビルや南オーストラリア州のセントキ ルダ(前記応用物理研究所のあるソールズベリの近く) で受信する実験を行っており,日本に貸与できる装置も あるからとの話で,当所は,この提案に応ずることにな った。日本における設置場所はやはり山川に決められた。
 1969年秋に4〜64MHzをカバーする対数周期アンテ ナがオーストラリアから到着し,12月半ば迄に建設を終 了したが,パスサウンダはオーストラリアにおける調整に 手間どり,その後通関手続きにも時間がかかり,1970年 4月下旬に山川電波観測所に到着した。無線局の検査が 終り,実験に着手したのは1970年6月のことであった。
 実験は定められた繰返し数で,尖頭値30kWのパルス 波を4MHzから64MHzまでステップ状に変化させて送 信し,相手局はこれに同期して受信周波数を変化させ, ブラウン管上に映し出された受信信号をフィルムに記録 する。従ってフィルム上には伝搬可能な周波数範囲が記 録されることになる。この方法による実験は図1の山川 とタウンスビル(距離約5870q)及び山川とセントキル ダ(距離約7870q)の伝搬路で行われた。
  主な実験結果
 ダーウインから送信されたVHF波は春秋季の20時頃 になると図2のように急激に受信され始め,以後数時間 持続するが,周波数によってその持続時間は異なり,低 い周波数程長く受信される。良く受信される春秋季の21 時前後のデータから受信電力の周波数特性を調べてみる と,周波数の10〜12乗に逆比例する関係になっている。 この事は周波数が倍になると受信電力が約30〜36dB低 くなることを意味する。


図2 赤道横断伝搬波記録例
   上から48,72,88及び102MHz波

 VHFの赤道横断伝搬波には, 変動幅が10dB程度のフラッター性 のフェーディングをすること,到 来方向が大圏コースより若干西寄 りになること,などの特徴がある。
 1965年から1974年の間の山川に おけるVHF各波の受信率を示す と図3のようになり,赤道横断伝 搬の実態が一目瞭然にわかる。48 MHz波での受信率と太陽黒点数 R12の関係を調べると受信率は, 22+0.6R12となる。


図3 赤道横断伝搬波の受信率
   上から48,72,88及び102MHz


 磁気赤道に対して対称点ではな い東京で行った実験(1965〜67) によると,48MHz波はやはり春 秋季の20時前後から受信される が,強度,受信卒とも山川の場合 より小さな値になっている。例 えば1966年3月の受信率は山川40 %に対し東京10%, 9月は山川45 %に対し東京20%と云った具合で ある。
 椎内では,48MHz波が散発的 に受信されたが,データとして取 扱える程ではなかった。
 20時前後は,電離層の観測記録 にスプレッドエコーと呼ばれる現 象が出始める時刻であり,また最 近注目されている衛星通信の電波 にシンチレーションが発生し始め る時刻でもある。 これらの結 果と長期に得られた資料及びその 解析結果から,日豪間のVHF赤 道横断伝搬波は電離層F領域の不 規則構造によって散乱を2回繰返 し伝搬していると云うことができ る。 しかしオーストラリアの大 学の研究者のなかには,赤道域の プラズマバブルによる導波管モー ドで伝搬すると主張する人もある。
 周波数掃引式のパルス波による 実験では図4のような記録が得ら れ,伝搬可能な周波数が一目瞭然 となる。パルス波用の受信装置の帯域は固定周波数のも のにくらべ広くなるため,弱い信号をとらえることが難 しく,固定周波数の実験で102MHz波が受信されていて もパスサウンダの記録には,上限周波数64MHzまでのび ていることはなかった。


