図1.視知覚充填(檻の中の鳥)
盲点での視知覚充填。左眼を閉じて右眼で、左方の十字を見る。図形を顔から適当に遠ざ
けて、右の檻の中の像が右眼の盲点に入るように調節する。鶏は消えるが檻は残る。
読書をしたりあたりを見回したりというときに、もっとも普段行っている眼の動き、サッカードというごく短時間に視線を移すような眼球運動の時には、脳内の「眼球の推定位置」信号は実際の「眼球の回転位置」より早めに立ち上がり、遅れて到達するという傾向があるようだ。サッカードの約100ミリ秒前後の僅かな間であるが、この間にだけ瞬時現れた物の場所は、系統的に誤って知覚していることが分かっている。通常はサッカードの前後の狂いのない時間帯で十分に長く見ているので、
このような定位誤りは知覚しない。静止網膜像や空
間定位などの研究は視覚系が眼球運動と密接な関係
を持っていることを示している。
2.眼球通動の学習効果−サッカード(跳躍性眼球運動)の適応
周辺に現れた物を視線をさっと移して見に行った
ら、その場所と少し離れたところにあったとしよう
(アルコールによる酩酊状態ではこのような経験を
するが、これには理由がある)。我々は見当が間違
ったかと思い、もう一度サッカードをして対象を捉
えに行くだろう。このような誤りが系統的に引き続
いて起これば我々の脳はどのような処理を進めるだ
ろうか。
慢性実験では次のようなことが分かっている。サ
ルの片眼の眼筋の腱を一部切除して、この向きのサ
ッカードを弱めた。正常眼を眼帯で覆っておくと、
例えば、視角で10度の位置にある目標を見ようとし
ても、動きの弱った眼は3度しか回転しない。サル
は目標を捉えるためにサッカードを数回繰り返す。
このとき眼帯で覆われた正常な眼は、1回めに正し
く10度だけ動いているが、修正サッカードごとに回
転が増して、最終的に約30度の位置に到達する。こ
のような状態が続くと、腱切除眼のサッカードは
徐々に変化して大きくなり、3〜5日後には1回の
サッカードで正しく目標を捉えるようになる。誤り
の経験が重なると、脳は自動的にうまくいくように
調節してしまう。このような手術を施されたサルで、
前もって小脳の一部の場所を除去しておくと、サッ
カードの適応は現れない。小脳がサッカードの大き
さをうまく調節しており、誤動作が続くと調節の仕
方を適応的に修正していると考えられている。
アルコールの酩酊状態では、脳の中でまず小脳が
影響を受ける。運動の調節に深く関わっている小脳
機能へのダメージは、千鳥足で歩く、ろれつが回ら
なくなる、前述のようにサッカードがうまく行かな
いなどの現象として現れてくるのだろう。
我々の研究室では外科手術ではなく、もっと簡単
な方法で視標がうまく捉えられない実験状況を構成
して、研究を行っている。LED(発光ダイオード)
を数十個一列に埋め込んだパネルを用意して、被験
者にはある点からある点へ点滅するLEDを追いか
けてサッカードをしてもらう。
図2.適応実験の手続き
サッカードの適応を引き起こすための実験手続き。被験者ばボード上の点減するLEDを追跡する。
被験者の眼球運動を
計測しながら、被験者の眼が新しい目標のLEDに
向かって動き始めたら、そのLEDを消して、一定
の割合で戻った場所にあるLEDを点灯する。被験
者はサッカードがうまくいかなかりなことを体験す
るので、再度サッカードを行う。このような試行を
数百回繰り返すと、被験者は初めに見えた位置のL
EDを見に行っているにも関わらず、意識しないで、
ステップバックした位置にサッカードが終わるよう
になる。誤動作が続くと、我々の脳は徐々に動作を
修正する。たしかにスポーツの習熟は繰り返しが大
切で、しかも漫然とでなくコーチなどの指摘を熱心
に受け止めていると、いつのまにかうまくなってい
くのである。この実験では「サッカード」というス
ポーツを、「修正のためのLED」というコ一チによ
って、徐々に(といっても高々10〜20分だが)熟練
が進行したことを意味している。やはりサルを使っ
た実験で、あらかじめ小脳の該当部分を除去してお
くと、このような短期間のサッカードの適応も生じ
ないことがわかっている。
3.研究の最前線と展望
サッカードにはいくつかの種類がある。現に今見
えている目標に向かうサッカードと、記憶した位置
に向かうサッカードでは、運動特性(最高速度、所
要時間)が異なる。サッカードの種類によって生成
