陸上移動無線用スペクトル拡散通信方式


水野 光彦

はじめに
 スペクトル拡散(Spread Spectrum:SS)方式とは、 情報の帯域幅よりはるかに広い帯域幅に信号のエネルギ ーを拡散して送信する方式である。この方式の研究が国 際的に活発になったのは1970年代後半である。1976年か ら77年にかけて解説書や論文集がいくつか出版され、SS 方式が一般に知られるようになった。これと時を同じく して米国Purdue大学のCooperらにより、陸上移動通信 の周波数利用効率を従来のFM方式より増大できるとい うSS通信システムが提案され、周波数有効利用の面か らもSS方式が注目されるようになった。その背景には、 陸上移動通信の需要の増大とその利用形態の多様化が進 み、それらを満たす新しい通信方式が求められていたこ と、半導体素子の発達により小型で低価格のSS装置の 製作が可能になったこと等があった。これらの成果を踏 まえて1978年のCCIR京都総会で、SS方式の有効性を 見なおす提案(CClR Study Programme 18B/1)が採 択された。その後、二、三年の間に、米国を中心にSS 方式の陸上移動通信への適用性についての議論と新しい 提案が相次ぎ、研究が体系化されてきた。

 国内でも、1981(昭和56)年3月に2年間の審議を経 て、SS方式を用いた電波の利用開発についての電波技 術審議会答中が行われ、同年4月には、電子通信学会総 合全国大会でSS方式に関するシンポジウムが開催され て、SS方式の認識が高まってきた。

 電波研究所では、それ以前から、周波数ホッピング (Frequency Hopping、FH)方式の前身ともいえるRADA (Random Access Discrete Address)や、衛星通信への 利用を目的としたSSRA(Spread Spectrum Random Access)の研究を行ってきたが、1978年から、電波監理局 研究依頼事項として、陸上移動通信への適用性の検討を 開始した(電波研究所ニュース、1978.11,No.32)。そして 1981年6月には、電波研究所で、室内実験用の装置(エ ンジニアリングモデル)の開発を終え、各種実験を開始 した。エンジニアリングモデルはDS(Direct Sequence :直接拡散)方式によるSSDS(Spread Spectrum Direct Sequence)装置、FH方式によるSSFH(Spread Spectrum Frequency Hopping)装置、及び室内で都市内の伝搬状 態が発生できる広帯域フェージングシミュレータから構成 される。さらに、1983年7月に、室内実験の成果をもとに、 これまで報告されていない多重アクセス時を含む野外実 験を目的として、FH方式の車載用のシステムモデル(S SFH2)を開発した。本装置では、周波数ホッピングに よるスペクトル拡散に加え、高度な信号処理技術を用い て、大幅な性能向上を図っている。以下にSS方式の原 理と、SSFH2装置の構成と動作及び基本特性を紹介する。

FH方式の特長と原理
 SS方式の特長として次のような点が知られている。 (1)電波干渉の面で、他の通信システムに与える影響が 小さく、また、他の通信システムから受ける影響も小さい。

(2)フェージングに強い。

(3)強力な秘話性がある。

(4)信号処理方法の自由度が大きく、高効率の符号化や 変調方式を用いることができる。

 SS方式の代表例としてDSとFH方式をあげるごとが できる。ここでは、当所の装置を含め、陸上移動通信に おいて研究例の、多いFH方式を中心に説明する。

 FH方式は、信号の中心周波数を一定の順序で切替え て通信する方式である。図1に送信スペクトルの例を示 す。当所のSSFH2装置の場合、10MHzの帯域内で532 波の周波数を用いている。この周波数ホッピングのため 高速で周波数切替えができる周波数シンセサイザが必要 となる。受信側では、送信側と同じホッピングパターン (周波数切替えの符号系列)発生器と周波数シンセサイザ を用いて、ホッピングするローカル信号を発生させ、広 帯域の受信信号の逆拡散を行う。また、一般に、情報信 号は、拡散の前にFSKで変調されている。


図1 FH方式の送信スペクトル

 FH方式の場合、お互いに周波数の重なりの少ない、 すなわち相互相関の小さいホッピングパターンを用いて 非同期の多重アクセスができる。その例を図2に示す。 それぞれの使用者は、別々のホッピングパターンを用い て同時に通話できる。さらに、FH方式は移動通信にお、 ける遠近問題(遠方の希望局との通信時に近傍の非希望 局が大きな妨害を与える状態)発生時にも、リミッタや 誤り訂正の併用により符号誤り率(BER)軽減が可能で ある。