図4 パルス波による実験記録例

 パルス波による主要な伝搬波について,通路上の電離 層データを用いてレイ・トレーシングの手法によりその 伝搬機構について調べると,山川−タウンスビルの場合, 観測される最高周波数は,F層で2回反射して伝搬して いるものであることがわかった。しかし,10〜20時に観 測される記録の50%近くは,いわゆる正規反射による伝 搬波の最高周波数よりも約4MHz程度高い周波数まで 記録されていることもわかった。これはおそらく電離層 の赤道異常で生じる傾斜が寄与する伝搬様式によるもの と考えられる。
  おわりに
 IQSYに端を発した日豪間の赤道横断伝搬実験は固 定周波数については1964年8月から1974年12月まで(19 74年12月24日にダーウインは大きなサイクロンに襲われ, 送信所も維持不能になってしまった),またパルス波によ る実験は1970年6月から1979年12月まで行われ,その後 借用装置の返還をし,栗原所長とM.S.カークパトリッ ク所長と間で1981年2月実験終了の文書交換が行われ, 両国間の国際協力実験が完了した。
 この実験によって得られた結果は,学問的に大変興味 のあることばかりでなく,限られた季節,時刻には,積 極的に役立てることもできそうで,周波数割当を行う際, 遠距離からの混信を考慮する上でも役立つものと思われ る。
 この国際協力が長年にわたり順調に継続することがで きたのは,当所の(故)青野次長をはじめ当時の企画課 長,歴代の電波部長の適切な御指導と,オーストラリア との密接な連絡があったからにほかなりません。その御 尽力に深甚なる敬意を表します。
 さらにまたこの実験を直接担当された多くの職員の並 々ならぬ熱意と努力によって有終の美を飾ることができ ました。

(通信調査研究室長 栗城 功)




PCM符号誤り雑音抑圧方式(SUNDER)