する脳の回路に差異があることを示唆している。
我々の最近の研究によって、サッカードの適応現象
は種類毎に独立に現れることが分かってきた。異な
るゲインで(サッカードの振幅/視標の変位)を学習
させた後では、見えている目標か、記憶した目標か
によって、同じ場所に向かうサッカードでも、最初
のサッカードの大きさが大きく異なるように設定で
きる。このような適応の独立性を検討するなかで、
随意的な運動の学習一般について考察を深めている。
一般に、思考とは抑制された行動とみることができ
る。行動の基礎に運動があるのだから、いずれ思考
そのものを研究対象としたい。
ここで簡単に紹介した研究成果の一部は、分担執
筆した岩波講座・認知科学第4巻「運動」第4章「眼
球運動のモデル」に記した。本講座は全9巻からな
るが、我が国の気鋭の研究者による意欲的な執筆の
集成である。この分野を初めて学ぼうとする人にと
って得るところか多いと思われる。
(通信科学部 信号処理研究室)
ネットニュースから必要な情報を効率よく取り出
すために、ニュース記事同士の関係を視覚的に表示
するニュースリーダや、自動要約生成等の研究が行
なわれている。しかし、それらはまだまだ未成熟で
あり、多くの問題点を含んでいる。そもそも、ユー
ザが何を求めているかをニュースリーダに伝達する
手法がまだ確立していない。
キーワードやサブジェクトを与えるだけでは、ユ
ーザが必要とする記事を的確に判断し、要約生成や
記事検索を行なうことは困難である。最近のニュー
スリーダではサブジェクトによって記事関係を分類
しているが、サブジェクトが記事内容からずれてい
ることも多く、単純な検索方法では不要な記事が多
数抽出されてしまう。キーワードによる検索は、自
分の必要とする情報が予め明確になっているような
場合には有効であるが、漠然とした着想から考えを
まとめていく段階では、このようなキーワードの設
定自体が困難である。人間の発想は当初は漠然とし
ており、ニュースをいくつか検索し、考察を進めて
初めて、目的や結果が明確になることが多い。知的
ニュース・リーダは検索の効率を高めると共に、こ
のような人間の知的活動を支援するツールとなるこ
とが期待される。
なお、要約システムに関しては、ユーザの二一ズ
を考えた場合、要約で満足できる場合は必ずしも多
くはなく、興味を持った内容については、関連する
記事そのものを読みたいと考えられる。このため、
本システムでは、ユーザに提示するものは要約では
なく、元の記事の全文としている。
本研究では、ネットニュース上の情報利用の問題
点を洗い出し、それらの問題を解決するため、話題
の連続性に着目して必要な情報を抽出する方法を提
案する。具体的には、使用者が興味を持った記事自
体を探索のキーとすること、その探索に際し、自然
言語処理に基づく文の意味の近さの判定法と、ある
種の対話テキストであるネットニュース記事の特徴
に関するヒューリスティックスとを用いることが本
システムの特徴として挙げられる。
3.システムの概要
ネットニュースの記事をある種の対話テキストと
みなし、引用部分やリファレンス、及び使用単語、
文章の意味的距離を参考に記事の話題の流れを文脈
情報として遡り、必要な情報(話題)の記事を検索・提示するシステムを提案する。
システムイメージとしては、しばらくネットニュ
ースを読んでいなかったユーザが、時間に余裕が出
来た時に、最近の記事群を眺めてみた。そして、そ
の中に興味のある話題を含む記事を見つけ、その話
題に関するこれまでの一連の記事を過不足なく全て
読みたいと思った場合に対応できるようなシステム
である。
ここでは検索のキーは、ユーザが自己の判断に基
づいて決めたキーワードやタイトルではなく、自分
が興味を持った記事そのものである。
システムの動作を以下に示す。
1)ユーザが記事群の中に興味のある記事を見つけ
る。
2)ユーザが興味を持った記事の意味的特徴を記事
中の利用単語と、概念辞書を用いて得る。
3)サブジェクト、リファレンス情報を用いて、記
事の関連ネットワークを成長させていく。
4)関連ネットワーク中の枝分かれについて、記事
に関するヒューリスティックスと、元記事の意
味的特徴を利用して、関連の深い記事とそうで
ないものとに分類する。
関連の深い記事の関連ネットワークを成長させ
ていく。
5)元記事の意味的特徴をキーとして、リファレン
スで継っていない関連記事をも抽出する。