図2 符号分割による多元接続

SSFH2装置
 表1に、SSFH2の主要諸元を示す。また、図3に装 置の構成を示す。単信(プレストーク)方式で、アドレ ス(ホッピングパターン)は送受独立に設定できる。例え ば、受信時は装置固有のアドレスを用い、送信時には、 相手のアドレスを設定することにより、選択呼出しによ るランダムアクセスが可能である。このランダムアクセ スの実験のために同型の装置を6台用意した。

表1 SSFH2装置の主要諸元
音声符号化適応デルタ変調
データ速度19.2Kbps
ホッピング速度22.4Kbps
拡散帯域幅10MHz
中心周波数775MHz
変調方式FH 8周波FSK
検波方式非同期(包絡線)検波
ホッピングパターンReed-Solomon符号、511タイムスロット
誤り訂正Reed-Solomon符号、ソフト判定
周波数切り替え時間0.2μsec以内


図3 SSFH2装置の構成図

 ディジタル化された音声等の入力データを、6ビット =1ワード単位で、符合化(一次変調)し、さらに、二 次変調(拡散変調)として、タイムスロットごとに、ホ ッピングパターンを加算し、周波数シンセサイザを制御 して10MHzの帯域に拡散する。この周波数ホッピングに より、耐干渉性、周波数ダイパーシチ効果等が期待できる。

 受信時には、送信側に同期してホッピングするローカ ル信号により、受信信号を8周波FSK信号に変換(逆拡 散)した後、一次変調に対応する8周波をフィルタで分 離し、それぞれを包絡線検波する。検波出力は、AD変 換され、ディジタル的に最ゆう判定を行ってデータを復 号する。また、復号時には、周波数ダイバーシチ合成が 行われる。

 図4に室内と野外での実験結果の例を示す。横軸は、 受信機入力電圧、縦軸は、符号誤り率(BER)である。 室内実験は、フェージングのない静特性、伝搬路の周波 数特件が拡散帯域内で平坦とみなせるフラットレイリーフ ェージング、及び選択性フェージングの条件下で行った。 また参考のために、通常の2周波FSKのフェージング時 のBER特性も示す。SSFH2は2周波FSKに比べ大き く性能が向上している。特に、選択性フェージング時に は、周波数ダイバーシチ効果によって良好な特性を示す。


図4 SSFH2装置のBER特性

 野外実験の結果として電波研究所(小金井)を基地局 とし、移動局が環状8号線(杉並区内)を走行した場合 を示す。基地局と移動局間は約10kmで見通し外である。 また、5Wの出力で移動局側から送信し、アンテナは送 受信共に無指向性である。結果は走行速度により3種類 に分類した。ばらつきはあるが、室内実験の選択性フェ ージングの場合に近く、周波数ダイバーシチ効果が実際 に有効であると考えられる。また、強力な誤り訂正能力 により陸上移動通信のディジタル伝送にみられるフロア 現象(受信機入力を大きくしてもBERがある値以下にな らない現象)や、車速への依存性もみられない。このよう に野外実験でもSSFH2は、良好な性能を示している。 さらに、多重アクセス時の野外実験も計画中である。

まとめ
 ここ数年の間に、陸上移動SS通信についても、様々 なことが明らかになってきた。以下にSS方式の利点と 検討課題をあげる。

(1)陸上移動通信における多重アクセスには、遠近問題 等の理由でFHが適している。チャネル間の同期をとっ たFH(Synchronous FH)の性能は、特に優れている。

(2)SS方式による非同期の多重アクセスの場合、チャ ネル間が直交しないため、同期FHの場合と比較して同 時通話者数が少なくなる。現在、その対策の検討が進めら れている。しかし、多重アクセスのための制御専用チャ ネルを必要としない利点も大きい。

(3)SS方式のフェージングに対するダイバーシチ効果 は、送受信機のみで得られ、アンテナ等での対策を必要 としない。また、その改善も非常に大きい。

(4)SS方式のハードウェアは、SAW(Surface Acoustic Wave)デバイス等の半導体素子の発達もあって、技術的 にはかなり完成し、これによりFHも特殊な技術ではな くなってきた。

(5)FHのホッピングパターン等、拡散のための符号化 の問題は、ほぼ解決された。現在は、一次変調の符号化 や信号処理が主な研究対象である。特にSS方式の広帯 域性を生かした高能率の一次変復調技術が期待されてい る。

(6)室内等の閉空間における微小電力のSSシステムの 研究も活発になってきた。これに関して干渉等EMC(電 磁環境)の面からの研究も重要になろう。

 従来、用途が限定されていたSS方式は、米国を中心 に様々な分野に使われようとしている。今後、当所でも、 理論、実験を合わせた総合的な見地から実用化をめざし て研究を進める計画である。関係各位の御指導、御協力 をお願いしたい。