情報処理部

  はじめに
 PCM通信にとって大きな受信障害となる符号誤り雑 音を受信側の処理だけで抑圧する方式(SUNDER)を開 発し,種々の検討を行ってきたが,ここにその概要を紹 介する。
  PCMとは
 PCMという言葉は,最近PCM録音とかPCM録画 とかいうかたちで盛んに宣伝されているので一般にも大 分馴染み深いものとなった。PCMとはPulse Code Modulation (パルス符号変調)の略でその歴史は非常に 古く, 1937年イギリス人A.H.Reevesによって発明さ れた通信方式の一種である。その原理を簡単に説明する と,送信側では,(@)一定時間間隔毎の音声信号の振幅を とり出し(標本化),(A)その値を階段上のとびとびの値に 変え(量子化),(B)それを“0”及び“1”のM個の組合せ (Mビット,通常の電話回線ではM=7〜8)に対応させ (符号化), (C)それらの系列をパルス伝送する(変調)。 一方,受信側では,(@)パルス系列を“0”と“1”の系列に なおし(復調),(A)それをM個ずつ組合せて量子化信号に 戻し(復号化),(A)低域フィルタに通して音声信号を得 る。
 PCMによると,伝送に必要な周波数帯域幅はもとの 音声信号のそれに比べて増加するが,伝送路で加わる雑 音あるいは歪に極めて強くなり,PCMは情報理論上理 想に近い通信方式であるとされている。PCMのもう1 つの大きな特徴は,伝送路の途中にパルス波形の再生中 継器を置くことによって高品質な長距離通信ができるこ とである。このためPCMは国内および国際電話回線等 で用いられているほか,最近では冒頭でも述べたように 記録の分野でも利用され始めている。
  PCM符号誤り雑音とその対策
 伝送路上で加わる雑音または歪が大きいと,送信側で “0”(“1”)を送ったとき受信側で“1”(“0”)と反転 して再生されることがある。これを“符号誤り”といい, このためにもとの音声信号の振幅値が受信側で別の値と して再生されることになる。この場合,ちょうどFM受 信機の近くでバイクが通るときよく耳にするような“ガ リッ,ガリッ”という雑音が音声信号に混じって聞こえ る。これが“符号誤り雑音”とよばれるもので,PCM にとって最も大きな受信障害となるものである。そのた め通常の電話回線では,許容される符号誤り率を10^-6〜 10^-7という極めて小さな値に設定している。
 ところで,年々強くなるチャンネル数増加の要求に応 えるため,使用周波数帯も次第に未利用の高い領域に移 りつつあり,近い将来,固定局間の通信はその殆どが光 通信によって行われるであろうと予想されている。一方, 移動通信あるいは衛星通信(将来計画されている宇宙基 地と地上との通信も含まれる)では,やはり電波に頼ら ざるを得ない。
 先のCS(さくら)を用いた準ミリ波帯での実験結果 によると,降雨や衛星のスピン変動等の影響で符号誤り 率(以下,誤り率)が10^-3ないし10^-2程度まで劣化する ことがある。これらの値は前述した電話回線の許容誤り 率に比べて3桁以上も大きく,もしこのような劣悪な回 線でPCM通信を行うと多量の符号誤り雑音が発生し, とても実用にならない。
 そこで何等かの対策が必要となるが,その代表的技術 は誤り訂正符号であるしこれは音声信号のほかに適当な 信号を伝送することによって誤り率の改善を計るもので あり,(@)音声信号に限らず任意のデータに適用できる, (A)任意の誤り率に対処できる,(B)ランダム誤り及びバ ースト誤り(集中性の符号誤り)の各々に対処できる等 の長所がある反面,(@)使用周波数帯域幅が増加する,(A) 誤り率が時間的に変動する非定常回線の場合,最も大き な誤り率に対して訂正符号を設計する必要があり能率が 悪い等の欠点がある。
 先に当所で開発したPCM符号誤り雑音抑圧方式 (SUNDER:Suppressor of Noise due to Digital Errors) は,音声信号以外の余分な信号の伝送は行わず, 専ら受信側の処理だけで雑音抑圧を行うため,使用周波 数帯域幅の増加を伴わない。これによると,誤り率10^-3 のランダム誤りによって生じる雑音はほぼ完全に抑圧さ れる。その際,処理歪は検知されない。なお,本方式を バースト誤り回線に適用する場合には,インターリ一ブ 法によってバースト誤りをランダム誤りに変換する必要 がある。本方式は,誤り率が殆ど0の状態から10^-3程 度まで変化するような非定常回線に対して特に能率的で ある。
  符号謀り雑音抑圧法の問題点
 いま,誤り率が10^-3程度以下のランダム誤りを生じる 回線で8ビットPCM通信を行うことを考える。この場 合,符号誤りは平均すると約1000ビットに1個以下であ り,これを復号化直後でみると平均して約125(=1000/8) 個に1個以下の割合で復号信号に誤り(“復号誤り”)が 生じることになる。すなわち,誤り率が極端に大きい 場合(10^-2程度以上)を除けば,符号誤り雑音は時間的 にある程度の間隔を置いて発生するものと考えてよい。
 ところで,音声信号は雑音と違って一般に相関性が強 いので,ある時刻における振幅値をその前後の振幅値か ら実用上十分な程度に推定できることが多い。そこで, もし何等かの方法で復号信号に含まれる符号誤り雑音を 検出できれば,その時刻における振幅値をその前後の正 しい振幅値による推定値で置き換えることによって実用 上十分な雑音抑圧が行われることになる。従って,受信 側の処理だけによる雑音抑圧方式にとって最も基本的な 問題は,符号誤り雑音の検出法の開発である。
 この種の検出法には,米国ベル研究所および当所から 提案しているものがある。このうち前者は復号信号の相 関性を利用したものであるが,検出精度が低く,4ない し5ビットの低品質PCMにしか適用できない。これに 対して,SUNDERで用いられている検出法は復号信号 の周波数スペクトル情報を利用するもので,高い検出精 度をもつ。
  SUNDERの原理
 周波数スペクトル情報を利用した検出法には,スペク トル引算法によるものと,位相スペクトルによるものと があるが,ここでは後者について説明する(図1)。ま ず,復号信号をN(通常128又は256)個ずつに分ける。 そのN個のサンプルに対して離散的フーリェ変換(DFT) を行い,位相スペクトルφr(k)を求める。次に,φr(k)を もとにして変形された周波数スペクトルα・exp(-jφr(k)) (α:定数)を作り,これを離散的逆フーリェ変換(IDFT) すると符号誤り雑音n(ti)の一種の近似信号n'(ti)が得 られる。最後にn'(ti)のピークの位置を求めると,それ が符号誤り雑音の位置を示している。このような簡単な 処理で雑音の位置が検出できることは理論的にも説明で きるが,一言でいうと雑音の位置に関する情報が復号信 号の位相スペクトルに多く含まれているということであ る。母音/e/(男声)の256個の復号信号に2個の符号 誤り雑音が含まれる場合について本検出法を適用した実 験例を図2(a)〜(d)に示す。なお,非常に小さい符号誤り 雑音は本方法では検出できないが,そのような雑音は音 声信号によるマスキングのため抑圧され,ききとれなく なるので問題ない。


