HTML5 Webook
10/72
ビットをコンピュータ上のアルゴリズムにより排除(鍵蒸留と呼ばれる)し、安全な秘密鍵を生成する。光子レベルの信号は、盗聴者が何かの盗聴行為を行うと、ハイゼンベルグの不確定性原理により必ずその痕跡が残るため、これを利用して盗聴攻撃を見破る。また、伝送する乱数には物理乱数と呼ばれる確率的な物理現象から生成された乱数を用いることにより、盗聴者の計算能力とは全く無関係な秘密鍵の共有が可能となり、情報理論的安全性が達成される。以上が、量子暗号の原理の概要である。なお、量子暗号が発明された1980年代から1990年代にかけては、光の粒子を正確に1つだけ準備した単一光子状態の信号が必要と考えられてきたが、その後の理論研究の進展により、単一光子レベルの極めて微弱なレーザー光(コヒーレント状態の光)を使っても、送受信方法の工夫により単一光子とほぼ同じ性能が得られることが明らかとなり、今世紀に入り実用化に向けた研究開発が一気に加速している。NICTでは、2001年から産学と連携し量子暗号の基礎研究を開始し、2006年以降、地上ファイバー網での量子暗号ネットワークの実証や、その実用化に向けた研究開発に取り組んできた。また最近では、量子暗号システムそのものの実用化に加え、量子暗号システムを構成する要素技術(微弱光通信や鍵蒸留、物理乱数生成など)を切り出して使うことで、ドローンとの通信やモノのインターネット(IoT)など、量子暗号そのものの実装はまだ困難な通信ネットワークにおいても、新しいセキュリティ技術を提供できる可能性も明らかとなってきた。我々はこれらの技術を総称して「量子光ネットワーク技術」と呼び、研究開発を進めている(図1)。量子ノード技術冒頭で述べたように、光通信は現在最も大容量の情報伝送が可能な手段だが、急速に増大し続ける通信量に対して、いずれ原理的な限界を迎えることが危惧されている。また、宇宙空間のような超長距離で途中の増幅が不可能な通信路では、量子雑音に埋もれた超微弱な信号から最大の情報を取り出すことが必要となり、現在の技術では困難である。一方セキュリティの面においても、前節で紹介した量子暗号技術は究極的な安全性を実現できる反面、光子レベルの信号を送受信しなければならないため、現在実用化が進んでいる量子暗号方式では距離や鍵生成速度に制限があり、その応用範囲が限定されている。これらの問題を抜本的に解決するためには、ネットワークの中継点(ノード)で光信号の量子的な性質を自在に計測・制御・保存できる技術が必要となる。しかし現実には、量子力学的性質は非常に壊れやすいため、実現にはまだいくつかの技術革新が必要な状況である。我々はこれらの技術を「量子ノード技術」と総称し、長期的な視点に立った基礎研究に取り組んでいる(図2)。具体的には、光の量子状態を自在に制御し、従来の電磁気学に基づく光学(量子と対比して古典光学と呼ばれる)の世界では実現不可能な情報通信プロトコルを実証する「光量子制御技術」、原子やイオンを1つずつ制御して量子通信や次世代の周波数標準技術に応用する「量子計測標準技術」、マクロサイズの人工原子である超伝導回路を使い、光と物質の相互作用を光子1個レベルで精密制御し、量子物理の新現象を解き明かす「超伝導量子回路技術」の3つのテーマを中心に研究を進めている。いずれも量子物理学その3図1 量子光ネットワーク技術の概要量⼦光ネットワーク技術政府・国防・医療・金融・重要インフラ等のセキュリティを支える量子光ネットワークを実現光子の量子的性質(不確定性)を利用し盗聴者の計算能力に依存しない暗号鍵の配信を可能にする技術<量子暗号>多層レイヤからなるネットワーク網を総合的に守る量子暗号ネットワーク情報理論的安全な空間通信技術・情報理論的安全性・物理的な盗聴に対する安全性NICT‐電通大をつなぐ空間光通信テストベッドドローン安全制御通信6 情報通信研究機構研究報告 Vol. 63 No. 1 (2017)2 量子情報通信技術研究開発の概要
元のページ
../index.html#10