(通信機器部 通信系研究室 研究官 水野 光彦)


ジョセフソン素子の話題

藤間 克典

はじめに
 大戦後に登場してきた半導体技術は電子工学に大革命 をもたらし、コンピュータ技術をはじめとする各種技術 と競合してすさまじい勢いで発展してきた。最近では、 GaAsやCMOSの大規模集積化、超格子構造の半導体レ ーザ等、新たな胎動が始まっている。

 大まかに言えば直流よりミリ波までの技術は真空・固 体中のいわゆる自由電子を利用する古典論的電子の技術 であり、また光技術は物体中の原子核の強力な場に束縛 された電子を利用する量子論的電子技術である。これら の技術はサブミリ波より遠赤外までの領域で行きづまっ てくる。その打開のため異なった角度から新たに登場し てきたのがジョセフソン素子等の超伝導電子技術やジャ イロトロン・自由電子レーザ等の相対論的電子技術である。

 当研究室ではデバイス関連として、レーザレーダによ る大気汚染物質の赤外域計測を目的として微弱光検出の ため半導体受光素子による炭酸ガスレーザ光どうしある いは炭酸ガスレーザ光と半導体レーザ光との光ヘテロダ イン検波の研究が行われており、またミリ波・サブミリ 波の低雑音受信のためのジョセフソン素子の研究が行わ れている。前者は素子自体や周辺技術に克服すべき課題 が沢山あるが、原理はマイクロ波帯以下の場合と同様で あるため、ここでは後者について簡単に解説してみよう。

ジョセフソン素子の基本特性
 超伝導現象に関してはその難解さで世に知られるBCS 理論(Bardeen、Cooper、Shriefferの三氏によって展開 された)というのがあり、筆者も未だ十分には理解し得 ていないが、その結論は次のように要約できる。超伝導 状態の伝導電子群は二種類より成っており、一つは格子 振動を媒介として電子二個が結合した「クーパー対」と 呼ばれる粒子群と、他の一つはその対が破れてばらばら になった「準粒子」群であって自由電子のイメージに近 い。クーパー対の移動には電界は不要であり、準粒子の 移動には電界が必要である。前者による電流を対電流、 後者によるものを準粒子電流と呼ぶ。ジョセフソン素子 の構造の基本は図1(1)上部に示すように二つの超伝導 体を絶縁膜を隔てて対向させた構造になっている。両導 体はトンネル効果によって相互に干渉しあうが、その干 渉が弱く、ある程度は独立に動き得る程度の膜厚になっ ている。ここに外部より電流を流すと、同図下部に示す ように、電流がある一定値(臨界電流)Icに達するまで は超伝導電流が流れ@→Aのように導体間には電圧が 生じない。Icを超えるとき、あたかも超伝導が破れたか のように、突然A→Bと飛躍が起り電圧2△が生じて 準粒子電流に移り、以後B→Cと変化する。逆に電流 を減じてゆくとC→B→D→@という径路をたどる。 B→Dの定電圧2△は超伝導体固有の量である。また D→@の部分は漏洩電流であって絶対零度では零となる。 戻り径路では超伝導が破れているかのように見えるが、 実は対電流は、図中破線で示したような振幅 で、周波数fが電圧Vに正比例(f=〔2e/h〕V、e は電子電荷、hはプランク定数であってこの比 例定数は483.6MHz/μV)する高周波電流とな っており直流電流計には現われなかったので あり、電圧が零のときは直流@→Aとなって 現われたのである。また二つの超伝導体を「強 くなく弱くなく」結合する方法としては図1 (b)のように常伝導体(または超伝導体)で 結んでもよく、その電圧電流特性は@⇔A ⇔B⇔Cのようにヒステリシスが消えるが、 電極間の容量と漏洩抵抗の積CRが大きくな ってくると戻り経路がC→D→E→@とな ってヒステリシスが現われる。

 次にこれらの特性の応用について述べてみ よう。


図1 ジョセフソン素子の構造と特性

ジョセフソン素子の応用

(1)高周波対電流

 対電流はその周波数が電圧に比例する高周 波電流であった。そこで外部よりマイクロ波 を照射すると両者の間に混合が起り、マイク ロ波の基本波fと高調波の位置で直流電流が 生じ図2(a)のような定電圧ステップが観測 される。この電圧間隔△V=(h/2e)fは基礎 物理定数と周波数だけによって決定されるた め極めて正確となり、電庄標準として利用さ れる。また図2(b)のように接合部が細長い型に磁場H を加えるとやはり定電圧現象が現われるが、このとき内 部には一個または多数の電圧パルス(ソリトンまたはア レイドソリトン)が往復しておりミリ波、サブミリ波発振 器として利用できる可能性があるが実現はしていない。 またジョセフソン素子のインダクタンスは非線形であり、 パラメトリック素子としての応用も考えられる。


