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ものを開拓する未来技術であり、まだ人類が手にしていない技術の実現に挑む挑戦的な課題である。これらの量子技術の開発において重要となる概念が量子もつれ(エンタングルメント)である。量子もつれは、力学や電磁気学のみからなる古典物理だけでは説明不可能な、量子力学の世界だけに現れる相関のことである。例えば、2つの光子を同じ縦偏光に準備したとすると、光子の偏光には(古典的な)相関が形成される。このとき、それぞれの光子に対して縦横偏光を識別するフィルターで測定を行えば相関が検出されるが、違う偏光基底、例えば右回り・左回りの円偏光を測定しても、それぞれの光子の回転方向はランダムとなり、相関は見えない。一方、量子もつれが形成された光子対では、それぞれの光子の縦横偏光を測定しても相関が見えるし、同じ光子対に対して円偏光の測定を行ったとしても、やはり強い相関を検出することができる。しかも、測定の方法は、状態が準備された後に選択したとしても結果は変わらない。このように、異なる測定方法でも相関が形成されていることが量子もつれの最大の特徴であり、この特徴を活かせば、例えば、量子もつれ光子対を離れた2者間に配信した際、途中で第三者に盗聴攻撃を受けたどうか、複数の測定方法で監視することにより必ず検出することができる。量子もつれは壊れやすいため、そのまま送るだけでは長距離伝送に適さないが、ネットワークの中継点で部分的に壊れた量子もつれを適切に修復しながら伝送していく量子中継技術が実現すれば、現在フィールド実証されている量子暗号方式と同じ安全性を、超長距離で実現することも可能になる。また、量子もつれは複数の計算を並列的に実行する量子コンピュータにおいても不可欠なリソースであることが知られている。NICTにおける各研究課題では、光子の間の量子もつれ(光量子制御)、原子間の量子もつれ(量子計測標準)、光と超伝導人工原子の間の量子もつれ(超伝導量子回路)などを自在に制御する技術の確立を目指している(量子もつれの確立だけが研究の目的ではないが、その詳細については、本特集号の各記事を参照していただきたい)。特に最後の超伝導量子回路の系では、量子もつれを形成する光–人工原子間の結合を他の系では実現できないほど強くすることが可能であり、物質と光の深強結合と呼ばれる、これまで誰も観測できなかった新しい物理現象の開拓にもつながっている。量子情報通信技術の社会展開に向けて量子技術は、究極の安全性や超高速演算など社会を変える大きなポテンシャルを持っているが、多くの場合、量子技術単体ではなく、様々な既存のICT技術と適切に組み合わせることで初めて社会に役立つものになると予想される。そこで、NICTの第4期中長期計画では、量子情報通信技術(量子ICT技術)と現代ICT技術の融合をテーマに掲げ、社会の様々なICTに量子技術(及びその派生技術)を有効に展開していくことを目指している(図3)。また、量子暗号は現代暗号に無い安全性を提供できると述べたが、それは将来的に現代セキュリティ技術が全て量子暗号に取って代わるという意味ではなく、現代セキュリティ技術の中で量子暗号が必要とされている部分に適切に組み込まれていくことで、その能力を最大限発揮できると考えている。具体的には、例えば現代セキュリティ技術でよく知られた秘密分散技術4図2 量子ノード技術の概要光量子制御技術超伝導量子回路技術量子計測標準技術(イオントラップ技術)・ネットワークノード等の多機能化、超省電力化統合し、量子情報を自在に受信・処理する「量子ノード技術」を実現光子、電子、原子の量子的性質を自在に制御する新しい信号処理技術・次世代周波数標準技術・量子センシング・光通信網の超大容量化・深宇宙通信の高速化・長距離化様々な応用への展開量⼦ノード技術72 量子情報通信技術研究開発の概要

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