6)5)で得られた記事についても、3)4)を行
なう。
このシステムの特徴は、予め記事を分類しておく
のではなく、ユーザの興味に合わせて動的に検索処
理を行なう点にある。また、記事同土の意味的距離
をはかるので、ニュースグループを気にすることな
く必要な情報を参照することが可能となる。
たとえば、図に示すようなネットニュースの記事
の並びを考えてみよう。記事は、左上のものを起点
に、右上、左下、右下の順に届いている。癌につい
ての問題提起である左上の記事から、蟹に関する話
題(右上、右下)と、癌そのものに関する話題(左
下)とが派生している。もし、あるユーザが、右上
の記事を見つけ、この記事に関連のある記事の流れ
だけを得たいと思ったとすると、ここでは左上、右
上、右下という順序で提示すれば良い。左下の記事
は提示する必要がない。この例の場合には、それぞ
れの記事が起点の記事のどの部分を参照しているか
を手がかりに、必要な記事だけを選択することが出
来る。
4.おわりに
実際の記事においては、その書き手は必ずしも適
切な引用を行なっているわけではない。元の記事の
全文を引用して、その一部にのみ言及したり、逆に
全く引用していない部分について言及したりするこ
ともある。強力で正確な検索を行なうには、さらに
以下の課題を検討する必要があろう。
1)一般語と専門用語が記事の流れの中で果たす役
割の差についてのヒューリスティックスの検討。
2)意味的特徴の動的な選択方法の開発。
また、表層の文には現れない言外の意味、深い意
味を解析する技術と組み合わせることにより、より
正確な記事検索が可能になると思われる。
現在は、単純な参照関係を辿るシステムが完成し、
その出力を検討することにより、適切なヒューリス
ティックスを求める作業を行なっている。今後は、
上に示した課題も含めて検討を行ない、システム化
を行なう予定である。
(関西支所知的機能研究室)
研究所の組織
第1研究室では
(1)多元接続技術(CDMA)の研究
(2)マルチパス分離・合成技術の研究
の研究テーマを実施し、第2研究室では
(1)ネットワーク構築技術の研究
(2)無線システム構成技術の研究
(3)電波伝搬の研究・モデル化
の研究テーマを実施する。
CRLからは現在、筆者と関澤信也の2名が第1
研究室に出向している。さらにCRLのOBである
石川嘉彦が所長に就任している。
現在は、横浜市神奈川区のビルの1フロアを借り
て活動している。将来、上記「YRP研究開発セン
ター」に移転する計画である。
3.研究開発の位置づけ
移動通信の普及に伴い、移動通信でも有線系と同
等のサービスが期待されている。例えば、マルチメ
ディア通信サービスの移動・携帯化、モービルコン
ピューティングのサービスが考えられる。しかし、
このようなサービスを実現するには様々な技術課題
が残されている。まず、マルチメディア化と高速化
は密接に結びつき、高速(数Mbps以上)の無線伝
送路が必要になる。さらに大量の情報伝送に対応で
きる広い帯域を確保するためには移動通信にとって
末開拓のSHF帯等の新周波数帯の利用を検討する
必要がある。また、サービス面では有線のネットワ
ークで実現しつつある各種サービスを移動通信でも
利用できるようにするための有無線のネットワーク
統合が必要となろう。
このような新しいサービスを提供できる移動通信
システムの実現に至る道筋として、第1、第2、第3
世代といった呼び方がある。第1世代は1970年代後
半以降普及を始めたアナログの自動車・携帯電話シ
ステムである。第2世代は1990年代前半にサービス
が開始されたディジタルのシステムで、我が国ではP
DC(Personal Digital Cellular)とPHS(PersonaI
Handy-Phone System)がある。第2世代までは音
声主体のサービスと考えられる。
この次の段階として、ITU(国際電気通信連合)
では、第3世代として、1つの携帯端末を世界中で
使用でき、ある程度のマルチメディアサービスを提
供できるFPLMTS(Future Public Land Mo
bile Telecommunication Systems)の検討が行わ
れている。現在は、2000年頃からの実用化を目標にしたフェーズ1の国際標準化作業が進行中である。
また、フェーズ1用として、WARC'92(世界無