図2 ジョセフソン素子の内部発振現象

(2)臨界電流

 臨界電流Icは磁場に敏感に応答して減少する。たとえ ば図1(a)において臨界電流Icの近傍B点にバイアスし ておき磁場を加えIcをB点以下にするとB'点に跳び電圧 が発生する。いま図3(a)のようにジョセフソン接合J 上に絶縁層を介して電流路Hを設け、これに電流IHを流 せばその磁場によってスイッチングを行うことができる。 ただ電圧状態に移行した後、再び零電圧に戻すにはIを 一旦切って再設定する必要がある。実際にはIを少し減 少させるだけでよい。そこでこの回路を図3(b)のように 並列接続し、接合回路にI、H1にIHの電流パルスを同時 に流すとJ1は電圧状態になりIはすべてJ2側に流れる。 電流パルスが終了した時J1は零電圧状態に復帰しJ2を 流れていた電流は、破線矢印のようにJ1へと向い、時計 回りの永久循環電流となる。逆にIHをH2に流すと反時計 回りとなる。電流方向の区別を記憶回路として利用できる。


図3 臨界電流の磁場依存性の応用

 またヒステリシスのないブリッジ型の特性図1(b)に おいてバイアス電流をB点に設定しておき電磁波を照射 して臨界電流が点Eに減少すると特性曲線がC→D→ Eに移動し電圧変化△Vが観測される。この現象はボロ メータとして用いることができる。ヘテロダインに用い るときは信号波周波数に極めて接近した大振幅の局発波 を注入すると△Vが中間周波数で変動することになる。 電波天文観測などの微弱電波検出に用いられようとして おり、ブリッジ型を十個程度直列接続した型が当研究室 で研究されている。最近ではトンネル型の準粒子電流の V=2△近傍の鋭い非線形性の利用が注目されている。 また超伝導性の結晶粒薄膜の粒界間隙を利用した光検出 器(波長1〜10μm)も報告されており、極微弱光検出 が可能となれば光ケープルによる大陸間無中 継通信も実現するかもしれない。

(3)磁束量子

 図4(a)に示すような超伝導体のリングを 通過する磁束は磁束量子Φo(=h/2e)と称さ れる量の整数倍に限られるという性質がある。 印加磁場を零から強くしてゆくとリング内に 磁束が入ろうとするがそれを阻止しようとリ ングに円電流が流れはじめ、実際には磁束は 侵入しない。印加磁束がΦo/2を超えると阻 止するよりも通過させた方が系のエネルギー が低くなるため円電流が突然逆転して不足分 を補い磁束Φoを発生する。印加磁束がΦoに 達すると電流は消滅する。磁場を強くしてゆ くとこの現象が繰り返され、磁束量子の整数 倍の磁束が発生する。図4(b)に示すように リングの一点を切断しジョセフソン接合にす ると、円電流の突然逆転の程度が緩和される かまたは連続変化し、端数磁束も通過するよ うになるが、周期Φoを持つことには変わりが ない。そこで同図に示すようにリングの近傍 にタング回路を設け、その共振周波数近傍の 高周波電流を流しておく。磁場が変化してゆ くと円電流が周期的に変動し誘導によってタ ンク回路の共振周波数がずれ電圧が周期的に 変動する。その変動回数を数えて磁束の変化 量を決定する。そこで磁界中でリングを機械的に反転す れば磁束変化量は最大通過磁束の2倍となり、リング面 積と透磁率によって磁場が決定される。1×10^-5ガウス 以下の微弱磁界が測定可能となる。心筋電流による磁場 分布を測定して心臓診断に利用されようとしている。


図4 超伝導リングを通過する磁束

(4)三端子素子

 ジョセフソン素子は二端子素子であって不便な場合が あるが、極く最近トランジスタのように三極構造としべ ース接地形式で電カ増幅効果が得られたとの報告がなさ れている。

ジョセフソン素子の当面の課題
 以上のようにジョセフソン素子は半導体素子に匹敵す る多くの可能性を秘めており、ジョセフソン素子ならで はの特色を生かした電圧標準器や磁束計のように実用化 にこぎつけたものもあるが多くは開発途上にある。しか し他素子との競争がありそれ等に伍して生き残るかは予 断を許さない。まずは液体ヘリウム温度と室温との往復 の熱サイクルに十分耐え、経時変化、性能のバラツキの 小さい信頼度の高い素子の製作技術、また素子性能を十 分に活かすための周辺技術の開拓が必要であろう。また 超伝導状態になる温度(臨界温度)の高い材科の探求も 必要であり、現在のところ合金化によって23Kのものが 実現されているが、将来はある種の高分子化合物によっ て室温で超伝導が見られることになるかもしれない。