図1 位相スペクトル情報による符号誤り雑音の検出


図2 実 験 例

 次に,検出された符号誤り雑音を含む復号信号の訂正 法について述べる。音声信号の相関性を利用した訂正法 として線形予測法や補間法が提案されているが,SUND ERではこのうちsine 4乗特性による補間式を用いて いる。これは,有声音のような相関の強い信号に対して 実用上十分な値を示すが,無声音のような雑音状の信号 に対してはその効力を失う。しかし,この場合もともと が雑音状信号における補間であるから,補間式による値 がその前後の値と極端に違わない限りききとり上全く問 題ない。なお,図2(e)に先の補間式による修正例を示 す。
 次に,SUNDERを用いたPCM通信系を図3に示す。 同図に示されている通り,送信側は従来のPCM送信機 のままでよく,受信側は従来のPCM受信機の中にSU NDERを組み込んだものとなる。


図3 SUNDERを用いたPCM通信系

  計算機シミュレーション実験
 SUNDERによるPCM符号誤り雑音抑圧効果を調べ るために計算機シミュレーション実験を行った。音声資 料は約8秒間の短文(男女各一人)であり,これらを200 Hzから3400Hzまでに帯域制限した後,対数圧縮(μ= 100)を行う。その出力を標本化周波数8kHzで標本化し, 極性を含めて8ビットの折返し2進符号に符号化する。 それらの2進符号に対し,一様乱数を用いてランダム符 号誤りを発生させた。そして,これらの符号誤りを含む 2進符号を復号化した後,振幅伸張を行い,その出力 をSUNDERで処理した。その処理信号の試聴によると, (@)誤り率10^-3のランダム誤りによって発生する雑音はほ ぼ完全に抑圧される,(A)処理歪は検知されない,(B)符 号誤りが2個連続する2重誤りに対しても,ランダム誤 りの場合と同じ結果が得られることが判明した。
  おわりに
 昭和55年1月に当所で開発したPCM符号誤り雑音抑 圧方式(SUNDER)の概要を,その後の進展も含めて紹 介したが,最後にハード化について一言触れておく。本 文で述べた通り,SUNDERにおける主要な演算は2回 の離散的フーリェ変換だけであり,これは現在急テンポ で開発されている大規模集積回路(LSI)技術を用いれ ば極めて短時間に実行できるので,実時間処理を行うハ ードウェアも十分可能である。今後はハードウェアの実 現にむけて基礎データを集めると共に,検出法の改良や 誤り訂正符号における訂正もれに対して本方式が適用可 能か否か等についても検討する予定である。
 おわりに,本研究を進めるにあたり暖かい励ましと貴 重な御意見を頂いた所内外の関係各位に深謝します。

(音声研究室 研究官 吉谷清澄)




