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まえがきいかに正確に多くの情報を効率よく伝送するかという問題は、スマートフォンやインターネットの普及とともに、我々にとってもますます身近で切迫した課題となっている。実際、最も大量の情報が流れる基幹回線では、早晩通信容量の技術的限界を迎えることが危惧されている。また、人類の通信領域は地上だけでなく、地球を覆う人工衛星網にも拡大しており、将来的には月や火星と地球の間でも高速の通信が必要になると思われる。このような超長距離空間通信では、光信号といえども大きく拡散し、受信機に到達する光強度は極めて弱くなり、光の量子雑音が通信速度を大きく制限する。これらの問題を克服するためには、光信号の持つ情報を極限まで引き出す信号受信を行う必要がある。量子情報理論の最新の成果によれば、物理的に許される究極の伝送容量を実現するためには、受信側で信号パルス間に量子計算を施しながら復号を行う必要があることがわかっている。これは復号回路の中に「シュレディンガーの猫」と称される巨視的な量子重ね合わせ状態や、受信した信号パルス間の量子的な相関である量子もつれ状態を自在に生成し、制御しながら測定を行うことを意味する。このような信号受信機は、量子最適受信機、量子復号などと呼ばれる。一方で、量子技術は量子暗号という、究極的に安全な暗号技術を提供できることは本特集号でも紹介されているが、現在実用化が進んでいる微弱レーザー光(コヒーレント光)を用いた方式では、距離や鍵生成速度に制限があり、都市圏を越える距離でネットワーク化するためには、「信頼できるノード(trusted node)」を多数用意し、秘密鍵をリレーする必要があり、世界各地で実証が進む量子暗号ネットワークは、いずれもこの方式をとっている。しかしこの方式は、離れた2地点の間にあるノードが1つでも攻撃者に乗っ取られると、秘密鍵の情報がすべて漏れてしまうという大きな問題点がある。この限界を克服できると期待されているのが、量子中継と呼ばれる技術である。量子中継では、微弱レーザー光の代わりに量子もつれと呼ばれる特殊な相関を持った光子対を伝送する。中継点では、この量子もつれ光子対を測定で壊すことなく量子的に処理することにより、更に遠くへと量子もつれをリレー中継することが可能となり、従来の量子暗号では不可能な長距離化が実現する。上記の量子最適受信機や量子中継では、いずれも光の量子状態を自在に、かつ極めて正確に制御する必要があり、現時点では実現していない量子技術が必要となる。我々はそのような光量子制御の実現に向け、基盤技術となる量子もつれ光源の開発や、量子技術で初めて実現可能な通信プロトコルの原理実証実験等を進めている。高速・高純度量子もつれ光源の開発量子もつれは、従来の力学と電磁気学(量子と対比して古典物理と呼ばれる)だけでは説明不可能な、量子力学の世界だけに現れる相関のことである。例えば、我々が実験室で生成しているのは、偏光が量子もつれ状態にある2つの光子(光子対)である。量子もつれの性質を見るため、まず量子力学を用いない古典的な相関について考える。例えば、縦偏光または横偏光をランダムに選び、選んだ偏光の光子を2つずつ発生する光源を考える。2つの光子の偏光は常に同じであり、それらの間には相関がある。このとき、それぞれの光子に対して縦横偏光を識別するフィルターで測定を行124 量子ノード技術4-1 光量子制御技術武岡正裕 藤原幹生 和久井健太郎 金 鋭博 逵本吉朗 泉 秀蕗 佐々木雅英将来の情報ネットワークでは、爆発的に増加する通信量への対応や、行きかう情報を極めて高いセキュリティで保護するなど、様々な要求が生じると考えられている。ネットワークの持つ物理的なポテンシャルを最大限に活かしてこれらを実現するためには、ノードにおいて光信号を量子レベルで適切に制御する必要がある。ここでは、このような量子ノード技術の実現に向けて、光の量子状態を自在に制御し、従来の技術(古典光学)では実現不可能な量子プロトコルを実現する光量子制御技術の研究開発を紹介する。414 量子ノード技術

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