(通信機器部 物性応用研究室 主任研究官)


南極越冬報告(オーロラ現象について)

田中 高史

 電波研究所は昭和基地で、オーロラ現象を対象とした 電波観測として、VHFドップラレーダとリオメータの観 測を行っている。

 オーロラ現象には高エネルギー粒子の電離層への降下が 伴う。この高エネルギー粒子の降下は、短波、超長波の受 信状況や、垂直観測データにも多大の影響を与え、それ らの相互関係を探ることは電波観測の大きなテーマであ る。さらにVHFドップラレーダは、超高層大気中の電場 を測定することができ、オーロラの動態とその原因を探 る上での重要なデータを得ることができる。しかしなが ら、現在ではオーロラ現象とその背後にある極域嵐現象 の研究がめざましい進展を見せており、漠然とデータを 取得しているだけでは研究できる段階ではなく、超高層 大気物理や太陽地球間物理に対する広い知識と、物理現 象を把握する力が必要である。

 昭和基地に越冬し、実際にオーロラの形態を観察する ことは、極域嵐の研究に衛星データを用いることが主流 となっている現在でも、まだ重要な意味を持っているよ うに思われる。実際にオーロラを見て感ずることは、現 象は一見複雑に見えるが、全体の流れはかなり規則性を 持って推移するということである。誰が見ても一番強く 印象づけられるのは、オーロラ爆発の瞬間とディスクリ ートアーク(独立弧状オーロラ)と呼ばれる明るく美 しいオーロラであろう。−般に極域嵐の概念にはオーロ ラ擾乱の他に磁場や高エネルギー粒子の擾乱が含まれる が、オーロラの形態から見ると、極域嵐の開始は磁場や 粒子のデータで見るより一層明確であり、開始の瞬間に は、極域嵐が最も活発化する期間、いわゆる主相の機構 とは違った特別な過程が作用しているように見える。 すなわち、最近の学説の主流は、磁気圏内の磁場エネル ギーが粒子エネルギーに変換されるメカニズム中に極域嵐開 始の原因があるという結論(再結合トリガ説)であるが、 地上から見ると、磁気圏と電離圏の結合状態の変化が極 域嵐の開始に対して重要であるというようにも見える。 磁気圏内と電離圏内とでは電場と電流の関係が全く異な る。この両者が磁力線で結ばれて電場と電流を交換して いるために、電場や電流はかってに変化することができ ない。両者の矛盾を解消しようとする中で、ある臨界点 を超した時が極域嵐の開始であると見るのが、地上から 見たオーロラ爆発と極域嵐のイメージであろう。

 ここで再結合トリガ説との最大の相違は、極域嵐トリ ガは磁気圏内の現象であるか、電離層をも含んだ現象で あるかという点である。いずれにしてもディスクリート アークは主相では消えてしまうというような、基本的知 識をあらためて認識させられた。

 オーロラ爆発の前に出現する静穏アークと呼ばれる薄 い弧状のオーロラも、あまり美しくはないが、見ていて 非常に興味深い。これを見ているとたしかに極域嵐の工 ネルギーが蓄積される期間、すなわち成長相を考えたくな るのは自然であろう。しかしながら静穏アークがディス クリートアークに移行してゆくのを見ると、爆発点から の影響はオーロラ爆発前にすでに電離層に投影されてい るのかといった疑問を感じる。オーロラの形態としては この他にも、主相に現われる明るいすじ状の光(レイ) を含んだディフューズオーロラ(ぼんやりしたオーロラ) や、ついたり消えたりするバルセーティングオーロラが あり、いずれもオーロラ物理学上の重要な因果関係につ ながることを予想させる。

 いずれにしても、超高層大気物理学に興味ある人には 一見に値する。これらを観察し、オーロラ現象の基本に 触れてみることは、最新の研究をめざす者にとっても良 い経験となろう。また電波観測を続ける上でも、オーロ ラ現象に対する基本的知識を身につけることは重要であ る。

(電波部 電波予報研究室 主任研究官)