マラジョージナヤ基地訪問記


野 崎 憲 朗

 筆者は第21次南極観測隊に参加し昭和基地から帰国 する際,本年2月10日から3日間ソ連マラジョージナヤ (Molodezhnaya)基地を訪れる機会を得た。マ基地は昭 和基地から東に300q離れた隣の基地であり,昨年,極 地研究所の佐藤氏が超高層関係の観測装置一式を設置し, 共同観測をしている。今回の訪問の主目的は設置後1年 たった観測機のチェックとチャート,テープ類を交換す る事であり,筆者は超高層の一員として参加した。また 昨年3月にブリザードによって昭和基地の飛行機が駐機 していた氷盤が割れて沖合に流れ出した際,ソ連観測船 のヘリコプターに救助してもらったが,その時に申し出 のあったマ基地への招待に応えるためでもあった。
 昭和基地から氷海を航行し4日後に到着した。観測船 「ふじ」から見たマ基地は大陸沿岸の露岩の上にあり, 建物が30棟程と,少し離れたところに大きな燃料タンク が見えた。建物相互は昭和基地と違ってコルゲート通路 で結んでいない。電線類は地上数mのケーブルラックの 上を走らせてある。大陸斜面の氷上には滑走路が3本あ り,ソ連本国からモザンビーク経由で飛んできた60人乗 りのIL18型飛行機が着陸するのが見えた。
 チャビン隊長以下121人が越冬したマ基地は夏には200 人の大所帯になるという。夏の間に数回船が接岸し,少 しずつ隊員の交代を行っている。また,レニングラード にあるソ連北極南極研究所は北極,南極,大西洋での研 究を受け持ち,6隻の船を運行して南極各地の基地の物 資補給をしているとのことである。
 さて,この訪問で世話になった地球物理学棟はマ基地 の建物群の一番はずれにある。高床式で昭和基地電離棟 の3倍位の床面積がある。屋内の天井には2tの水タン クがあり,洗面,暗室等の用に供している。水は近くの 池から給水車で運んでいる。天井の高い屋内には部屋が 15程あり,各観測室には観測機の他,机や簡易ベッドも 置かれていて,寝室は特に設けられてない。その他休憩 室,暗室,トイレ,工作室がある。部屋は電気パネルヒ ータで暖房し,昭和基地のような温風暖房の設備はない。
 観測内容は筆者が昭和基地で担当した電離層定常部門 とほぼ同しで,(1)垂直サウンダ,(2)対モスクワ,対ベリ ングスハウゼン向け斜めサウンディング送受信,(3)32MHz リオメーター,(4)日ソで共同観測している地磁気3成分 観測,脈動2成分観測を行っている。
垂直サウンダ:観測機は全真空管式,バリコンで周波数 掃引する方式を使い1〜10MHzの周波数で観測してい る。毎時55,59,00,05分に出力を変えて電波を発射して いる。アンテナは垂直向けロンビックアンテナ2基を1 〜5と5〜10MHzで使い分けている。イオノグラムは 35oフィルム上に,周波数をリニアスケールで記録して いる。マ基地は南極による他の各国基地との間の通信が 多く,送信による混信で読みとり不能となるイオノグラ ムが多かった。
斜めサウンダ:モスクワと南極半島先端のベリングスハ ウゼン基地を相手に毎時1回送,受信を行っている。送 信は62mの鉄柱に張ったログペリアンテナを使い,別の 場所に張ってあるロンビックアンテナで受信している。 周波数は3.5MHzから27.5MHzまでを2MHz毎に区切 り,1つのチャンネルをモーターで9秒間ダイアルを回 して掃引した後,6秒間でダイアルの戻しとコイルの切 換をして次のチャンネルに移る動作を繰り返している。 送,受信機間の多少の周波数のずれは受信機のバンド幅 の広さで逃げているようである。時刻の同期はVLF電 波を受信し,パルスをオシロスコープで比較しながら原 振の水晶発振器を微調している。
リオメーター:斜上方に向けた5素子八木アンテナを使 い,32MHzで観測している。記録を見ると外部からの 混信はほとんど入っていない。昨年共同観測で日本から 持込んだ30MHzリオメーターは基地の通信の為に強く 妨害を受けていたが,どういうしかけで混信を避けたの か聞きそびれた。
 観測装置はいずれも真空管を使った古めかしいもので あるが,一つの装置に一人の割合で担当者が配属され, 全員ゆったりと仕事に取組んでいる感じであった。昭和 基地電離棟をソ連隊が運用したら7人位の人間が必要で あろう。常に装置の故障に追われ,孤軍奮闘した筆者の 目には彼らのゆとりある仕事ぶりがうらやましかった。
 マ基地に着いた日,隊長室の歓迎パーティーで偶然筆 者の隣に座ったのが地球物理部門のチーフ,ウズベグ共 和国はタシケント出身のチンギス氏だった。1929年生ま れで既に孫が一人いる。現在はレニングラードに住みソ 連北極南極研究所のDr.候補で,専門は短波通信の予警報 との事であった。ロシア語のウルシグラムコード解説書 を手に,二人で予報の出し方について語り合った。ソ連 国内では短波回線は有効な通信手段であり,レニングラ ードと極東地域との問の回線を斜めサウンディングを使 って監視している。しかしマ基地でとったサウンダや他 のデータはレニングラードに持ち帰ってから解析するの で,残念ながらマ基地での通信の予報には使っていない。 なお通信状況の予報を出す事は非常にむずかしいことだ と話していた。
 地球物理棟は6人で運営されていたが,研究者はチン ギス氏と共同観測担当の若いルイセンコ氏だけで他は装 置を動かす技術者であった。60才のミーシャ氏が最年長 で,マ基地での定年は60才であると言っていた。
 建物の各窓の下にトマトが植えてあり,ウォッカを飲 む度にもいで食べた。マ基地ではビールは好きなだけ飲 んでもよいが,ウォッカは部門内の誰かの誕生日など限 られた日だけで,1年に数回出るだけとのことだった。 流石に本場のウォッカは口当りがよく,こくのある味で あった。ストレートのウォッカとジュースを交互に飲み ながら深夜まで語り合った。30才位の隊員に給料を聞く と越冬中は毎月500ルーブル(日本円で約19万円)で, これは本国にいる時の倍額と聞き,待遇のよさに感心し た。