線通信主管庁会議、1992年)において2GHz付近
に230MHzの周波数帯が割り当てられた。フェーズ
1での伝送速度は最大2Mbpsである。
これに対してさらに高速伝送を行い、本格的なマ
ルチメディアや高速データ伝送サービスを可能とす
るFPLMTSフェーズ2の記述がFPLMTSに関す
るITUの基本勧告にみられる。ITUではこれ以上
詳細な検討はなされていないが、これが第4世代の
移動通信システムに相当すると考えられる。
当所ではこれらをふまえ伝送速度10Mbps程度を
目標にした基盤技術の研究開発を行う。伝送速度が
速いため、陸上移動通信では実用化されていないマ
イクロ波帯(3〜10GHz)の使用を検討する。
一方、CRLでは周波数資源の開発の一環として
「マイクロ波帯陸上移動通信の研究開発」を先行的
に実施している。共通の研究課題も多いため、伝搬
の共同実験等を含めCRLとの協力関係を今後とも
維持していきたい。
また、CDMA用SAW(表面弾性波〉コンボルバ
等について大学への委託研究も実施してる。このよ
うに産官学連携を積極的に実践しようと考えている。
4.近況
新会社の発足にあたっては、新たに制度や規程等
の整備から始める必要があった。その中では英会話
の研修等出向元で十分できなかった活動も積極的に
奨励し、援助できるよう考えている。
会社設立後は内外の研究動向調査を行いながら研
究計画の具体化を図り、7月末には研究者個人の研
究計画を発表してもらった。
研究環境については、7月にインターネット接続
が完了し、現在、ワークステーションやサーバーが
次々と納入されている段階である。当面は、計算機
シミュレーション等のソフトウェア中心の研究が主
体である。
また、最近は外国の研究機関からの訪問者も相次
ぎ、将来の移動通信像について活気のある議論がな
されている。
さらに、広報活動として研究所の概要紹介パンフ
レットの作成に続き、YRP NEWS創刊号も9月
に発刊の運びとなった。年2回の発行を予定してい
る。創刊号では研究計画を紹介し、2号以降では研
究成果の発表を行っていく。
現在の勤務地は横浜市神奈川区のニューステージ
横浜というビルで、窓からは横浜ベイブリッジやラ
ンドマークタワーが展望できる。さらに17Fの展望
エリアからは「みなとみらい」地区や山下公園が一
望できる。社内の交流として、夏には花火見物をか
ねたビアパーティが、10月にはボーリング大全が開
催された。
まだ活動を開始して間もないが、今後も初心を忘
れずに研究を進めていきたい。関係各位のご指導、
ご協力をお願いしたい。
(YRP移動通信基盤技術研究所第一研究室長)
・A-1で、電離層の測定をされていましたが、私達
にもパソコン通信で、データをすぐに見られる様
になればいいと思います。内容も分かりやすくし
てほしいです。
・各項目で詳しい説明資料を用意してほしいです。
・是非、公開日数を増やしてほしい。
・クリーンルームに入らせてもらったので、貴重な
体験ができました。
・初めての見学でしたが、幅広い研究、奥深い研究
内容に感心しました。通信のハードだけでなく、
ソフトや結果を受ける立場の人間の感性にも、着
目していることに感心しました。
・もう少し涼しくなってから公開してもいいのでは
ないか。
・今後出来るだけ、一目で分かる展示を多く取り入
れてもらうと更によいです。
・全般にパネルが分かりにくいです。NHK技研、
理化学研究所の方が分かりやすかった。
・展示スペースを広くとってほしい。
公開に関する案内を、新聞、テレビ等で、もっと
知らせてほしい。(今まで、知らなかった。)
研究の流れがわかるような掲示があるとよい。
@目的→A研究→B一年間の成果
・プレートに記載された内容は「説明者」だけにな
っていますが、ネームも入れていただくといいと
思います。
・研究分野全般の説明と、実際に本研究所で行って
いるテーマの説明の区別がよくわからない。
・ラジオ作りがやりたかった。
・もっと実験コーナーを作ってください。
・展示と参加できる催物の区別が、一目でわかる地
図があれぱ良いと思います。
・場所が遠い「A-1」などは、行く人が少ない気が
する。また、子供にはむずかしい内容である。だ
から、各項目ごとにスタンプを押すようにすれば、
子供達は、全部見て廻るだろうし、もう少し楽し
めると思う。
木林新二(企画部企画課広報係)
細川瑞彦(標準計測部周波数標準課)
テープカットを行う古濱所長