パルセーティングオーロラ


外 国 出 張

国際通信会議(ICC'84)に出席して

 5月12日から19日まで、IEEE主催のICC'84に出席す るため、オランダに出張した。会議は、アムステルダム 市の南端にあるRAI会議センタで行われ、約350件の論 文が発表された。この会議に集まった人達の関心は、専 門的で詳細という印象を受けた。IEEEだからかも知れな いが、例えば、衛星放送システムの経済モデルに関する 発表には質問が0であるのに、トランスポンダの数学モ デルに関する発表にはたくさんの質問が出るというごと くである。確かに、衛星、特に将来計画については、宣 伝となるような質の低い論文発表が多いとの批判がある。 しかし、現在は、多数の技術の連結による学術的な研究 をどう進めるか、将来何を目指すかというマネジメント が、今後の研究にとってかなり重要となっている時代と 思われる。このような時代に、技術者が専門領域に埋没 していれば済むとも思われない。初めてのヨーロッパの 体験とともに、いろいろ考えさせられた会議であり、出 席できたことに感謝しています。

(衛星通信部 第二衛星通信研究室長 飯田 尚志)

米国地球物理学会及びNASA地球力学会、に参加して

 米国地球物理学会春季年会(昭和59年5月12日、オハ イオ州シンシナティ市)において日米間VLBI試験観測 結果について報告した。同会では電離層・太陽風・海洋・ 大気・地殻・惑星など当所とも関連深い研究テーマが取扱 われており、VLBIは地球力学のセッションに含まれて いる。K-3システムの紹介をまじえた今回の報告に対し、 「良く日本はこんなに早くシステムを作りあげた。」、「鹿 島で取得したデータは大変品質が良い。」等のおほめの言 葉をいただくなど大きな反響が得られた。また会期中に NASA地球力学会議が開催され、VLBIに関すろ最新ト ビックスや間近かに迫った夏の本実験(日・米・欧参加)の スケジュール等が話し合われた。帰国途中、国立電波 観測所(NRAO)に訪問することもでき貴重な体験をさ せていただきました。関係の皆様に深く感謝いたします。

(鹿島支所 第三宇宙通信研究室 主任研究官 川口 則幸)

第38回周波数制御シンポジウムに出席して

 昭和59年5月29日から6月1日まで、米国のフィラデ ルフィアで開催された38th Annual Symposium on Frequency Controlに出席した。本シンポジウムは、エ レクトロニクスの分野のうち、精密周波数制御・計測技 術に焦点をあてたもので、具体的には水晶発振器およ び周波数時間標準の研究に関する論文発表がおこなわれ た。今回は参加21か国、参加者約400名、論文発表件 数79件で、日本からの参加者は15名であった。シンポジ ウムは2つのセッションから構成され、筆者の参加した 周波数時間標準部門では、ルビジウム標準器、水素メー ザ、セシウム標準器などの合計19件の研究発表がおこな われた。新方式標準器としては、光励起型セシウム標準 器、イオンストレージ型標準器についての基礎実験結果 が発表された。当所からは、新しい準位選別器を用いた 水素メーザの特性、およびセシウム一次標準器の確度評 価についての2件の研究発表をおこなった。

(周波数標準部 原子標準研究室 主任研究官 占部 伸二)

フランス及びオーストリアに出張して

 昭和59年6月16日から7月1日まで外国出張し、以下 の3つの会議に出席したので、その概要を報告する。

(1)太陽地球環境予報ワークショップ:太陽面から地磁 気、電離圏・磁気圏に到る諸現象の予報を目的とした会 議(パリ郊外ムードン観測所、参加者約120名)で、討 論を中心として進められた。電波研からは4件の論文発 表が行われた。日本に比べて、諸外国では予報という応 用的研究にも力を注いでいるという印象を受けた。

(2)国際ウルシグラム世界日警報業務会議:各国の警報 センターの代表者会議で、上記会議の期間中に開催され た。次期議長の選出が主な議題で、フランスのP.Simon 氏が引き続き選出された。

(3)宇宙空間研究委員会:大規模な会議(オーストリア、 グラーツ市)で、IMS(国際磁気圏観測計画)の成果に 関するシンポジウムに出席して、電波研で行われた南極 や沖縄でのVLF観測研究成果の論文の代読を行った。

(電波部主任研究官 小川 忠彦)


日 曜 山 歩 記

新野 賢爾

 私の日曜山歩きが始まってからもう久しくなります。 子供達の小さい頃も、よく近くの奥多摩の山に登ったも のですが、成長と共に彼等は何かと理由をつけてながな か親父のいいなりについて来なくなってしまいました。 この頃では、もっぱら愚妻同伴、のんびりペースでの平 凡な山歩きを楽しんでいます。私にとって、何の制約も ない自由な山歩きは全くストレスから解放された貴重な ひとときなのです。健康上からも、われわれ年輩ではこ れ以上のものはないといわれています。