マラジョージヤナ基地隊長室での交歓

 食事は3食共,食堂棟で食べた。50席程の大きさで, 夜は映画館になる。セルフサービスでカウンターから好 きなだけ取り分ける。毎回魚の揚げ物,サラダ,ボルシ チ風の煮込み等で変化には乏しい。日本隊は350種の食 事の材料で越冬に臨んだが,ソ連隊は120種類の材料で 献立を賄っている。各隊員が月1回当番になって皿洗い, 食堂の片付けをする。食堂棟の半分は娯楽室になってい て球突き,チェス等ができる。食事の時間には本国から のラジオ放送や音楽を流している。我々が滞在していた 時は日本の歌謡曲を流してくれた。
 マ基地は南極各基地の通信連絡の中継を主な業務にし ており,多くの人員と機材が投入されている。送信棟に はソ連本国向15kW送信機2台を始めとして5kW,1 kWの各基地向け送信機がぎっしり並んでいた。隊員は週 1回レニングラードの家族と短波を使った電話で話す事 ができる。料金は1回1ルーブルで,電報,アマチュア 無線でしか連絡のとれない日本隊に比べうらやましかっ た。
 気象部門は21人が越冬しており,ゾンデを毎日,ロケ ットを週1回打ち上げている。また気象衛星をテレメト リーして可視光による南極地域の写真を得ている。ロケ ットは全長10m, 2段式でペイロード70sで高度約100 qまで上昇し,気温等を29MHz電波で送って来る。打 上げ後の制御は総てロケット内のタイマーで実施される。 パラシュートで大陸上に落下した弾頭部は雪上車で回収 し,何度も使用する。雪上車は(彼らはガッタッタと呼 でいた)砲塔部だけ取り去った戦車といった形で,車高 が低く,前輪駆動になっている。300馬力のディーゼル エンジンを載せ,基地内では時速40q,大陸の氷上では 60qを出すが,走行は安定していて凹凸のはげしい道で も乗心地は良かった。
 筆者らがマ基地を訪ずれた時はソ連隊は25次隊が越冬 を終了したところであった。近々170人の越冬態勢に拡 張するため建物を2棟建築中であった。33名の越冬隊が 1人で何役もこなし,常に仕事に迫われていた日本隊の 目からは彼らのゆとりある仕事ぶりばかり目についた訪 問であった。昭和基地にも飛行機が配属され,今後は増 々基地間の交流が盛んになるであろう。マ基地を離れる 前夜,両基地の発展と友好を祈って何度も乾杯した。