 おのずと限られた日帰りコースになるので、どうして も同じ山を何回も登ることになり勝ちです。お気に入り の景信山などはおそらく20回以上にもなることでしょう。 それでも季節によって山のただずまいが違ってくるので いつ登っても楽しめます。しかも、山頂小屋のなめこ汁 が格別うまいのも魅力です。また、東京近郊のハイキン グコースとして人気のある山でも、ちょっとコースをそ れた山道に入るとハイカーの影もなくなり深山の趣が感 じられることに驚かされます。そういう山道を歩いてい ると、われわれ日本人は定められたコースから脇道にそ れることを極度に嫌う習性をもっているのではないかと いう気がいたします。それにつけても、どうも自分の行 動が変っているのではないかと考えさせられる時もあり ます。漱石の草枕の書き出しにもあるように、山道を登 りながらしきりに何かと愚にもつかぬ理屈をこねたりし て、なかなか自然のたたずまいをすなおに感じる境地に は近づけないでいます。

 このような次第ですから、しばしば道に迷ったり、と ても女子供では乗り越えられない岩場、ガレ場や林等の 悪路などに出くわし、散々苦労の末やっと脱出し、あと から小言を項載したことも一度や二度ではありません。 10数年前、富士五湖の西湖のほとりの紅葉台という100 米そこそこの台地に一家で通りかかったときは、まるで 蟻地獄のようなガレ場に出会い進退極まり一時はどうな るかと思いましたが、悪戦苦闘の末やっと尾根道に這い 上ったことがあります。怪我のなかったのは幸いでした が、それ以来ザックの底にはちょっとしたザイルを入れ ておくことを忘れないようにしています。ジッヘル(命 綱)として思わぬ時に役立つからです。

 思い返せば、私のこの様な山登りの習癖は20年の空白 期を隔てているものの40年程以前の旧制高校時代に深く 根ざしているようです。前日迄に食糧、テント等用具一 式用意万端整えて、土曜日の午前の授業の終わるのを待ち かねる様に四国の山に脱出するのが山岳部の日程であり ました。その出立は、足袋、草鞋ばきにゲートル。その 夜は沢の上流で飯盒炊はん、キャンプファイヤーに寮歌。 翌朝、名も定かでない、道とてないピークめざして、山 刀でブッシユをはらいつつひたすらに登るという誠に素 朴なものでした。この時代の何十回とも知れない登山の うち、名のある山にはいくつも登っていないことに気付 いたのはかなり後のことでした。○○山に登山したとい う記録よりも、ただひたすら登山するということを通し て心身を鍛えることに意義を見出していたのでしょうか。 それとも狭い四国の中では仕方のなかったことだったの かも知れません。

 先日、郷里の友人が上京した際、その当時の山登りの 話をしたことがあります。春休みの登山合宿で、積雪の 四国山脈を南北に横断したときのことです。吉野川源流 の瓶が森という石鎚山に対時する山頂の無人避難小屋で 二昼夜吹雪にとじ込められ、戸を閉め切った土間で生木 をたいて暖をとったことがあります。雪の降り止んだ朝、 明るい小屋の外に飛び出すやお互いに顔見合わせ雪の上 に笑い転げました。それまで薄暗いカンテラの光でわか らなかったのですが、全員たき火の煙にいぶされて目が はれ上がるやら顔はススだらけやら見るもあわれな姿だ ったのです。ひとしきり回顧談を聞き終って友人のいう には『瓶が森は山頂まで自動車道路が出来ちゆうに、す んぐに行けますよ、今度ご案内しましょう』・・・これに は私も二の旬がつげなかった。勿論、瓶が森には金輪際 行くまいと思ったことでした。

 ここ二三年、夏になるとなるべく家族の予定を繰り合 わせて、尾瀬、八方尾根の唐松岳とか八が岳など名だた る山?にも足を延ばしています。これらの山には、やは りスケールの大きさで他と比すべくもない良さがありま す。しかし、このような場合は気ままな日曜山歩きと違 ってコースをはずれない慎重な行動を心掛けています。

(総合研究官)


短   信

宇宙開発計画見直し要望の審議結果

 宇宙開発委員会は8月31日「昭和60年度における宇宙 開発関係経費の見積りについて」を決定した。これは、 関係省庁の宇宙開発計画見直し要望(郵政省は6月27日 に同委員会へ提出、本ニュースNo.101)に対する同委員 会第一部会の審議結果に基づいてなされたものである。 郵政省関連の審議結果は概略次の通りである。@米国が 提唱している宇宙基地計画について、予備設計段階(フ ェーズB)の作業に参加するため、宇宙基地の構成部分 の開発研究及びそれにかかわる要素技術の研究を行う。 また、宇宙基地の利用に関する研究を行う。A1990年代 の通信需要に対処するため、実用通信衛星の開発に必要 となるマルチビームアンテナ技術、サテライトスイッチ 技術、アンテナ展開技術等の開発を目的とする実験用通 信衛星について所要の研究を行う。B将来の通信・放送 需要の増大及び多様化に対処し、高度な衛星通信技術及 び衛星放送技術に関する自主技術の確立を図るため、新 しい周波数帯を利用したマルチビーム衛星通信技術等の 開発を目的とした衛星搭載通信機器の研究を行う。C関 連する施策として、実利用を目的とする人工衛星の開発 に関しては、利用機関の経費負担の軽減を図ること及び 放送衛星2号-b(BS-2b)の打上げが万一失敗した場 合に備え適切な対応措置を講ずることなどが決定された。

 その他の主な決定には、第13号科学衛星MUSES-A を昭和64年度の打上げを目標に開発すること、静止気象 衛星4号(GMS-4)を昭和64年度の打上げを目標に開 発すること、地球資源衛星1号(ERS-1)を昭和65年 度の打上げ目標に開発すること、1990年代の大型人工衛 星の打上げ需要に対処するため2トン程度の静止衛星打 上げ能力を有するH-Iロケットの開発を、昭和66年度 の試験機1号機打上げを目標に、行うことなどがある。


電気通信に関する技術開発攻策懇談会が発足

 郵政省は、今後の社会動向及び技術動向を踏まえた上 で、電気通信技術開発政策のあり方について検討を行っ た。その結果、総合的な電気通信技術開発政策の確立に 資することを目的とし、「電気通信に関する技術開発政策 懇談会」(座長:大来佐武郎国際大学学長)を大臣の私的 懇談会として発足させ、その第1同会合を9月18日に開 催した。本年度は電気通信技術開発政策の基本的視点及 び高度情報社会実現のための技術開発課題について2つ の専門部会を置き検討を進めることとなった。具体的に は中成長経済、エネルギーの制約、高齢化社会の到来等 の社会背景の中で、電気通信に対する社会ニーズに応え いかに効率的な技術開発を推進するかといった社会的側 面からのアプローチを行うとともに、電気通信技術開発 の現状及び問題点等につき検討を行う。なお、当所の若 井所長は郵政省側の幹事の一員として懇談会に参加して いる。


中国電波伝搬研究所長来訪

 中国電波伝搬研究所より沙踪所長、江長蔭副所長、黄 雪欽室長の三名が9月4日から18日まで2週間来日され た。中国電波伝搬研究所は当所と同様な研究を行ってお り、これまで田尾(当時所長)、栗原(当時企画部長)およ び羽倉(当時電波部長)の各氏が訪問するなど当所と交流 の深い研究所である(本ニュース、No.51、No.79参照)。

 今回の訪日では、本所、鹿島支所、平磯支所の視察を はじめとして、国立極地研究所、京都大学MUレーダサ イト、電電公社横須賀通研、宇宙開発事業団筑波スペー スセンタ、日本電気横浜工場、富土通沼津工場など、超 高層物理、電波伝搬、情報処理、通信機器部門などの先 端技術を視察し、関係者と意見の交換を行った。滞在期 間が2週間と短かったが、上記のように広範な分野を精 力的に視察された。また、この訪日を機会に、当所と中 国電波伝搬研究所の交流の一層の強化が図られた。


前列左から上田次長、江副所長(中国)、若井所長沙所長(中国)、黄室長 (中国)及び新野総合研究官


“電波時報”の衣替え

 本年7月1日から本省内部部局が、通信政策局、放送 行政局、電気通信局の三局体制に移行したが、これに伴 い、電波時報も新しく日刊誌「電気通信日時報」として生 れ変ることとなった。

 電波時報は昭和21年4月「電波彙報」として発行され、 昭和26年1月から今日まで電波時報として親しまれてき たものであるが、昭和59年6月1日号(通巻362号)を もって終止符をうつことになった。電波監理局の機関誌 として、行政に関する問題、ニュースや電波技術の啓発、 動向の解説など、一服月の清涼剤として、また内容の正確 さ、資料的価値の点からも高く評価されてきた。新生「電 気通信時報」は高度情報化時代の幕開けにふさわしい新 しい装いで10月1日にお目見得するが、時代を先取りし た企画、編集となるものと期待されている。


電波研究所親睦会総会開催について

 第13回電波研親睦会の総会並びに懇親会を10月27日(土) 15時から電波研究所において開催することとなりました。
総会では、過去1年間の経過報告などを行い、記念写真 撮影の後、懇親会に移ります。

 当日は、電波研を退職なされた方々並びに在職者との 年に1度のコミュニケーションの機会であり、若い人達 が先輩諸氏と話し合える絶好の場となります。
 皆さんの出席を心からお待ちしております。