(電波部 電波予報研究室 研究官)


短   信


研究施設一般公開の実施

 7月31日圏10時から16時まで,本所並びに支所,観測 所の施設を一般公開した。
 当日は,朝のうち台風の影響が残り変わりやすい天候 であったが,昼前からは晴天にめぐまれた。また見学者 にフィルムを渡し部分日食を見てもらった。どの会場も 熱心な見学者で埋まり,内容についても好評で,盛況裡 に終った。なお,沖縄電波観測所には,琉球テレビから 取材があり,当日のテレビで放映された。
 見学者数は次のとおりである。
   本 所   :666
   支 所 平磯:259   観測所  椎内: 79
       鹿島:482        秋田: 37
                   犬吠:  36
                   山川:  38
                   沖縄: 206



雨域散乱計第3回航空機実験

 衛星計測部第一衛星計測研究室では,6月上旬から7 月上旬にかけて,マイクロ波雨域散乱計/放射計を用い た標記の実験を行った。今回の実験は鹿島支所第一宇宙 通信研究室との共同実験の形で行われ,鹿島支所Cバン ド気象レーダと雨域散乱計による上と下からの降雨の同 時観測が行われた。今回の実験では,観測データの同時 性を重視するため,地上気象レーダのオペレーションは, RHIモードを中心に実行された。実験は機上と地上で 無線連絡をとりあい,航空機が地上の気象レーダの指向 する一定の方位角方向を直線飛行し,鹿島支所の真上を 通過するように努力して行われた。今回の実験期間中梅 雨期とはいうものの,鹿島地方に中程度以上の降雨は殆 ど降らず,飛行実験は3回計約11時間にとどまった。 実験結果の一部は第20回レーダ気象学コンファレンス (本年12月,ボストン)において発表される予定である。 航空機による降雨観測は,今回の実験で終え,航空機搭 載用雨域散乱計/放射計開発・実験報告書を作成する。 報告書には衛星搭載用雨域散乱計の設計仕様書が含まれ る。今後雨域散乱計を用いた海面散乱,海面油汚染等の 分野での研究を計画している。



CSを使った時刻同期実験

 周波数標準部では,CSを利用した高精度時刻同期及 び供給実験を,CS鹿島主局(13mφアンテナ)と小金 井MCPC局(2mφアンテナ)の間で,5月25日から 同28日まで,鹿島支所の協力を得て行った。その一つは, SSRA装置の測距/時刻比較機能を用いた,大局−小 局双方向(two‐way)方式時刻同期のための予備実験であ る。鹿島主局から小金井局への一方向時刻伝送時の高C/N時と, two‐way送信(同一帝域で同時送信)を想定 した低C/N時で,それぞれ1nsと2〜2.5nsの比較精 度を得た。今後小金井局からも送信し,小局間相互も含 めたtwo‐way方式時刻同期実験を行う予定である。
 またもう一つは, BS応用実験として予定していた TV信号に時刻コ-ドを重畳する標準時刻供給方式の実験 が,CS及び2mφの受信アンテナを用いて実施可能か 否かの予備調査を行った。その結果,十分ではないが受 信可能という結論を得たので,原子時計を山川観測所に 運搬して,MCPC局での受信実験を本年秋に予定して いる。



沖縄電波観測所にテニスコートできる

 全所員が長年待ち望んでいたテニスコートがこのほど 完成した。コート面は赤と緑のツートンカラーの全天候 型で,フェンスは,観測業務に影響を与えないグラスフ ァイバーのポール,ナイロンネットとなっている。眼下 にはエメラルドグリーンに輝く太平洋が広がり,見上げ る空はぬけるように青く,木立を渡る涼風がほてった体 に心地よい。
 所員の健康増進に役立てるのはもちろんのこと,地元 のテニス愛好家や関係機関に呼びかけて,テニスを通し ての交流の場とするなど,有効利用を図りたい。